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【第99話】ブロとの攻防 その6

『 コツコツコツ 』


 赤い小さなブロとリンデルが横並びにしてこの何も無かった施設を歩いている。パインはそれを追う様にしてついていく。


 ブーツの中に自分の血が溜まり中がぐっしょりとしていて気持ち悪い。そして脱力感とともに襲ってきた頭の痛みが激しさを増していく。


 施設の奥、非常灯がついた非常口の前までくる。その奥は外になっているはずと、あの時は2人ともそう思っていた。


『ガチャ ・・・』


 扉が開くと、その想定は外れ、薄暗い建物の内部が見えてきた。


( ・・・ )


『 コツコツコツ 』


 その中に下へと続く階段があった。そこを皆無言で降りていく。つまり地下があった。見落としていた。今のリンデルはどう思っているのだろう。


 2階ほど降りるとふとあの甘い香りよりも強い香りが鼻に入り込んでくるのが分かった。


 頭を振り、幻術を解こうと試みるも先ほどからパインを苦しめている頭痛は続いており最初から幻術ではないことを悟る。


 頭を振ったことで頭の痛みがさらに激しさを増す。


(気持ち わるい ・・・)


 一番下まで降りると壁が立ちはだかり、行き止まりとなっていた。


「なっ ・・・ ?」


 それを無視して2人はその中にスッと入っていった。


 パインも恐る恐るその壁に手を触れる。


「 ・・・ 」


 壁の感触は無かった。変わりに暖かい空気が壁を境にしてその手に伝わってきていた。考えてもどうしようもないので、そのまま壁の中に身を埋めていく。


…。


 その中はとても暖かかった。頭痛はあれど、肌寒い山の空気から暖房が効いた部屋に帰ってきた気分だ。


 大理石のように磨かれた床に敷いてある赤い絨毯、所々に置かれた豪華な小さな机。その机にはわざわざクロスが敷かれ、その上に花の入った花瓶が置かれている。

 天井にはガラス細工で出来た照明、壁からも蝋燭の光がこの空間を暖かく明るくしていた。


 壁紙も見たことが無い模様が描かれていた。いや、見たことがある気がする……。


 そう考えるとピクンと右腕が動いた。それを無視し、豪華な廊下を歩いていく。


 蛍光灯の灯と比べると暗いのかもしれない。自然の光に似た蝋燭のゆらめく灯は少しだけ気持ちを緩くさせてくれた。


『トントントントントトン』

 絨毯の上を歩く靴音が優しく鳴り響いている。


 廊下の両側にところどころついているドアもまた豪華に装飾がなされていた。個室のようなものだろうか。


 何度か曲がりながら廊下の先へと3人で進んでいく。


『ワイワイ ・・・』 『『ガヤガヤ 』』 『キャッキャウ』


 一番奥から楽しそうな話し声が響いてきていた。


…。


「やぁ 待ってたよ 随分と待たせてくれたね」

 長い食卓の真ん中で座る男がそう話しかけてくる。


「すいません バロ様 ・・・」

「まぁいいよ あれ 随分懐かしい ・・・」

「パイン殿じゃないか! それにコクワンもいる! かけてくれ!」

「 ・・・!?・・・ 」


 そこに広がる歪な光景とその男の声にパインは返事ができずにその場で立ち尽くす。


 その男、バロと呼ばれる彼は裸であった。座っていたため下半身がどうなっているのかはわからない。考えたくもない。


 鍛えられた男の上半身はところどころ縮れた細い毛が生え、健康そうな薄い褐色をしている。髪は肩まで伸び、羊のように細かくくるくるとうねっている。


 薄っすらと髭が生えている。彫りが深い顔によく似合っていた。


 一番印象的なのは頭から生える曲がりくねった羊の角。これが人間だとは思えない。


 そして彼の持つその瞳が縦に黒く伸びている。出っ歯面のその顔面から作り出された笑顔が不気味そのものだった。


「サ サリナ!」」


 突如としてリンデルがそう叫びバロの隣に立つ女性の元に走っていこうとする。


 その女性は赤いシンプルなドレスを着ていて、長い茶色い髪を頭の上で縛っていた。細い目から放つ眼光に冒険者特有の存在感があった。しかし、リンデルに名前を呼ばれてもその彼女はほとんど無視するかのようにリンデルを見ていた。


「おや 知り合いかね ここの所いっぱい来てくれるからね ・・・」

「いいよ 喋って」


 バロがパチンと指を弾き鳴らす。


「リ リンデル!? なんでこんな こん? え?」


『『パチン』』


 もう一度バロが指を鳴らすと、サリナは笑みを作り彼の肩に手を伸ばしていた。


「リンデルちゃんっていうのか こっちおいで ・・・」

「うん ・・・・」

「「おい! 目を覚ませリンデル!」」


 そう叫ぶも誰もその事に反応しないでいた。


 彼の座る食卓にはサリナ以外に10名以上の綺麗な女性が彼を囲んでいた。


「大丈夫 乱暴はしない あとで服替えてあげるからね ・・・」

 そうバロはいやらしくリンデルに話しかけていた。


「 ・・・ 」


『落ち着け ・・・ 抑えろ』


 右腕がパインに話しかけてくる。


「君も一緒にどうだい?」

「「ふざけるな! その人達を返してやれ!」」

 パインがバロに叫ぶ。


 するとバロは立ち上がった。


 まだ笑ったままであったが、彼のヘンテコな瞳から悲しさを帯びたものが伝わってくる。やはり彼の下半身は裸同然であった。


 腹から下は馬のようなツヤのある黒い毛がみっしりと生えていた。見たくないものまできちんと付いていやがった。


「本当はこんなことする予定は無かったんだよ」

 バロは話を始める。


(くそ ・・・)

 別に聞きたくはない、だが体が言う事を聞かないんだ。


「相手が見つからなくて、しょうがなく「手当たり次第」に見つけて連れてきているんだ。違うとは分かっていても試してみることはできるじゃないか。でもやっぱり皆出来損ないしか産んでくれない。」


「ふざけろ!」」

「ふざけてないよ ほら そこの 赤いだろう ・・・」

 バロは先ほどからその場をうろちょろ走り回る小さなあのブロに目線を投げた。


…。


「別に無理矢理じゃない ほら ・・・」

 バロを囲んでいる女性が彼を見つめている。


( ・・・ これは無理やりだろ ・・・ ? 頭おかしいのか?)


 その事を言ってやろうかと思ったが右腕が止める。喉元まではきている言葉がそれから先に出せないでいた。なぜだ。ふざけるな。


「でもね 焦っているんだ ・・・」

「そうなるとさ 山羊が僕の山羊が大きくなるんだよ ・・・」

「なんで焦っているかって? ・・・ そうなんだ ・・・ ああ」

 男は目線を下にして、気味の悪い目を細めてブルブルと肩を震わせている。

…。


「本来ここに来るべき人がいる ・・・」

「その人が居たら皆ここに来る必要なかったんだ」

「 ・・・ 探してきてくれるかい? パインどの ・・・」


(ふざけるな お前をやれば終わりだろう?)

(もったいぶりやがって ・・・)


 そう思っても力が入らない。そもそも刀すら外に置いてきている。くそサイコ野郎が。


「ふざけるな! お前らがどれだけ人を殺しているのか ・・・」


 やっと口に出せたのでそう言ってやる。もっと激しい言葉を頭で考えたがそれすら抑えられている。


「パイン殿 ・・・ あなたも同じでは?」

「あなたが殺したのは誰の子だと思う?」

 急に男は体を真正面に向け、目をかっと見開く。


(!? ・・・ 何を言ってるんだ まさか)


…。


 男をとり囲む女性から強い怒りの瞳を投げかけられる。ブロとお前ら…。


(うおぇっ ・・・)


 胃から血と共に何かがこみ上げてきた。お前とこの人たち…。の?


「 ・・・ 」

 無理やりやったのか…? 


「ほら 皆 ・・・ 怒ってるよ でもそれは仕方がない事」

 女性達がさらにパインを睨む。


「僕が焦っているのがわかるでしょ?」

「本当はグンザの娘がここに来る予定だったんだ」


(あの所長の!? リンデルが怪しんでいたのはこれか?)


 バロが続ける。


「あの子ジーサとはよく小さい頃から遊んでいたんだ。何故か最近になって来なくなってね。僕ふられちゃったのかな。」


「連れてこれたら全員返すよ ・・・」

「ねぇ リンデルちゃん ・・・」

 リンデルがバロの体に手を回す。


(!!!!)


 パインの怒りの感情が頭の中を白く染める。


 が…。


『やめろ あの女の名刺だ ・・・』


 右腕がそう語りかけることでなんとかパインの意識が保たれた。


「リンデルの そのジャケットの内ポケットにジーサの名刺が入っている 取ってくれないか?」


 怒りをなんとか沈めてそう言う。


 バロがリンデルの腰に巻かれたジャケットを取るとその中に入った名刺をパインにピと投げた。


「急いでね 僕も焦っているんだ ・・・」

「もしかしたらこの子が産んでくれるかも ・・・」

「 ぉ」

(!!!!!!!)

 脳の血管が切れるほどの激情がパインを襲った。


…。


『やめろ 落ち着け その女を探せ!』


…。


 この時はなぜか右腕のほうがパインよりも落ち着いていた。あと1発もらったらどうなっていたかわからない。頭や体を巡る血液が、内側から「ゴォ」と聞こえた。一瞬で全てを終わらせられるほどの力が内側に溜まっているようだった。


(血が少しでも抜けていなかったら俺はどうなっていたんだろう ・・・)

(右腕が ・・・ 無理やり自分の感情を ・・・)


 パインは自分の右腕を悲しい顔で見つめた。


(こいつが止めていなければ ・・・)


 目線を戻し、バロを睨むだけ睨むとUターンしこの暖かい廊下を1人で歩く。


 あいつ、バロは歯を剥いて笑っていた。なんであんなやつのために自分が動く必要があるのだろう。それに…、この右腕はなぜ奴の肩を持つのだろう。


 あはは。そもそも俺はなんでこんな所にいるんだろう。この山に着いてからおかしかったと思う。


(なんで ・・・)

(なんでおれの体はこんなに ・・・)


 絨毯に触れる自分の足の感覚がいつもと違う。まるで浮くように、少しの力をいれるだけでこの身が飛んでいきそうなほど体にエネルギーが満ちている。


 右腕はそれを抑えるようにパインの体を器用に支配しているようだった。


『トントントン』


 絨毯から自分のブーツの靴音が響く。


( ・・・ )


 立ち止まり、磨かれたドアにパインの姿が映し出される。


(・・・)


(あはは ・・・ あいつと同じじゃん ・・・)



 パインは自分の頭痛の正体が分かった。頭に付いた2本の角を手で触る。


 しっかりと頭の骨とそれが繋がっているのか、クイクイと手で握り動かすとその根本の頭皮がむず痒くなった。


『考えるな ・・・ よせ とにかく外に出て電話をしろ』


(・・・ ・・・)


 ほんとに、今日はよく右腕が喋りかけてくる日だった。

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