62.再会、そして
セバスチャンに車椅子を押されながら迎賓館へ移動し、フラミンゴたちが泊まっている部屋に入る。フラミンゴは慌ててセバスチャンからロゼの車椅子を奪おうとしたが「僕がやりたくてやっています。取り上げたりしないでください」とセバスチャンは笑顔なく厳しい声で言い放った。もちろんフラミンゴは何も言い返さず、その場を動くこともできず、引き攣った顔でロゼを見るだけ。その隣で、口の中に卵でも突っ込まれたかのように口を大きく開けたルノが頬を赤らめながらセバスチャンに見惚れていた。
「あれ?ビーグルさんは?」
「アイツは・・・昔の上司に連れていかれた」
「昔の上司?」
「マフィアが来てんだよ。ここに」
「え?あの怖い人たち?」
「そうだ。あの怖い人たちだ」
「大丈夫なの?」
「・・・・大丈夫かどうかは、わからん。わからんことばっかだ」
フラミンゴは溜め息と共に肩を落とす。何キロの重りを持っているのかと思うほどに、ずーんと身体が沈んでいく。
「わからないままでいるのは不安ですよね。僕が少しだけお話します」
「しかし」
「いいんです。むしろ知っておいてください。その上でロゼさんを守ってください。僕らは・・・いえ、ボワイアは、みなさんの味方、とは言えませんから」
セバスチャンがロゼの車椅子を押しテーブルの前で止めた。「座ってください」セバスチャンの言葉にフラミンゴは動かない。「見上げたくないのです。座ってください」いつもの優しい表情や声とは全く違う。鋭い目と厳しい声で言い放つ。フラミンゴは慌てて椅子を引き、いつまでもセバスチャンに見惚れているルノを先に座らせ、その隣にフラミンゴが座った。
「ボワイア国の元王女、そしてネラルク大公国大公令息の妻である我が姉セレスティアを乗せた汽車が襲われたことはお聞きしましたね?」
「・・・・はい」
「相手は姉上を拉致する計画を綿密に立てていたようです。汽車は降雨のとき車輪が滑ってしまい坂を上れなくなると砂撒きが行われるんです。襲われたのはそのタイミングでした。車内に煙幕を投げ込まれ、あっという間に姉は攫われてしまいました。相手の狙いは姉上ただ一人。姉上を連れ去ることのみ。ですから僕も、そして護衛も怪我人はおりませんし、汽車の損傷もありません」
「セレスティア殿下・・・のみ」
「父はもちろん烈火の如く憤慨し、すぐさま兵を集め、姉を取り返すためなら手段を択ばないことを各隊長に言い渡します。それから程なくしてファルガ大公の元へ密使が現れました。そして告げられるのです。“本物の聖女を渡せ”と」
フラミンゴはゴクッと固唾を飲んで視線をセバスチャンの隣にいるロゼに滑らせた。ロゼは言っていることの意味を理解していないのか呆けた顔で目の合ったフラミンゴに小首を傾げた。
「もう、おわかりですね」
「し、しかし、本物の聖女だなんて」
「姉上が一部で聖女ではないかと噂されていたのは知っています。それを都合よく利用して王家の威信を保とうとしていた父上や兄上のことも。・・・まさか、あの姉上の姿を見ていて本当に聖女だと思ってはいなかったとは思いますが」
セバスチャンは毒気たっぷりに言う。フラミンゴはセバスチャンの顔が見れず、ずっとロゼばかり見ている。
「ファルガ大公は姉上の安全を確保するためにすぐに使節団を派遣してくださいました。ボワイアからしてみれば、どこにあるかもわからない、言葉も理解できない名も知らぬ国ですが、多くの国と交易を広げていたファルガ大公の顔、人脈、その手腕によって、姉上を拉致した国の特定もできましたし、異国語を用いての交渉ができています。・・・成す術のないボワイアは仲介に入ってくれているネラルク大公国を頼るしかありません。恥ずかしい話です。僕らは武器を持つしかできなかったのに、無用な争いをする選択しかなかったのに」
フラミンゴはなんの言葉も出せない。出せるはずがなかった。
「今、話し合いを重ねています。そこにマフィアが加わるとは思いもしませんでしたが、どうやら悪い話ではないようです。それはロゼさん、あなたがマフィアの人たちの心さえも動かしたからのようですね」
「私?ですか?」
「マフィアのボスはあなたを大変気に入っているようです。ですから、自分の持っている情報をディオに流してくれています。タダではないようですけど」
「ランサーが・・・手助けを?」
フラミンゴは声を震わせた。「・・・いや、楽しんでいるだけなのか?あの男は悪い意味で賢い。自分たちの損は最小限に留め、それ以上の大きな利益を得るために話に乗っかってきてるだけなのでは」フラミンゴの顔からどんどん血色がなくなっていく。そんなフラミンゴとは対照的にずっとセバスチャンを見つめ続けているルノの頬は赤らんでいた。
「安心してください。ロゼさんに助けられたネラルク大公国は決してロゼさんをマフィアにも相手国にも売ったりはしません。絶対にしません。ですから、そこまで思い詰めた顔をしないでください」
「・・・色々と世話になってしまい申し訳ございません。・・・ロゼのこと、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。遅かれ早かれ姉上の、そしてボワイアのメッキは剥がれていました。綺麗に見えても真実を隠しているだけ。大きく見せているだけで中身はスカスカです。それ故、ファルガ大公を頼らざるを得ず、そしてロゼさんをも巻き込もうとした。謝るのはこちらの方です。本当に、すみません」
「やや・・!頭を上げてください!現にロゼは無事ですし、殿下もガナッシュもロゼのことを守ろうとしてくれているのは重々承知しております!」
「僕にできること・・・。それはあまりに小さくて代わりがきくものかもしれませんが、せめてロゼさんと一緒にいさせてください。彼女の安全を守ること。それが今の僕の使命とさせてください」
セバスチャンは顔を引き攣らせながらも微笑んだ。フラミンゴが深く頭を下げようとするのをセバスチャンが止める。「一緒にいさせてほしいと願っているのは僕の方です。そこまで畏まらないでください」もうどうしたらいいかわからない、と頭が混乱しているのかフラミンゴの目がぐるぐる回っている。
「ロゼさん、あちらの女性は?以前はご一緒ではありませんでしたよね」
「ルノちゃんです。色々あって連れて来ちゃいました」
セバスチャンは胸に手を当て軽くお辞儀する。「初めまして。セバスチャン・ニヘイアと申します」曲げた腰を戻し、顔を上げたセバスチャンから放たれる微笑み。ルノは口をぽかーんと開けるだけで無反応。だが、完全に見惚れているのは誰が見てもわかる。
「ルノちゃんは少し人見知りするんです」
「そうなんですか」
「・・・・これは人見知りに入るのか?」
フラミンゴがルノを小突く。それでもルノの視線はセバスチャンから離れない。
「そうだ!セバスチャンさん、ルノちゃんと一緒に街に下りてもいいですか?昨日は真っ暗で街の様子全然見れてないんです」
「街に、ですか?」
「私、この国が好きなんです。蒸気がもくもく出てるのも面白いですし、トロッコも楽しかったし、街の人たちも気さくな方ばかりで。ルノちゃんにも見せてあげたいなって」
「こら、ロゼ、セバスチャン殿下を困らせるな。もっと自分の置かれてる状況を理解しろ。ロゼに自覚はないかもしれないが方々ではロゼのことを聖女と信じてやまない部分があってだな」
「え?」
「え?じゃない」
「いいですよ、フラミンゴさん。街に下りてみましょう。案外、街中の方が安全かもしれません。とはいえ、さすがに僕だけでは不安なのでローウィンさんも同行できないかお願いしてみます」
ふぅ、と短く息をセバスチャンが吐く。そんなセバスチャンを心配そうにロゼが見上げた。「あ、すみません。溜め息とかではないんです。ただ、非力だなあと自分に嫌気がさしてしまって。ファルガ大公やテラさんのように大きな身体・・は言い過ぎですけど、せめてディオくらいの身長があればなあ、なんて」ハの字に垂れ下がった眉に無理やり引き上げた口角。ロゼは首を左右に振った。
「身体の大きさなんて関係ないです。セバスチャンさんが傍にいてくれるだけで安心します。何十人の兵隊さんに囲まれるよりよっぽど」
笑顔のロゼに視線を落としながら、セバスチャンの垂れ下がっていた眉が更に下がっていく。無理やりつくっていた笑顔は完全に緩み、セバスチャンは言葉を失った。
「大丈夫ですよ、セバスチャン殿下。ああ見えてガナッシュの奴はロゼのこと守れてませんから。マフィアには二度も連れ去られたし、今回は大怪我までさせたし」
「これはガナッシュさんが悪いわけじゃないよ」
「店に帰ったらアイツは絶対にサンジェルに殺されるな」
「余計なこと言っちゃダメ!」
ロゼは左右に大きく首を振る。そんなロゼを見てフラミンゴが大きな口を開けて笑った。セバスチャンは顔に手をやって「・・・ディオ、戻ってこないで。僕の役得奪わないで」ぼそっと呟いているのを、話が全然耳に入っていないルノが眺めていた。
**
「それ、自覚なさすぎだと思いますよ」
街に下りたいと伝えたローウィンの第一声である。「この静かな屋敷、あの小さな会議室では、大の大人たちが膝を突き合わせて難し~話と、恐ろし~話を重ねているんですよ。一体、敵は誰なんだってほど牽制しあって、折り合わない話し合いを重ねに重ねて、ブチギレるゼイザック様に、首を振ってばかりの大公殿下、そしてそれをニヤニヤしながら眺めているマフィアのボスに、無表情の極みのディオの心中お察しせず、遊びに行くんですか?」怒りとも呆れとも受け取れる溜め息を大きくつく。
「ダメなんですか?」
「ダメとは言いませんけど、ロゼさんは昨夜ボワイアの兵士に襲われたんですよ?攫われて、そのまま遠い国に売り飛ばれそうになったんですよ?わかってます?」
「え?」
「ほら、わかってない」
またローウィンは大きく溜め息をついた。
「ローウィンさん、やめましょう。僕らの事情にロゼさんは関係ありません。むしろ巻き込んでしまったのは僕らのせいなんですから、その責を負わせるのは違うと思います」
「・・・しかし」
「それに屋敷に残る方が僕は危ないと思いますよ。ルイズベート家は兵もいないし使用人もごく僅か。兄上と共に派遣されてきた兵士の数の方が上です。そしてその兵士が昨夜ロゼさんを襲った。ということを鑑みると、街中の方が安全だと思いませんか?人の目も多いですし、何か行動を起こすには分が悪すぎる。僕やロゼさんに危害を加えることをネラルクの民たちが黙っているわけないですからね。坑員の皆さんが腰に下げているハンマーで殴りかかってくれるかもしれません」
「・・・確かに」
「でしょう?では行きましょう」
回る口でローウィンを黙らせたセバスチャンがロゼの車椅子を押す。が、すぐ止まってしまった。「・・・坂道ですね。危ないな」ルイズベート家の邸宅は高台の上にあるので街に下りるには坂を下るしかない。
「セバスチャン殿下、そのまま押したら危ないので、車椅子はバックで支えるんですよ」
「ああ、なるほど」
フラミンゴに言われてセバスチャンは坂道に対して背を向けた。ロゼの乗った車椅子も斜面に対して後ろ向きにし、坂を転がろうとする車椅子を支えながらゆっくり後ろ足で坂道を歩くセバスチャンを「いやいや、危ないですって」ローウィンが止める。というより、車椅子に乗ったロゼの脇の下に手を入れて持ち上げた。「ああ!」おもちゃを奪われた子供のような声を出すセバスチャン。
「・・・・う、鍛えてないから・・重い」
サボり癖のある細腕のローウィン。屈強な父、テラとは体格が全く違う。
「昨夜はその場にいた親父から受け取るだけだったからまだ耐えれたけど、持ち上げるのキツ・・。ディオがひょいひょい持ち上げるから、軽いのかと思ったら全然・・・。」
「ローウィンさん、下ろしてください。私、歩きますから」
「歩かせた方が殴られる。怪我人なのに。ディオに代わって親父に殴られる。あの剛腕で・・。」
まるで荷物のように肩に担がれたロゼは「ぐぇ」と魚を喉に詰まらせたアヒルのような声を出した。お腹にローウィンの肩が刺さる。「ちょ、ローウィンさん!女性をそんな風に扱って!戻してくださいよ!大丈夫ですから!」セバスチャンが車椅子をバンバン叩いていた。「坂道だけなんで。すぐ戻すんで。ってかすぐ引き取ってください。僕は体力ないんです。・・・にしても、なんなのあのノッポ。どこにそんな力があるの。赤ん坊抱くみたいにいつも軽々しく持ち上げてさ。どうなってんのよ。愛か?愛の差か?」念仏のように溢れ出る愚痴を零しながら、ふらつく身体を必死にこらえるローウィンは急いで坂を下りて行った。
坂道を下りて道が平坦になればすぐさまロゼを車椅子に乗せたローウィン。「・・・重かった」と零すローウィンに向かって「女性に向かって失礼ですよ」セバスチャンが睨む。「力がないのは仕事をサボってばかりのローウィンさん自身の問題ですからね。ロゼさんは悪くありませんから」セバスチャンは自身の力を示すように力強く車椅子を押す。「セバスチャンさん、私、自分で漕ぎますよ」ロゼの言葉にセバスチャンの返事はない。ロゼは視線をフラミンゴに投げた。フラミンゴは首を左右に振るだけで、俺に言うなと顔が語っている。
「あれ?セバスチャン様。ボワイアに帰ったんじゃ・・・って、ロゼさん?」
「お久しぶりです、ゲイルさん」
「お久しぶりです・・・え?車椅子?足、どうかしたんですか?」
「火傷しちゃいまして」
「火傷?」
顔を強張らせた穴掘り担当のゲイルが車椅子の前に膝をつく。じっと包帯の巻かれたロゼの足を見た。「あ、ちゃんと動くんですよ。まだ上手に歩けないだけで」ロゼは両足を前後にブラブラと動かす。「・・そうですか。びっくりしました」ほっと胸を撫でおろしたゲイルは「ここで車椅子に乗っているのは足がない人がほとんどなので心配しましたよ・・・。車椅子、動かしにくくないですか?整備しますよ?」強張らせていた顔を緩めて小さく笑う。「大丈夫です。ありがとうございます」安心させるようにロゼは大きく笑った。
「ゲイルさんがこの時間に街にいるの珍しいですね」
「ちょっとボッツさんに呼ばれまして」
「ボッツさんに?」
首を傾げたセバスチャンにゲイルが頷く。
「仕事を寄越せってうるさいんですよ。自分も言えた口ではありませんが、ここに住む人はみんな仕事好きでして。ほら長屋の隣にカロッチャ島から避難してきた人たちの仮設住宅を建てたじゃないですか。ですからあの辺は人に溢れていて、親方気質のボッツさんが仕切ってるんですよね」
「あ、ポラリスおばあちゃん!元気ですか?」
前のめりになったロゼがゲイルに近づき顔を上げた。ロゼに視線を落としたゲイルは「会いに行きますか?皆さん喜ぶと思いますよ」優しく訊ねると「行きます!」ロゼは即答だった。
「ではトロッコを用意しましょう。長屋までの道はもう整備できてるんでトロッコですぐ行けますよ」
「やったあ!ルノちゃん、トロッコ乗ろう!」
「トロッコ?」
「あれ?人が増えてますね。・・・というよりも、ロゼさんの周りって人が集まりますね」
「え?」ロゼはまたゲイルを見上げた。「さぞ一緒にいて居心地が良いんでしょうね。それはディオ様を見れば一目瞭然ではあるのですが。ここでもみんな口を開けばロゼさんのことばかりですよ。ボッツさんも、カロッチャ島の人たちも、もちろんセバスチャン様も」自然と口角のあがるゲイルに「やめてくださいよ!」顔を赤くしたセバスチャンが慌てて首を横に振る。その様子に笑ったゲイルは線路脇にある空のトロッコをレールに乗せた。三台連結させる。「牽引車引っ張ってくるんで、ちょいとお待ちください」と言い残しゲイルは街中へ走っていく。
「先に乗ってましょうか」
「わーい」
ロゼが車椅子から立ち上がろうとする。「あ、ロゼさん!無理しちゃダメです!」セバスチャンに止められた。「・・・・はい。やります」誰も何も言っていないのに背中を丸めたローウィンがロゼの前に立つと「ふんぬーぅ!」と唸りロゼを持ち上げてトロッコに乗せた。わくわくしているルノが目を輝かせているのをローウィンは見ようとしない。「・・・僕は軟弱なんで、ちょっと休憩させて」あえてローウィンはルノを見ない。「色々世話焼かせてしまってすみませんな、ローウィンさん」ルノはフラミンゴが抱きかかえてトロッコに乗せた。
「ロゼちゃん、これからどうするの?」
「これ、自動で動くんだよ。蒸気で動くの」
「どういうこと?」
「乗ってたらわかるよ。ルノちゃんも喜ぶと思うな」
向かい合わせに座っているロゼとルノ。「ルノちゃん、あっち向いた方がいいよ。あっちに進むから」とルノの後ろを指さしたロゼだが、ルノは座りなおそうとしない。逆にロゼに寄ってきて耳に顔を寄せた。
「・・・ロゼちゃん、あのキラキラした人だあれ?」
「キラキラ?」
「ロゼちゃんとずっと一緒にいる人」
「セバスチャンさん?」
「そう!」
「セバスチャンさんはボワイア国の王子様なんだよ」
「王子様!?」
「そう」
「ロゼちゃん王子様とお友達なの!?」
「セバスチャンさんとはお友達だよ」
「すごおい!いいなあ!」
耳に顔を寄せていたルノが今度は抱きついてくる。ドリューにしがみつくようにロゼの首に手を回しぎゅっと抱きつく。「セバスチャンさん優しい人だからルノちゃんもきっとお友達になれるよ」そう言えば、ルノはロゼの首筋に顔を埋める。ロゼからルノの顔は見えないがきっと照れている。
それからすぐシュゴーシュゴーと白い蒸気を上げる牽引車に乗ったゲイルが現れた。慣れた手つきでトロッコを連結し、最前列にロゼとルノ、二台目にセバスチャンとローウィン、三台目にフラミンゴを乗せたトロッコはゆっくりレールの上を進んでいく。「うわあ!すごいすごい!」ロゼに抱きついていたルノはトロッコの一番前まで移動して身を乗り出そうとすると「すごーい!」ルノの背後にいたロゼが落ちないように捕まえるかと思えばロゼも同様に身を乗り出す。「ロゼさん!ルノさん!危ないですよ!」セバスチャンの声は二人に届いていない。先頭で風を浴びながら通り過ぎていく景色を必死に目で追っていた。
街から離れているボッツたちの住む長屋までの道のりは雑木林に挟まれているだけで珍しいものなど何もないが、風を切って走るだけでとても気持ち良い。しかしトロッコの旅はあっという間に終わってしまい、久しぶりにボッツたちの住む長屋に到着した。長屋の隣には以前はなかった建物がある。ゲイルの言っていたカロッチャ島の人たちが住む仮設住宅だ。住宅の外には仕事を待っていたのか人が多く集まっており、そんな人の群れから少し離れた線路寄りのところで車椅子に座り両腕を組んだボッツがいた。トロッコの先頭にロゼが乗っているのを見て、ボッツの険しかった顔がどんどん垂れ下がっていき顎が外れたかのように口が大きく開いた。「ボッツさん、お久しぶりです」ロゼが手を振ってもボッツは瞬きも忘れ固まっている。
「ボッツさん、私のこと忘れてる?」
「・・・・は?なん?ロゼ?」
「遊びに来ちゃいました」
ロゼはトロッコに手をかけてゆっくり立ち上がる。「え、この作業、何回やればいいの」溜め息混じりに言うローウィンは嫌そうな顔を隠しもせず、またロゼを抱えて車椅子に座らせた。「はああ?なんで車椅子」目玉が飛び出そうなほど大きく目を見開いてるボッツを見ずに「あ、ポラリスおばあちゃんだ。おーい」ボッツの背後で集まる人の群れに向かってロゼは手を振った。「・・・はっ!?ロゼ!?」ボッツと同じようにポラリスも目を大きく見開いて駆け寄ってきた。ポラリスだけでなく長屋と仮設住宅の間に集まっていた人たち全員が様々な驚きの声を上げロゼたちの元に集まってくる。
「ロゼ!?お前さん、その足どうした!?」
「火傷しちゃった。でも大丈夫だよ」
「だいじょう・・ぶ!?本当か!?」
「まだうまく歩けないだけだから」
ロゼはゲイルに見せたように両足を前後にブラブラ揺らした。ポラリスもボッツも大きく見開いた目が元に戻らない。ロゼは更に大きく足を揺らすと「そうやってすぐ無茶しないでください」セバスチャンがロゼの足に手を置き、動きを止めようとする。
「・・・セバスチャン殿下、帰ったのでは」
「諸事情がありまして戻ってきたんです。ロゼさんも」
「諸事情・・・?」
「おいおい知ることになると思います。それよりもロゼさんが久しぶりに・・」
「きゃー!!ロゼちゃん!久しぶりー!」
「お姉ちゃんひさしぶりー!」
セバスチャンの声を掻き消すほどの大きな声が響く。「おい、ミリア、お前、王子の前で」呆れた顔のポラリスがミリアのスカートを掴み動きを止めたが、同じように騒いだモナはするりと人の波をすり抜けて何の躊躇いもなくロゼの膝の上に飛び乗った。「ああ・・!モナ!!」慌てたリーネとバイゼンは人の壁を越えられずに右往左往するのみ。
「すごい人気ですね、ロゼさん。わかってましたけど」
「みんな元気そうでよかったです」
「挨拶してきましょうか」
セバスチャンがロゼの座る車椅子を押すと、まるで凱旋パレードのようにロゼの左右に人が分かれ、みんな拍手で出迎えた。ミリアに至ってはずっと「きゃー!きゃー!」とハリウッドスターでも拝むように目を輝かせて残像が見えるほど高速で手を振っている。視線はロゼを見たりセバスチャンを見たり、一体どっちに興奮しているのかわからない。
「・・・おい、フラミンゴ。ロゼのあのケガ、どうしたんじゃ」
「薬品を爆発させてしまったみたいで。ロゼは元気に見せてますけど、重度の火傷なんですよ。普通に歩けるようになるには時間がかかると思います」
「危なっかしい子なのはわかっておるが・・・驚いたわ」
フラミンゴにゆっくり近づいてきたポラリスが大きく息を吐く。そしてフラミンゴに並ぶルノを見た。人の群れに驚いてロゼの近くにいけなかったルノはもじもじしながらフラミンゴの足元に隠れる。「ん?」ポラリスがルノを覗き込むと、ルノは肩を跳ねさせて怯えるようにフラミンゴの背後に回り完全に隠れた。
「ガナッシュとビーグルはどうした?」
「・・・・・ちょっと」
「ちょっと?」
「・・・言えないんですよね。国家機密だと思うんで」
「はあ?」
フラミンゴはポラリスから目を逸らす。目を泳がせたフラミンゴをじっと見つめるポラリスは「・・・事件じゃな。命にかかわる重大な」ぽつりと呟くとフラミンゴは誤魔化すように「いやあ~・・・」苦笑いで逃げようとする。ロゼとセバスチャンに付いているローウィンの後ろ姿を縋るように見つめた。
「ガナッシュが帰ってきとるんなら、ちょいと会わせてもらえんか?妙な夢を見たんでな」
「夢、を?」
「おう」
「・・・一体どんな」
「国家機密じゃ」
「それ、俺の真似・・・。」
「お互い様じゃのう?」
くくっとポラリスが喉で笑う。フラミンゴは歯ぎしりをして眉間を寄せた。
「因果なもんじゃのぉ。苦労するな、フラミンゴよ」
「・・・なんのことですか?」
「お前さんたちに助けられてすぐガナッシュに聞いた。ロゼは“聖女”なんじゃろ?」
「・・・・・・。」
「ここネラルク大公国の民も同じようなことを言う。ガナッシュの結婚相手、セレスティアよりもロゼの方が聖女に相応しいと。けど、そのことを誰も口外する気はないそうな。それはワシらとて同じ。聖女の存在は明かさんことが聖女を守ることに繋がる」
「ロゼはあくまで聖女のフリをしているだけですけどね」
「それで構わん。あの子はありのままの自然体が一番じゃからな」
俯いたポラリスは笑顔を浮かべ首を左右に振った。「けど、不思議と吸い寄せられる。それが聖女の宿命なのかもしれん」ポツリと呟いたポラリスがフラミンゴの手を引き、トロッコの前で作業しているゲイル、そしてその隣で指示をしているボッツから遠ざかろうとする。
「フラミンゴよ、すぐワシをガナッシュに会わせよ」
「・・・夢、の件ですか?」
「ああ、そうじゃ」
ポラリスが真剣な眼差しでフラミンゴに振り返った。フラミンゴはゴクッと固唾を飲む。緊張が移ったようにルノのフラミンゴを掴む手にも力が入った。
「ここネラルク大公国が戦禍に呑まれ黒い雨が降る夢を見た。この予知夢は何としてでも回避せねばならん」




