第二話 事故
昭和十七年。
斬光計画第一次試験工廠。
巨大な鋼鉄構造物が、夜の工廠内部にそびえ立っていた。
未完成艦。
第三世代航空循環艦試験甲板。
正式艦名すら、まだ与えられていない。
だが。
その異様な姿だけは、既に工廠中へ知られていた。
巨大な回転機構。
循環式飛行甲板。
通常空母とは完全に異なる艦体構造。
誰もが理解できず。
誰もが危険視していた。
工廠上部。
試験監視席に立つ技師たちの顔は硬い。
「回転軸、最終確認。」
「第三固定ロック解除。」
「回転機構駆動開始。」
低い駆動音が工廠内部へ響いた。
巨大な甲板が、ゆっくりと動き始める。
鉄が軋む。
鋼鉄同士が擦れ合う。
だが。
動いていた。
技師の一人が呆然と呟く。
「……本当に動いている。」
その横で。
男だけが笑っていた。
「だから言っただろう。」
マッドは興奮した目で巨大甲板を見上げていた。
「止めなければいいんだ。」
「流せ。」
「循環させろ。」
「空を止めるな。」
回転速度が上がっていく。
巨大な甲板が、工廠内部でゆっくりと循環していく。
技師たちは震えていた。
理論上は成立していた。
だが。
実際に動くとは思っていなかった。
「回転速度安定。」
「第一工程成功。」
報告が飛ぶ。
マッドは笑った。
「ほら見ろ!」
「できる!」
「これだ!」
だが。
次の瞬間だった。
鈍い振動が走る。
工廠全体が揺れた。
「振動増大!」
「回転軸に負荷集中!」
「制御値逸脱!」
空気が変わる。
技師たちの表情が一瞬で凍りついた。
「停止しろ!」
「緊急停止!」
だが。
マッドだけは叫んだ。
「止めるな!」
「まだ回せ!」
「ここで止めたら意味がない!」
甲板が悲鳴を上げる。
鋼鉄が軋み。
巨大な循環機構が唸りを上げる。
「軸ズレ発生!」
「危険です!」
「停止します!」
「止めるなッ!!」
マッドは監視席から身を乗り出していた。
狂気じみた目だった。
だが。
その目は確信していた。
あと少し。
あと少しで完成へ届く。
その瞬間。
轟音。
巨大な衝撃が工廠を貫いた。
回転甲板の一部が制御を失う。
鋼鉄片が吹き飛び。
照明が砕け。
工廠内部が火花で染まった。
悲鳴。
警報。
怒号。
全てが混ざる。
床へ叩きつけられた美鈴は、耳鳴りの中で立ち上がった。
視界が赤い。
煙。
火花。
崩れた鋼材。
その先。
血を流しながら倒れている男がいた。
「……!」
美鈴は駆け寄る。
マッドは壁へ叩きつけられていた。
胸部が潰れている。
もう助からない。
周囲の技師たちも、その傷を見た瞬間に理解していた。
マッドは、それでも笑っていた。
「……見ただろ。」
血を吐きながら。
それでも笑う。
「動くんだよ。」
美鈴は言葉を失っていた。
マッドは震える手で、崩れた試験甲板を指差した。
「この船は……」
「必ず……動く。」
呼吸が浅い。
血が止まらない。
それでも男は目を閉じなかった。
「続きを……頼むぞ。」
その言葉を最後に。
男の手が、ゆっくりと落ちた。
工廠に警報だけが鳴り響いていた。
誰も喋らない。
誰も動けない。
ただ一人。
美鈴だけが、崩れた回転甲板を見上げていた。
止まった巨大機構。
煙を上げる鋼鉄。
そして。
最後まで止めることを拒んだ男。
美鈴は静かに呟く。
「……空を止めない。」
それが。
後に斬光を完成へ導く、最初の継承だった。




