お芋様
ワサビ(とオサ)は再び町中を歩き始めた。十字路を今度は直進したのだが、相変わらず町並みにたいした変化はない。
「あ、向こうにも何かあるよ」
ワサビは通りの奥を指差した。
指の先には、何か大きな石の群れがある。
「あれは、石舞台……確か神事に使われる祭壇じゃったと思うが……」
「へー。行ってみよー」
近づくにつれ、その石の群れがかなり巨大なことがわかった。
中央に石を敷き詰めて作られた舞台があり、それを囲むようにして大きさのまちまちな巨石がそびえたっている。
「……んー、近づいてみたものの……特に何かあるわけでもないんだねー……」
「まぁ、こういったものは神事の時でもなければ使われることはないものじゃからな。普段は飾りもされておるまい」
石舞台の上には、中央に神事に使うと思われる石の台があるくらいで、ぐるりと見渡してみても、やはりただ不規則に巨石が並べられているだけだった。
「しかし文化的、民俗学的見地から言えばこれはこれで意義がある。そもそもこの巨石を使った祭壇というのは、何もこの地方に限ったことではなく世界各所に……」
「ねぇ、あっちに畑が見えるけど」
ワサビはオサの言葉を遮って言った。
「……お前は本当に人の話を聞かんのう」
「オサの話が長すぎるだけだよ。それよりほら、はーたーけー。なんか一杯生えてるみたいだけど……」
巨石群の合間から畑が見える。ワサビの言葉通り、そこは青々と茂っていた。それも、相当な面積だ。町の半分はあるかもしれない。
今度はそちらに近づいてみると、生えているのは地を這うようなつるを持った植物だった。
「サツマイモだな……」
「えー、サツマイモ? 全然違うじゃん。葉っぱとつるだけだよ?」
ワサビが首をかしげる。
「まったくお前は……。サツマイモは地下に生えるのだ。トマトのように実がなるのではない」
「へぇ~。じゃあまだ出来てないんだ?」
「ん? 何を言っておるのだ。もう出来ておるぞ」
「ふぇ?」
ワサビは間抜けな声を出した。へ? と言おうとしたのだろうが、上手く声が出なかったようだ。
「だから地下に生えると言っておるだろう。地上から見てもわからんかもしれんが、地下ではちゃんと……」
「だからそうじゃなくて。出来てるならみんななんで食べないの? みんな痩せてるし、サツマイモ食べれば元気になると思うけど」
不思議そうに言う。
「……そうか。まったくそうじゃな。儂としたことが……なまじ情報をもっとる分、気づかなんだ……」
「ねぇ、一人で納得してないで教えてよ~」
肩にとまったオサを揺する。
「う、うむ。ここではサツマイモを神として崇めておるのじゃ。ゆえに食べることはない」
「え? サツマイモが神様?」
きょとんとするワサビ。
「そういう価値観もあるということだ。何を神とするかは人それぞれだ。儂とてある土地に行けば神だと言われることもあろうよ」
少し、何かを思い出すように、オサは遠くを見ながら言った。
「オサの神様は?」
「儂は別に信じておらんよ」
「色々あるんだね~」
「そう、色々あるのじゃ」
それから来た道を引き返した。
「あ、井戸だ」
ワサビが町の片隅にある井戸に気づいた。
井戸の側には大柄な男がいた。それでもやはり頬はこけている。
「わーい、喉カラカラ~」
ワサビがスキップで近づいていくと、その男が制した。
「あんた、旅人だな?」
「うん、そうだよ。水を売ってほしいんだけど」
「悪いが水は売れねぇなぁ」
「ええーっ!?」
ワサビは驚いて飛び上った。
「この干ばつだからよ。お芋様に捧げる水以外は制限されてんのさ」
「おいもさま……って?」
「おいおい、あんた知らねぇのか。この町の守り神様だよ」
男は、信じられない、とでもいうように両手を広げ、言った。
「そのおいもさまは水が必要なの?」
「いや、正確にはお芋様にじゃねぇ。お芋様が宿るサツマイモを育てるのに水がいるんだよ」
「えっ? サツマイモに宿ってるの?」
「例えじゃ」
ワサビだけに聞こえるようにオサが囁いた。
「まぁ、とにかくそんなわけだから、水はやれねぇ。命より大事なサツマイモだけは枯らすいかねぇからな」
「そんなぁ……」




