第二波、そして第三波へ
帰還したヒマリを待っていたのは、既に燃える王都でした。
防衛戦、第二波です。
王都南西、ヒマリの視界は、黒と赤に染まった。
赤黒い炎。
崩れた家屋。
瓦礫の下から聞こえる悲鳴。
そして――異界の魔物。
人の形をしていない。
四肢の位置も、関節の構造も、この世界の理から外れている。
裂けた肉塊のようなものが地を這い、巨大な昆虫に似た異形が空を飛ぶ。
市街へ、黒い濁流のようになだれ込んでいた。
「全員、下がって!」
ヒマリの声が響く。
避難誘導を続けていた兵士たちが、一斉に振り返った。
「女王様……!」
その瞬間。
ヒマリは、両手を広げる。
「――浄化聖域展開」
白い光が、大地を駆けた。
浄化の光は波紋のように広がり、先頭の異界魔物を包み込む。
異形たちが悲鳴を上げた。
破壊の欲望を強制的に書き換えられ
支配を拒む肉体が崩れ、塵となって消えていく。
王都を滅ぼす為だけに召喚された異界の魔物。
だからこそ、ヒマリの力は圧倒的だった。
だが――。
「数が……多すぎる」
フェルマーが歯噛みする。
空間の裂け目。
そこから、次々と新たな魔物が這い出てくる。
まるで終わりが見えない。
「避難完了まで結界補強を!」
「やってる!」
フェルマーの魔法陣が幾重にも展開される。
だが、空間干渉が強すぎた。
結界が軋む。
異界の浸食そのものが、辺りの景色を歪ませる。
(まずい……)
ヒマリは唇を噛んだ。
この規模。
ノリスは本気だ。
その時。
参謀部から魔導通信が響く。
『南門正面、敵軍前進!』
『重装歩兵二万、サンドランド騎兵隊も確認!』
『魔導士部隊、展開確認!』
ヒマリの胸が冷える。
「……来た」
同時攻撃。
やはり狙いはそこだ。
わかっていても防げない。
守れば守るほど、ヒマリ一人に負担が集中する。
まるで。
最初から彼女だけを削るための布陣。
フェルマーが低く呟いた。
「ジギスムントめ……相変わらず機を見極めるのが上手い」
ヒマリは目を閉じる。
大きく呼吸し、優先順位を見直す。
迷っている時間はない。
「シュルツ将軍へ通達」
即座に指示を飛ばす。
「これ以上の兵の振り分けは必要なし、
城門防衛を最優先。私は南西を押さえる」
『了解!』
通信の向こうから、怒号と剣戟音が混じる。
すでに始まっている。
「……っ!」
ヒマリは再び魔力を解放した。
南西の市街地から次々と白光が立ち上る。
複数の魔法陣が異界魔物の群れを焼き払う。
一体。
二体。
十体。
数十体。
それでも、終わらない。
裂け目から、新たな群れが現れる。
(止まらない……!)
嫌な汗が流れた。
その瞬間。
視界が、わずかに白く霞む。
「……?」
魔力消耗。
魔王城からの供給が追い付かない。
ロンデルから戻って、まともに休んでいない。
参謀部会議。
避難民誘導。
広域魔法展開。
そして今。
身体の奥が、軋んでいた。
「ヒマリ!」
フェルマーが叫ぶ。
「一度退くぞ、顔色が悪い!」
「平気……!」
言った瞬間、喉の奥に鉄臭さが広がった。
口元を押さえる。
赤。
(……血?)
鼻血だった。
魔力過剰運用。
身体が悲鳴を上げ始めている。
だが。
(止まれない)
私の代わりはいない。
退けばノリスは押し込んでくる。
ドラムが旋回する。
眼下には、避難途中の民衆。
その先に迫る異界魔物。
「――浄化領域、拡張」
轟音。
白い閃光が、街区ごと魔物を呑み込む。
魔物は悲鳴を上げ消滅。
ヒマリに迫っていた粘体生物が蒸発、崩壊してく。
だが。
その直後だった。
『城門、防衛線突破されかけています!』
通信が悲鳴を上げた。
『シュルツ将軍が負傷! わが軍、劣勢!』
「……っ!」
心臓が強く跳ねた。
城門が破られれば兵が雪崩れ込む。
王都全域が戦場になる。
だが。
南西を放置すれば、民間区域が壊滅する。
喉が焼ける。
(選べない……)
足が止まった。
一瞬だけ。
その時だった。
遠くの丘陵地。
風に揺れる王旗の下。
一人の男が、戦場を見下ろしていた。
ジギスムント。
彼は静かに目を細める。
「……やはり前線に立つか」
視線の先。
王都上空で転戦し続ける少女。
守ろうとしすぎる王。
「完璧を演じようとしている」
だから、壊れる。
「全軍、攻勢維持」
淡々と命じた。
「こちらも波状攻撃に移行せよ」
時間をかければいい。
彼女は、自分から削れていく。
その頃。
王都上空。
巨大な黒翼が旋回していた。
炎のような赤い瞳。
災厄そのものの気配。
ノリスだった。
そして。
王都の城門内部で――。
誰にも気づかれないまま、空間が、静かに裂け始めていた。
異界の闇が、王城へと滲み出す。
――第三波が、始まろうとしていた。
ジギスムントは、ヒマリの強さも弱さも見ています。
だからこそ、削りに来ています。




