65.あなたがいてくれるから
「あれ?フラミンゴさんも、おばあちゃんもいない」
誰にもらったか覚えていないクッキーを頬張りながらロゼはキョロキョロ首を左右に振った。
「ディオに話があるって二人は屋敷に戻りましたよ」
「え!?いつの間に!」
「結構前ですけど・・・。あの、ロゼさん。もう帰りません?僕、もう疲れちゃったんですけど」
サボり癖のあるローウィンが背中を丸めて溜め息をついた。そんなローウィンを冷ややかな眼差しでセバスチャンが見ている。
「え・・と、私もお尻が痛くなってきたので、そろそろ帰りましょうか」
「ああ、ロゼさんに気を遣わせて」
「ち、違います!本当にお尻が痛くなってきたんです!」
「ほんと!ほんと!」車椅子に座りながら跳ねるようにセバスチャンに向かってロゼは必死にアピールした。それでもセバスチャンのローウィンを見る冷ややかな視線は変わらない。
「座りっぱなしっていうのも、しんどいんですね。セバスチャンさんは大丈夫ですか?ずっと私のこと押してくれてますけど」
「僕はローウィンさんとは違うので平気です」
何に対抗心を燃やしているのかわからないが、セバスチャンは語気を強めに力強さとタフさをアピールする。
「早く歩けるようになればいいんですけどね」ロゼが包帯の巻かれた両足を前後に揺らすと「もう、歩いちゃおうかな」車椅子の車輪に手をかけたロゼが立ち上がろうとした。すると「帰りましょう!今すぐ!」さっきまで帰りたがっているローウィンを冷たい視線で睨んでいたセバスチャンが、車輪にかけたロゼの手を掴んで膝の上に乗せる。そして「また来ます!」と長屋の前で集まる人々に声をかけ手を振った。
「あ、ロゼちゃん、まって!」
セバスチャンの帰る宣言を聞きつけてルノが慌ててロゼたちの元に駆け寄ってくる。「あれ?ルノちゃん?」近づいてくるルノの耳元に白い花がついていた。見たことがある。セバスチャンに案内された庭園で咲いていたアネモネだ。
「あ、それ、僕がボワイアから持ってきたんですよ。土壌改良の様子見も兼ねてこちらでも育ててみようかと」
「わあ!ルノちゃん可愛い!」
「ええ~~っ!」
ルノが両手で顔を覆い、大きく身体を左右に揺らす。くねくね揺れるルノは「へへっ!」とご満悦で手に持っていたアネモネの花をロゼの右耳の上に差し込んだ。
「これ、ロゼちゃんの分。モナちゃんからもらったの。友達のしるしねって」
「ありがとう!」
「そうやってると三姉妹のようですね」
「ひゃあ~!」
その場を跳ねるルノは喜びを全身で表す。今度はくるくる回り出した。
「そこまで喜んでもらえるなんて、家から持ってきた甲斐がありました。まさか髪飾りにされるとは思いませんでしたけど」
「あのお庭とっても素敵でしたから、ここでも見られるなんて嬉しいです!」
「似合ってますよ」
「え?」
「ロゼさんもお綺麗です」
ルノが差したアネモネの花にそっと手をかけるセバスチャン。花の向きを微調整すると、この日初めて見る穏やかで柔らかい表情になった。つられてロゼも笑顔になる。照れではなく、セバスチャンのつくられていない素の表情が見れて純粋に嬉しかった。
「は~、やっと帰れる。・・・と、その前に、これがあったか」
ローウィンの前にはトロッコが並んでいる。そしてフラミンゴはいない。運転手であるゲイルはボッツに使われて仕事中。「え、運転も僕なの。・・・できるかな」ローウィンの丸まった背中がもっと丸くなる。「はああ」大きな溜め息つきだ。
「ローウィンさん、私、運転してみたいです」
「だからさせられませんって。ロゼさんは怪我人なんですよ?もっと大人しくしてもらえないですか」
「ローウィンさん、言い方に問題があります。怒りますよ」
王子スマイルが消えているセバスチャンから黒いオーラのようなものが見える、気がする。怖い顔というよりも、僅かに寄せた眉に細められた目は凍てついている。その顔はある人と似ていた。兄であるゼイザックだ。兄弟なのだから当たり前なのに意外でならなかった。
渋々といった感じで背筋を伸ばしたローウィンは「ゲイルさんに聞いてきます。僕の運転でボワイア国の王子様と国民に愛される聖女様を乗せて事故ったら、殴られるだけですみませんので」とゲイルに振り返る。トロッコから離れたところでボッツと一緒に作業していたゲイル。その隣で談笑している誰か。「あ!」ロゼが声を弾ませた。
「フラミンゴさん戻ってきた!」
「馬、引いてますね。何か持ってきたんでしょうか?」
ジンに跨るフラミンゴがボッツとゲイルと話をしているのかと思えば、二人の身体は違う方向を向いている。ロゼたちに気づいたフラミンゴは右手を上げて手招きした。「ああ、よかった。ご主人様の登場だ」ほっと息をついたローウィンが先を歩く。それについていくようにセバスチャンが車椅子を押すと、ジンが引くリヤカーからガナッシュが下りてきた。
「怒んないでよ、ディオ。街に出たいって言ったのはロゼさんだ。それに賛同したのがセバスチャン様。僕は悪くない」
「別に怒ってないよ。フラミンゴさんから内容は聞いてるし」
「会議は終わったの?」
「終わってない。けど、新たな議題に入る。そこにはセバスチャンとロゼも参加してほしい」
「え・・?」間の抜けたような声を出したのはセバスチャンだ。「僕、も?」意外といった感じで不思議そうにしている。「私もですか?」驚きよりも意味が理解できていないロゼは首を傾げるだけ。
「ロウ、悪いけどビーグル探してきてくれないか。アイツをランサーに連れていかれては困る」
「は?」
「マフィアは仲間でも味方でもない。お互い利用されることを容認してるだけだ。だけどこちらの弱みに向こうがつけ込んでいる以上、立場が不利なのはこちらの方。俺がどれだけ虚勢を張ってもランサーには見抜かれてる。対等な立場でいるためにはこちらもそれなりの情報を手に入れるしかない。だからビーグルを挟みたいんだ。間者、とまでは言わないけど」
「え、ちょっと、まって。スパイ活動に僕も加われっていうの?やめてよ、僕は平和主義者なんだよ。貧弱で軟弱で脆弱な僕に恐ろしいこと言ってこないで」
「セバスチャンにもロゼにも手を貸してもらう。まだ子供の二人にもだ。ロウ、悪いけど君の手も借りたい」
「借りたいって・・・。」
真剣な表情のガナッシュを前にローウィンは眉を垂らし困ったように顔を伏せた。「すまない。本来なら俺が君たちを守らなければいけない立場なのに、俺一人ではどうすることもできないんだ。俺には力がない。誰かに力を貸してもらうしかない。だから、ロウ。無理は言わない、けど、俺に力を貸してもらえないだろうか」ゆっくりと、言葉一つ一つを噛みしめるように、苦し気な表情でガナッシュが言葉を紡ぐ。
「・・・・変わったよね、ディオは。国を出てから変わった」
「・・・・そうかもしれない」
「ずっと一人で戦ってきて、ずっと我慢してきて、厄介ごとに人を巻き込まないように突き放してきて、心まで殺してた無機質人形は今までそんな顔したことなかったよ。けど、変わった。それでいいよ、ディオ」
「いつもみたいにディー君って呼ばないんだな」
「あれ、わざとだし」
「知ってた。バカにしてるなって」
「違う違う。変に気負ってばっかの意固地くんはアホな奴を前にすれば、少しは気が緩むのかと思ったんだよ。人を突き放してばっかの君と距離を縮めるために、だらしなくしょうもない奴を演じてただけ」
「それは嘘だな。演技だったら裏でちゃんと努力してるはず」
「はいー、みなさん屋敷に帰りましょー。僕はやることができたので迷子の犬を探してきますねー」
話を逸らそうとパンパンと手拍子するローウィンが「早く行った行った!」ガナッシュたちを急かす。
「ロゼさん、ディオのことお願いしますね」
「え?」
「今の彼はだいぶ無理してます。心が崩壊しかけてると思うんですよ。人を頼るより自分を犠牲にしがちな人間が多くのものを抱えて苦しんでるはずなんです。それに寄り添えるのはロゼさんだけですよ」
「え、でも、ローウィンさんだって」
「ディオが弱さを見せられるのはあなたの前だからです。あなたが傍にいてくれることがディオにとってなによりの支えになりますから」
「では」ローウィンが胸に手をやりお辞儀をした。ロゼはローウィンに頭を下げることもなくじっとローウィンを見つめ続けていた。微笑みに偽りはない。あの面倒くさがりローウィンが仕事を頼まれ嬉しそうにしている。
「ディオ、どういうこと?僕も会議に参加だなんて」
「とりあえずセバスチャンも乗って。ゆっくり話そう」
ガナッシュは車椅子に乗っているロゼを抱きかかえた。そしてそのまま荷台に足を掛けて乗り込む。「・・ガナッシュさん、重くないですか?」ロゼが恐る恐る訊ねた。「え?」ロゼに顔を落としたガナッシュが驚いた顔をしている。
「ローウィンさんがロゼさんを持ち上げるのに一苦労してたんだよ」
「ああ、ロウは、気持ちが逃げてるから。本当は大したことないことでも嫌だって気持ちが勝っちゃって実力を発揮できないんだよね。ほんと、もったいない奴だよ」
セバスチャンはガナッシュの真似をするように片足を荷台にかけようとする。が、背の低いセバスチャンの足が届かない。「・・・・ディオ」暗く低い声を出したセバスチャンに「はいはい」と返事したガナッシュは後ろを向く。「ロゼ、見ないであげて。王子様はプライドが高いんだ」どうやらガナッシュのように軽々しく荷台に乗りたかったであろうセバスチャンは、身長も足の長さも敵わないガナッシュと同じように、とはいかなかったようである。両手をついて荷台に乗ったセバスチャンは「どうぞ」とルノに両手を差し出した。ルノはセバスチャンに見惚れていて動かない。「ルノー、置いていくからな」フラミンゴの声にハッとしたルノはセバスチャンの手を取らず、同じように両手をついて荷台によじ登った。
「・・・・・あの、ガナッシュさん」
「ん」
「あの・・・ぅ」
ゴトゴト揺れる荷台の上に四人円を描いて座っているがロゼはガナッシュの膝の上。セバスチャンよりも、ルノよりも年上のロゼが大人の膝の上に乗っている。とてもいたたまれない。のに、ガナッシュは後ろから抱きしめるようにロゼの背中に覆いかぶさり、肩に頭を乗せていた。
「よほど虐められたんでしょうね。傷ついてますって雰囲気出して許されようとしてます。だからといって人目も憚らずロゼさんに甘えるのはどうかと思いますよね。ロゼさんも重たいって言ってやればいいですよ」
そんなこと言っていい雰囲気ではない。ガナッシュは怯える子供のようにロゼにしがみついている。けど、二人に、特にルノにじっと見つめられるのは結構恥ずかしい。ルノは相変わらず羨ましそうにロゼとガナッシュを見ている。
「・・・ロゼ、セバスチャン、聞いて。ポラリスさんからお告げがあった」
「ポラリスおばあちゃんから?」
「ここネラルク大公国が滅ぶ夢だ」
「え・・!?」
ロゼは肩を跳ねさせガナッシュに振り返ろうとしたが、ぎゅっと後ろから抱きしめてくるガナッシュにより顔すら動かせない。セバスチャンは驚いた顔をしたものの言葉をグッと飲み込む。
「落ち着いて聞いて。それを阻止するために、その夢を夢で終わらせるために、全員で動く。ポラリスさんも、マーカスさんも、一緒にだ。そして、そこにロゼの名前も挙がっている。・・・ロゼ、俺たちと一緒に来てくれる?」
ガナッシュはロゼの肩に頭を置きながら声を震わせた。背中にぴったりくっついているガナッシュの鼓動が自分にも伝わってくる。ドクンドクンと大きく脈打っている。ロゼは肩に乗っているガナッシュの頭の上に自分の頭も乗せた。
「もちろんじゃないですか。私を、置いていかないでください。今の私は誰かに助けてもらわなきゃ歩くことすらできないので、みんなが先に行っちゃったら追いかけられません。みんなと一緒にいたいです」
「ロゼ・・・・。」
「ポラリスおばあちゃん、怖がってませんでしたか?」
「大丈夫。誰よりも強い心でいるよ。・・・ロゼのおかげだ」
「私の?」
「ロゼが言ってくれたんだって。夢に怯えることないって。カロッチャ島の時と同じように、みんなで力を合わせて悪夢を跳ね返してやろうって言ってた」
「そうですね!みんな一緒だったら大丈夫ですよ!」
自然と笑みが零れた。国が滅ぶという怖い話を聞いたのに、みんな一緒だと思ったら、みんなで助け合えると思ったら、勇気が湧いてくるし安心して心が落ち着く。
「大丈夫ですよ、ガナッシュさん。ポラリスおばあちゃんは聖女様ですから。きっと国を救ってくれます。私も頑張ってお手伝いしますから安心してください」
「うん。・・・・ありがとう、ロゼ」
ロゼの肩に頭を乗せていたガナッシュが顔を上げる。ロゼは後ろに振り返りガナッシュの顔を覗き込むと、泣きそうな顔のガナッシュが小さく笑った。笑ったガナッシュを見てロゼも笑う。
「花、どうしたの?」
「ルノちゃんから貰ったんです。セバスチャンさんがお城から持ってきたアネモネをモナちゃんが育ててるんですって。それを」
「可愛いね」
「えっ!?そ、そうですか?」
「ロゼはみんなの聖女様なはずなのに、ポラリスさんの前では妖精さんみたいだね」
「妖精さん?」
「ほら、ロゼが言ってた、聖女の周りには妖精さんが飛んでるって。ロゼはちっちゃくて可愛くて輝かしくて笑顔に溢れていて、そして、忙しなく飛び回ってるから。花から生まれた妖精さん」
「ああっ!!」
「え?」
ロゼは慌ててセバスチャンに振り返った。「私、花から生まれたって話、本当ですかね!?」驚いた様子でセバスチャンに訊ねた。セバスチャンは立てた人差し指を口元にもっていき「ロゼさん、あの日の思い出は二人だけのものにしましょう。ディオに聞かれたくない」微笑んだ。
「ロゼちゃんって、花から生まれたの?」
「ルノさん、ごめんなさい。その話は僕とロゼさんだけの中にしまっておきたいんです」
「そういえばロゼって名前はバラからきてるんじゃないのかな。アネモネは違うよね」
「ディオ、やめて。怒るよ」
王子の微笑が一瞬で凍り付いた。睨むセバスチャンなど気にせずガナッシュはロゼの右耳に乗っているアネモネの花に触れた。「俺のピアスより主張が激しいなぁ」小さく笑いながら零すガナッシュはいつもの穏やかな顔に変わっていた。
「ロゼ、俺は君に会えてよかった」
「・・・ガナッシュ、さん?」
「ありがとう」
苦しそうな表情のガナッシュは、もうそこにはいなかった。




