第三話 理解不能
浮遊ドック第三区画。
そこだけ、
空気が違った。
怒鳴り声。
金属音。
火花。
工具音。
油の匂い。
第88整備区画。
そこは、
戦場の延長だった。
中国技術士官は、
保護帽を押さえながら通路を歩く。
視線は止まらない。
回転甲板補修レール。
多重補給導線。
航空機循環搬送。
外装支持アーム。
全てが異常だった。
理論としては理解できる。
できてしまう。
だから余計におかしい。
その時。
頭上。
巨大な警告音。
技術士官が反射的に振り返る。
巨大装甲板。
吊り上げ中。
だが。
若干傾いている。
「危な――」
言い切る前。
整備班長の怒鳴り声。
「左固定増やせ!」
作業員。
「足りません!」
「なら腕で押さえろ!」
「無茶です!」
「落ちるよりマシだ!」
中国技術士官が固まる。
次の瞬間。
本当に数人が、
巨大装甲板へ体を押し付け始めた。
技術士官。
「待て待て待て待て!」
「何をしてる!?」
整備班長。
「修理。」
「見りゃわかるだろ。」
全然わからなかった。
装甲板固定。
角度修正。
支持アーム再接続。
火花。
怒号。
全員汗だくだった。
それでも。
止めない。
技術士官は額を押さえる。
「理論以前の問題だ……。」
整備班長が笑う。
「動きゃいいんだよ。」
技術士官が即答する。
「それで動くのがおかしい!」
周囲の整備員たちが笑った。
久しぶりに、
少し空気が柔らかかった。
その時。
上層側。
巨大回転甲板。
補修作業中。
技術士官の視線が止まる。
「……本当に回るのか。」
整備班長。
「回る。」
「しかも止まらん。」
「いや、
構造的に無理だ。」
「回ってる。」
「理論上――」
「回ってる。」
会話にならなかった。
技術士官は深く息を吐く。
その時。
作業員たちが、
次々と蒼刃機を押していく。
被弾痕。
焦げ。
穴。
それでも修理されていく。
技術士官が低く呟く。
「補修速度が異常だ……。」
整備班長。
「止めたら死ぬからな。」
軽い口調。
だが。
その言葉だけは重かった。
技術士官は周囲を見る。
寝ている整備員。
壁にもたれる防御班。
食事しながら作業する兵士。
全員、
限界だった。
それでも。
まだ動いている。
その時。
整備班長が煙草を咥えながら言った。
「勘違いすんなよ。」
「斬光だけじゃねぇ。」
技術士官が視線を向ける。
整備班長。
「椿が止まりゃ終わる。」
「駆逐が止まっても終わる。」
「航空隊止まっても終わる。」
短い沈黙。
続けて。
「全部動いて、
ようやく一つだ。」
技術士官は静かに斬光を見る。
異形艦。
巨大兵器。
だが。
今見えているのは、
兵器じゃなかった。
巨大な生き物だった。
呼吸している。
傷ついている。
無理やり生かされている。
その感覚が、
初めて理解できた。
その時。
遠くで爆音。
試験運転。
停止していた回転甲板が、
ゆっくりと動き始める。
技術士官が思わず立ち止まる。
巨大循環機構。
金属音。
駆動振動。
狂気だった。
整備班長が小さく笑う。
「ほらな。」
技術士官は呆然と呟く。
「……本当に動くのか。」
その時だった。
通信。
外洋警戒海域。
初期異常波形確認。
整備区画の空気が変わる。
止まりかけていた艦隊が。
また、
ゆっくり動き始めようとしていた。




