第2話
「落ち着け落ち着け――!」
半狂乱になりそうな心を無理やりに落ち着けると、すぐさま机に引っ掛けていたバッグを荒々しく掴み取って教室を飛び出した。
「お、おい! 蛍火!?」
坂本達樹が呼び止めるが、聞く耳持たぬというように夜千は走り去って行った。
「どうしたんだ?」
「あれじゃねえの? 小金井が怖いとか小金井の約束を破ったからブチ殺されるかも……とかいぎっ!?」
ゴッ! 小金井麗奈が心配そうな顔をしながら馬鹿な顔をして茶化した池龍也の頭をグーで殴った。 ◆ 真相を確かめたい。
あの気絶する前に見たあの人が何か知ってる筈だ。
そんな思いを抱きながら階段を二段飛ばしで駆け下り、廊下を走る。
自分に降りかかった危険を知らないでおく何て器用な生き方を出来る筈がない。
学校を出て歩道を走る。
肺が熱く、痛くなってくるが無理やり脚を動かす。酸素不足でぶっ倒れそうだ。
廃ビルを曲がり、あの時襲われた場所に着く。
「ぶはぁ、ハァ、フハァ……へぇ、はぁ、はっはっ、はっはっ」
マジで疲れたぁ、と言いたいのだが言えない。
薄汚いコンクリートに背を預けてずるずる、と力なく倒れて行った。
(ここで俺は化け物に……)
「襲われた」
現場に来て、言葉にした事で急に現実味という名の波が押し寄せて来たと同時に襲われた時の事も思い出す。
あの口が、あの手が、あの匂いが、あの恐怖が、あの気持ちが、あの謎の人物が、急速に頭の中を駆け巡って早くここから離れたい気持ちが湧いてきた。
しかし、知りたいという気持ちとどこか慢心に似た気持ちによってその気持ちは殺される。
あんな化け物にまた会う筈がない。 「小僧。貴様の力……儂らの大好物じゃ」 背後から薄気味悪い声がした。
ゾクリ、と背中が粟立ち硬直する。
この得体の知れない重圧は間違いなく――。
振り返る為にギチギチと頭を後ろに回す。
頭では分かっている。
あれはあの化け物で、振り返る時間すらないと。
振り返るより逃げる方が良いとも。
だけど、心のどこかで認めたくなくて、後ろを振り返った。
分かっているのに。 真後ろには化け物が居た。 歯は日本刀を並べて歯茎に突っ込んだかのように斬れやすそうな殺傷能力があると一目で分かる。
何故か手には一メートル程の鉄製の盾がある。
身体は体毛に覆われていて、顔は猿にそっくりである。
全長三メートルはある、大猿のような化け物だ。
瞳孔が開きっぱなしになり、身体が勝手に震え始める。
「う、あ……?」
鋭い牙を開閉させながら、
「やはり、今日ずっと着けていた甲斐があったなぁ」
混乱していた頭に冷や水をかけられたかのような一言だった。
一気に思考は回復をして、震える声で訊く。
「今日、ずっと?」
近場に目を泳がせながら助かる材料がないか探す。
もうそれくらいの冷静な思考は回復していた。
「今日、小僧の力を見てな。旨そうだと感じた」
ペロリと、太く長い舌を唇に這わす。
ゾッと背中が粟立った。
「力って何?」
びびったら負けだ。殺される。
そう思いながら虚勢を張るが声は震えてびびっているのはバレバレである。
「第二の生命力。奴ら『ハンター』と儂ら『心残』は『力』と呼ぶ」
「何だそれ……」
ふと、謎の人物が頭を過ぎった。
あの謎の人物はハンターだった?
そしてコイツはその心残 (ハク) とか言う奴なのか?
そんな考えに至った直後。
大猿の化け物が真横に凄いスピードで動いたと同時に右腕が吹き飛んだ。
え?
大猿の代わりに夜千の眼前に現れたのは少女だった。
漆黒のローブを身に纏い、闇のように黒い鎌を持った金髪碧眼の美少女死神。
「黒――鎌ッッ!!」
少女は絹のような髪を揺らしながら二メートルはある鎌を縦に振るう。
黒い水のような何かが夜千の真横を横切り、大猿の盾に当たる。
盾が強靭なのか黒い水のような何かが弱いのか盾に弾かれた。
「うわぁぁぁッッ!!」
少女は足の裏を爆発させて、弾丸のように大猿に接近する。
大猿は牙を盾を持っていない右手で刀を鞘から出すように素早く引き抜く。
ガキィン! 一メートル程の牙が黒い鎌を受け止めた。
「牙が……伸びた!?」
少女は驚嘆しながら後ろに恐ろしい速度で飛んだ。
黒い鎌の能力を使って。
少女はチラリと茫然自失としている夜千を見やって思う。
(私の力は残り少ない。アイツを倒す為には今の全身全霊の力を籠めるしか)
鎌を握る手に力を籠める。
「うああああああッッ!!」
鎌を力の限り縦に振るう。
大猿は盾を突き出し、牙を振り上げる。
「はじいてから斬り殺してくれる!」
しかし、それは実現しなかった。
盾を真っ二つに斬り、更に大猿を頭から股にかけて真っ二つに斬った。
「な、あ?」
化け物は情けない声と共に煙のように消え去った。
「良かった……」
少女がそう呟いて、コンクリートを背に座ろうとした直後。
夜千は見た。
少女の真上にもう一体。
コンクリートから突き出ている錆がある鉄パイプにぶら下がっている大猿が少女を殺さんと牙を抜き取った所を。
「危ねえ!!」
咄嗟に駆け出した。
先程までの恐怖は嘘のように消え去っていた。
少女は怪訝に夜千を見た後、驚愕に目を見開いて真上の敵を見やると、慌てて転がる――が、敵はそれを許さなかった。
牙が少女の腹を突き破った。カラン、と鎌は夜千の足元に転がった。
夜千が少女の元に着いたのとほぼ同時だった。
夜千の顔が苦悶に歪む。
助けれなかった?
気づいてたのに?
俺が、弱かったから。
「ぎゃはははははははは! ハンターよぉ。言うだろ? 睡眠時に獲物を仕留め終わった時が一番気を抜いちまうってさぁ」
大猿は笑う。
「一人で戦ってたらお前ら勝手に一人だって思い込むんだからよォ。アイツが『儂ら』って折角言ってたのに馬鹿だね。お前」
ビシッと夜千を指差して笑う。
ひとしきり笑った後、大猿は大義そうに。
「んじゃ、先ずはさっきの戦いで力を無くしちゃってるハンターから喰うか」
少女を汚い手で掴もうとした。
横合いから突き出された手は大猿の汚い腕を遠慮なく掴む。
「アァ?」
凄んで言う大猿に夜千は震えながらしかし、真っ直ぐに言う。
「お前、言ったよな? さっきの戦いで力を使ったって」
そして、アイツは小僧の力と言った。
「それがどうした? テメエからくわれるか?」
夜千は化け物の赤黒い目を見据えて、
「俺にも闘う力がある!」




