表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第三章 ロンデル公国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/61

届かなかった祈り

ロナの話です。

彼女は、来ないことを知っていました。

 王都を発った頃には、夜は完全に沈んでいた。


 飛行魔物ドラムの背で、ヒマリは小さく息を吐く。


 肺が痛い。

 呼吸をするたび、焼けた魔力回路が軋む。


 王都防衛戦。


 ノリスとの決戦。


 その反動は、まだ身体の奥で暴れていた。


 それでも――止まれない。


 ヒマリは、ただ北東の空を見続けていた。


 ロンデル公国。


 アレクシス。


 ロナ。


(お願い……間に合って)


 けれど、その祈りが遅すぎることを、心のどこかでは理解していた。


 頭の奥に、クルスの声が響く。


『現在、ロンデル首都エルドラ城門、突破された』


『守備隊、城内へ後退』


『魔物は公宮へなだれ込んだ』


 淡々とした報告。


 だからこそ、現実味があった。


 ヒマリの指先が、小さく震える。


「……アレクシスは?」


『公宮防衛区画にて生存確認』


 一瞬だけ、胸が軽くなる。


 だが。


『継戦能力は低下中』


 その一言が、再び心臓を締めつけた。


「もっと速く……!」


『無理だ』


 クルスは即答した。


『現状の君はすでに危険域』


「でも……!」


『君が倒れれば、王都も終わる』


 ヒマリは、膝の上で拳を握り締めた。


(この間まで、すべて上手くいってたじゃない……)


 守りたいものが増えるほど、選択ばかりが増えていく。


 ◆


 その頃。


 ロンデル首都エルドラは、炎に包まれていた。


 煙と灰が夜空を覆い、崩れた街路には避難民の悲鳴が響いている。


 公宮外郭。


 そこでは、ロンデル軍が最後の抵抗を続けていた。


「前衛、押し返せ!」


「第二列、槍を上げろ!」


 怒号と剣戟が飛び交い

 爆発音が響く。


 だが敵の数が違いすぎた。

 黒い濁流のような魔物が、公宮へ押し寄せてくる。


 その最前線で

 ロナ公妃は、血に濡れた剣を振るっていた。


 異形の首が飛ぶ。


 返す刃で、別の魔物の腕を断ち切る。


 軍服は裂け、左腕から血が流れている。


 それでも、彼女は一歩も退かなかった。


「……まだ、倒れないわ」


 その目は、公妃ではない。

 かつて戦場を駆けた将軍の目だった。


「母上!」


 駆け込んできたのは、アレクシスだった。


 端正な顔が煤に汚れ、

 傷だらけの鎧が、己も前線で戦って来たことを物語っていた。


「南区画の避難、完了しました!」


「そう」


 ロナは、小さく息を吐く。


「よくやったわ」


「母上は!?」


「私は残る」


 即答だった。


「公宮が落ちれば、今度こそ民の心が折れる」


「でも――!」


 ロナは、静かに首を振る。


「……ヒマリは来られない」


 その声に、ほんの少しだけ寂しさが混じった。


「王都も燃えているもの」


 責める気持ちはなかった。


 理解している。

 だからこそ、苦しかった。


「少しだけ――来てほしかったわね」


 苦笑するロナに、アレクシスは俯く。


「……ヒマリは、絶対来ます」


「ええ」


 ロナは優しく笑った。


「でも、間に合わないでしょう」


 次の瞬間、

 轟音と共に、公宮右搭が吹き飛んだ。


 魔物の群れが防衛区画に雪崩れ込む。


「――来たわね」


 ロナの瞳が鋭く変わる。


「アレクシス」


「はい!」


「生きなさい」


 空気が止まった。

 アレクシスの顔が強張る。


「母上……?」


「民を連れて逃げなさい」


「嫌です!」


 叫びが響く。


「僕も戦います!」


「駄目よ」


 厳しく。

 けれど、どこまでも優しい声だった。


「あなたは生き残るの。

 ロンデルの未来だから」


 アレクシスは、唇を震わせた。


 何か言おうとして。

 でも、言葉にならない。


 ロナは微笑む。


「――ヒマリに、よろしくね」


 そして。


 剣を構え、炎の中へ歩き出した。


 ◆


 魔王城最上層制御室。  


 クルスは、無数のスクリーンを静かに見つめていた。  


 ロンデル。  

 陥落予測――三時間二十七分。  


 救援到達予測――六時間。  


 間に合わない。  


 最初から。


「……予定通り」  


 淡々と呟く。

 スクリーンには、ヒマリの生体情報。  


 心拍上昇。  

 精神負荷増大。  


「君は、優しすぎる」  


 そして、指を鳴らした。


 次の瞬間、

 ヒマリの魔導通信が、強制接続される。


 溢れる悲鳴。

 何かの崩落音。


 そして――


『……ヒマリ、さん……』


 かすれた声。


 アレクシスだった。


「アレクシス!?」


『……公宮が……』


『母上が、戦って……』


 地鳴りのような振動。

 また、何かが崩れる音。


「どこ!? 無事なの!?」


『僕は……避難誘導を……』


 震える声。

 恐怖も、疲労も、絶望も滲んでいた。


 それでも、最後は笑おうとしていた。


『……来なくて、いいです』


 ヒマリの呼吸が止まる。


「何言ってるの!?」


『あなたは……王都を守って……』


「そんなの無理!!」


 叫びが夜空へ響いた。


「私は……!」


 助けたい。


 守りたい。


 全部。


 全部。


 なのに。


『……あなたが選んだ道を』


 アレクシスの声が、静かに続く。


『僕は……信じています』


 通信が途切れた。


「……っ」


 ヒマリの膝から力が抜ける。


 胸が痛い。


(やだ……)

(嫌だ……)


(もう……間に合わないの……?)


 涙が滲む。


『ヒマリ』


 クルスの声が響く。


 静かに。


 冷酷なほど静かに。


『君は、王になったんだろ。

 泣くのは後でいい』


 ヒマリは、震えながら顔を上げた。


 涙が、零れ続けた。


 それでも、

 胸の奥で、何かが静かに凍っていく。


 十八歳の少女が、少しずつ消えていく。


 王だけが、そこに残ろうとしていた。

待っていながら、間に合わないことも知っていた。

それでも親だから、子どもに向かって笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ