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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第三章 ロンデル公国編

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微睡みの管理者

王は倒れても、簡単には休ませてもらえません。


今回は、眠るヒマリと、それを見守る管理者の話です。

 暗かった。


 深く。


 冷たく。


 どこまでも沈んでいくような闇。


 でも、遠くで誰かが泣いていた。


『……来なくて、いいです』


 かすれた声。


 アレクシスだった。


 崩れた瓦礫、折れた柱。


 赤黒く濡れた石畳。


 ロンデルの景色が、暗闇の中に浮かび上がる。


 倒れた兵士。


 誰かを呼ぶ声。


 間に合わなかった命。


 ヒマリは、息を呑んだ。


「……やめて」


 声が震える。


 見たくない。

 もう見たくない。


 なのに闇は容赦なく押しつけてくる。


 ――もっと早く来ていれば。


 ――もっと上手くやれた。


 ――助けられたかもしれない。


 胸の奥に沈んでいた後悔が、泥のように広がる。


「……私の、せい」


 その時だった。


 空間が、軋んだ。


 闇の奥に、一筋の光が走る。


 無数の演算式。

 幾重にも重なる術式。


 見慣れた魔王城の制御光。


 それが、悪夢を強引に塗り潰していく。


『――見苦しい悪夢だね』


 甘く低い声に、どこか呆れた響きが混じる。


 ヒマリが顔を上げる。


 白い空間の中央。

 演算光を背に、一人の男が立っていた。


 長い黒髪。


 整いすぎた顔立ち。


 人間離れした静かな瞳。


 クルスだった。


 反射的に、ヒマリの顔が歪む。


「……ひとりにしてよ」


 クルスが、わずかに笑う。


『再会の第一声としては辛辣だ』


「夢にまで出てこないで」


『ここは夢じゃない』


 指先が軽く動く。


 瞬間、崩れたロンデルの景色が白に塗り替わった。


 静かな空間。

 無数の演算光が流れ続ける、無機質な思考領域。


『精神保護区画。

 君の脳が過負荷で壊れかけたから、強制退避させた』


「……監禁?」


『保護だ』


 即答だった。


『君、あと少しで死んでた』


「死んでない」


『三日寝ずに働いて、魔力循環崩壊寸前』


『心拍異常。精神負荷危険域。

 十分、死にかけだ』


 言い返せず、ヒマリは顔を逸らした。


 分かっている。


 無茶をした。


 でも、止まれなかった。


 償いが必要だった。


 ロンデル公国に、

 そして、ロナとアレクシスに。


「……私がもっと早く王都を離れていれば」


 ぽつりと零れる。


「もっと違う選択があった。

 あなたになんて任せずに……」


『なかった』


 静かな声だった。


 あまりにも即答で。


 ヒマリが顔を上げる。


 クルスの瞳は、不気味なくらい冷静だった。


『王都防衛を優先した。

 戦略的には正解』


「でも守れなかったじゃない!」


 声が震えた。


「ロナ公妃も……アレクシスも……!」


『全力を尽くした。全員は救えない』


 冷たい現実。


 ヒマリが睨む。


「だから切り捨てたの?」


『違う』


 クルスが一歩近づく。


『君は、全部守れると思いすぎる。

 それは優しさじゃない』


『壊れ方の一種だ』


 呼吸が止まる。


 図星だった。

 救えなかった命が、頭から離れない。


 眠れない。

 目を閉じれば、泣き顔ばかり浮かぶ。


『王は選ぶ』


 クルスが静かに続ける。


『選ばなかった先に死があるとしても

 それでも、次を守るために前へ進む』


『君はまだ、その残酷さを受け入れられていない』


「……そんなつもりじゃなかった」


『でも、もうなっている』


 責めるでもない。

 慰めるでもない。


 ただ、事実だけを置いてくる。

 だから腹が立つ。


 でも、少しだけ、救われる。


 その時だった。

 クルスの動きが、一瞬だけ止まった。


 視線が、ヒマリではない何かを見る。


「……クルス?」


『少し待って』


「え?」


 数秒。

 何もない空間を見つめたまま、クルスが黙る。


 そして何事もなかったように戻った。


『悪い。来客対応していた』


「……は?」


『フェルマーだ』


 ヒマリが目を瞬かせる。


「今、私と話しながら?」


『問題ない』


 当然のように言う。


『ロンデルでも君を補助しながら防衛指示を出していた。

 並列処理は得意分野だ』


「……便利ね」


『感謝してほしいくらいだ』


 軽口。

 なのに、何か引っかかる。


 今の一瞬は、

 人の止まり方ではなかった。


「あなたも……疲れてる?」


 思わず聞く。


 クルスが、初めて沈黙した。

 本当に、一瞬だけ。


『演算負荷は増えている。

 君の無茶のせいだ』


 いつもの皮肉。

 でも、少しだけ声が弱かった。


「……ごめん、あなたに八つ当たりしてた」


 ぽつりと言うと。

 クルスが少しだけ目を逸らした。


『謝らなくていい』


 一拍。


『ただ。

 ……もう少し、自分を大事にして』


 その言葉が。

 なぜか少しだけ、寂しそうに聞こえた。


 ヒマリの胸が、微かに痛む。


 その時、クルスがふっと口元を緩めた。


『でも、安心した』


「……何が?」


『君の限界値が分かった』


 空気が止まる。


「は?」


『管理基準だ。

 君、放っておくと壊れる』


『だから壊れる直前で止める必要がある』


 クルスは指を立てた。


『今回で学習できた。

 今後は誤差二%以内で制御可能』


 ぞわり、と寒気が走る。


「最悪……気持ち悪い」


『褒め言葉として受け取ろう』


「違う」


『知ってる』


 平然としている。その態度が怖い。


『君は自分で止まれない』


「うっ」


『だから僕が止める』


『常に心拍を確認して、睡眠、精神負荷、判断速度。

 全部、君より正確に管理する』


「……嫌よ、そんなの」


『嫌でも必要だ』


 一歩、距離が縮まる。


『僕たちは融合体だ。壊れたら困る』


「あなたのため?」


 一瞬の間、ほんの少しだけ声が柔らかくなる。


『そうさ、一番は僕のため』


 背筋が冷えた。


『君が壊れると、僕の世界が止まる』


 静かな声だった。

 なのに、怖いくらい真っ直ぐだ。


『君の思考』


『怒り方、泣くのを我慢する癖。

 諦めが悪いところ、全部、繰り返し観察した』


『僕にとって代わりの無いものだ。失いたくない』


「……ほんと気持ち悪い」


『嬉しいな』


「褒めてない」


『知ってる』


 そのまま、クルスがぽつりと言う。


『悪夢、消しておいた』


「……え?」


『今夜から見ない』


 当然のような声。


『睡眠効率を優先し、精神回復を最適化したんだ。

 君には休んでもらう』


 そして、ほんの少しだけ笑う。


『その代わり』


『夢には僕がいる』


「……最悪」


『ありがとう』


「言ってない」


 でも、ほんの少しだけ呼吸が楽だった。


 胸の痛みが、軽い。

 悔しいのに、助けられている。


 それが腹立たしかった。


「……ちょっとだけ」


 ヒマリが小さく言う。


「力を借りる」


 クルスが静かに笑った。


 勝ち誇るでもなく。

 ただ、安心したように。


『うん、少しずつでいい。

 君が、壊れない程度に』


 白い空間が揺らぎ始める。


 遠くで、人の声。


 ――陛下!

 ――ヒマリ様!


 輪郭が溶ける直前、クルスが最後に囁いた。


『君は傷付くたびに何度でもここに帰ってくる。

 おやすみ、ヒマリ』


『――今度は、ちゃんと眠れるよ』


 その声が、

 どうしようもなく、安心してしまう声だった。

ヒマリは休養中です。

ただし、彼女が眠っている間も世界は止まりません。


ロンデル編気に入っていただけたら評価お願いします!

次回から新章へ入ります。

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