【01】捕獲完了
ラブコメを目指したはず。
結論→どうしてこうなった。
4作目です。
カーテンから漏れる日差しに目を細める。まだ何も機能していない脳には、少々強すぎる刺激だった。
いつものように携帯に手を伸ばそうとしたが、引っ込める。
今日は土曜日。休日くらいは、ゆっくり二度寝しても許されるだろう。
ずり落ちる寸前だった布団を引き上げ、頭まですっぽりと被る。もぞもぞと動く様子は、まるで芋虫のようだが気にしない。一応、女子という立場なのに、芋虫とかそうゆう表現はどうかと思う。自分で言っといてあれだけど。
まあ、そんなことどうでもいい。とりあえず、寝ることが一番大切だ。
昨日は飲み会で、皆で大騒ぎした。課長すごかったな。……それで二次会に行こうと思ったけれど、後輩二人に誘われて智子と一緒に飲み直したんだっけか。
……。
――それで……それからどうなった?
飲み直したときの記憶は大体憶えている。話がとても盛り上がって楽しかった。
だけど、寝てしまうまでの記憶が曖昧だった。思い出そうとしても、二日酔いのせいか頭が痛む。
――誰がここに私を運んだ?
眠気がすっかりと覚め、そして勢いよく起き上がった。
白と黒を基調とした寝室。シンプルなデザイン。どうやら、男性の部屋らしい。
そこで私は、やっとここが自分の部屋ではないことに気が付いた。私は、そっと布団の中を覗き見る。大丈夫だ、ちゃんと服は着ている。
とりあえずここはどこなのだろうか。
「……ん、うん」
寝返りをする音が聞こえてきて、肩が跳ね上がった。まずい、誰かいたらしい。同じベットに寝ていたのに、ベットが広くて気づかなかった。
起こさないように、おそるおそる足を床に着ける。
よし! このまま、ドアまで一直線。この人が起きる前に逃げ……じゃなくて、避難しよう。そうしてから、考えても遅くないはず。
軽く深呼吸をする。
そして、スタートダッシュを切ろうとした私の腕が引っ張られ、なぜかベッドに逆戻りした。
「まったく……目を離すとこうなるから、油断できないですよ」
寝起き特有の掠れ気味の声がした。そして、後ろから抱きしめられる。
拘束がすごくて、苦しいんですけど。もうちょっと力加減を考えましょうよ。……その前に、誰だよ。
そう思いながら、後ろを振り向く。そして、私は固まった。
そいつはクスと笑いながら、私に頬ずりをした。
「その顔も可愛いですね」
余裕そうな表情をしているこいつとは反対に、私は口を開けて、引きつり笑いをすることしかできない。
どうして、こいつが。
「……智田」
「おはようございます。唯香さん」
そう言って、智田遼太郎は笑った。
+++
智田遼太郎は私――柳橋唯香のただの後輩である。それ以上でもそれ以下でもない存在のはずなのに。
――どうしてこうなった?
頭の中がゴチャゴチャになっている私をよそに、智田は私の頭の上に顎を乗せた。そして指で私の髪を弄び始めた。彼は私よりも三歳も下のはずなのに、この立場って何。こらこら、耳に触れるな。
「智田」
「んー、なんですかー」
おい待て、話聞く態度じゃないですよね。
「私、昨日どうなったの? 途中までしか記憶ないんだけど」
「潰れましたよ」
「……まじで?」
「まじです。ベロンベロンでしたよ」
私はお酒に強い。私だけではなく、親戚全体強いのだ。それゆえに飲み会でも潰れることはなく、皆の介抱役だ。だから、今までの経験上潰れることは初めてだったので、驚きを隠せない。
「じゃあ、智田がここまで運んできたの?」
「はい。タクシー乗るとき住所聞いたんですけど、寝てしまっていたので俺の家に連れてきました」
「……すみません」
うわー、やっちまったよ。本当に申し訳ないです。ベロベロに酔った先輩を連れてくるのって、迷惑極まりないだろう。智田はただのイケメンだと思ってたけど、心広いことが分かった。改めて感謝。
智田は、いわゆる美形と分類される人だ。186センチもある長身に眼鏡が特徴的なイケメンです。そして、顔だけじゃなく声もイケボだ。神様はなんて残酷で不平等なんだろう。いや、神様なんて信じちゃいないけど。
だから、余計に智田が私を介抱してくれたことに違和感を感じる。そして、私と智子を飲みに誘ったことも。もっと美人で可愛い人や話が面白い人はたくさんいるのに。
私と智子を誘ったのは、智田と彼の同僚の小松だった。この二人とは、そこそこ交流はあった。飲みに誘われたのは初めてだったけれど。
だからといって、潰れるまで飲む……?
いつもなら、潰れる前にやめておくのに。
「唯香さん。聞いてます?」
「え、何?」
まったく聞いてませんでしたけど、何か言ってましたっけ?
まあ、いいや。
「……もうそろそろ時間だし、家に帰るね。智田、本当にありがとう。後でまたお礼にくるから」
智田には悪いが、お腹も空いているので、帰ろう。もう電車も動いている時間だ。空気が気まずいし、それにこれ以上イケメンといると恥ずかしい。
私は起き上がろうとしたが――起き上がれなかった。
智田が腕を緩めなかったこともあるけど、これは違う。
なぜなら。
「行かせませんよ」
智田と目が合う。息が止まった。
先輩として接してきて、初めて見る瞳。私は目を逸らすことができなかった。これを蛇に睨まれた蛙というのだろうか。
鎖が擦れる音。冷たい金属の感触。手首の違和感。
「あなたはここで生活するんですから」
――Pardon?