視線
「卓也!もう帰んの」
ばしんと大きな音で肩をたたかれる。魂が飛ぶかと思った。大きな手のひらの持ち主は、バスケ部の太田だった。大柄特有の無頓着さで、太田は自分のパワーの威力をいまいち分かっていない。卓也は少し本気でいらだちながら、ぶっきらぼうに返事をした。
「帰るよ」
「バスケやってかね?俺今日部活さぼっから、いつもの公園で―」
「あー…今日だるいから帰るわ」
「え?どーしたよ…あー……了解。じゃ、また明日な」
太田は少しばかり、作ったように笑った。ひらひらと手を振って別れ、校門を出る。
あいつ彼女亡くしたばっかりだもんな
そんな心の声が聴こえてきそうだった。というか、確かに聴こえてきた。バスケ部をさぼってもバスケ、そんな裏をひっくりかえしても表が出てくるような、太田はイイヤツだった。だけどイイヤツだからこそ、一緒にいることがめんどくさいこともしばしばある。何を考えているか丸わかりだから。そういうやつはごろごろといる。脳内だだもれの、ある意味素直な奴らだ。
元彼女、高木優子もそうだった。
元、とつくのは、先月死んだからだ。ガードレールのすきまから、10メートルほど下の公園に落下した。落下した先は、芝生の上でも木の上でもなんでもなく、ブランコだった。ブランコに思い切り頭を打って、優子は死んだ。
何を考えているのか丸わかり。そんな優子は時として、太田と同様に、卓也をいらだたせた。好意の対象が自分だから、ということもある。好きだな。そう思っているのが分かる。かっこいいな、わたしの彼氏は。そう思っているのが分かる。雑誌で得たスキルを総動員して、いかに自分を可愛く見せるか、そんなことばかり考えているのが、分かってしまう。でっかいキティのストラップだとか、金色に近い髪だとか、真っ黒なアイラインだとか、長いピンクの付け爪だとか、そういうものが意味するものが、分かってしまう。
そういうものに、卓也は無性にいらつきながら―
卓也はふと足をとめ、右に曲がった。まっすぐ進むと、優子の死んだ公園がある。そして、その脇には、丘を登る急斜面がある。優子が落ちたところだ。決して女々しい方ではないが、卓也はその場所に行きたくなかった。先月優子が死んで以来、その道を一回も通っていない。
その理由も、感情についても、
何も考えたくなかった。
「原田、卓也さんですか」
ふと、名前を呼ばれる。
振り返ると、男が二人立っていた。思わず一瞬、息が止まった。その二人は、まったく同じような目をしていた。よく見ると色も姿も身長もぜんぜん違うのに、振り返ったそのとき、瞳だけ4つ、等間隔に浮かんで見えたのだ。
途端に湧き上がる警戒心を一気に収束させたのは、手前にいた男の、同い年くらいだろうか、なんともいえない気の抜けたしゃべり方だった。
「どーも、桜田幸兵です」
桜田幸兵、と名乗ったその男は、雑誌にでも出てきそうな、とても端正な顔立ちをしていた。
「僕たち、高木優子の従兄弟なんですけど、今度、親族内でお別れ会を開くんです。みんなで手紙書いて、お仏壇に供えたりとか、そういうの」
「はぁ」
「原田さんも、できたら、手紙とかって思って」
地毛だろうか。自分とトーン的には変わらないだろう、明るい髪の毛をぽりぽりと掻いている。ジャージといい仕草といい、緊張感のない男だ。それにしても「手紙書いて、お仏壇に供えたり」?卓也は1ミリたりとも考えずに、返事をした。
「あー…俺、そういうのは、ちょっと」
「ですよねー残念」
男の反応もまた、卓也に負けないくらい、あっけらかんだった。全然残念そうには見えない。むしろ分かってました、くらいの様子である。ジャージの腕の部分が、ぱたぱたと風に煽られている。しばらく沈黙があり、ぼうっと立ち続けて続きを待つのも面倒くさくなり、「じゃあ」と背を向けかけたときに、男はぽつりと呟くように言った。
「じゃあ、今からお花あげにいくんで、一緒来てもらえますか。
優子ちゃん、あなたのこと、
とても好きだったみたいだし」
あ
卓也は反射的に、返事をした。
「いいッスよ、別に。そんくらいなら」
テレビドラマで見る、取り繕う犯人のように、すばやい返事だった。相手以上に、それに気づいていた卓也は舌打ちをしたい気分になった。ぎゅっと結ばれた口元を見て、男は優しく言った。
「ありがとう。優子ちゃんも喜びます、ええ、きっと。じゃあ、こっちです」
男たちが歩き出した方向は、優子が死んだ公園への道だった。あっ、と思う。その心の中の声が聴こえたかのように、男が振り返る。
「どうかしました?」
男の、すべて見透かすような目から辛うじて逃げ、卓也は歩を進めた。後ろからは、じりじりと、もう一人の男の視線が感じられた。




