【第65話】スリバーチ号襲撃事変
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「ふぅ ・・・」
色々溜まっていたのかもしれない。ここ数週間あの上司らに連れまわされ色んなところで仕事をしてきたんだ。挙句の果てに船なんて、休む間がなかったじゃないか。
(俺のしたことが弱音なんて ・・・ 考えちまって ・・・)
だが、悪いことばかりではなかった。
船での生活は陸上と違って閉鎖的ではあるものの、若い冒険者に色んな刺激を受けていた。チャーギはマタンレーの深夜の暗い船への道を浮ついた足で歩いていた。彼の頭の中は大分スッキリしていた。
…。
「チャーギさんの娘はどんなでしたか? ねぇ!?」
若い漁夫が後ろからそう声を上げて聞いてくる。
「ああ うん いい子だったよ」
もうすでに「その事」は考えていないのに聞かれたもんだから、そう適当に返す。
「えっへぇ~ いいなぁ 俺はもうちょっとふくよかなほうが良かったんですけどねぇ」
それに対しても適当に返事をしておいた。
(慰労を込めてあのミグーナさんがわざわざ言ってくれた ・・・)
情けない反面きちんと自分の事を、心情を察してくれた彼女に対して感謝の念が湧いていた。
(溜まっていた ・・・ か ・・・)
「明日から また頑張りますね 皆さん!」
振り返り、酒臭い男どもにそう声を浴びせる。
「なんだよ急に~ お酒が足りてませんよ チャーギさん!」
「「ワハハハ ガハハハハ!」」
漁夫の皆は自分に対してまだ好意を抱いてくれているようだ。サクラの指令により自分に付いてきていたと思っていたそれは、案外そんなもんじゃないようであった。
自室に戻り、仮眠をとることにする。4時間ほどは寝ていられる、そう思っていた。
色んな匂いが染みついたジャケットを洗濯かごに入れた。もうすでに寝ていて遊びに来なかった相部屋の漁夫を起こさないようベッドに潜り込んだ。
(そろそろ 俺も ・・・)
パインとリンデルの距離感に、そこにも嫉妬しているんだろうなと自分の脂っこい髪をたくし上げ枕に頭を着ける。
(・・・)
…。
『『『ウゥーーーーン ピーーポーーーーパーーーーー』』
「「わぁっ! なんだなんだ!」」
(うんっ?)
ベッドの上から相部屋の漁夫の叫び声が聞こえ、チャーギは目が覚めた。時計を確認する。
(30分しか寝ていない ・・・)
「「なんかっ! 外が騒がしい! パトカーですかね!?」」
「はいぃぃっ!?」
そう言われ、はっと飛び起きる。
『『『ウゥーーーーン ピーーポーーーーパーーーーー』』
そこでまた外から漁夫の言っている音が自分の耳にまで入ってくる。
(なんだなんだ!?)
とりあえず、外の様子を見に行こうと思い、洗濯籠にはいった自分の服を着て外に向かう。まだ酒が残っているのか急ごうとしてもあまり足が動かせなかった。甲板に上がるとすでにその事態を見ている船員達がぞろぞろと集合していた。
「どうやら貨物船からじゃ 何か ・・・ ただならぬことが起きたようだな ・・・」
『『ザワザワ ・・・ ザワザワ ・・・』』
エゾマがそう船員達に話している。あたりを見回すとこの船に乗る冒険者は自分1人だけであった。
「あの 様子を見てきます もしかすると今回の討伐に関係していることかもしれませんので ・・・」
咄嗟にその言葉が出た。
「ああ チャーギ殿 すまない よろしく頼まれてくれるか?」
エゾマがそう言い、自身に近づいて肩に手を乗せてきた。
「はい では早速 ・・・」
するとエゾマが鼻をピクつかせ、上着を脱ぐよう促してきた。「ああ」と思い、目が合った船員に服を預けた。
(この匂いじゃ不謹慎だもんな ・・・)
50mほど先に着いた黒い大きな貨物船。スリバーチと大きく塗装されている船まで足を走らせる。
そこには警察車両や消防車両、救急車が何台も列をなして止まっており、赤いライトがこの暗く長い港の道を照らしていた。
(何があったんだ?)
貨物船から港に出るスロープの前に救急隊員らが集まっていた。
「あのっ はぁはぁ 何が起きたんですか?」
「一般の方は立ち入り禁止です 詳しい事はこちらも分かっておりませんので お引きと ・・・」
1人の隊員にそう言われたが。
「その人 冒険者だろ 関係者に当たるんじゃないか?」
椅子にうなだれている1人の中年の男が隊員に割り込んで話しかけてくる。
「ああ はい そこに停留しております ピーナツ号の えっと こちらも緊急の依頼を受けておりまして ・・・ 副船長のエゾマに言われここまで駆けつけました」
そう言うと隊員達が顔を見合わせ、急に畏まった。どうやらエゾマの名はどこでも通用するようだ。
「し 失礼しました こちらが通報してくれましたスリバーチ号の護衛の任にあたっておられました ・・・」
「ツヨシだ」
挨拶を済ますと、彼は中を案内してくれた。
彼の挨拶の途中で自分より少し遅れて船医のサンベルが駆けつけていた。
サンベルは慌てた様子で救急車の中に駆けこんでいった。
(あの人も ・・・ 大変だな)
そう思いつつ、長いスロープを上る。上がるにつれて見えてくる惨状にあっと声を漏らしてしまった。
所々に置かれている大きなコンテナが変形し大きくへしゃげていた。上りきると辺りは爆発物の煙の匂いや血や海の匂いが漂っていた。それらはもう何日か経った後であろうか所々で嫌な腐敗臭が鼻に入り込んだ。
(こんなの ・・・ ありえない ・・・)
コーダンのあの規格外のパワーを普段見ているのにも関わらずだ。その光景につい立ち止まって口元を抑える。
「生存者は全員既に降りたよ そこらの血は 俺の仲間達のだ ・・・」
ツヨシは悔しさなのか何なのかうっすらと涙を浮かべていた。
年季が入った冒険者であろう、おそらく自分よりも大分年上のはずだ。使い古したジャケットから火薬の匂いがし、この件でそうなったのか所々破けている。持っている銃器は連射型のマシンガンで自分好みであろう、水色と白の迷彩柄に塗装されていたが血がべっとりと纏わりついていた。
「何が ・・・ 何があったのですか?」
現場の雰囲気に圧倒されながらもツヨシに単刀直入に聞く。しかし、その質問に「待て」といい、しばらくこの光景の中歩くことになる。そして、この船の居住区のある破壊されたドアの少しひらけた場所でツヨシは語り出した……。
「初めは何かにぶつかった音がしたんだ。その時、俺は非番だったから居住区でゆっくりさせてもらっていたよ。クジラとかまたはフナオーにでも衝突したか遊ばれたんじゃねぇかって思ったね。だが、しばらくした後見回りの奴が無線で「でけぇのが船の上歩いていやがる!」そう言ってきた。」
「その後に飛び込んできた音は銃声だった。俺らは普段こうしてでかい輸送船の護衛に着いている訳だが、こんな高い船の所まで上がってくる海の魔物なんていないのを知っている訳だ。」
「だから、基本的に上から襲ってくるやつ相手に合わせて武装してるんだよ。」
そう言うと、「チャキ」と彼の銃を見せてきた。
「んでここまで非番の奴らが出てきた、俺も含めてな。リーダーの、俺の上司にあたる訳だが一応名が知られた奴でB級なんだ。そいつも居たよ。」
「無線の方角をみんなして確認すると。でっけぇ、多分3mはあるな。そいつが人咥えてこっちに大股で歩いてきやがる。まいったよ、あんなん生まれてこの方見たことも聞いたこともない。」
「全員そう言ってた。そして無線でこの船の乗り組み員達に外にでないようにリーダーが無線を飛ばしていたんだ。」
「そっからそこに集まった10数名で討伐に向かった。」
(10数名!? ・・・ )
「こっちの装備は一応最新の結構上等なやつだ。やつの体はそれに少しだけ削れたように見えたけど、まったく怯まなかった。」
「あいつ見た目は鮫みたいだが、歩くのが異様に早かった。それだけじゃない、ヒレとか口を使った動きも半端じゃなかった。夜とはいえこうして照明があるからな、ちゃんと見てた。」
「真っ先にリーダーが食われた。やられたじゃない、食われた、だ。しかもあいつは。。はは俺がおかしいのか知らんが。」
「酒と人間 うめぇ!」
「なんて普通に喋っててよ、俺は腰が抜けちまった。とにかく奴の足音を気にしながら「俺1人だけ」ドサクサに紛れてとんづらこいた。別にいいぜ、そんなレッテルなんざ、命ありゃなんだっていいんだ。」
(・・・・・・・)
チャーギはツヨシの話に聞き入っていた。
「物陰に隠れていたら、次にそいつが向かったのはブリッジだ。操舵室な。」
ツヨシが指を天に上げる。
「そこに隠れてた船員達は船長含め皆殺しだったよ。あいつの壁というかこのビルみたいなこの船の操舵室をどこかの獣みたいに器用に登っていく様は不気味だったよ。」
「その後にガラスをぶち破る音、そして何名もの悲鳴が聞こえたが。俺はそれをただ聞いていただけだ。何分かは分からなかったが、そんなに長時間悲鳴が出ていなかった。すぐに食事は済んだんだと思う。」
「今度はそいつが、操舵室からジャンプしてよ。」
「ほれ あの窪み ・・・」
そこには、大きな丸いくぼみが2つあった。1つの大きさは50センチ程度か。
「奴は一生懸命に服を口から出してた。ヒレなのか手なのか良くわからねぇけど、服は食いたくなかったんだろ、器用に口から吐き出してた。そこらへんに落ちている木端みたいな血の塊はやつの仕業だ。」
(うぷっ ・・・)
「そこに俺は隠れていたから、次は俺かと思った。一瞬目が合った気がするんだ。上から降ってくるなんて思わなかったから逃げる間も無かった。」
「一応もう天国か地獄へ行く覚悟はしていたんだ。あの黒一色のでっかい瞳、ホホジロサメのそれに睨まれたからな。思い出したくもないが、言わせてもらうぜ。」
「んで、なぜか奴は俺に対して興味を持つ様子もなくそこの居住区のドアを外側に勢いよく開けやがった。あんなヒレみたいなのが俺らの手みたいに器用に撓るんだなって、今思えば可笑しいよな。」
※撓る しなる
「そこで俺は気が付いた、「あいつの体がこのドアと同じくらいの大きさに縮んでいた」ことにな。もうあれだ。人間様の理解を超えているバケモンだよあれは。しばらく居住区をうろついていたと思うけど、何事も無かったかのように出てきて、それでそいつは海に飛び込んでいったよ。」
「そっから俺はこの船全部を走りまくったね。生き残った奴がどんだけいるのか、怪我してるのがどんだけいるのか、それが知りたかったからな。」
「実際には、船員25名の内無事だったのが10名、俺ら雇われは15名の内無事だったのが俺1人。」
「ブリッジがことごとく破壊されたのが運悪かったな。まぁ十分すぎるほど運は悪いんだが、それでここに着く間際まで普通の無線が届かなかった。」
「と まぁそんなところだ ・・・」
ツヨシの話を聞きながら、チャーギはずっと冷たい汗を全身から流していた。
(俺らが相手をするのはこいつなのか? ・・・)
「はは お互い運が悪かったみたいだな !」
そう言われパンと肩を叩かれる。
そして2人はこの大きな船の真ん中にそびえ立つ居住区に入っていく。
「ぐぇっ ・・・」
外と違い換気ができていない部屋の空気はとてもじゃないが表せる言葉がないほどの悪臭であった。そしてそこに広がっていた惨状はひどすぎた。食い散らかされた人間と思われる肉塊、ところどころにできたひっかき傷。
Tシャツを上まで引いて口と鼻を抑えながら歩く。ツヨシはもう慣れてしまったのか普通に喋っている。
「この傷は多分あいつの歯じゃねぇかな ほら」
ツヨシがなんの躊躇もなく黒い血だまりの中から何かを拾い上げる。
彼が持っていたのは紛れもなく矢じりに似た形の「鮫の歯」であった。
ガラスが一面に飛び散り、歩きにくい。
「俺はここまで着くのに2日以上あったからな 全部の部屋みたぜ? だが もういいだろこれくらいで」
「ヴぁい ・・・」
口呼吸からでもその強い匂いが体に染みこんで脳に直接語りかけてきていた。そう答えUターンをする。
色んな物を見てきたつもりであったが、それらが何重も上を行く惨状を見た気がしていた。
「俺も最初はきつかったが 人間様は 「慣れる」 らしいわ ・・・」
ツヨシは頭をポリポリ掻きながら笑顔を見せていた。
…。
チャーギはツヨシと別れ、急ぎ足でピーナツ号へと戻り、船員達に手を貸してくれと言った。手が回っていない隊員達の手伝いを彼らにお願いした。




