エピローグ
生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹はそう思いながら28年間生きてきた。
ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。
「笹山先輩、これは?」
神崎栞(三上博士)は徹から渡されたUSBメモリーを手に徹に尋ねる。
「おまえにやるよ、神崎」
徹は言葉少なに答える。
「えっと...、この中には何が入っているんですか?」
「人間をプログラムに置き換えたもの。俺が大学生活で唯一、自分の意思で作ったものだ」
栞はUSBメモリーを握りしめた。それが何であれ、好意を抱いている人から初めて何かを貰った。それだけで栞は幸せに満ちていた。
「こんな大事なもの貰ってしまっていいんですか?」
「構わない。と言うよりも、作ったはいいが俺には不要なものだと気づいた」
「どうしてですか?」
「結局、俺は人間というものに興味が無いらしい」
そう言いつつ、その言葉が不適当なことに徹は気づいた。
「いや...違うな、昔はあったような気がする、人間に対して抱く感情が。人間をプログラムにすれば人間に対して何かを想う心を思い出せると思った。だけど、それを完成させて得たものは何もなかった」
栞は何も言わず、ただ徹の言葉に耳を傾けていた。
悲しげで、いつもどこか遠くを見ているような表情。栞が徹を好きになったのはそんな表情の中に、かつて人に対して抱いていた思いを感じるから。
「だったら、これはまだ未完成なんだと思います」
「未完成?」
「人に対して興味を示せないのは、笹山先輩が作ったプログラムが未完成だからです」
栞の口からそんな言葉が出るとは、徹は想像もしていなかった。しかし、これ以上プログラムに何か手を加える気にはなれなかった。徹にとってそれは、もう必要のないもの。
「だったら、後はお前に託す。それを完成させるなり、好きに使え」
「はい」
絶対にこのプログラムを完成させる。
栞が胸の内に秘めた決意に徹は気づかずにいた。
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