87.二人の未来
「ロゼちゃん、元気ないね」
ルノがぼそっと呟く。「ん?・・んー」リヤカーに寝っ転がっているビーグルは頭を上げてロゼを見たが、上げた頭をすぐ下ろして再度寝そべる。「旅の終わりってのは儚いもんなんだよ。多分」ごろんとビーグルは寝返りをうった。
ロゼはピカピカになった行商箪笥を眺めている。中を開けると空っぽだった。「・・・全部、使っちゃったんだなあ」旅に出る前に詰めたもの、東の国に行くために詰め替えたもの、それら全ては役目を終え、行商箪笥の中には何も残ってない。
「ねえ、フラミンゴさん。手ぶらで帰っちゃっていいのかな?」
「ロゼはアネット様からお土産もらっただろ?」
「私のじゃなくてサンジェルさんとかミラさんとかテールズさんとか。テールズさんに頼まれたものもネラルク大公国に置いてきちゃったし、手ぶらで帰るのもなんだか悪いなって」
「顔見せるだけで十分だ。相当心配してるだろうからな」
「おっさん、寄り道したくないだけでしょ?」
「あ?」
「ガナッシュ君のおかげで色々と大変な目に遭ってきたからね。おっさん少し過敏になってんだよ」
ジンに跨るフラミンゴは、顔を後ろにやりビーグルを睨みつけたが何も言わなかった。
「ガナッシュさんが悪いんじゃないってば。私が」
「まあまあロゼちゃん。今は大人しく家に帰ろう。おっさんもう限界なんだよ。だいぶ老けこんだもんね」
「勝手なこと言ってんな」
「ねえ、フラミンゴさん。お願いだからガナッシュさんのこと悪く言わないで」
「だーいじょうぶだって、ロゼちゃん。悪く言おうが言わまいが、どうせもう手の届かない存在だよ、ガナッシュ君は。もう旅に出ることもないだろうし、今まで通りに振舞えるかどうかでいえばお互い無理だろうし」
ロゼは顔を俯かせて黙った。「・・いてっ!」ルノが容赦なくビーグルの肩を叩く。「ロゼちゃんいじめないで!」ルノに叩かれて、寝転がっていた身体を起こしたビーグルはロゼを見て「安心して、ロゼちゃん。俺はずっと君の傍にいるからね。さみしくないよ」と目を吊り上げて笑った。
「・・・・ビーグルさんのばか!」
「ビーお兄ちゃんのばか!」
「なんで罵られなきゃなんないのよ」
くわああっと大きく欠伸をしたビーグルはぽりぽり頭を搔いて「ま、それは俺らに言えることであってロゼちゃんは別なんだけどね。も~、どこ行っても引っ張りだこなんだから困っちゃうよ、全く。早く帰って先に俺らは結婚式挙げなきゃ。うかうかしてると取られちゃう」妄想が口からダダ洩れのビーグルの頭をルノとロゼが一緒になって叩いた。
**
ずっと俯き加減で「お土産・・」と呟き続けるロゼに根負けしたフラミンゴは、酒場に帰る前に以前立ち寄ったパティスリーに寄った。お菓子で簡単につられたロゼはルノと一緒にパティスリーに駆け込みショーケースに顔を張り付けて、輝かしいお菓子を前に涎を垂らしそうなほど顔を蕩けさせた。
「うわー!どうしよう!おいしそう!いいにおい!」
「おい、ルノ。全部は買えんぞ。二個までだ。一人二個まで」
「私とルノちゃんと、フラミンゴさん、ビーグルさん、サンジェルさん、ミラさん、テールズさん」
指折り数えるロゼの手をフラミンゴが握った。「一人二個まで。サンジェルたちの分は俺が選ぶ」笑顔なのに言葉に圧がある。それでも「私が選びたい」と折れないロゼは「すぐ!すぐ決めるから!」とフラミンゴに掴まれた手を振りほどいて、またショーケースの前に居座った。
「・・・ま、元気になったし。いいか」
フラミンゴは他の客や店員たちに謝りながら、お菓子を前にはしゃぐ二人を微笑ましく眺めていた。
おいしいおいしいお土産を両手に抱えたロゼとルノ。街道を抜け、見覚えのある景色が目の前に広がると、ロゼはゴトゴト揺れるリヤカーの上で膝立ちになった。懐かしさには弾む気持ちと同時に胸を締め付けられるような感覚があり、すぐそこには久しく会っていなかった家族が待っていると思うと、疼く身体を抑えられない。ロゼは腕に抱えていた化粧箱をルノに預けて、先にリヤカーを降りて駆け出そうとする。
「あっ!こら!ロゼ!」
「フラミンゴさん!荷物お願い!私、先に行ってくる!」
ロゼは何一つ荷物は持たず、走って酒場サンジェルを目指した。「サンジェルさーーん!!ミラさーーん!!帰って来たよーー!!」叫びながら走る。遠くに見えたお店がだんだんと近づいてくる。慌てて出てきたサンジェルはその場に立ち尽くし、ミラは膝から崩れ落ちた。
「ロゼ!!帰ったか!!」
「ただいま!!サンジェルさん!!」
走った勢いを緩めずロゼはサンジェルの胸に飛び込んだ。「よかった・・!帰ってきてくれて」ぎゅうぎゅうにサンジェルに抱きしめられてもロゼは苦しいとは言わなかった。
「あっ・・ああ、ああああ!ロゼが・・・、ロゼが帰って来た!」
「どうしてミラさん泣いてるの?」
サンジェルの腕がほどけ、今度はミラを抱きしめるロゼ。ミラは子供のように口を大きく開けて泣いている。
「だって、だって!いつまでたっても帰ってこないから・・・てっきり私は」
「帰ってくるって言ってたのに。泣かないで。泣かないでミラさん」
抱きつくロゼにミラは泣き止むことなく「おかえり・・!おかえり、ロゼ!」ときつく抱きしめた。
「・・・おい、フラミンゴ。帰ってくるなら、連絡のひとつ寄越しやがれ」
「俺はどこにも寄り道したくなかったんだよ。菓子屋だって仕方なく」
「はあ?」
「サンジェル、酒をくれ。強めのやつな。長いこと気持ちよく酒が飲めてねぇんだ」
「おっさん、こないだ浴びるほど飲んでたじゃん」
「気ぃつかいながら飲む酒なんかで気持ちよく酔えるわけねぇだろ。・・・あ、テールズ帰ってきてるだろ?こいつはテールズのダチだ」
「ちわす」
ビーグルはニッコリ笑顔を振りまいた。「ああ、Bだな。息子から聞いてる」サンジェルはニコリともせず頷くだけ。
「いや、俺、もうBではなくて」
「ビーグル、荷物下ろしてジンを休ませてやってくれや」
「え、それおっさんの仕事でしょ」
「俺はお前の雇い主だぞ。いいから働け」
「お父さんへの挨拶は大事なのに!」
「だれがお父さんだ。サンジェルはロゼをどこにも嫁にやる気なんかねぇんだからな。さっさと仕事しろ!」
「それはおっさんでしょ~!!」
ケツを蹴られたビーグルは不貞腐れながらジンのところに歩き出す。「お疲れさん」出迎えてくれたテールズが笑いながらビーグルの肩を叩いた。「ほんと、人使い荒いんだから」溜め息混じりに愚痴を零すビーグルがフラミンゴに言われたとおりリヤカーから荷物を下ろそうとする。だが、お菓子の入った化粧箱を抱えたままのルノが未だにリヤカーに乗っていた。
「なにしてんの。早く降りろよ」
「・・・でも」
「はっは~ん?お前、さみしいんだろ。ロゼちゃんはあんなに愛されて人に囲まれてるのに、お前だけぽつーんと残されて行き場がない」
「・・・・・。」
いつもなら怒ってビーグルを叩いてくるルノが顔に皺を寄せ泣きそうになる。身体を小さくしたルノを見て「なーかーすーな」苦笑いのテールズがビーグルの背中を強く叩いた。
「どうしたの?この子」
「ロゼちゃんにくっついて離れないんだよ。懐いちゃってさ」
「お前と同じじゃん」
「一緒にしないで!」
「一緒だよ。えーっと、怖くないから降りといで。酒しかないけど用意するよ?」
「テールズのまっずい酒なんか飲めないよ!」
「なんだよ。俺の依頼したもの持って帰って来なかったくせに」
「それどころじゃなかったんだって!ちょっと聞いてよ!俺たちは遠い遠い東の国まで行ってきてさあ!しかもマフィアの船に乗って海賊と」
「あーあー後で聞くから」
テールズは口の止まらないビーグルを押しやってルノに手を伸ばした。目の前に伸ばされた手にルノはお菓子の入っている化粧箱を渡す。「くれるの?」テールズが笑いかけるとルノは頷きもせず、首を振りもせず、固まったまま動かない。テールズは化粧箱を反対の手に持ち直して「いいにおいする。店の中で食べようか」またルノの前に手を伸ばした。
「ルノ。こいつはロゼちゃんの義理の兄ちゃんになるらしい。納得いかないよね。放蕩息子だったくせに結局いい思いしちゃってさ」
「ロゼちゃんのお兄ちゃんなの?」
「形だけ」
「形だけ?」
「うるさいな。引き取ったのは親父たちであって、その当時俺はもう家にいなかったんだよ」
「そうは言ってもねぇ」
ビーグルとテールズのやり取りを聞きながら、ようやくルノがリヤカーから降りた。
「それ、お土産!ロゼちゃんと選んだの」
「ありがとう。いいにおいする」
「お菓子だよ!クリームのってるケーキは溶けるからって、来る途中で食べちゃった」
「そっか。じゃあ、これも早く食べよう」
「うん!」
弾むようにテールズに近寄ったルノを見て「ロゼちゃんの兄ちゃんってだけで、アイツ信用しちゃったの?単純すぎない?」ジンからリヤカーを外したビーグルが呟いた。
**
酒場サンジェルは完全貸し切り。愚痴を零しながら酒を水のによう口に流し込むフラミンゴの顔は真っ赤で、同じように愚痴を零すビーグルはテールズを掴まえて、酒よりも料理を貪る。ルノとロゼはカウンターに並んで座り、お菓子を頬張る。カウンター越しには酔っ払いを優しい目で見守るミラがいた。
「酔っ払いたちはうるさいねぇ。爆発しちゃってるよ」
「フラミンゴさん、大変だったかも。私もいっぱい迷惑かけちゃったし」
「長かったもんねぇ。もう帰って来ないって思ってたよ」
「ごめんなさい」
「いやいや、いいんだ。帰ってきてくれたから。ボワイアにずっといたのかい?」
「ううん。ボワイアも行ったけど、もっともっと色んなところに行ってたの」
「楽しかった?」
「うん!楽しかったよ!きっともう二度とあんな体験はできないと思う」
「そう・・。よかったね」
酔っ払いたちを見ていたミラがロゼに顔を向けて微笑んだ。ロゼも笑い返す。
「ルノも気にせずゆっくりしなよ。遠慮しないでたくさん食べな」
「うん!」
「ルノはロゼの部屋使ってもらうとして、あのテールズの友達はどうしようかねぇ」
「ビーグルさんはちょいちょい野宿させられてたよ。ジンの番だって」
「ならほっといてもいいか」
ミラが嬉しそうに笑う。個性的な酔っ払いたちを面白おかしく笑っていたミラの笑顔がなんだか懐かしく思えた。
「・・・ところで、ロゼ」
「ん?なに?」
「ガナッシュは・・・家に帰ったのかい?」
「・・・うん。帰ったよ」
「そっか」
「今、ガナッシュさんの国は大変なの。ねぇ、ミラさん。私、ガナッシュさんのお手伝いしたいって思ってて」
「・・・・・。」
「お店のことも頑張るから、ネラルクに行くのも許して・・・ほしいな」
尻すぼみになるロゼの声。ミラもルノも黙ったまま何も言わない。「おい、ミラ。酒の追加頼むわ」沈黙が続く三人に向かってサンジェルが酒を頼んでくる。
「あ、私が取ってくる!」
「ちょっと、ロゼ!」
「ミラさん、フラミンゴさんの話そのまま信じないでね!ガナッシュさんはすごく良くしてくれたよ!みんなみんな良くしてくれたの!」
「ロゼ、違う!私が心配してるのはそういうことじゃなくて」
「ルノちゃん、フラミンゴさんとビーグルさんがおかしなこと言ってたら訂正してほしいな。私、倉庫行ってお酒取ってくるね」
ロゼは逃げるように店を出て、隣にある倉庫に走った。「うわわ・・ミラさん、黙っちゃうと思わなかったなぁ」両手で顔を押さえて首を左右に振る。「ピアス見たときも顔が強張ってたし、説明しようとしても止められたし。ああ・・。」大きな独り言を零しながら倉庫に走る。倉庫の隣ではジンが寝ていた。
「ジン、どうしよう。ミラさんがあれじゃ、サンジェルさん絶対に許さないよ」
寝ているジンに返事はない。それなのにロゼは小声で更に続ける。
「耳に穴開けるし、足は火傷の痕まだ消えないし、マフィアのボスさんに直接交渉に行ったことテールズさんから聞いてたし。そりゃあ心配するよねぇ」
もちろんジンに返事はない。「・・・しばらくは大人しくしてたほうがいいか。ミラさんにもサンジェルさんにもちゃんと謝ろう」ふう、と大きく息を吐いたロゼが倉庫の扉に手をかける。「心配かけたのは事実だもん。ガナッシュさんやネラルク大公国のこと悪く思われないように、私がちゃんとしなきゃだ」そう自分に言い聞かせて、寝ているジンを起こさないように、ゆっくり扉を開くと「ロゼ」小さく声がした。思わず動きを止める。けど空耳かと思って振り返らなかった。
「ロゼ」
また囁くように小さな声で呼ばれる。「ジン?」ロゼは横で寝ているジンに振り向いた。「違う、後ろ」声の小ささは変わらないが空耳ではない。ロゼは後ろを振り返った。
「・・・え?」
「やっと出てきた。あ、大きな声出さないで。まだバレたくないんだ。バレたら有無を言わさず即行で潰されちゃうから」
ガナッシュがいた。初めてお店に来店したときと同じ格好で、頭にはフードを、肩にはズタ袋を提げている。これはガナッシュだ。最近までずっと目にしていたネラルク大公国の大公爵正統後継者であるディオ・ネラルク・ルイズベートとしての姿ではない。
「え、え?どうしたんですか?」
「遅れてごめんね。一緒に帰る約束だったのに」
「え、でも、ガナッシュさんは色々忙しく」
「忙しいは忙しいし、すぐセバスチャンに呼び戻されるんだろうけど、それよりも話があって」
ガナッシュがロゼの手を引く。「ジン、寝てるからね」倉庫から、そしてジンから少し離れたところまで手を引かれた。勝手に手が震えだす。身体も震えだす。どうしてガナッシュがここにいるのか。国を空けられないはずのガナッシュが、どうして商人の姿で酒場サンジェルに現れたのか。突然のことに頭が真っ白になってロゼは言葉が出ない。
「怒られなかった?帰ってくるのが遅いって」
「・・・・・。」
「ロゼ?」
「はっ・・はい!」
「怒られなかった?」
手を引いて歩いていたガナッシュが足を止め振り返る。柔らかく微笑んでロゼをじっと見ていた。
「お、怒られなかったです」
「よかった。怒られるのは俺の方で」
「え!?でも、ガナッシュさん悪くないのに!」
「いいのいいの。怒られるし潰されるのは覚悟の上なんで」
笑ってるガナッシュが「で、ここでまた俺が長く足止めしちゃったら、潰されるだけじゃすまなくなるよね」と言いながらズタ袋を漁る。
「本当は一緒にここに帰ってくるつもりだったんだ」
「え?」
「サンジェルさんとも約束したし、ロゼとも約束したしね」
「そんな。あのときとは状況が全然違うのに」
「でも、一緒に帰らなかったのには理由があるんだ。一つはフラミンゴさんが許さないだろうって思ったのと、もう一つはちゃんとロゼに話したいって思って」
ガナッシュがズタ袋から取り出したのは、ズタ袋から出てきたとは思えないほど、綺麗に束ねられているホワイトローズで出来たブーケ。以前もらったものよりも二回りは大きい。
「これは俺の本当の気持ち。受け取ってくれると嬉しいです」
目の前に差し出された大きなブーケ。日の落ちた夜でも白く発光しているブーケは街灯や店から漏れる明かりに照らされて輝いて見える。
「俺、ルイズベート家を出たんだ」
「え?・・・どういうことですか?」
「セバスチャンに譲ったんだ。次期大公の座を」
ロゼは言っている意味がわからなくて言葉が出てこない。
「今の国の状況を見て、全て放り出したわけでも逃げ出したわけでもない。ただ、表舞台を降りただけ。引き継いでくれたセバスチャンを全力で支えるつもりでいる。けど、俺はもうディオ・ネラルク・ルイズベートではなくなった。ガナッシュとして生きようって、そう決めた」
ガナッシュはフッと鼻で笑って「いやぁ、カッコつかないなぁ。大貴族から商人になりましたって。ロゼも嫌だよね。こんな男は」差し出したブーケを引っ込めようとする。それをロゼが止めた。ブーケを持つガナッシュの手に自分の手を重ねる。
「ガナッシュさんは・・・商人さんになったんですか?」
「そう。俺は俺の思った道を進み、やりたいことをする。自分の意思で選んで、自分の足で歩く。そう決意して辿り着いたのがここ。俺の始まりの場所。酒場サンジェルだ」
ブーケ越しに見るガナッシュの顔は穏やかだった。顔のどこにも力が入っていなくて自然に笑みが零れている。
「ずっと人の言うままに生きてきた俺はセバスチャンのことがきっかけで旅に出ることにした。だからといって父さんの真似事はしたくなくて、親への反抗のつもりで行商の旅に出た。マーカスさんにも言われたけど、父さんじゃなく別の人を師と仰いだのは父親を認めたくなかった気持ちからなんだ。この年になって親に反抗するなんて恥ずかしいことだけど、けど、その気持ちが運命を変えた。フラミンゴさんに出会えたこと、ロゼに出会えたこと、セバスチャンを救えたこと、他にも沢山。ロゼと一緒にいることで、自分がすべきこと、自分がしたいこと、夢、願い、色々な感情が芽生えた。それら全てを叶えるために、家を出て、ガナッシュでいることに決めた。だから俺はガナッシュとしての人生が始まったこの場所に帰って来た」
優しい顔で語るガナッシュとは対照的にロゼの顔に皺が寄る。胸が締め付けられ喉がキュゥと絞まる。呼吸が上手くできない。
「また、ここから始まる新たな人生。その隣に、ロゼ、君がいてくれると嬉しい」
「ガナッシュさん・・・。」
「俺はもう何にも縛られない。自分の思い描く道を行く。だからロゼ、もう遠慮とかそういうのはいらないんだ。俺はガナッシュ。まぬけでのろまでちょっと手のかかる甘ったるいガナッシュです。一緒にいたいと願ってくれれば傍にいるし、そうでなくても俺は酒場サンジェルに土産話をもって現れるし、なんだったらまた旅に連れ出すよ。俺はフラミンゴさんの一番弟子の“ガナッシュ”だから」
笑顔を向けられたら勝手に涙が零れた。止めようにも止められない大粒の涙が溢れ出てくる。「あれ?泣かせるつもりじゃなかったんだけど」そっと伸びてきたガナッシュの手が頬をなぞると、たまらずロゼはガナッシュに飛び込んだ。
「ガナッシュさんっ・・!私、私っ・・!ガナッシュさんのこと、大好きなんですっ!」
「うん。ありがとう。こんなに情けない俺なのに」
「優しくされたからとか!甘やかしてくれるからとか!そういうんじゃなくてぇぇ!」
「ん?なに?なんの話?」
「ガナッシュさんの全てが好きなんです・・!大好きなんです!」
「ありがとう、ロゼ。俺も大好きだよ。最初はからかってただけだけど、今は違う。もう俺の心の中にはずっとロゼがいて、他の人なんか入る余地がないんだ」
「うわあああん!」
「なんで泣くかな」
泣きながらぎゅうぎゅうに抱きしめるロゼを笑いながら抱きしめ返すガナッシュ。よしよしと頭を撫でられて、完全に子ども扱いされているのに涙が止まらなかった。
「・・・・・ウチの娘、なに泣かせてやがんだあああああっ!」
ロゼの泣き声を掻き消すほどの大声が響いたと思ったら、ガナッシュ越しにドスッと衝撃を感じた。「う゛」というガナッシュの呻き声も頭上から降ってくる。ガナッシュがそっとロゼを身体から離し、後ろを振り向いた。
「フラミンゴさん・・・。今、蹴り」
「来やがったな!!ハイエナ公め!!おめーは懲りもせずロゼを掻っ攫いに来ると思ってたんだよ!ああっ!?」
「ちょ、掻っ攫いにとかではなく。え、どんだけ飲んだんですか、顔から火が出てますよ」
「サンジェルーーー!!このハイエナ野郎を潰せーー!!生きて返すなーー!!」
完全に酒が回っているフラミンゴに首根っこを掴まれたガナッシュ。身体を丸め、大人しくフラミンゴの後をついていくと店からサンジェルとミラが出てきた。
「おう、久しぶりじゃねぇか。ガナッシュ」
「・・・お久しぶりです。あの」
「いいから中に入んな。たっぷりもてなしてやるからよ」
ガナッシュの言葉を遮りサンジェルが顎をクイッと店に突き出す。ガナッシュは申し訳なさそうに更に頭を下げた。
「おかえり。よく戻ってきた」
「・・・・え?」
「どんだけ待たせやがんだ、ばかやろうめ。さあ、酔いがさめないうちに続きやるぞ」
「・・・・サンジェルさん」
「おかえり、ガナッシュ。ロゼが世話になったね」
「・・・・ミラさん」
「悪いけどウチの娘はそう簡単に渡せないよ。大貴族はもちろん、商人なんかもってのほかだ」
「はい。わかってます」
「わかってるわけねぇだろ!!コイツはなあ!今までどれだけ俺とロゼに迷惑かけて」
「あーあー、近所迷惑だから説教は店の中でやってくれ。・・・ロゼ!酒だよ、酒!ほらっ!」
どこか懐かしい光景に涙はすっかり引っ込んで、ロゼは自然と笑みが零れた。早くガナッシュを助けなければ。ホワイトローズのブーケを腕に抱え、酒を取りに行ったロゼが店に戻るまでの数分間で既にガナッシュがカウンターに撃沈していたのは言うまでもない。
**
長いこと商売を休んでいたフラミンゴには大量の受注依頼が届いていた。しかしフラミンゴも今まで遊んでいたわけではない。疲労が抜けていない身体を大きく仰け反らせて、今日もまた酒場サンジェルに足を運ぶ。
「おお、フラミンゴ。久しぶりじゃないか」
「ローランさん。お久しぶりです。散歩ですか?」
「ああ。老体だってのに、こうやってたまに歩きたがるんだよ」
飼い犬ベティを撫でながらローランは笑って言った。
「ずいぶん顔を見なかったが、一体どこまで行ってたんだい?」
「そうですなぁ。結構なとこまで行きましたなぁ。蒸気船にも乗りましたよ」
「そりゃネラルクの船じゃないか。そういえばあそこの大公殿下は貿易商人だったな。なんだい、行商は辞めたのか?」
「いやいや」
フラミンゴは顔の前で手を横に振る。ローランとフラミンゴを見上げるベティに笑いかけた。
「そういやネラルクと言えば、ルイズベート家の一人息子が戦死しちまったって話。知ってるか?」
「そうなんですか?」
「ほら、あそこは貿易国だろ?遠い東の国に行って、戦争に巻き込まれてしまったらしい。残念なことだよ」
ふう、と息をついたローランが空を見上げた。「いつの世も、戦争ってのは無くならんもんだな」眩しいのか否か、目を細める。
「なら、これは知ってますか?その東の国の戦争を聖女様が収めたって話」
「まーたフラミンゴのデタラメ話かい?そんな話を喜ぶのは、サンジェルんとこのロゼとかちびっこくらいなもんさ」
「いやいや、本当ですって」
今度はフラミンゴが空を見上げた。
「この世界には聖女様がいるんですよ」
完結です。
最後までお読みくださりありがとうございました。




