☆隣の清水さんへの恋慕
☆→静くん視点です
『それに、そろそろまちは新しい恋してもいいんじゃない』
室井さんの口から聞いたその言葉は、衝撃的であった。
自分の家の玄関にたどり着き、靴を脱いでいる時にその衝撃と共に、これまでの清水さんの歌っている横顔を思い出した。あれは、悲恋の歌のせいだと思っていたけれど…。
そういえば、一度だけ部長には止められているけれど、と内緒で歌ってくれた曲があった。その曲は軽やかながらどこか切なさも感じるようなもので、彼女の雰囲気に似合っている、と思ったのと同時に、かすかな違和感も感じられた。
その違和感が少し姿を見せた時もあったような気が―――…。
『清水さん、声、戻ってきたね』
『……そういうの、わかっちゃう人?』
『そういうの?』
『音程外れてる、みたいな分かりやすい間違いじゃなくて、声の出し方とか息遣いとかで何かおかしいな、不調かな、とか…上手く言えないんだけど内面的なものが聴いただけでわかっちゃう?』
『よくわかんないけど、清水さんの声はわかるよ。なんとなく』
『そっか…』
―――“あの”表情は、本当は誰を想っていたのだろう。
手を洗って、ふと正面の鏡に映る自分を見つめる。
いつもの、見慣れた顔。相変わらずの、表情。
清水さんもわりとクールな方だが、芸術家肌なのか、場面に応じて羨ましいぐらい表情が豊かになる。
物腰もやわらかくて、素直な性根が声に全部現れているような気さえする。聞き心地のいい声。
表情も思うように変えられない不器用な自分とは大違いだ。
「誰なんだろ…」
彼女が歌に向き合う時のような、あの真摯な気持ちは、一体誰に向けられたものなのだろう。
黒くてもやもやしたような言葉にしにくいものが胸に渦巻いている。
今まで、彼女に振り向いてほしいという気持ちを押し付けるだけだったのが恥ずかしいような気もするし、自分のことがまるで眼中にないことを思い知らされたみたいで悔しい気もする。
いや、悔しいというより…。
「………」
一瞬、暴力的な気持ちになったような気が…?
林藤と別れてから残りの帰り道があまり記憶にない。清水さんが室井さんに意識的に傍に行こうとしていて、何故かそこに山本が絶妙なタイミングで入り込んでいて、室井さんが両者の会話を上手い具合にさばいていたのはかろうじて覚えている。
うがいも終わらせて、鞄を自室に置くために部屋に戻る。途中で母が晩ご飯は出来ていることを知らせてくれ、返事をする。
「あらやだ。元気ない時のお父さんみたい。男の子ってやっぱり似るのね」
「…元気だけど」
「そう…? まぁ、鞄置いたら降りてきなさい。一緒に食べましょ」
「うん」
二階の自室に上がり、鞄を置く。暗い部屋に、ヴー、ヴーと電子音が聞こえ、何とはなしに携帯を開く。
『おせっかいだったかな…?』
林藤からのメッセージだった。室井さんの発言から、チラチラこちらを見ていると思っていたが、時間帯といい、自分が家に着くまでもしかして気にかけてくれていたのだろうか。
『大丈夫だ。むしろ、感謝してる』
『そっか…。ちょっと爆弾踏んだかなって思ったけど。』
『いや、むしろ知れてよかった。ちょっともやもやはするけど』
『そりゃ嫉妬もするよ。でも、そこで「知れてよかった」って言えるところが静のいいとこだよね』
返信に打ち込まれた『嫉妬』という言葉に、ようやくこの胸にわだかまっている感情はソレなんだとストン、と自分の中に落ち着いたような気がした。
「そうか…嫉妬、か…」
初めての感情、というわけでもないのは、今日だけでも林藤や山本に少なからず同じ感情を向けてしまっていたからだろうか。自分は歪んだ感情を持っていたのに、林藤の返信が善良すぎて少々居心地が悪い。
『嫉妬って、厄介だな』
『ちょっと待った。もしかして今気づいた…?』
『うん』
そこで少しの間があき、もう返事は来ないか、と思った矢先に、返信は来た。
『静。初恋って実らないって言うけど、当日はオレここから祈祷するから頑張れ』
「…山本みたいなこと言うんだな」
とりあえず、祭りには行くから、と送ると、次は山本からメッセージが送られてきた。
『オレ 祭りの日 行けねーわ』
「………。山本のこと、忘れてた…」
もうすでに清水さんと二人で行くつもりをしていたから、完全に山本の意見を聞いていなかったことに今更ながら気付く。
だが、そんな余計なことを書き込むことはせず、『了解』と無難に返信しておいた。
きっと、清水さんを誘うのに緊張していたから抜けていたんだ。きっとそうだ。
なんてことを後から言い訳のように思いながら、画面を閉じようとして、二つ下にある清水さんのアイコンを見て、タップする。
「………」
先に待ち合わせの話もしておこうとメッセージを送っておく。そこからしばらく画面を見ていたが、既読にはならなかったので、夕食を食べに一階に降りたのだった。




