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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第六章 阻止せよ!世界大戦
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63.もう一人の聖女


話し合いが平行線になるたびに挟まる小休憩。堅い話が苦手なファルガはすぐ外の風をあたりに会議室を出る。苛立ちを隠せないゼイザックは眉間に深い皺を寄せ、貧乏ゆすりのように膝をずっと上下に動かしていた。そんな二人を一瞥しては顔をにやつかせるランサーを追うようにガナッシュも会議室を出る。


「そっちも休憩したらどうなんだ?ずっと俺の監視で疲れるだろ」

「お気になさらず」

「気にはならねぇが、その余裕のなさに笑いがでるな」


くつくつと笑うランサーがスーツの内ポケットから葉巻とマッチ棒を取り出す。マッチの先端を壁で擦り火をつけた。「吸うなら外で吸ってもらえないでしょうか」葉巻に火を灯したランサーは歯で葉巻を噛みながら口角を上げて笑っている。吐き出す煙をガナッシュの顔に吹きかけて廊下の先を歩き庭先に出た。


「そっちも吸うか?」

「生憎、嗜んでおりませんので」

「酒も飲まず、葉巻も吸わん。相変わらずつまらねぇ男だな」


なおも喉で笑うランサーにガナッシュは無反応。ランサーは花壇を囲む煉瓦に腰掛け足を組んだ。小さく可憐な花が遠慮がちに咲いている花壇をバックに黄昏る黒スーツの男は、その存在が歪すぎて空間が捻じ曲がって見える。生きる世界を間違えていないか?お前は日も射さない闇の世界に生きる人間だろう?ガナッシュは考えを顔に出さない。


「面白い親父だな」

「は?」

「豪快で潔い。躊躇うことなくバンバン金を出して俺を取り込もうとしてくる。あの豪胆無比さに惚れちまいそうだよ。さすが、他国を渡り歩く貿易商人なだけあるぜ」

「・・・・・・。」

「お前は父親のことを“息子の命より国の利益を優先する”っつってたが、そうは見えなかったぜ?“お前”のことも“国”のことも大事にしてるじゃねぇか」

「・・・・・・。」

「・・・は、言い過ぎか。お前はロゼの傍に引っ付いてる付属品なだけだもんな。俺も大公も大事なのはお前というより“ロゼ”だもんな」

「・・・・・・。」

「言い返してみろよ」

「おっしゃる通りですから、返す言葉もございません」


目を合わせずにいる二人。ランサーは横目でガナッシュを見ると、ふっと鼻で笑うように息を吐いた。「俺は、お前のそういうところは好きだぜ?口も頭も回るが、その実、詭弁を並べてばかり。己の足元も見えてないくせに反論することによって、自分は負けていないのだと勘違いしてるその青臭さがよ」ガナッシュは悔しい感情さえも押し殺し無表情を貫く。


「あなたは何をしにここへ来たんですか」

「お前らに手を貸すためだよ」

「本当ですか?金儲けがしたくて来たのでは?」

「金だけが欲しけりゃ大事な客(ムシュンドゥル)に喧嘩売るような真似なんかしねぇ。バレたら俺の名が廃る。この業界ってのはお前たちが思っている以上に信頼関係で成り立ってんだよ」

「裏で己の利益のために動いているのに信頼関係を語るのですか?そういうところが信用できませんけど。こっちの情報も同じように向こうに売って、同じように金を稼いでるのではないですか?」

「俺は金を稼ぐために情報を売ってるんじゃねぇ。お客様のご意向に沿ったものを提供しているだけだ。お客様第一の純粋な商売人なんだよ」

「当人の考え方と周りの受け取り方は別物ですけどね」

「綺麗な世界で守られているガキには理解できねぇだろうな。生きる手段ってのに善悪は関係ねぇんだよ」


ランサーが足を組みかえる。「そして、お前にその気概は一切感じられねぇ。お前はすぐ諦める。諦めて放棄して誰かが拾ってくれるのを待つ無責任野郎だ。そんな奴が次期大公爵正統後継者ともあれば、この国の行く末なんてお粗末なもんだな」ガナッシュは口をぎゅっと結びながら視線をランサーの足元に投げた。小さく揺れている。笑いを嚙み殺すようにランサーの身体が上下に小さく揺れている。


「だから奪われる。お前が持つに相応しくない聖女様がよ」

「・・・・・・。」

「ったく、攫われたのがお前の嫁さんって最初聞いた時には笑ったぜ。ほんと、お前は情けねぇ奴だよ。ブラッドにあっさりロゼを攫われたように、ムシュンドゥルにも簡単に嫁が攫われる。そして自分の力では何もできない」

「・・・・・・。」

「気づいてるか?お前は親から持たされている権威に守られてるだけなんだってこと。お前の詭弁に相手が押し黙るのもお前の背後にいる大公爵のおかげだ。お前自身には何の力もなければ魅力もない」

「・・・・・・。」

「返す言葉もございません、か?ないだろうな。あるほうがおかしい。誰が見てもわかる。お前にできることなんか何もないってことをよ。だから俺が仕方なく口を挟みにきた。お前に国もロゼも守ることはできねぇ。そして、そのどちらも俺が奪ってやろうってな」


立ち上がったランサーがガナッシュの目の前まで来る。身長の高いガナッシュの顔を覗き込むようにわざと腰を屈めたランサーは葉巻を噛みながら「もし、奪われたくなかったらボロボロに傷つくまで戦ってみな。そしてその手を汚してでも守ってみろよ。潔癖なお坊ちゃん?」ふーぅと煙を吐き出す。今まで無表情だったガナッシュの眉間に皺が寄り目が細くなる。それを見たランサーが嬉しそうに笑うと、葉巻を地面に投げ捨てガナッシュの心を踏みにじるかのように靴で火を消した。そして屋敷の中へと戻っていく。


「・・・・・言われなくても、わかってるんだよ」


誰もいない庭先で一人呟く。気づくと爪が食い込むほど拳に力を入れ過ぎて震えていた。「・・・くそっ」奥歯を噛みしめるだけに収まらない。零れる言葉を噛むように歯ぎしりする。大きく呼吸をして感情を抑えようとするがランサーの言葉が耳から離れない。人を小馬鹿にしたような粘着質な声がずっと張り付いたまま鳴り響く。


「くそっ!!!!」


大きく息を吐き出すと同時に声まで出た。はぁはぁと乱れる呼吸。邪念を払うように首を左右に振って乱暴に頭を搔く。何に腹を立てているのか。事実を突きつけたランサーに対してか。何も言い返せない自分に対してか。拮抗して進まない現状を打破できないことに対してか。そんなのどれも言い訳でしかない。


昂る感情を抑えることができず、立てた爪が頭の肉を削ぐ。完全な自傷行為だ。全身に走る痺れ、(せば)まる喉、滲む視界、暴れて振り払いたい衝動、抑えれば抑えるほど苦しくて、発散しなければどうにかなってしまいそうで、頭の肉を削いでいた手で髪の毛を掴み、引きちぎれてしまうほど強く握りしめたが「おいガナッシュ!どうした!?」その声だけで手に籠っていた力が弱まった。


「・・・・フラミンゴさん」


背後には顔を真っ赤にし困惑した表情のフラミンゴがいた。フラミンゴの顔を見た途端、急に全身の力が抜ける。その場に膝をついた。「うおっ!大丈夫か!?」咄嗟にフラミンゴがガナッシュの身体を支える。


「なにを荒れておる」

「・・・・ポラリスさんまで」

「お前さんは本当にロゼがおらんとダメじゃのぉ。今にも泣きだしそうな顔しよって」


ほっほと笑ってポラリスは膝をついているガナッシュの頭を二度ほど叩く。「ほら、シャキッとせぇ」叩く手の力を強めてポラリスがまたガナッシュの頭を叩く。ガナッシュは抵抗することも顔を上げることもなく叩かれ続けていた。


「なんじゃ、覇気のない」

「ポラリスばあさん、少しはガナッシュの話も聞いてやったらどうですか」

「こやつは自分のことをあまり話したがらん。聞いたとてよ」


「のぉ?」ポラリスが俯くガナッシュの顔を覗き込んだ。ポラリスの顔を見てガナッシュは反射のように口角を僅かに上げる。誰が見てもわかる苦笑い。だが、とてもじゃないが笑えていない。


「ガナッシュよ、フラミンゴから話は聞いたぞ。とんでもないことになったな」

「・・・・はい」

「ワシらのような一般人には言えぬこともあるじゃろうが、どうか教えてもらえんだろうか。ロゼが絡んでおるんじゃろ?それならワシらも無関係とはいえん。拉致される寸前だったと聞いたぞ」


ガナッシュは顔を伏せるだけでなく身体まで小さくなる。そのまま地面に埋まってしまいそうなほど身体が重く感じる。そんなガナッシュの肩に手が乗った。しわしわでガリガリのポラリスの手だ。


「ワシにも背負わせろ」

「・・・・え?」

「お前たちには恩がある。それを返したい」

「そんな、恩、だなんて」

「お前たちはワシらカロッチャ島の住民を助けてくれた。それだけでなく生活の保障までしてくれとる。そんな恩人であるお前たちが苦しんでいるというのに、何もせんでいられるわけがなかろう」

「ですが」

「ワシは夢を見た。ここネラルク大公国が戦禍に呑まれる夢じゃ。攻め入る軍勢が土地を汚し、攻撃の応酬は鉱山の大爆発を引き起こす。後に黒い雨が人々を襲い、全ての生が散りゆく。・・・そんな、世にも恐ろしい悪夢じゃ」


淡々と告げられるポラリスの言葉にガナッシュは息を詰まらせた。勝手に身体が震えだす。「・・・・それは、予知夢、ですよね」カタカタ震える歯をぶつけながら絞り出した声。身体が震えすぎて視界も揺れる。心臓の音が直接耳に響いて聞こえた。ポラリスは暫し黙ると「・・・いや」と呟く。


「未来は変えられる。・・・こんな未来はぶっ壊して、新しい未来を創るんじゃよ。だからガナッシュ、ワシにも背負わせろ」

「・・・・ポラリスさん」

「ワシは一部の人間から聖女などと呼ばれておった。けどな、自分で自分のことを聖女だと思ったことは一度もない。聖女ってなんじゃ。苦しむ人々を助けてくれる聖なる存在、それがワシなわけあるかってな。じゃが、予知夢を見るようになってワシは“未来”という責任を預かっておる、そんな気がしとった」

「責任・・・。」

「良いことも悪いことも、夢で見た出来事を変えることができないワシは、事実という結果に寄り添う義務がある。それがワシの(つと)め。そう、思っておったんだがな、ワシの目の前に現れたんじゃよ。お前さんも知る、苦しい状況をひっくり返す聖女がな」

「・・・・ロゼ、のことですか」

「ああ。その聖女はワシにこう言った。“夢に怯えなくていい。現実の世界だったら私でも手伝えるから”とな。その聖女が差し出した手に縋った結果は、お前さんも知ってるとおりじゃ」


ガナッシュの肩に乗せていたポラリスの手に力が入り、ガナッシュの肩を前後に揺すった。


「ガナッシュ、立ち止まるな、前を向いてひたすら進め。俯いておる暇も、後ろを振り返る余裕も、お前さんにはない。己が信じた道を突き進むんじゃ」

「・・・・ポラリスさん、俺は」

「フラミンゴから聞いておる。お前さんはいつも一人で抱えすぎるとな。いいか、ガナッシュ、人を頼ることは恥ではない。受けた恩は返せばよい。必要以上に恐れるな。そして差し出された手を拒まず受け取れ。それはお前さん自身が積み上げてきた信頼じゃ。何も恥じることではない」


細い腕からは考えられないほどの力でポラリスはガナッシュの肩を掴む。その力強さがポラリスの生きる強さに感じられた。生命力に溢れている人はこんなにも力強いのかと。・・・いや、違う。以前のポラリスはこうではなかった。訪れる未来に諦めのようなものを感じ、それをただじっと受け入れる、その心の準備をしているように思えた。そんなポラリスを変えたのはロゼだ。ロゼの存在がポラリスに生きる希望を与えている。


「・・・・俺は、情けないですね」

「なんじゃ、突然」

「いつも助けてもらってばかりです。きっとそれは俺自身が“弱虫”だからなんだと思います。だからさっきマフィアのボスにボロクソ言われても、なにも言い返せませんでした。俺にはなんの力もないんです。兵を動かせるゼイザック、顔が広く交渉に長けた父、闇の世界を牛耳るランサー、各人それぞれの強みを持っているなか俺だけが無力です」

「無力?お前さんには多くの“仲間”がおるでないか。それがお前さんの強みじゃろう」

「・・・・え?」

「お前さんの周りには多くの仲間がおるじゃろ。人はな、自分には限界を置いてしまうが、その限界を突破できるのが仲間、大切な人の存在じゃ。ワシもフラミンゴも自分のためだけでは頑張れん。けど、お前さんやロゼのためには命すらも削ってやれる。ガナッシュ、それがお前さん自身よくわかるであろう。自分のことはすぐに諦めるお前さんとて、いつも仲間のために命を削っておるではないか」


ガナッシュの肩からポラリスの手が離れた。ガナッシュが俯かせていた顔をゆっくり上げる。目の前にはポラリスが、その後ろにはフラミンゴが笑顔でいた。


「お前さんの目の前にはいつも誰がおる?その周りにはどれだけの人がおる?目に見える人たちだけではない。見えないところで支えてくれている人もおる。お前さんが削った魂の分、その魂を引き継ぐ者が現れる。それがお前さんの周りに集まった人たちじゃ。その一人にロゼがいる。ロゼがお前さんの傍に居続けるのは、お前さんが何よりもロゼを大事にする想いからじゃよ。もちろんワシもフラミンゴもな」

「ロゼはまだ幼くてなぁ。ってか世間を知らんから何でもかんでも首突っ込んじまって、いつもお前が傍にいてくれて助かったよ。苦労もかけたかもしれんが」

「そんなの愛嬌じゃろ」

「愛嬌で済みますかね?」

「さあ、ガナッシュ。しけた面はもうやめにして予言をぶっ壊しに行くぞ。みんなの力を合わせて未来を変えたあの日のように、また全員で戦うぞ」


ガナッシュはポラリスとフラミンゴから視線を外した。喉がキュゥと苦しくなり、呼吸ができなくなる。口を手で押さえて、こみ上げる涙をこらえた。


「ポラリスばあさんも無茶しないでくださいよ。自分の年齢わかってますか?」

「うるさいわい。ここは年長たるワシが引っ張らねばならんじゃろう」

「そうですが」

「フラミンゴ、お前、覚悟しておけよ。ワシはガナッシュのように甘くないからな。ガンガン周りを巻き込んでお前さんにも大荷物を背負わせてやる」

「勘弁してください。俺は幼き王子相手にへこへこしてるような威厳のカケラもない中年男ですよ。重責を背負えるだけの根性ありませんからね」


フラミンゴの言葉にセバスチャンの影が見えた。物腰は柔らかいのに、はっきりとした物言いをするセバスチャンの前で身体を小さくしているフラミンゴの姿が目に浮かぶ。こみ上げる涙を必死で堪えていたはずなのに、思わず小さく吹き出してしまった。そんなガナッシュに振り返ったポラリスとフラミンゴがつられるように笑う。


「行くぞ、ガナッシュ。未来を動かしに」


胸を強く打っていた心臓の音は恐怖と緊張のものではなく、いつの間にか希望と勇気に溢れたものへと変わっていた。


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