【第10話】買い物
「待たせたな ・・・」
アッシュは悪びれた様子でそう言い、頭を掻きながら店から出てきた。
(なんだなんだ? ・・・)
パインは店に行く前のアッシュの態度とのギャップに戸惑ってしまう。
「いえいえ 大丈夫です」
とりあえず彼はそう言っておくことにした。
「羽根は質に入れた ・・・ 文句あっか?」
これがおそらくアッシュの普通の態度だと思う。
「あっはい ないです」
パインにアッシュに文句を言う筋合いなんてない。そんなことは彼にとってどうだっていいことだった。
今はあの過去の出来事をパイン自身の頭から追い出したい。その事にばかり彼は集中していた。
「んだそのツラは」
パインは今自分がどんな表情をしていたのかと考えてみたが、とにかく今の気持ちをアッシュに悟らせたくなかった。とりあえず顎を引くだけにした。
(自分を見て 彼は何を思うのかな ・・・)
アッシュはそのことには触れず「次行くぞ」とだけ言ってパインにバイクに乗るよう促した。
(よかった ・・・)
運よく見逃してくれたアッシュに、安心していた。
「はい よろしくお願いします」
何も考えないために、アッシュの背中をただ見ることにした。
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次にパイン達が来たのは、今まで入るのを躊躇してしまうような個人で経営している呉服屋だ。ショップと巷では呼ばれている。
ここも商店街に面していて、おそらくアッシュはお得意さんであろう。彼の雰囲気で分かった。
2人はぞろぞろと店に入ると上着のコーナーで足を止める。
「下は ・・・ まぁまぁの着てるんだよな」
じろじろと見られパインは恥ずかしがる。
「高かったです ・・・」
無難にそう答える。
「普通 「武器」とか買うよな?」
アッシュはワザとらしくパインに言った。
それに対しパインはただ「そうなんですね」と返事をした。
冒険者にとって武器は必須だ。ただ羽根くらい落ちている気がして、それを買うという選択をパインはしなかった。勿論、狩る、つまり生命を奪うという行為をする覚悟がパインに無かったのも事実である。
「なんかお前さ ・・・」
このパインの覚悟のなさにアッシュは気付いたのか、アッシュはすでに上を向いている彼の短い頭髪を片手でたくし上げ、何かをパインに言おうとする。
「まぁいいや これ着てみ」
彼はその何かを飲み込み、別の言葉を口にした。それにパインは「はい」と答え、なすがままにその服を試着してみる。
「ふてぇな ・・・ お前」
「何がですか?」
「いや お前 腕太くね?」
「そうですかね ・・・」
「ふてぇよ!」
こんないい服を買ったことがパインには無かった。いい匂いがするのにも気がつく。
「さっさと脱げ おっせぇなぁ ・・・」
アッシュは試着したパーカーをレジに持っていき、会計を済ませた。黒い無地のジップのついたパーカーは着心地がよく、かなり丈夫そうである。そしてもちろん高価であった。
レジを通した後にすぐパインはパーカーを身に着け、バイクにまたがった。
「次は武器だな」
アッシュはそう言ってバイクを次の目的地へと走らせる。
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着いたのは武器の取り扱いなどなさそうなお店であった。
(どう見ても工具店だなぁ)
パインはこの店を知っていた。彼は何度か別の場所でこの店に行ったことがある。日曜大工や機械をいじる人にとっては何度も通うような店である。
入り口の壁はドアも含めてガラス張りで店内の道具が外からでもよく見える。
2人は店に入る。店内には工具類がきちんと壁や棚に並べられ、ライトアップされている。
「えっと武器ですよね?」
何故か色んなコーナーをうろつくアッシュの姿を見かねてパインは尋ねた。
「剣とか買ってもらえると思ったか?」
「あっ いや ちょっと想像していたのとは違ったので」
自分のその答えにアッシュは鼻をフンとだけ鳴らし、店内を再度歩き出した。
(というより ・・・ そもそも あんな獣 俺がいて何か役に立つのかな?)
なすがままにこうして彼に付いてきたが、本当にあんなのとやり合うのかと、今更になって不安の感情が芽生える。
役所で見たあの獣、写真だけみると大きさは定かではないが、おそらくパインたちよりは大きい。ピークックの羽根すらまともに持って帰ることができない。
パインは彼自身がアッシュのそばに居たところでこの狩りに意味などあるのか?と考えた。 そもそも大の大人が4人以上で狩るのが推奨であった。仮にこのアッシュが物凄い玄人であったとしても1人でどうこうできる相手ではないようにパインは考えてしまっていた。
「お前の武器はこれだな 腕太いし 丁度いいだろ ・・・」
店の中でうろつくこと30分程度か。やっとのことでアッシュが選んだ「武器」はなんの変哲もない金づちに見える。
「おら 持ってみ」
そう言われるがままパインはそれを持ってみた。それは見た目よりかなり重いものであった。彼は危うく落としそうになる。
(おっと 重い ・・・)
実家にあった一番大きなダンベルよりも重い。
どうやら特殊な金づちのようで、打つ相手が非常に硬い時に用いるもののようである。それの使い道なんて彼は何も知らない。
「いいじゃん 似合う似合う」
アッシュが割と本気の笑顔でからかうように言っていた。
「そうですかね? ・・・」
「武器持たずに飛び出すやつが文句なんて言えないだろ?」
「は はぁ ・・・」
パインにとって、ハナからそうせざるを得ない。アッシュの意向に従うこととなる。
その後も何やら専門的なことを聞かされ、店の中をうろつくこととなった。言葉の1つ1つが今まで聞いたことがないような単語ばかりで、正直眠くなった。おそらく1、2時間もの間店に滞在していたであろう、購入したのはこのくそ重いハンマーだけであった。ずっとそれを持たされていたことでパインの腕は痙攣していた。