第一章 勝利条件
秋人が目を開けたとき、最初に見えたのは一つの数字だった。
【15】
鮮やかな赤い数字が、正面の大型スクリーンに浮かんでいる。説明も単位もなく、カウントダウンですらない。
秋人は床に横たわったまま数秒間それを眺めた。後頭部には鈍い重さが残っている。着ている服はそのままだが、財布もスマートフォンも鍵も消えていた。
唯一増えていたものは、右手首にはめられた黒い電子リングだった。
【プレイヤー07】
秋人はリングを引っ張ってみた。接続口はなく、目につく留め具もない。
無理に外そうとはしなかった。右前方ですでに、別の誰かが代わりに試してくれていたからだ。
「ふざけるな!」
大柄な男が床から起き上がり、手首の電子リングをつかんで力任せに引いた。
ピーッ――!
耳障りな警報音が鳴り響き、リングが赤く発光する。
【警告!】
男は顔色を変え、すぐに手を放した。すると赤い光も消える。
秋人は男を一瞥した。
腕力に自信があり、気が短い。未知の物に出会えば、まず壊せるか試すタイプだ。あとで集団討議が始まれば、こういう人間はすぐ中心に立つ。
使いやすい。だが、危険でもある。
秋人が視線を外す間にも、周囲では次々と人が目を覚ましていった。
十五人。男が七人、女が八人。全員、見たところ二十歳は超えている。
すぐ出口を調べる者。ポケットというポケットを探る者。その場に立ったまま、ここはどこだと繰り返し尋ねる者。
秋人は加わらず、立ち上がって服についた埃を払った。
「誰か、ここへ連れてこられたときのことを覚えていませんか?」
眼鏡をかけた男が尋ねた。
「誘拐か?」
「悪質ないたずら?」
「先に出口を探そう!」
声が次第に入り混じる。秋人は壁際の適当な場所を選び、発言する気などないような顔で立っていた。
実際には、すでに半数以上の様子を観察し終えている。
さっきの短気な男は【03番】。目覚めてから三度も扉の位置を確かめた短髪の女が【09番】。【05番】の男は、ずっと誰とも目を合わせていない。
そして【11番】。
秋人の視線が一瞬止まった。黒い長髪の女が椅子に座り、誰とも話さずにいる。
彼女も人を見ていた。ただし、取り乱して視線を巡らせているのではない。一人ずつ、順番に観察している。
秋人と目が合っても、女は逸らさなかった。二秒後、秋人のほうが先に微笑んだ。
そのとき、電子スクリーンが点灯した。
全員が静まり返り、白い文字が浮かび上がる。
【デスゲーム『役職公開』へようこそ】
【本ゲームの参加者は15名】
【ゲーム終了条件:非公開】
「デスゲーム?」
「ふざけるな!」
「ここから出せ!」
何人かがすぐに叫んだ。スクリーンは応じず、新たな文章を表示する。
【基本ルール一:各プレイヤーは固有の役職を持ち、役職によって個人勝利条件が決定される】
【基本ルール二:プレイヤーごとの勝利条件は互いに矛盾する場合があり、全員共通のクリア条件は存在しない】
【基本ルール三:毎日21時00分に一度、役職審判を行う】
【基本ルール四:直接的な暴力によって、故意に他のプレイヤーを死亡させることを禁ずる】
【03番】の男は、目に見えて安堵した。
「見ただろ。殺しは禁止だ」
すぐに同意する者はいなかった。秋人は最後の一文にある【直接的な暴力】と【故意に】という二つの限定表現を見つめた。
本当に【殺人を禁ずる】と言いたいだけなら、わざわざこれほど複雑に書く必要はない。
つまり――少なくとも、【直接的な暴力】に該当しない死なせ方は存在する。
秋人はその推測を口にしなかった。今それを公表しても、混乱する人々をさらに怯えさせるだけだ。
そして、恐慌状態の人間からは価値のある反応を引き出しにくい。
スクリーンが再び変化した。
【全プレイヤーは着席してください】
広間には十五脚の椅子が並んでいた。皆はしばらくためらったものの、それぞれ自分の番号が記された席へ向かった。
全員が腰を下ろした瞬間、椅子の肘掛けが一斉に開いた。
カチッ。
中に入っていたのは、一枚の黒いカードだった。スクリーンにも案内が表示される。
【個人の役職を確認してください。役職カードの内容は、本人のみ閲覧可能です】
秋人はカードを引き抜いた。
【プレイヤー07】
【役職:観測者】
【勝利条件:ゲーム終了までに、他のプレイヤー五名の真の役職をシステムへ正しく提出する】
【特殊権限:一日に一度、役職判定を提出できる。正解した場合は達成数に加算される。不正解でも直接的なペナルティーは発生しない】
読み終えても、秋人の表情は変わらなかった。
注目したのは【直接的なペナルティーは発生しない】という一文だ。
実にきれいな言い回しだった。【ペナルティーはない】とは、どこにも書かれていない。
観測者の能力は強い。役職名さえ分かれば、他人に知られず一人のプレイヤーを検証できる。
問題は――このゲームに何種類の役職が存在するのかさえ、今は不明なことだ。
そのとき、左隣の【05番】がふいに低い声を漏らした。
「なんだよ、これ……どうして俺の勝利条件は――」
途中で勢いよく口を閉ざす。
だが、遅かった。十数人分の視線が、すでに彼へ集まっている。
【03番】がすぐに聞いた。
「今、勝利条件がどうとか言ったよな?」
「何でもない。聞き間違いだ」
05番は素早く役職カードをしまった。
秋人は彼のカードを見ようとはせず、右手に注目していた。
失言した直後、05番は反射的に右側のポケットを一度触った。あまりに素早い動きで、本人すら気づいていないかもしれない。
緊張したときの癖か。それとも、そこには本来何かが入っているはずなのか。
秋人は心の中に記録した。
「このまま言い争っても意味はないわ」
11番の女が、ふいに立ち上がった。
声は大きくない。それでも、全員が彼女を見る。
「まずは、公開できる情報だけでも交換しましょう」
03番が聞いた。
「たとえば?」
「名前、年齢、職業」
「正直に答える保証があると思うのか?」
女は彼を見た。
「分からないわ」
「なら、聞いて何になる?」
「嘘をつくにしても、先に何かを口にしなければならないでしょう」
03番は言葉を詰まらせた。
秋人は小さく笑って言った。
「理にかなっている」
彼女がしたいのは、単なる自己紹介ではない。あとから検証できる情報を、全員にあえて作らせようとしている。
悪くない。
女が最初に名乗った。
「澪。二十四歳。出版社の編集者よ」
【11番】、澪。
彼女は周囲を見回した。
「次の方」
自己紹介が始まった。
01番、相沢。三十二歳。物流会社勤務。
02番、藤堂。二十七歳。看護師。
03番、真壁。三十五歳。フィットネストレーナー。
04番、大学生。
05番、フリーランス。
…………。
秋人が記憶していたのは職業そのものではない。回答までの速さ、言葉を止めた時間、尋ねられていない情報まで自分から付け加えたかどうかだ。
秋人の番になると、彼は座ったまま答えた。
「秋人。二十五歳。会社員」
真壁が尋ねる。
「何の会社だ?」
秋人は彼を見た。
「職業と会社名は、別の質問でしょう」
真壁は鼻を鳴らした。
「警戒しすぎじゃないか?」
「まだ初日です」
秋人は穏やかな口調で言った。
「名刺交換をするほど、皆さんと親しくなってはいませんから」
誰かが小さく笑い、張り詰めた空気がわずかに緩んだ。
秋人自身は笑わなかった。これで目的は果たした。過度に緊張しているようには見せたくない。だからといって、現実の自分について検証可能な情報をこれ以上与えるつもりもない。
澪が秋人を一度見た。
その視線に彼も気づいていた。彼女が疑っているのは、秋人の職業ではない。なぜ意図的に冗談へ話をすり替えたのかを考えている。
まったく、厄介な女だ。
自己紹介は続き、十五人全員が終えた。
知り合いだと認めた者はいない。少なくとも、そう口にした者はいなかった。
「『役職公開』というゲームなら、全員が今すぐ役職を公開すべきだ!」
真壁が真っ先に立ち上がった。
広間に低いざわめきが広がる。13番の御影が眼鏡を押し上げた。
「一理ありますね」
「情報が透明になればなるほど、危険な役職を隠し持つ人間は動きにくくなる」
何人かがうなずいた。だが秋人は、内心でその意見を否定していた。
正反対だ。
彼らはまだ、役職の完全な一覧さえ知らない。
全員が自分から役職を名乗り始めれば、最も危険な人間ほど、すでに登場した安全そうな役職を選んで偽装できる。
それに、最初に全員公開を推し進めた者は、自然とルールの解釈権を握る。
真壁に、これほど早く議論の方向を支配させるわけにはいかない。
「反対です」
秋人が初めて、自分から議論に割り込んだ。
全員の視線が07番へ向かう。真壁は露骨に不機嫌そうな顔をした。
「理由は?」
「どんな役職名が存在するのかさえ、まだ分かっていません」
秋人は続けた。
「仮に、今ここで僕が【警官】だと名乗ったとして、その役職が本当に存在すると確認できますか?」
真壁は答えなかった。
「できない」
秋人が代わりに答える。
「ならば、役職公開をしても、十五人が真偽不明の物語を一つずつ語るだけです」
「早い段階で一斉に公開すれば、本当に問題のある人物ほど、前もってもっともらしい説明を用意できる」
御影が尋ねた。
「では、何も話さないままでいるつもりですか?」
「いいえ」
秋人は全員を見た。
「システムが最初の公開情報を提示するまで、強制的な役職公開は行わない。そう提案します」
「自分から話したい人は話せばいい。ただし、多数で少数にカードの提示を迫ることは禁止する」
真壁が冷笑した。
「なぜ、お前の提案に従わなければならない?」
「従わなくても構いません。なら、投票で決めましょう」
真壁が一瞬詰まる。
秋人は決定権を全員の手へ投げ返した。
意図的だった。ここで【僕に従え】と言えば、自分が新たな権力の中心になる。
しかし全員に投票させれば、秋人が提案した決定であっても、責任を負うのは集団だ。
結果はすぐに出た。
公開の保留に賛成が九人。反対が四人。棄権が二人。
秋人は勝ち誇るそぶりを見せなかった。だが、欲しかったものは手に入れた。
時間だ。
【観測者】に最も欠けているのは答えではない。十分な数の役職名と、行動のサンプルだ。
六時間という時間は、今ここで一枚のカードを公開させるより、はるかに価値がある。
秋人が席に戻ると、澪が彼を見た。
「最初から、公開するつもりはなかったのでしょう?」
「君もでしょう?」
澪は答えなかった。肯定したも同然だった。
そのとき、スクリーンが再び光った。
【第一の公開情報を発表します】
【公開情報は、すべて絶対的な真実です】
【システムが公開情報で嘘をつくことはありません】
広間が静まり返る。秋人はわずかに身を乗り出した。
ようやく来た。
プレイヤーには嘘が許されているゲームにおいて、システムが提示する【絶対的な真実】は、どんな自己紹介よりも価値がある。
次の一文が現れた。
【十五名のプレイヤーのうち――少なくとも一名の勝利条件には、プレイヤー07の死亡が必要である】
秋人は二秒ほど黙り、それから自分のリングへ目を落とした。
自分だ。
数秒後、周囲の視線が集まり始めた。
真壁は露骨に秋人を見た。御影はほかの者の反応を観察し、藤堂は眉をひそめる。
だが05番だけは、すぐに秋人を見なかった。
彼が視線を向けた先は、澪だった。
ほんの一瞬で目を逸らしたが、秋人の意識は完全に05番へ固定された。
なぜだ?
公開情報が指しているのは、明らかにプレイヤー07だ。それなのに、05番は11番を見た。しかも、これが初めてではない。
皆が議論を始めようとしたとき、秋人は突然、自分の役職カードを手に取った。
「いいですよ」
「何がだ?」
話していた真壁が、きょとんとする。
「僕に公開させたかったんでしょう?」
秋人はカードを持ち上げた。
広間が再び静まり返る。
真壁ははっきりと身を乗り出した。05番が顔を上げ、御影の視線がカードに落ちる。
澪だけは役職カードを見ていなかった。彼女が見ていたのは、秋人の手だ。
秋人は二秒止めてから、カードを伏せて戻した。
真壁の顔色が変わった。
「俺をからかったのか?」
「確かめたいことが一つあっただけです」
秋人は平然と答えた。
「何を?」
「今、誰が一番、僕の役職公開を望んでいたのか」
真壁の表情が険しくなる。
秋人はそれ以上説明しなかった。本当に欲しかった答えは、すでに手に入れている。
真壁は期待。御影は観察。藤堂は不安。
そして05番は、また11番の澪を見た。
三度目。
もう十分だ。
05番が今、本当に警戒している相手は07番ではない。
これが秋人が役職カードを使って投じた、最初の餌だった。
05番の役職までは分からない。だが、役職名よりも価値のある行動の矛盾を一つ、押さえることができた。
そのとき、澪のリングが突然点灯した。
彼女は反射的に手元へ目を落とす。秋人の視線もそこへ向かった。
表示されたのは一秒にも満たない。澪はすぐに手で隠したが、わずかに遅かった。
秋人には、末尾の二文字だけが見えた。
――目標。
リングが消灯し、二人は同時に黙った。
秋人は尋ねなかった。聞けば、彼女が用意した答えしか返ってこない。それより、自分からどう動くかを見たほうがいい。
秋人は椅子の背にもたれた。
第一の公開情報は、誰かが自分の死を必要としていると告げた。
だが今、彼がより気にしているのは別のことだった。
なぜ05番は、三度も11番を見たのか。
秋人が05番へ目を向けると、相手はすでにうつむいていた。右手がまた、空の右ポケットに触れている。
同じ動き。同じ場所。
秋人の中に、初めて明確な仮説が生まれた。
05番の勝利条件には、11番に関わる情報が含まれている可能性が高い。
確定はできない。だが、仕掛けを作るには十分だ。
そして澪も、明らかに05番へ気づいていた。
彼女は何でもないように別の場所を見ながら、自分の椅子を数センチ後ろへずらした。
ちょうど、05番から椅子の【11】という番号がよく見える位置だった。
その動きを見た秋人の目が、わずかに細くなる。
彼女は05番を試し始めた。
いいだろう。
では見てみよう――どちらが先に、05番の本当の綻びを引き出すのか。




