59.荒ぶる王室
店に帰るはずだったロゼはローウィンと共にネラルク大公国へと向かうことになった。「なんでアンタまでついてくるの?」事の重大さを案じたマーカスも同行する。「僕はファルガ大公と親交がある。大公の一大事を黙って見過ごすほど不義理な人間じゃない」マーカスの表情は険しかった。それはガナッシュも同じ。ロゼをフラミンゴに預け、一人船の甲板に出る。
「・・・戦争って本当ですか?」
「早まっているとは思います。ですが、ゼネフ国王は激昂していて・・・。」
「セレスティア様を攫った相手はわかっているのですか?」
「・・・はい」
「それは」
「・・・・・・。」
ローウィンは何も言わない。「・・・そうですよね。言えませんよね」フラミンゴはローウィンから顔を背け、同じように俯かせた。
「ロゼさん、そのケガは?」
「ちょっと火傷を負ってしまって」
「ちょっと?」
「ちょっとですよ」
ロゼは包帯を巻かれた自分の足を隠したかったが少ししか動かせない。
「・・・すみません。帰ろうとしていたところを引き留めてしまって」
「いえ、この状況で俺たちにできることは何もないかと思いますが、アイツをこのまま一人にするのも忍びないので」
「一緒に来てくれて助かります。ディオだって・・・今回の件は一人では抱えきれない」
「・・・・・・。」
「ボワイアが戦争を始めてしまえばネラルクだってタダではすまない。逆に真っ先に攻撃される危険性もあります。我々は軍を持たない。食すら自給していない。争いごとにはめっぽう弱い。どうすれば・・・。」
ローウィンは両手をぎゅっと握り、祈るように顔を埋めた。誰も言葉をかけられない。
「・・・・ロゼ、ルノも一緒にもう寝なさい」
「・・・・うん」
船に弱いロゼ、船に初めて乗ったルノ。大人たちから離れて二人身を寄せ合いながら横になった。
**
数日船に揺られネラルク大公国に着いたのは日が落ちた夜だった。ガス灯の明かりを頼りに着岸した船から重い足取りでゆっくりと下船する。ガナッシュはロゼを背負おうとしたがフラミンゴに止められた。肩をケガしているビーグルもロゼを背負うことができず、ジンの世話もあるフラミンゴはマーカスを頼らざるを得ず、ロゼはマーカスに背負われることになった。ガナッシュとローウィンは先に屋敷に向かおうと足早になる。
「すっげぇ緊張感。夜で静かなのがまた」
「いや、本当に、俺らいていいのかわかんねぇな」
「けど、ガナッシュ君一人にはできないんでしょ?」
「そうだけどよ・・・。けど声かけることすらできんかったな」
「んで?俺らどこいけばいいの?あの二人先に行っちゃったし」
「ついていくしかねぇだろ」
フラミンゴを先頭に高台を目指す。フラミンゴはジンに跨ることなくランタンを持って足元を照らす。ジンにリヤカーを取り付け「すまんな、ジン。お前も慣れない船で疲れてんのに」フラミンゴは首を撫でた。ロゼを背負っていたマーカスはリヤカーにロゼを乗せるとルノも一緒にリヤカーに乗せた。ルノはすぐロゼに擦り寄って抱きつく。
少し前に訪れたネラルク大公国。トロッコで颯爽と街を駆け抜けたあの楽しかった思い出が嘘のよう。今は暗闇に息を潜め、見えない何かから身を守ろうと縮こまっている。「・・・ガナッシュさん」気づけばガナッシュの名を呟いていた。
街灯すらない道を進んで一行は高台にあるルイズベート家の邸宅へとゆっくり進んでいく。街では全員が寝静まっているのかどこも明かりがない中で、ルイズベート家の邸宅は煌々と光を散らしている。「・・・入っていい雰囲気じゃないよな。外で待つか」フラミンゴが屋敷から離れたところでジンを止めると「僕が行ってきますよ。大公殿下とは知り合いなので」マーカスが先を歩く。ロゼたちがマーカスの後ろ姿を眺めていると「ん?」突然ビーグルが後ろを向いた。荷台に乗っているロゼと目が合う。
「ロゼちゃん、動いた?」
「え?動いたかな?」
「ん?」
ビーグルが左右に首を振った。ロゼも真似るように首を振る。するとルノも同じように首を振った。
「おっさん、ランタン貸してもらっていい?」
「は?なにすんだよ」
「ちょっと怪しいわ。見てくる」
フラミンゴからランタンを奪ったビーグルは何かを探すように辺りを照らす。「う~ん」と唸りながら展望台に近づくとそこから黒い影が飛び出してくる。「うおっ!」身を引いたビーグルは黒い影にランタンをぶつけた。カンと金属同士がぶつかる音が鳴る。その影はビーグルに目もくれず、どんどんロゼたちに向かっていくが、辺りが真っ暗で姿を捉えられない。「おっさん!!」ビーグルの声が聞こえたと思った瞬間身体に冷たい感触が走りロゼは震えた。
「うおわっ!!なんだ!?」
「なになに!?」
「くそっ!!」
ビーグルは右手を振りかぶりランタンを遠くに投げつけたが、またカンと金属音がするだけで相手にダメージはない。「おい、なんだってんだよ!離せっ!」フラミンゴもルノも影に捕らわれている。
「おっさん!ごめん!ロゼちゃん追うわ!!多分狙いはロゼちゃんだ!!」
「はああ!?なんでそんな!!」
暴れるフラミンゴを抑え込もうとする黒い影。その隣をビーグルは横切り、影の腰に据えていたサーベルを抜き取った。「はぇ!?」その速さに黒い影は素っ頓狂な声を上げる。ビーグルは左腕を固定されているのにもかかわらず、あっという間にロゼを攫う影に追いつきサーベルを振りかぶった。「くっ!」影も腰からサーベルを抜き、腕に抱えていたロゼを突き飛ばすと、全身でビーグルの斬撃を受ける。ビーグルは全体重をサーベルに乗せ影を押さえつけると「ガナッシュ君!!出てこい!!ロゼちゃん攫われるぞ!!」大声で叫んだ。辺りが静まった夜闇に広くビーグルの声が響いた。
「その格好。お前、ボワイアだな」
「素人が防具もなしに刃向かうな!死ぬぞ!」
「俺はしぶといんで!そう簡単に死なないんだよ!」
またビーグルがサーベルを振りかぶる。ロゼは声が出ない。いや、出していいのかわからない。ビーグルを止めても止めなくてもやられそうな気がする。ロゼは包帯が巻かれた足を必死に動かした。痛みよりも皮膚が突っ張った感覚で上手く歩けない。何度も躓きながら必死に足を動かすと「う、わわわ!」自分が今、坂の上にいるのがわからず足を踏み外して転がり落ちてしまった。
「いっつ・・・たぁ」
落ちたところの目の前にはガナッシュの屋敷があった。漏れる明かりに照らされた手は擦り剝けて血が出ている。傷を見れば痛さが増した。「待てっ!!ゼイザック!!」屋敷の中からガナッシュの声がする。近づいてくる足音が聞こえロゼは顔を上げるとゴンッ!と盛大な音を上げて開かれた扉に顔面がぶつかった。
「いっっ・・・」
更なる痛みにロゼはもう声が出ない。地面に顔をくっつけて身体を丸める。「どこだ!?ゼイザック!!」ガナッシュの声が近くでした。「ガナ・・ガナッシュ・・さ」叩き落されたハエのようにピクピク動くロゼは必死に声を振り絞る。「・・・ロゼ!?」ロゼの存在に気付いたガナッシュがロゼに近づき腕に抱いた。ガナッシュに抱かれて一気に緊張が緩んだロゼは「うぅぅ・・・っ」泣き出してしまう。
「ロゼ・・・!大丈夫か!?」
「ディオ!!」
「セバスチャン!!ゼイザックを捕まえろ!!」
屋敷から出てきたセバスチャンはガナッシュに抱かれているロゼを見て、ゼイザックを捕まえるどころかその場で固まってしまった。「失礼つかまつる!!」ゼイザックを捕まえたのは少し離れた玄関前で開門を待っていたマーカスだった。
「くそっ!!使えん兵士どもめっ!!」
「兄上・・なにを!」
「ディオよ!!そいつを寄越せ!!そいつを送り込めばセレスティアは解放されるんだ!!たったそれだけでセレスティアは救われるんだ!!」
「そんなのなんの解決にもなっていない!!冷静になれ!!」
「私は冷静だ!!そして賢明な判断を下している!!向こうは本物の聖女を差し出せと言っているんだ!!それだけでセレスティアは解放されるんだ!!」
ゼイザックはマーカスを振り払いガナッシュの前に膝をつく。ガナッシュはロゼを腕に抱えたまま背を向けた。
「渡せ!!」
「断る!!」
「ディオ!!お前こそ冷静になれ!!大事なのは一体なんなんだ!?そんな小娘ごときの命、なんだというのだ!!父上は本気だぞ!?本気でムシュンドゥルと全面戦争を仕掛ける気だぞ!!」
「たとえセレスティアを取り返したところでボワイアは戦争を仕掛ける気なのだろう!?大国として、軍事国家として、黙って引き下がるような君たちではないだろう!!」
「ああ、潰す!!木っ端微塵にな!!だが今の状態では攻められん!!セレスティアを危険にさらすようなことはできん!!だから先に人質の交換を」
「兄上!!おやめください!!」
セバスチャンはガナッシュとゼイザックの間に入り顔を突き合わす二人を引き離した。「ロゼさん・・・あぁ、ロゼさん。こんなにボロボロになって・・。」セバスチャンはロゼの足に巻かれている土がついた包帯に手を伸ばす。だが、その手が触れることはなかった。
「・・・アネット、ロゼを」
「はい」
「セバスチャン、付き添え」
屋敷の奥からファルガとアネットが現れた。「ディオ、そしてゼイザック。お前たちは俺のとこに来い」低く低く落とした声でファルガが二人に向けて言い放つ。二人に返事はなかった。
「ディオ、大丈夫。ロゼさんは私が預かるわ」
「・・・・・。」
「誰にも渡さない。安心なさい。貴方は貴方のすべきことをするの。いいわね」
アネットはガナッシュの腕をさする。泣いているロゼをぎゅっと抱きしめたガナッシュはアネットと目を合わせ「・・・すみません。ロゼを、お願いします」と頭を下げた。アネットは大きく頷く。
「セバスチャン、ロゼは重度の火傷を負っていて歩けないんだ。車椅子を用意してほしい」
「・・・・・・。」
「怒って当然だ。・・・すまない」
ガナッシュはまた深く頭を下げてロゼをアネットに引き渡した。手で顔を隠し嗚咽を堪えるロゼの頭を撫でる。「・・・行くぞ」ファルガの呼びかけにガナッシュはゆっくり立ち上がった。
「兄上・・・どうか冷静になってください。今、頼れるのはファルガ大公しかいません。多くの国と交易を広げているファルガ大公しか・・・。」
「・・・・わかっている。セレスティアを取り返す前に攻めるわけにはいかん」
ゼイザックも立ち上がり、ガナッシュと二人並ぶようにファルガの後をついていく。
「奥様」
「テラは主人をお願い。ロウ、ロゼさんを私の部屋に運んで」
「「はい」」
「セバスチャンはフラミンゴさんたちを迎賓館に案内して頂戴。それから貴方も・・・私の部屋に来るといいわ」
「アネット様・・・僕がアネット様の部屋へ入るのは」
「お願い。私も不安なの。・・・傍にいてくれると心強いわ」
眉をハの字にして泣きそうな顔で微笑むアネットにセバスチャンはゆっくりと頷き、ロゼに触れようと伸ばした手を、また引っ込めた。
**
ルイズベート邸宅の小さな会議室。そこには家長であるファルガを筆頭に、ガナッシュ、ゼイザックが並んだ。「久しぶりじゃねぇか、ジョーイ。どういった経緯でウチの坊主に付き合ってんだ?」一応、市長という肩書があれど圧倒的に立場の差があるマーカスは少々萎縮しながら一人席にはつかず扉の前で立っている。
「彼には・・一緒にいる聖女様と共に、フェズィが抱える問題を解決してもらいまして」
「フェズィでも暴れたのか?ウチの聖女様はよ」
「はい。大いに暴れてもらいました。大火傷まで負って」
二人が笑う。が、ガナッシュは笑えない。ギッときつくマーカスを睨んだ。
「説明してる最中に中断されたが、内容覚えてるか?ディオ」
「・・・・はい。里帰りしたいと申し出たセレスティアを乗せた汽車が襲われた。そこにはセバスチャンも同席していたが相手はセレスティア以外は眼中になく、セレスティアを連れて逃走。その数日後、本物の聖女を渡せ、と使者が現れる」
「そういうことだ。相手は至る所で奇跡を起こしている聖女を手中に収めたい一心でセレスティアを攫った。聖女の噂は各地にあれど、名が通っていたのはボワイア国の王女セレスティアの他にないからな」
「しかし、相手は本物の聖女を出せと言ってきたんですよね。ということはセレスティアを聖女だと認めていない」
「セレスティアがロゼのことを吐いた可能性がある」
「・・・・・。」
ガナッシュは歯を食いしばった。ゼイザックは眉一つ動かさない。
「だが使者を送ってきたムシュンドゥルってとこは東の大国だ。まず、言葉が通じねぇ。だからセレスティアがロゼのことをしゃべったとして理解できるわけがねぇんだ」
「なら間者いるのでしょう。西側の顔をしたスパイが」
「だが東の国は宗教が違う。聖女の話は広く知られてはいるが何で真に受けたか」
「奇跡に与りたい、と願うほど苦しんでいるのでしょうか・・。東の国は未だ貧しいと聞きます。飢えから解放されたくて西側で噂される聖女の存在を欲したのでは?」
マーカスの言葉にファルガは言葉を詰まらせた。沈黙を切り裂くように「なら、奇跡を起こせばいい」ゼイザックが強く言い放つ。
「本物の聖女なら、東の国の危機さえも救えばいい」
「ゼイザック。君はロゼを聖女として認めてはいなかったじゃないか」
「薬は認めていると言ったはずだ」
「だから」
「聖女としては認めたくなかった。だが、彼女の起こす奇跡には目を見張るものがある。その力を持って新たな奇跡を起こせばいい」
「んなことしたら、更に問題の本質が深くなっちまう。世界中の人間が聖女を欲する。今まではただの噂で済んだ話が鮮明になっちまうからな」
「それの何が悪いのですか?」
「こうやって戦争の火種になるからだよ。今回の件がまさにそうだ。聖女の噂があったセレスティアが狙われたってことは、あちらさんは聖女のもつ能力が欲しい。そしてそれを奪われたボワイアが奪い返そうと戦争を仕掛ける。更に本物の存在が知れたとき、部外者も黙ってはいない」
「ですから、あの小娘を」
「聖女の存在が明るみに出ることも問題だが、もしそうなるとセレスティアは無能だということを世間に証明することになる。それはセレスティアの地位が失われるだけでなく、メッキが剥がれたことによりボワイア国の信用も失うことになるぞ。それでもいいのか?」
ゼイザックはぐっと息をのみ「・・・・そんなことで、我々の信用が失われることなど」さっきまでの鋭い声とはうって変わって自信なさげに呟く。
「セレスティアは箱入り娘だ。ゼネフとゼイザックに甘やかされて世間の厳しさを知らん。自分でこの問題をどうにかできるわけもないし、それ以上に時間をかければセレスティアの精神が病んで何をしでかすかわからん」
「だから!!早くあの小娘をっ!!」
「だーかーらー!」
「ファルガ大公!!貴殿に頼るしか我々は道はないんですよ!!唯一ムシュンドゥルとの繋がりを持つ貴殿があの小娘を連れて乗り込むしか道はないのです!!いい加減、腹を決めてください!!でなければ父が動きますよ!!ネラルクさえも潰しにかかりますよ!!」
「あーもう、うっせぇなぁー!」
ファルガは乱暴に頭を搔き「お前らは俺を頼りてぇのか脅してぇのかどっちなんだよ!!頼りてぇなら少しは黙ってろ!!俺にだって持っていきたい方向性ってのはあるんだからな!!」振り上げた拳を強くテーブルに叩きつける。
「お困りのようですね。どうですか?その話、我々にも一つ噛ませてもらえませんかね」
扉の向こうからくぐもった声が聞こえる。「あの、勝手はやめてください!私が聞いてきますから!」テラが応戦する声も聞こえる。扉側に立っていたマーカスが「開けますか?」ファルガに訊ねた。ファルガは眉を吊り上げて「まぁた使者が来たってのか?めんどくせぇなあ」不機嫌を露わにしてマーカスに頷いた。マーカスが扉を開けると「ああっ!ファルガ様!この者が勝手に!」と屈強な侍従テラが扉の前で立ち塞がっているのをサッと掻い潜ってきたのは、とんでもない人物だった。
「聖女を外国に売るなんて黙ってられませんよね?ご主人様よ」
どうしてここにランサーがいる。




