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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第六章 阻止せよ!世界大戦
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60.敵か味方か


会議室に現れた小柄な男ランサー。その隣に侍るアーノルド。二人は不気味な笑みを携えながら会議室に入ってきた。「誰だ?お前ら」ファルガは顰めた顔を崩さずランサーたちを睨む。「お目にかかれて光栄ですよ。ネラルク大公国の大公爵様。我々は以前、あなたのご令息とちょっとした取引がありましてね」堪らず席を立ったガナッシュがランサーに詰め寄る。


「なにしに来た?」

「お困りのようですので」

「どこから聞いた?」

「知りたければ私も話に加えてくださいよ」


ランサーの笑みは崩れない。ガナッシュはランサーの前を立ち塞ぐが続く言葉がない。二人のやり取りを見ていたファルガが「ディオ」と呼んだ。


「説明しろ」

「・・・・・・。」

「ディオ」

「自己紹介させてもらっても?」


前に出れないランサーは一歩二歩と後ろに下がった。ファルガ、そしてゼイザックを前に片膝をつき「アドベントという会社を経営しております。ランサーです。取り扱う品は様々ですが、今回とある顧客より大量の受注を頂きまして、もしかするとネラルク大公国も必要でないかと遠路はるばる営業に来たしだいにございます」頭を下げたかと思えばすぐに顔を上げ片方だけ口角を上げた。


「・・・・・ムシュンドゥルから注文が入ったんだな」

「取引先名は言えませんがね」

「裏稼業の人間は戦争が起これば懐が潤うというのは本当だったんだな」

「裏?何のことでしょう?我々は表立って商売をしていますが?」


ランサーはついていた片膝を上げて立ち上がる。そして乱れもしていないジャケットの襟を正した。


「・・・・・この人はマフィアのボスです。相手にする必要はありません」

「いいんですか?折角助け舟を出してるのに断っても。我々はあなた方の持っていないルートを持っていますよ?もちろん、情報もね?」

「・・・・・・。」

「大公殿下。ご令息はまだ頭が堅いようです。ぜひ、貿易商人として名高いあなたと私は取引がしたい」

「ランサー・・・。」

「怖い声出すなよ。ロゼを渡したくないのは一緒だ。俺もお前らを利用する。そしてお前らも俺を利用すればいい。互いに悪い話じゃねぇと思うがよ」


ランサーはガナッシュの肩をポンと叩きファルガに近づいた。「一点張りがいつまでも通じると思わない方がいいぞ。頑ななほど足をすくわれるってもんだ」ランサーの後ろにつくアーノルドがガナッシュの隣を通り過ぎる際に囁く。ガナッシュは拳を強く握りしめたまま何も言い返せず、無力な自分を恥じることしかできない。


**


身体が沈む。どこまでも沈む感覚がした。身体が重たくて動けない。動けなくて苦しい。熱い。全身から汗が噴き出す。息苦しい。


「ロゼさん、ロゼさん!」


誰かが呼ぶ声がする。頬に触れた冷たい何か。「ロゼさん!」声に反応して身体がびくっと動いた。その衝撃で目もパチッと開いた。目の前には知らない天井。だけど覗き込む顔には見覚えがある。「セバスチャン・・・さま」細くて滑らかな金髪を振り乱し、エメラルドグリーンの瞳が揺れていた。


「うなされていたんですよ。よかった・・・目を覚ましてくれて」

「ここ・・は?」

「アネット様の部屋です。アネット様は丁度新しい水を取り替えに行ってまして」


ロゼは起き上がろうと肘を曲げた。「そのまま休んでいてください」起き上がろうとするロゼをセバスチャンが止める。


「大丈夫ですか?どこか痛むとか、具合が悪いとか」

「いえ、大丈夫ですよ」

「・・・気を遣わないでください。なんでも言ってください」


ベッドに横になっているロゼに詰め寄るようにセバスチャンが前のめりになる。目も口もぎゅっと寄せている顔は泣くのを堪えているような、怯えているような顔だった。「セバスチャンさんは、大丈夫ですか?私よりずっと具合が悪そうです」そう声をかけるとセバスチャンの寄せられた目と口がハッと広がった。「気を遣わせているのは僕のせいですね・・・。すみません」弱弱しい声で呟く。


「あの・・・ロゼさん」

「はい」

「触れても・・・いいでしょうか」

「え?」


揺れる瞳を伏せるセバスチャン。ロゼは止められたが上半身を起こしセバスチャンの手を取った。そのとき坂から転げ落ちて擦り剝けている自分の手が目に入り「あっ、」と手を引っ込めると、まるで見えない糸でセバスチャンを引っ張ってしまったかのようにセバスチャンがロゼに覆いかぶさってきた。抱きしめられた勢いのままベッドに沈む。首筋に顔を埋めてくるセバスチャンにロゼは戸惑いを隠せず、抱きしめ返すこともできず、傷だらけの手を天井に掲げ、視界に入るセバスチャンの金色の髪と生傷浮き上がる自分の手を見つめた。


「すみません・・・・すみません」

「・・・・どうして謝るのですか?」

「僕のせいです・・・。僕が、ちゃんと姉上を守れていれば、ロゼさんにまで危害が及ぶことはなかったのに」

「私は・・・大丈夫ですよ?ちょっと驚きましたけど。それよりもセバスチャンさんの方こそ大丈夫ですか?・・大丈夫なわけないですよね」

「僕は」

「実は私もマフィアに攫われたことがあるんです。二回も。フラミンゴさんにもガナッシュさんにも心配かけて・・・そのせいでガナッシュさんは私を助けるために、自らを犠牲にして・・・・。」


声が詰まった。すんと鼻を鳴らす。


「ロゼさん・・。僕は、僕は、姉上のことも心配ですけど、それよりも、あなたのことが・・・。あなたが、兄上や父上に」


ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。ロゼはセバスチャンを抱きしめ返したい気持ちはあるものの手が汚い。傷だらけの手ではセバスチャンに触れられない。


「ロゼさん・・・。その擦り傷はウチの兵士がつけたものですよね」

「え?いや、自分で転げ落ちてしまって」

「原因はウチの兵士ですよね」

「えーっと・・・。」


語気が強いセバスチャンに、自分がドジ踏んだからですとは中々言いづらい。


「足はどうしたんですか?重度の火傷を負ってるって聞きましたけど」

「薬品を爆発させちゃいまして」

「え?大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。火傷の痕は残るかもしれませんけど、歩けなくなることはないはずですから」


小さく笑うロゼに無反応のセバスチャン。「あれ?」ロゼが笑えばセバスチャンもつられて笑うことが多かったのにセバスチャンは無反応。


「・・・・なにやってんのディオ。ロゼさん、こんなにボロボロにして」

「あ、あの、ガナッシュさんが悪いわけじゃ」

「ロゼさんはお人好しすぎますよ!ディオには鉄槌を下してやんなきゃ!」


抱きしめていたセバスチャンの身体が離れ、今まで見たことない怒りを滲ませた表情でブランケットに隠れているロゼの足を睨みつけた。


「・・・ああっ!ディオも許せないけど僕自身も許せない!!すみませんロゼさん!!頼りない男たちですみません!!けど絶対に兄上たちのいいようにはさせませんからね!!絶対にさせません!!」


離れていったセバスチャンがまた近づいてきた。ロゼはぷっと吹き出し「情けなくなんかないですよ。私はガナッシュさんに頼りっぱなしですし、セバスチャンさんにお世話になりっぱなしです。どうして二人はいつも自分を過小評価してるんですかね。私からしてみれば誰もが憧れる王子様みたいな人たちなのに」笑ってしまった。


「あ、」

「え?」

「セバスチャンさんは本当の王子様でした」


ロゼは両手で口を塞ぐ。また王子様相手に王子様みたいとか変なことを言ってしまった。今度はセバスチャンがフッと小さく息を吐きロゼの耳に顔を寄せる。


「僕は生まれ持った肩書ではなく、本物の、あなたの、王子様になりたい」


息がかかる耳に電気が走ったみたいに痺れた。息を止めて顔に熱を持つのはガナッシュの前だけだと思ったが、王子様の前では仕方がない。ロゼは石のように固まって動かなくなった。


**


迎賓館では悪態つくビーグルがイライラを抑えられず床を何度も蹴る。「やめろ、耳障りだ」唸るようなフラミンゴの声。それでもビーグルは床を蹴るのをやめない。ルノは不安そうに両手を胸の前でぎゅっと握りフラミンゴとビーグルを交互に見ていた。


「腹立つなぁ~もう~!!だから嫌いなんだよ、ボワイアって国は!!」

「黙れ」

「おっさん、こんなとこ早く出ようよ。ロゼちゃん、無事じゃいられないよ!?」

「どこへ行こうと一緒だ。どうせボワイアの兵士に追われることになる。ここにいた方がよっぽど安全だろうよ」

「安全!?どこが安全!?あの王太子はロゼちゃん攫って売り飛ばそうとしたんだよ!?」

「いいから黙れって!!」


フラミンゴも力いっぱい床を蹴った。ルノの肩がビクッと跳ねる。「今の俺にどうすることもできん!!ロゼのこともガナッシュのこともだ!!情報もない中で思考を巡らすのも無駄なこと!!だったら待つしかねぇだろ!!今、俺たちにできるのはそれだけだろうがよ!!」声を荒げてビーグルに詰め寄る。胸倉を掴まれるかと思えばフラミンゴは歯を食いしばってビーグルを睨むだけ。すると顔を真っ赤にして目を血走らせたフラミンゴの顔に向かってビーグルは頭突きをかました。ゴッ!と骨と骨がぶつかる音が頭に響く。二人は言葉も発さず頭を抱えその場に蹲った。


「・・・・・大丈夫?」


ルノが二人に声をかけるが近づこうとはしない。「~~~っんだってんだよ!」痛みと苛立ちで声を荒げるフラミンゴは頭を何度もさする。ビーグルは口を尖らせてフラミンゴから顔を背けた。


「あ~くっそ!このまま何もしないでいるの耐えられないわ」

「仕方ねぇだろ。これはもう国同士の問題だ。俺たち一般人には何もできねぇって」

「だからって指くわえて見てろっての?そんなの無理だよ」

「まず、お前はその肩のケガを治せ。固定してもらってるのも緩んでるじゃねぇかよ。マーカスさんに頼んで」

「俺、ロゼちゃんがいい」

「またそんなこと言いやがって」

「ロゼちゃん無事かな。ガナッシュ君、ちゃんと守れるのかな」

「ガナッシュはロゼを手放したりせん。今までの経験上わかるだろ」

「でもガナッシュ君、いつもロゼちゃん守れてないよ?本人無傷で、ロゼちゃんばっか危険な目に遭ってるし」

「・・・・・・それは」


フラミンゴは言葉に詰まった。頭をガシガシ乱暴に搔いて「とにかく!俺らよりも、もっと頼りになる人たちが多くいるんだから、今はそれに頼らせてもらう!!そうだろ!!」荒げた声を出したフラミンゴが顔を上げた。「・・・・・あ?」鼻息荒くしていたフラミンゴが急に気の抜けたように眉を垂らし口をだらしなく開いた。ビーグルは顔は向いているのに目が合わないフラミンゴに「え?なに?」首を傾げたがフラミンゴに返事はない。「ん?」後ろを振り向くと背後に人が立っていた。


「っうおおおっ!!びっくりしたあ!!」

「やあ、B。元気?」


不気味に微笑むブラッドが気配なくビーグルの後ろに立っていた。


「なっ、なな、なにしてんですか!?ブラッドさん!?」

「暇なんだよね。ボスもアーノルドもいなくなっちゃってさ。外で待つのもなんだから部屋んなか入っちゃった」

「不法侵入だよ、それー!!ってかルイズベート家のセキュリティどうなってんのー!?」

「大公爵の屋敷っていうから楽しみにしてきたのに、僕たちの店より質素で小さくてつまんない」

「だーっ!!そうなんだよ!!ガナッシュ君の家は民家とさして変わらないんだよー!!」


ビーグルは後ろに手を回し虫のようにカサカサとブラッドから遠ざかる。「ゴキブリみたい」ブラッドの笑顔は口が裂けた道化師のようで気味が悪い。


「ねえ、ロゼは?聖女様どこよ?」

「ロゼちゃんに何の用!?」

「なんか物騒な国に売られそうだからってボスが止めに来たんだよね」

「うええっ!?ボスもアーノルドさんもここに来てんの!?」

「さっき言ったじゃん」

「なんでなんでなんでえ!?」

「だからさっき言ったじゃん」


ブラッドがビーグルに一歩近づく。ひぃ!とビーグルはその場で跳ね、また後ずさった。怯えるビーグルを見てますます口が裂けていくブラッド。「いやああー!!こないでえー!!」ビーグルの悲鳴などお構いなしでスキップするように近づいてくる。今度はビーグルの後ろにいるルノに目配せして「なにコイツ。ぼーっとしてるけど、ロゼ?じゃないよね」動きを止めた。


「そいつはロゼちゃんじゃないよ!!」

「向こうのおっさんは?」

「あのおっさんは俺の新しい雇い主!!」

「ふ~ん」

「ちょおっ!!来ないでってばあ!!」


「アーノルドさあーーん!!とめてぇー!!ブラッドさんとめてえええ!!」必死に逃げるビーグルの肩に巻かれた包帯から血が滲む。「あれ?B、ケガしてんじゃん」ブラッドがビーグルの肩に手を伸ばして傷口に指を当てる。「ひええええ!」痛いと叫ばず恐怖に怯えるだけのビーグル。ブラッドが血の滲む傷口をぐりぐり指で押しても痛みを忘れているビーグルは怯えて震えるだけ。


「もしかして?まさかまさか?銃で撃たれた?」

「関係ないでしょー!!」

「え?それでも生きてんの?え?え?まさかまさか?やっぱりBってアーノルド並みに不死身な男?僕も撃っていい?いいよね?ねえ?」

「だああー!!言うと思ったー!!!アーノルドさあーーん!!」


ブラッドはビーグルを押し倒し腹に馬乗りになる。脇に手を入れたと思ったらすぐさま銃を取り出しビーグルの鼻先に当てた。「ぴええええ!!」ビーグルは妙な叫び声を上げる。


「やめて!!可哀相!!」


ブラッドの恐ろしさを知らないルノがブラッドを突き飛ばす。ブラッドは少し身体が揺れるくらいで倒れたりはしない。ビーグルに向けていた銃を今度はルノに向けた。「ダメ!!それはダメ!!」さっきまで怯えて震えていたビーグルがブラッドの持つ銃口を両手で握った。


「おい、うるせーぞ。夜更けに俺の名前を叫ぶな」


呆れたように溜め息をついたアーノルドが現れる。「アーノルドが遅いのがいけないんだよ。だからBと遊んでた。ねえ、Bってば銃で撃たれてもピンピンしてんだよ。僕も狙いたい」相変わらず早口で捲くし立てるブラッドを「許可がない」たった一言でアーノルドは一蹴する。


「ロゼいた?まだ売られてなかった?」

「知らん」

「商談は?終わった?」

「まだ」

「僕は誰を殺せばいいの?」

「決まってねぇ」


目の前で矢継ぎ早に行われる会話。はあ、と溜め息を漏らすアーノルドがビーグルを見下ろして「いくら元部下だからって執拗に絡むなよ。血ぃ出てんじゃねぇか」あーめんどくせーと声には出してないのに幻聴が聞こえる。


「・・・・もしかして、仕事が入ったんですか?」

「んあ?ああ、別件でな」

「どうしてここに・・・。」

「どっかのお坊ちゃまが聖女様を守りきれねぇんでな。ボスが是非買いたいってよ」

「まさか・・・ロゼちゃん買う気!?」

「いやあ、中々手強い相手なもんだから、そう簡単にはいかねぇなぁ」


コツコツと革靴を踏み鳴らしアーノルドがビーグルに近づき腰を下ろす。ブラッドとは違い、大きく笑ったりしないアーノルドは片方の口角だけを上げてフッと息を吐いた。


「B、戻って来な。大切な仲間を守りたいんだったら、ボスに使われるのもなんてことねぇだろ?」


全然違う二人の笑顔。どうしてこんなにも互いに不気味なのだろう。ビーグルは唾すらも飲み込めない。


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