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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第四章 北部都市群編

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二度目の撤退

ジギスムント回です。

外から見ると完璧でも、

中は案外そうでもないのかもしれません。

 サンドランド王宮・謁見の間。


 朝の陽光が高窓から差し込み、砂岩の柱を黄金色に染めていた。

 乾いた光の中で、細かな砂塵が静かに舞っている。


 その中央、ジギスムントは階段下に立っていた。


 背筋は真っ直ぐに伸び、衣服に乱れはない。

 柔らかな微笑すら完璧だった。


 誰が見ても、敗北とは無縁の男。


 ――そう見えるはずだった。


「この先、どうなるのだ?」


 慌ただしい足音が響き、サンドランド王サムールが姿を現す。

 老王の顔には、隠しきれない不安が滲んでいた。


「やはり次は、我が国が戦場になるのか?」


 ジギスムントは穏やかな笑みを崩さない。


「ご心配には及びません」


 一礼。その所作は流れるように自然だった。


「魔王ノリスは討たれ、ロンデル公国は事実上崩壊しております。

 さらに、行方不明となっていたアレクシス公子も保護いたしました」


「おお……!」


 サムールの表情が明るくなる。


 ジギスムントは静かに言葉を重ねた。


「今後はロンデル交易権を整理し、木材取引を始めます。

 大型船による北方都市群との交易路も整うでしょう」


「木材か……!」


 老王の目が露骨に輝いた。


 砂漠国家にとって木材は長年の悲願だった。


 ――実に分かりやすい。


 欲しいものを示せば、人は動く。

 王ですら。


「サンドランドは、これまで以上に豊かになります」


「素晴らしい!」


 満足そうに頷いたサムールは、上機嫌のまま続けた。


「では予定通りだ。アリシアとの婚姻、来月に進めよう」


 ジギスムントは優雅に頭を垂れる。


「光栄です。王女殿下には最大の敬意を」


 円満な政略。

 盤面は整っている。


 ――そう見える。


 やがて王が去り、広い謁見の間に静寂が落ちた。


 その瞬間、ジギスムントの笑みが音もなく消える。


 指先が微かに震えていた。


(……二度だ)


 胸の奥で、冷たい感情がゆっくり形を持つ。


(私は、二度も撤退した)


 あり得ないことだった。


 これまで全ては計算通りに進んできた。


 国も、人も、感情すら。


 敵対者は切り崩し、必要な者は懐柔する。

 必要なら愛すら演じた。


 誰もが最後には、自分の描いた盤面へ辿り着く。


 ――それが当然だった。


 だが、ヒマリだけは違った。


 完璧に追い詰めたはずだった。

 兵を動かし、策を巡らせ、外交まで使った。


 それでも、結果は撤退。

 二度はもう偶然ではない。


 ジギスムントはゆっくり窓辺へ歩く。


 外には静かな砂漠が広がっていた。

 なのに、胸の内だけが妙に騒がしい。


(ヒマリ……)


 名を思い浮かべた瞬間。


 指先に力が入る。


 気づけば、窓枠がわずかに軋んでいた。


 理解できない女だった。


 誰より合理的に動くようでいて、最後には合理を裏切る。


 壊れるほど優しいくせに、決して折れない。


 利用され、傷つきながら、それでも誰かを救おうとする。


(何なのだ、お前は)


 読めない。

 だから、乱れる。


 その感覚自体が、初めてだった。


 ふと、思考が別の場所へ向く。


 以前なら、こういう時、次の一手を静かに組み上げる男がいた。

 冷静で、合理的で、感情に流されない男。


「……フェルマー」


 名前が、独りでに零れた。


 ジギスムントはわずかに目を見開く。


 自分でも意外だった。


 呼ぶつもりなどなかった。


 だが、盤面が崩れた時、思い出すのはいつもあの男の声だった。


『次善策があります』


 そんな低い声が、脳裏に蘇る。


(可笑しいな)


 静かに目を閉じる。


(あの男は、もう私の側にはいない)


 分かっている。


 ノリスは失われた。


 フェルマーは離れた。


 そして、ヒマリは、自分の手に落ちなかった。


 初めてだった。

 世界が、自分の意思から外れていく感覚。


 その違和感は、じわじわと恐怖に似たものへ変わり始めていた。


 だが――。

 同時に、奇妙な高揚もある。


 口元が、ゆっくり歪む。


 無力だった小娘がここまで積み上げてきた。

 むしろ、知りたくなっている。


 ヒマリという存在を。


 なぜ折れないのか。

 なぜ、自分の計算から外れるのか。


 そして――。


 なぜ、あれほど目を離せないのか。


 窓枠から手を離す。

 震えは、もう止まっていた。


(ならば、計算し直す)


 ジギスムントに再び、完璧な笑みが浮かぶ。


 王として、次の戦争を始める顔だった。


「――まずは、公子を使う」


 アレクシス。

 ロンデル最後の正統。


 ヒマリが、必ず反応する駒。


 その瞳に冷たい光が宿る。

 だが胸の奥では、何かが静かに壊れ始めていた。

少しずつ盤面が動き始めました。

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