発動編
今度は戦闘だ!
牛頭人馬型の魔獣は王都から10kmの麦畑にいた。馬のような脚・・・直径3mほどもある4本の脚を1本ずつ持ち上げては前に下ろし、ひどくゆっくり進行中だった。魔獣の脚の下の麦畑が深く沈み込んでいた。足場が悪く速度を上げられない様子だった。
王国騎士団300名は魔獣の前方に鶴翼の陣形で展開していた。
「魔法中隊、魔獣の左側の畑に穴を掘って体勢を崩せ!魔獣が倒れたら右翼は馬の腹を、左翼は人体の部分に切り込め!なお絶対死ぬな。怪我なら救護班が治してくれる!もう一度言う、死ぬな!戦闘開始!!!」
「うおおおおおおおおおっ!」
魔法中隊が魔法の詠唱を開始した。魔獣の左脚直下の畑の麦を押し倒して円形の幾何学模様が出現した。円形の内側で線と曲線が急速に増加し、複雑に絡み合って魔法陣が完成すると土壌が一気に深く沈み込んだ。
魔獣が左側へ傾き、付近一帯の地面を揺るがして倒れ込んだ。
「とつげきいいいいいいっ!うありゃああ!!」
騎士達が槍、剣、大剣、戦斧を持って魔獣に斬りかかっていった。
ざん!ざん!ざん!
魔獣の皮革が刃物で引っかかれ、深さ1mm程度の傷が付いていくが、それだけだた。
「駄目だっ、剣が効かない!」
「戦斧も弾かれるだけだっ、おのれえええっ」
「ぐぼあっっ」
6名の騎士が魔獣の脚で払われ、飛ばされた。腕または脚が変な方向へ曲がっていた。魔法で身体強化した救護隊が凄い速度で駆けつけ、負傷した騎士を担架に乗せてまた凄い速度で後方へ運び、治療魔法で骨折と傷を修復し始めた。
「大丈夫だ。死なない限り治してやる!遠慮なく突っ込んでいいぞおっ。」
「くれぐれも即死するな!頭と腹は死守しろ。」
「わかりましたっ!!もう一度行くぞ戦友!」
「応!」
負傷した騎士達は5分ほどで回復され、再び魔獣へ向かっていった。
ブロード・ロックウッドの所属する小隊9名は、左翼から魔獣の喉へ駆け付けた。
「小隊、横一文字隊形で突撃する!」
小隊長の指示で隊列を整えると一斉に魔獣の柔らかそうな喉へ斬りかかった。
「おおっ!」
「はっ!」
「斬れてねぇ!?」
「後退しろっ退避!」
小隊長の叫びで全員が後方へ飛んだ直後、魔獣の左腕が目の前を横薙ぎしていった。
魔獣の喉には引っ掻き傷が多数付いていたものの、それだけだった。明らかに刃が入っていない。
「各人、同じ場所を狙って斬れ!魔獣の腕に注意しろ!突撃っ」
小隊全員が再び喉へ向かって駆け出したとき、魔獣が咆哮を上げた。あまりの大音量に大気が震動し、騎士達の脳を揺らし軽い脳震盪を発生させた。そこへ魔獣の左腕の振り戻しが来た。騎士達は避ける事が出来ず、左側から3名の盾に接触し軌道が変わって4番目にいたブロードの頭部を直撃した。
「ブローーードおおおお!」
小隊長が叫んだ。小隊長の頭上をブロードの身体が飛んでいく。首から上が無くなり、血や何かの破片がぶち播かれていく。ブロードの脳裏には妹と出会ってから指輪をもらうまでの思い出が走馬燈のように流れていた。
そのとき、空中で周囲に広がったモノが金色の光を発してブロードの首の上に集まり、頭の形にまとまっていく。一瞬閃光を発した後ブロードの頭が元通りに治っていた。左手の薬指に嵌めていた指輪がパキンと砕けた。
経過時間2.7秒、妹リデル特製全自動発動型最高速度かつ極大効果治療魔法の指輪の発動の瞬間だった。
どさ。ブロードの身体が柔らかい麦畑に落下した。
「いってーっ、すごい衝撃だった。兜が飛ばされたか?ま、いいか。うおっしゃー!再突げーき!」
ブロードは立ち上がると剣を拾い、魔獣の喉に切り込んでいる仲間の元へ駆け付けた。小隊長は戦線復帰したブロードを見て何が起こったのか分からなかったが、、依然として魔獣は暴れており、詳細は後で聞くこととして目の前の戦闘に集中した。
ずばっ!
ブロードの剣が魔獣の喉を深く切り裂いた。
「なんだ?皮が柔らかくなってるぞ。いけるか?うぐわばっ」
少しいい気になったブロードが魔獣の右腕に引っかけられて両足を折られてしまった。一緒に小隊の3人も吹っ飛ばされた。
ブロードの右手の指輪が1つ砕け、両足の骨折が1.5秒で治療完了した。
「すごい、凄いぞリデル!お兄ちゃんは感動した!これが愛の力か?本当か?兄妹でやばくないか?あ、2個砕けてるなぁ。やばい、左の薬指のがやられてる・・・オレ死にそうだったのか?そういや走馬燈が・・・いろいろやばいなあ。」
ブロードはポケットに入れておいた指輪を取り出し、砕けた分を嵌め直した。
魔獣は身を立て直して立ち上がっていた。魔獣に付いた傷は浅いものばかりで、全く弱った気配がなかった。騎士団員達は負傷しては回復され、何度も前線復帰していた。切った結果がなかなか表れず、騎士団に無力感が漂い始めていた。
「ひひひひひいいいいいん!」
魔獣が突然馬のようにいななき、前脚を上げ後ろ脚で立ち上がり威嚇してきた。馬のような形状の前脚が空中をかきむしった。
「あの体制で後ろ脚を畑に沈ませると、体重に耐えきれずに脚が折れるのではないか!?」
「団長、やってみましょう。」
「よし!魔法中隊は穴の準備。発動のタイミングは中隊長に任せる。弓隊は頭部に攻撃を集中してヤツを怒らせろ。突撃隊は前脚を攻撃、負傷した者は後方へ退避して治療回復してもらえ。以上、作戦開始!」
弓隊が正面から魔獣の頭部へ大量の矢を放った。魔獣の皮膚は硬く、突き刺さる矢はほとんど無かった。それでも鬱陶しかったのか魔獣は再び後ろ脚で立ち上がった。その瞬間、魔法中隊が後ろ脚直下に大きな穴を発生させた。魔獣の脚が土に深く沈み込み、体勢を崩した胴体が斜めに倒れ、体重を支えきれなくなった後ろ脚が折れた。ドオオオンと大きな音を立て、魔獣は腹這いになった。
騎士団の刃物による攻撃が再開された。ブロードは左前脚の斬り込みに参加した。すでに小隊の仲間は散り散りになってどこにいるのか分からなくなっていた。
ザシュッ!ブシュワッ!
「お?おお?」
ブロードの剣が硬い皮を切り裂いて血液を噴出させた。
「その傷深いな!よしお前、別の場所も切ってくれ!そこはオレが引き継ぐ!」
戦斧を持った騎士がブロードの作った傷に体重をかけた一撃を追加した。
ザグッ。グシュ!
傷が一気に深くなった。魔獣の皮膚は硬かったがその下は柔らかい組織になっているようだった。
ブロードは前脚に3カ所の切り込みを入れると、脚の反対側へ回り込もうとした。瞬間、急に動いた足先の蹄に引っかけられ20mあまり吹っ飛ばされた。
パリン。左手の小指の指輪が割れ、折れたあばらと肩の骨が2.2秒で回復した。
「こんなのでオレは引かないぞぉおおおっ」
ブロードは地面を蹴って勢いよく走り出し、魔獣の左前脚脛に斬りかかった。移動速度と剣速が明らかに上がっていた。
ドバン!
ブロードの剣が魔獣の脛の骨の半分にまで達した。
「ぶわゃあわあああああー」
痛がった魔獣が爆音で鳴き声を上げた。騎士達が大音量に負けて動きを止めたとき魔獣の左腕が左前脚周辺にいた騎士達を薙ぎ払った。次いで右腕が地面を掻くように振り回され、30人の騎士が飛ばされた。
パキン。ブロードの左手の薬指の指輪が崩壊し、ほぼ即死級の傷害が2.9秒で回復した。
「い、今、白いお花畑が見えた、ような気がする。みんなは無事か?」
魔獣の周りには多くの騎士が横たわっていた。しかし、まだ100名ほどの騎士が攻撃を続行していた。ブロードは持っていた剣が折れているのに気付くと近くに落ちていた戦斧を拾った。そして、薬指に新しい指輪を嵌め直し魔物の左腕上腕部へ向かって駆け出した。ブロードの1歩ごとに足下の土が後方へ蹴り上げられ一筋の流星のように見えた。
ブロードの渾身の一撃が魔物の腕に打ち込まれると戦斧は骨の半ばまで断ち切った。すかさず戦斧を引き抜いて振り上げ、2撃目を打ち込んだ。
ズン!
魔物の左腕が立ち切られ、地面に落下した。
「なんだ、オレ、いきなり強くなったのか?まさか戦闘で死ぬようなところまで行ってそこから復活すると強くなるってアレか?そんな、紙芝居じゃあるまいし。----------って、考え込んでる場合かあああ!」
ブロードは首に向かって走り、ブンブンと頭部を振っていた魔獣の角に引っかけられてまたしても空を飛んだ。
「加護はどうしたあああああああっ。」
パリン。1.5秒で全治。
「治った!すまんリデル、もうオレはお前を疑わない。」
「ふう-。すう-は-すう-は-。」
左手の薬指に4個目の指輪を嵌めたブロードは深呼吸をすると、ゆらりと立ち上がった。全身に活力がみなぎっていた。
ブロードの小隊長は、生きてはいるものの多数の骨折で立ち上がることができず、腕の力だけで這っていた。周囲にはかろうじて生きているような重傷者が何人も転がっていた。脚から血を流している騎士に近づき、止血処置をしてふと魔獣の方を振り返ったとき、そこにブロードが降ってきた。
ブロードの胴鎧には大穴が開き、肩や腕の装甲は無くなり、下の服もぼろぼろになっていた。ただ本人は無傷で、ゆっくり立ち上がると気合いを入れた。
「はあああああああああああああああっ!!」
ブロードの髪の毛が逆立ち、筋肉が増大し、全身から黄金色の光が湧き出てきた。
力がみなぎっていた。たぎる気力が魔獣に向かっていた。闘気が周りの景色を陽炎のように歪ませた。
「なんだありゃあ?」
フォン!シュパッ。風を置いてブロードが走った。急速に魔獣の頭部に接近したブロードは高く跳躍し、戦斧を振りかぶって眉間に叩き込んだ。
バコッ!
戦斧が魔獣の頭蓋骨にめり込んだ。ブロードは魔獣の額に脚をかけると戦斧を引き抜いて1撃目で出来た傷に再び打ち込んだ。
「どうりゃああああっ」
グシャ!バシュウウウウ!!
魔獣の頭から赤っぽい液体が噴出した。
3撃、4撃、5撃。ブロードが戦斧を振るたび、魔獣の頭の形が変わっていった。
魔獣の動きが止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ。やったか?」
魔獣の身体から力が抜け、地面に巨体が崩れ落ちた。
荒い呼吸のブロード。魔獣の目を確認すると縦に割れた瞳孔が完全に開いていた。
ついに魔獣は死んだ。
「小隊のみんなは?小隊長殿は?・・・・ああ、騎士団のみんなが。」
辺りには倒れて動かない者や見るからに大怪我をしている者、血まみれになっている者が大勢いた。立って救護にあたる者もいたが、王国騎士団300名のほとんどが地面に横たわっていた。
「オ、オレは指輪で助かったが、オレだけじゃないか。治療するならみんなも助けてくれぇぇぇ!」
パリン!ピシッ!パンッ!
ブロードが自分の胸に接着剤で貼り付けていた指輪が5個全部はじけ飛んだ。同時に両手の指に嵌めた指輪が全部一瞬で砕けると、ブロードの身体から金色の光が拡がって倒れている者達を包んでいった。
光に包まれた者の怪我が3秒以内で全治していった。折れた骨が正常な位置へ戻されて元通りに接合し、切れた筋肉や潰れた部位も元に収まり、腫れは引き、流れた血液も体内に戻った。
「い、生きてる。」
「腕が生えてきた・・・治ってる?」
「すごい治療魔法だな、いったい誰が・・・?」
「オレはまだ死ねないのだな。」
「川の向こうでお前はまだ来るなと死んだじいちゃんが。」
意識が戻った者は、静かになった戦場に立つ金色の光に包まれた一人の男を見た。
「あいつが治したのか?」
「光ってる・・・。」
「英雄だ・・・。」
「英雄だ!あいつが魔獣に留めをさした!オレは見たんだ!」
「英雄だ!おおおおおおおおおおお!!!」
騎士達が咆哮を上げた。自分や同僚達の怪我が完治している喜びと、魔獣を倒した喜びが溢れ出していた。
「ぶろおおおおおおおおどっ、よくやった!よくやったな!」
小隊長が駆けて来てブロードに抱きつき、髪の毛をぐしゃぐしゃにしていた。小隊の仲間達も走ってきてブロードの背中や肩をバンバン叩いたり握手をしたり、もみくちゃにされていた。ブロードの身体から出ていた光はいつの間にか収まっていた。
「死者0名、怪我人完治済み。牛頭人馬形魔獣1頭討伐完了。麦畑はぐちゃぐちゃになったけどな!諸君良くやった!作戦は大成功だ。魔獣の後始末と畑の復旧は別動隊に任せる。それに、今回の作戦で王国騎士団に英雄が誕生した!帰ったらゆっくり休んで明日は大宴会だ!以上!作戦終了、帰還する!!」
こうして魔獣討伐戦は終了した。
ブロード・ロックウッドは英雄になった。
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「お兄さま、おかえりなさいませ。お怪我はありませんでした?」
「怪我はしたんだがリデルの指輪のおかげで全部治っている。いやー本当に助かった。何回か死にそうになったんだが、その度に指輪がパリンとかパキンとかいって壊れて、代わりに折れた脚が治ったりしてたんだ。」
「思った通りです!指輪を作った甲斐がありました。」
「オレ、リデルにお礼がしたい。何がいい?」
「お兄さまのお嫁さんにしてください。」
「それはまずいだろ。」
「実は、わたしの父は他の人だったのです!」
「リデルはお祖母様と髪や目の色が同じで若いころにそっくりだそうだ。どう考えてもオレとお前は血が繋がっている。その言い訳は無理だな。」
「じゃあ、お兄さまが王様になってワシが法なのじゃーとかいって道理を引っ込ませてください。」
「あのなー。」
やはり妹は何か勘違いしているとブロードは思った。
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王城、正殿の間。国王と王族、宰相、大臣、主要貴族、王国騎士団長らが列席する中で防衛戦の表彰式が行われていた。
「王国騎士団所属ブロード・ロックウッド。此度の魔獣災害防衛戦における貴殿の働きは目覚ましく、ここに英雄章を与えるものなり。」
「ありがたく頂戴いたします。」
「おめでとう、ロックウッド君。さて、報償として金貨の他に何かを与えようと閣議決定しておるのだが、希望はあるかね。出来る事であれば叶えてあげよう。」
「は、男子たるものいつかは一国一城の主として立ちたいと思いますので、父のの領地であるハインライン地方を半独立的な公国として独立させ、わたくしをその国の領主としていただきたいと思います。」
「君は男爵令息だから、そのままだとハインライン男国になってしまうなあ。勘違いした住人でむさ苦しくなりそうだ。はははは。」
とりあえず冗談はさておいて、男爵家を公爵家に格上げして国名はハインライン公国、領地はそのままで王国に納めていた税金は今後廃止とし、改めて上納金の形でこれまでの1/10を納める。外交は当分の間王国にまかせるなどなど細かく取り決め、ハインライン公国が成立した。
その後、ロックウッド一家はハインライン公国に引っ越し、末永く幸せに暮らしましたと記録には残っている。
なお、600年後の現在、ハインライン王国の宝物庫の最深部に鉛色の指輪が7個納められていることが確認されている。時間停止の魔法が掛けられた収納ケースには「製作者 初代王妃リデル・ロックウッド」と刻まれている。
めでたしめでたし。