77.前夜の出来事
探すよりも探されていたロゼたちはザザロブの部屋を出てすぐに息を切らしたベルタに捕まった。安堵の表情を浮かべたベルタはその場に崩れて目に涙を浮かべた。
「なあに情けない顔してんだよ、ベルタ」
「ファルガ様~。その声が懐かしすぎて」
「はあ?そんな経ってねぇだろうが」
「それぐらい毎日が長かったんですよ~」
「あ~、はいはい」ファルガは面倒くさそうな顔でベルタの頭を掴んでぐるぐると回した。乱暴な扱いなのにベルタは嬉しそうな顔をして「すみません、取り乱しました。恥ずかしい」ゆっくり立ち上がっては、顔を赤らめロゼとガナッシュに頭を下げた。
「セレスティアは無事か?」
「無事です。どうもこちらの食事は口に合わないようで、あまり食べてはくれないんですけど、ポラリスさんがいい話し相手になってくれています」
「ポラリスばあさんもジョーイも、派遣したみんなは大丈夫か?」
「はい。ファルガ様が熱心に文を送ってくださったことと、ドルマンさんが上手く立ち回ってくれているので、ザザロブ王をはじめとするムシュンドゥル国の人たちは私たちを粗末にすることはありませんでした」
「問題はこれからだ。ザザロブは戦争の収束を勝利をもって終わらせようとしている。俺たちはそれに一切手を貸すつもりはない。いつ手のひらを返されるかわからん。気をつけて動けよ」
「はい」
「ならセレスティアとポラリスばあさんに会わせてくれ」
「はい、すぐにでも」
ベルタは早歩きで先頭を歩き出した。その後ろにファルガが続く。ロゼも小走りでついていこうとしたが、それをガナッシュが許さなかった。腰に回った手が離れない。
「ゆっくり歩いて。足に負担をかけたくない」
ついつい忘れてしまいがちだが火傷の傷は完全に治ったわけではない。酷使すれば薄くなった皮膚が剥け痛みが増すだろう。ロゼは返事ではなく、歩くスピードをガナッシュに合わせることで同意を示した。
できるだけロゼの足に負担をかけないようにゆっくり歩いていた二人はベルタとファルガよりだいぶ遅れて部屋に辿り着いた。部屋の前で立っていたベルタに促されて部屋の中に入ると、こちらが姿を認識する前にセレスティアがガナッシュに飛び込んできた。
「ディオ・・!!ああ!!やっと会えた!!」
「遅くなってすまない。ケガはない?」
優しく声をかけるガナッシュの声に言葉を返さず、セレスティアはガナッシュの腕のなかで震えながら叫ぶように泣き出した。子供のように泣き喚く。ガナッシュが周りの顔色を窺っているのがわかってしまい、ロゼは部屋を出ようとする。すると隣に影が並んだ。
「ロゼ、部屋を移動するぞ」
ロゼの腕を引いたのはポラリスだった。ロゼはポラリスに抵抗することなく、ガナッシュとセレスティアから逃げるように部屋を出た。それはロゼだけではなかった。ファルガも、そしてマーカスも部屋から出た。
「ベルタ、別室を用意できるか?俺たちは俺たちで打ち合わせをしたい」
「訊ねてきます。少々お待ちください」
ベルタはまた足早に去っていく。
「ロゼ、無事か?船酔いは大丈夫だったか?」
「まあまあ。でも、蒸気船は楽しかったよ。操縦したの」
「そうかそうか。にしても、長旅で疲れておろうにその格好とは。もう仕事をせにゃならんのか?」
「王様に会ってきたからそれで」
ロゼは深く被っていたフードを取った。「でも船でずっと眠ってたから元気だよ」安心させるように笑えば、反対にポラリスが涙ぐむ。「あぁ、ロゼ」腕を掴んでいたポラリスの手がロゼの背中に回る。か細い腕でぎゅっと抱きしめた。
「ポラリスばあさん、ジョーイ。よく無事だった。そしてセレスティアの保護、感謝してる」
「とんでもございません!ファルガ大公もご無事でなによりです」
「問題はこれからだ。セレスティアはディオに任せて、俺たちはこれからの作戦を練る。付き合ってくれ」
険しい顔つきのファルガを見てマーカスの顔が強張る。ポラリスはロゼの胸に顔を埋めたまま。ベルタが戻ってきて別室に案内しようというのに、ロゼはガナッシュとセレスティアを残した部屋を見つめている。ファルガがそっとロゼの肩を引いた。
**
声が枯れるほど泣き喚いたセレスティアがようやく落ち着きを取り戻す。スン、スンと鼻をすすりながら小刻みに震えるセレスティアの身体をガナッシュは何度もさすっていた。怯えるようにきつく抱きしめていたセレスティアの腕の力が抜け、完全にガナッシュに身体を預ける形となった。
「・・・・あったかい」
「ん?」
「怖かった・・・。ずっと、ずっと、生きた心地がしなかった。何度も死にたいと思った」
ガナッシュがセレスティアを抱き寄せる。包まれる温もりに安心してか、セレスティアの顔色がよくなっていく。
「なにもされなかった?」
「・・・身体を縛られたくらい。怖くて声も出せなくて、目を開けるのも怖くて、怖くて」
「思い出さなくていいよ。聞いてごめん」
「来てくれて・・・嬉しかった。ディオは、必ず来てくれるって思ってた」
「うん」
「私、もう、帰れるのよね?ディオと一緒に、みんなが待つ国に」
セレスティアが顔を上げてガナッシュを上目で見る。ガナッシュは返事をしなかった。「ディオ」呼ぶ声に力がのった。「一緒に、帰れるのよね?」怯えた声ではない。急に元王女としてか妻としてか、強い口調で聞いてくる。
「帰るよ、一緒に」
「なら早く帰りましょう。もう、ここにはいたくない。食事も美味しくないし、においも、気候も、私には全く合わない」
「けど、俺は仕事がある」
「仕事?」
「このままでは帰れない。・・・ロゼを、見捨てるわけにはいかないから」
ロゼの名前を出した瞬間セレスティアの顔が変わった。ただでさえ大きな瞳を飛び出そうなほど大きく見開き、細く尖った眉が吊り上がる。
「どういうこと?あの子は私の代わりではないの?本物の聖女としてお役目を果たす。それで私は助かるんでしょ?」
「ロゼには聖女のフリをしてもらうつもりでいるけど、それが本当に上手くいくかはわからない。なぜならロゼは、神に愛され特別な能力を得た選ばれし者ではなく、普通の女の子だから。育った環境が少し人と違うだけで俺たちと変わらない、いや、俺たち以上に何も持たない普通の子だから」
「ふざけたこと言わないで!!あの子は聖女なのだと、ディオがそう言ったんじゃない!!セバスチャンを助けたって!!誰も治せなかったセバスチャンの病気を治したのが彼女なんだって!!」
「よく聞いて、セレス。ロゼが周りから聖女だと称えられるのは彼女の根底にある“手助けをしなさい”というおばあさんの教えにあるんだ。だからロゼは自分の持っている知識を人の為に使っている。たったそれだけなんだ。どんな形であれ人を助けているから、そう呼ばれるんだ」
「それがなんだというの!?特別な力を持っているのならそんなの当然のことでしょう!?もっともっと人々に還元すればいいのよ!!」
「ならセレスはなにができた?王女としてなにをしてきた?」
顔を真っ赤にしているセレスティアが言葉に詰まる。「俺は君を責めたいわけじゃない。落ち着いて聞いて」息が荒くなっているセレスティアの肩をさすった。
「ロゼは今から戦場に出る。最前線まで行く。護衛の兵士も、頑丈な防具もなしに」
「・・・だから、あの子には、特別な力が」
「ロゼ一人でできることには限界がある。けどロゼはその力をもって苦しい状況を度々ひっくり返してきた。その作戦にセレスティア、君も協力してほしい」
「・・・私に、なにが」
「ここに来る前、ロゼが大量に薬を精製した。それを戦地で戦う兵士たちに使用してほしい。もちろん、薬の使用は医者であるマーカスさんにお願いするつもりだけど、その場にセレスがいてほしいんだ」
「そんな・・・。怖い。そんなの!」
「この宮殿に残る方が危険だ。使節団のみんなも全て戦地に出る。人手がいるんだ。ここにセレス一人残すわけにはいかない」
「ディオは!?ディオは私の傍にいてくれるわよね!?」
「俺は」
「最前線に行くなんて言わないわよね!?傍にいてよ!私を守ってよ!」
またセレスティアがガナッシュに抱きついた。胸に顔を強く押し付け、背中に回った腕はか細いのにとても力強い。
「守るよ、ちゃんと」
「なら約束して!危険なことしないって!私の傍を離れないって!ねぇ!約束してよ!」
「その約束はできない。なぜなら、俺は目的のために多くの仲間たちに無理を強いてきたから。無関係な人たちの優しさに甘えて、多くの命を危険に晒しているから。それなのに俺だけ安全なところで結果だけを待つわけにはいかない。セレス、君のことは守る。必ず一緒に帰ろう。だけど、それはこの戦争を終わらせてからだ。それまで待ってて」
セレスティアはそれ以上何も言わなかった。だが、拳を握り何度もガナッシュの胸を叩いた。下唇を噛みながら何度も叩いた。
**
あっという間に日が沈み、夜更けになろうかというところでファルガはザザロブの部屋に呼ばれた。それと同時にファルガたちと共にムシュンドゥル国に入った第三の使節団が到着する。宮殿の中はムシュンドゥル国の者が多いのかネラルク大公国の者が多いのかわからなくなっていた。
「いざ決戦、って感じですね」
「震えておるのか?マーカス」
「それはもちろん。ポラリスさんは違うのですか?」
「ワシはなーんも怖くない。ロゼと一緒じゃからな。なあ?ロゼ」
「・・・・・・。」
「ロゼちゃん、もう寝てますよ」
「この状況下でよく寝れるな。緊張感のない子じゃ」
笑いながらポラリスがロゼの頬をつつく。ロゼは身じろぎひとつしない。
「マーカス、お前さんはワシらと別行動じゃろ?」
「はい。そうです」
「セレスティアを頼んだぞ。あの気位が高い王女様は扱いが難しい」
「ガナッシュ君も一緒ですから、そこはなんとかなるのではないかと」
「甘いな。ガナッシュは不器用な男じゃぞ。あやつがセレスティアのご機嫌を取れると思うか?」
「え?まさか」
「ガナッシュの気持ちはわかるがな。守られるセレスティアと戦いに出るロゼでは、ロゼに気持ちを割いてしまうのは当然のこと。ロゼはただ巻き込まれただけじゃからな。この件に全く関係ないのに多くのものを背負わされておる。とはいえ、こういうときくらい嫁にいい顔すればいいものを、あの男は自分の正論を説いてセレスティアを納得させようとするんじゃろ。そんなのセレスティアに通じるか。女に理屈なんかどうでもいいんじゃ」
「女性の扱いに慣れてるように思ってましたが、違うんですね。・・・・困ったな」
「しっかりやれよ」
ポラリスがマーカスの肩を叩く。「ははは」と乾いた笑いを零すマーカスの顔は笑えていない。
「僕よりもポラリスさんたちの方が心配です。いくらロゼちゃんと一緒とはいえ、相手は言葉も通じない、争いに身を置いている兵士たちですよ?そう上手くいくかどうか」
「上手くいかせるんじゃよ。もちろんワシひとり、ロゼひとり、大公ひとりでは成しえない。けど、ひとりではない。みんなでやるからこそ、未来は動かせる」
ポラリスの言葉にマーカスが頷く。二人のやり取りを見ていたベルタや使節団たちも小さく頷いていた。
一夜明け、ザザロブの元を訪れていたファルガが帰ってくる。「ザザロブ王との取引が成立した。俺は明日激戦区である国境まで向かう。打ち合わせするぞ。何度でも。全員が無事、国に帰れるように」ファルガの言葉に部屋の中は緊張感に包まれたが、ポラリスもマーカスも使節団のみんなも表情に影を落とすことなく、背を伸ばし胸を張った。
「やってやるぜ。奇跡を起こしてやる」




