女王と公子、それぞれの覚悟
揺れる影を中心に、
二つの想いが交差する。
(……結局、アレクシス自身の口から、
ロンデルを託すと言わせてしまった)
『それでいい、最適解だ』
クルスの満足げな声が響いた。
「……正式に謝罪をしないといけないわ」
ヒマリが静かに口を開くと、部屋の空気が少しだけ張り詰めた。
アレクシスは穏やかに首を振る。
「不要です。
ヒマリなら、僕より上手くロンデルを立て直してくれるでしょう」
だがヒマリは視線を逸らしたまま、小さく息を吐いた。
「そうじゃない。
どうしても助けられなかった。約束を守れなかった」
「いいえ」
静かな否定だった。
ヒマリが顔を上げる。
「あなたは助けたんです」
「……何を?」
アレクシスは少しだけ目を伏せた。
「ノリスを」
突然、名前を出されノリスの呼吸が止まる。
「彼女は最後まで迷っていました。
影として生きるか、魔王として消えるか。
その狭間で揺れ続けていた」
少し間を置いて、アレクシスは再びヒマリに微笑んだ。
「でも最後に選んだのは、あなたでした」
部屋が静まり返る。
「だから僕は助けられたんです。
彼女がいなければ、僕はここにいません」
その言葉は穏やかだった。
けれど、何よりも重かった。
ヒマリはゆっくりと息を吐き、小さく笑う。
「……先を越されちゃったわね」
柔らかな笑みだった。
しかし次の瞬間。
「「ノリスは――」」
二人の声が重なり、空気が変わった。
ヒマリは苦笑しながら肩を落とす。
「……私も戸惑ってる」
隠しても仕方がないと悟ったように、本音を口にした。
「では、ノリスを許してくれるんですか?」
静かな追撃だった。
逃げ道はない。
ヒマリは少しだけ考え、ゆっくり答える。
「……あなたも必要だから」
王としての答え。
だがアレクシスは静かに首を振った。
「違うでしょう」
柔らかな口調なのに、その言葉は鋭かった。
「あなたは必要だから迎えに来る人じゃない」
一拍置き、少しだけ笑う。
「それに僕に対しても、少し甘かった」
ヒマリの呼吸が止まる。
「違いますか?」
視線を逸らさず問いかけられ、ヒマリは黙ったままだった。
やがてアレクシスは小さく息を吐く。
「……安心しました」
「安心?」
「はい。あなたが、ちゃんと人間で」
ヒマリは苦笑した。
「……それ、褒めてる?」
「ええ」
迷いのない返事だった。
「だからこそ、ノリスのことも本気なんでしょう」
ヒマリの瞳がわずかに揺れる。
今度は隠さなかった。
「……そうだね」
素直に頷く。
「彼女は、もう私の一部だから」
その一言に、もう迷いはなかった。
アレクシスも静かに口を開く。
「彼女は影として生きることと、誰かを救いたい気持ちの間で揺れていました。
そして、あの時――」
一度言葉を切る。
「彼女は僕を選んだ」
静かな宣言だった。
ヒマリの胸がわずかに軋む。
それでも否定はしない。
「……うん」
短く受け止める。
「だから今度は、僕が選ぶ番です」
空気が張り詰める。
しかしヒマリは逃げなかった。
「いいよ」
静かに頷く。
「選びなよ」
一歩だけ近づき、真っ直ぐアレクシスを見つめる。
「でも――」
その瞳に揺らぎはない。
「ノリスは、私のところへ帰ってくる」
言葉にした瞬間、自分でも驚いた。
(……そうか)
(私は、そう信じているんだ)
まだ整理はついていない。
それでも、それが偽りのない本心だった。
アレクシスは静かに微笑む。
「……どうでしょう。
最後に彼女が誰を選ぶかは、まだ分かりません」
互いに一歩も引かない中、ヒマリは目を細め小さく笑う。
「死んでいたら、こんな話もできなかった」
アレクシスはちらりとヒマリの王錫に目を向けた。
「その錫杖も、クルスも。
あなたは一人で歩いているようで、もう一人じゃない」
「あなたも、そうなると思っていたわ。
婚姻の話まで出ていたのにね」
「あの時とは、すべてが変わりました」
アレクシスは右目の眼帯に手をあて、小さく吐息を吐いた。
「僕は、あなたという理想を見ていただけです」
その答えに、ヒマリの胸が痛む。
けれど表面上は、笑みを浮かべた。
「そっか、私はあなたの理想か……」
(理想だったとしても――私は嬉しかったのに)
涙が零れる前に踵を返し、扉へ向かう。
「まだ、回復してないのに無理させちゃったね」
「久しぶりに緊張しました」
アレクシスは頷く。
「ですが――あなたのいる場所まで、追いつきます」
ヒマリは振り返らないまま、小さく答えた。
「待ってる」
静かに扉が閉まる。
部屋に残ったのは、互いを認め合った二人の覚悟と、
ノリス自身が選び取る未来を静かに待つ時間だけだった。
アレクシスは静かに、
しかし確実にヒマリへ踏み込む。




