女神の懺悔(4)
ーー昔の夢を見た。
姉さまたちと一緒に楽園を駆け回っていた頃。
まだ名付けもされていない頃。
末の私は姉さまたちがひとりひとりと名付けをされ去っていくのを見ながら近しい姉さまの手を握っていた。
「姉さま、姉さま」
「なぁに、末の子」
まだ名が無い為、末の子と呼ばれ可愛がられていたと思う。あの時に生まれた最後の神だったからでもあったのだと後からわかった。
「一の姉さまはもういってしまわれたの?」
「一の姉さまではなく、イーリス様でしょう。そうよ、お役目を為されているのよ」
一の姉はもう名付けを終えて世界の管理役として役目を任されていた。彼女は私のことを、“可哀想な子”だと呼んでは泣きそうな顔で私を抱きしめた。あの温もりがもう無いのだと理解できなかった。
「二の姉さまは、もうそろそろ名付けを終えられるの?」
「二の姉さまももう名付けは終えられたのよ。テーテュース様よ。もう暫くしたらお役目に行ってしまわれるわ」
二の姉はよく笑う方だった。彼女は激しさを身に宿していて私を“大人しい子”と頭を撫でてくれていた。あの手があの時で最後だったと思うと少し名残惜しい。
「三の姉さまは?」
「もうすぐ名付けが行われるわ」
三の姉は無表情なのをよく見かけた。彼女は私を“馬鹿な子”だと呆れていた。けれども私が身振り手振りで話を始めるといつも読んでいた本をおいて耳を傾けてくれた。
「四の姉さまは?」
「四の姉さまは……」
少し言い淀んだ彼女は意を決して、言葉を発した。
「四の姉さま……ガイア様は禁忌を犯して無に帰されてしまったの」
「禁忌?」
聞き慣れない言葉を聞き返して、首をかしげる。まだ名付けの行われていない、存在を固定されていない軽いものである私は生まれ名付けされるまでは姉さまたちから聞く話と自分の目で見れる範囲の景色しか知らない。
だからこそ、四の姉さまがどんな罪を犯したとかなんてその時の私には想像もできなかった。
ーー知識があるから、理解ができる。
ーー経験があるから、想像ができる。
美しく、聡明で慈悲深い、とされた四の姉さまは生まれたときから名付けが為されていた。生まれ落ちた時からもう既にお役目が始まっていたのだ。特別だったのだ、彼女は。
特別だったが故に、犯してはいけない罪を犯してしまったのだ、と今になってわかる。
四の姉さまは私が生まれ落ちたときに禁忌を犯し、無に帰されることが決定した。皆、私が四の姉さまの代わりだと、四の姉さまが力を一部私に植えつけた、とまで噂した。その時はそれが何かも理解していないで、ただただ姉さまたちが私を通して誰かを見ていることしかわからなかった。
だから私の手を引いていた、六の姉さまは私に似ている四の姉さまのことを話すのを躊躇った。そして、震える声で小さく囁いた。
「あなたは、末の子、あなたは……ガイア様のようにはならないで」
ゆっくりと抱き締められた、肩には六の姉さまの涙がひとしずくだけ触れた。
* * * *
ふと、我に返った。
なにも無くなってしまった辺りを見て青褪めた。
ーーーあぁ!なんということを……!
私は、私の生んだ命を自らの手で失くしてしまった。
世界を崩壊させる程ではない。なんなら、大陸と呼ばれる土地の一部だろう、と上位の神は笑うだろう。それくらいしたことあるわよ、と姉さまらはなんて事ないように仰るだろう。そう、神たちにとって全てではなく一部であったならそれは違反ではなく、よくあることなのだ。
人に限らず、生きものは貪欲で身勝手だーー。
けれど、私は世界を守り慈しむ為にこの地に降り立ったのだ。ましてや、愛し子を他の生きものを失くすために降りたわけではないのに。
失くしてしまった命とこれからどうなるかわからない愛し子のいたあの場所。
もう、全てが煩わしかった。
だからいっそのこと放っておこう。
人の世が、世界が、滅びようともそれは人が自ら辿った運命であり私がどうこうできるものではない。
愛し子さえ守れない神など元から姿など見せぬほうがいいのだ。
この程度の規模では、上位の神は何も言ってこない。世界と呼ばれるものを全て壊し尽くし全ての命の芽を自らの暴走によって摘み取ってしまったとき、上位の神の力の源である世界を滅ぼし、上位の神の力を削ったと判断され、禁忌を犯したとして無に帰されるのだ。
上位の神は何も言わないが、六の姉さまだけは少しお灸を据えてくるはずだ。愛し子に肩入れしすぎだと。四の姉、ガイア様のようにならないでくれと。
彼女は私と同じように愛し子を愛した。そして愛し子が理不尽に殺されたことに自我を喪い、全ての力で世界を滅ぼした。
彼女は、愛し子を愛しすぎてしまったのだ。我が子のように愛でるのではなく、伴侶のように愛してしまったのだ。
もう、こんなことになるくはいなら愛し子などいらない。人が人として自ら破滅の一途を辿るならそれも運命だと、他の生命体が生まれるのを見守ればいいーー。
そう思って、眠りについた。
次に目が覚めたとき世界はどう変わっていても関心すら持ち合わせてなかった。