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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第五章 疑惑の魔女裁判
55/87

55.火にかけられた魔女

※流血あります


「・・・・なんか、焦げたにおいがしない?」


ガナッシュが鼻を上下に動かした。「・・・する、かも」ルノも同じように鼻をクンクンさせる。ホアンナは慌ててティーポットをテーブルに置きガチャンと音を響かせ陶器が割れそうになる。「先生っ!!」いつも表情を変えないホアンナが顔を蒼褪めさせ二階へ向かおうとした。


「先生っ!!」

「・・・・ホアンナ、逃げるんだ」


階段から落ちるように下りてきたマーカスにホアンナが近寄った。マーカスの背後は薄暗いフィルターを何枚もかけたように濁っており、そして揺れている。「・・・火事?」ガナッシュもマーカスに詰め寄った。


「マーカスさん!!ロゼは!?」

「わからない。薬品が爆発して一気に炎が上がった」

「爆発!?」

「とにかく外に出るんだ!!急げ!!」

「俺は二階に行きます!!ルノを!!」


二階へ上がろうとするガナッシュの襟をマーカスが乱暴に引っ張る。「一気に燃えた!!部屋は既に炎に巻かれてる!!行っても意味はない!!」牙を剥くように大きな口で吠えるマーカスに「意味など関係ない!!」同じようにガナッシュも牙を剥いた。するとガシャーンとガラスが割れる音が外から聞こえる。


「なにか落ちてきた!!」


ルノが外に駆け出した。その隣にドリューもつく。「・・・ロゼ?」ガナッシュはマーカスの腕を振りほどき急いで外に出た。「ロゼ!!」大きな声で名を呼ぶ。返事はない。「ロゼ!!!!」更に大きな声を出す。それでも返事はない。返事の代わりに降ってきたのはロゼの行商箪笥だった。先に落ちてきたマーカスの荷物の上に重なるように落ちた。


二階の一室は黒煙と赤い炎に包まれている。「ロゼ!!いるのか!!いるのなら降りてくるんだ!!受け止めるから!!」ガナッシュは窓のすぐ下に駆け寄る。ロゼに返事はない。「ロゼ!!はやくっ!!」切羽詰まったガナッシュの声が虚しく響く。黒煙の向こう側が全く見えない。「ロゼ!!」ガナッシュは何度もロゼの名を呼んだ。ロゼが顔を出したのは、燃えている部屋ではなく、その隣の部屋で、下にはマーカスの荷物とロゼの行商箪笥、そして割れたガラスの破片が散らばっていた。ガナッシュは乱暴に荷物を蹴って退かす。ガラスの破片を気にせず踏んづけ「ロゼ!!」名を呼んだ。するとロゼは前転するように頭から倒れて二階から落ちてくる。


「ロゼちゃん!!ロゼちゃん!!」


ロゼをしっかり受け止めたガナッシュにルノが近寄る。ロゼは全身真っ黒で、あちこちに火傷を負っていた。ゴホッゴホゴホッと苦しそうに咳き込む。ガナッシュは急いで立ち上がりブルーノの家から離れた。ロゼの咳が止まらない。苦しそうに胸倉を鷲掴みにして咳と共に唾を吐いていた。


「ロゼ、大丈夫か!?ルノ、水を!水を汲んできてほしい!!」

「お、お水!?どこ!?」


ルノはその場で地団駄を踏むだけ。完全にパニックになっていた。


「おいっ!!今度はなんだっ!?」

「ああっ!!俺の家がっ!!」


風車小屋で揉めていたフラミンゴと家主のブルーノが走ってきた。「なにがどうなって俺の家が燃えてるんだあ!?」ブルーノは涙目になりながら家の前で膝をつく。するとマーカスが「・・・魔女だ」と呟いた。


「僕は魔女に殺されそうになった・・・。家を燃やしたのはあの娘だ!あの娘が僕を襲ったんだ!」

「「マーカスさん!?」」


フラミンゴとガナッシュが同時に声を上げる。「ロゼがそんなことするわけねぇだろ!!マーカスさん!!アンタ何を言って!!」フラミンゴはマーカスに詰め寄り声を荒げた。


「フラミンゴさん・・、彼女は魔女ですよね?船で出会った彼女は僕が調べていたノワイズ村の魔女ではありませんが、魔女である以上、人々を惑わす忌まわしき存在に変わりはないはず!!だから僕の存在が邪魔なのでしょう!?魔女について調べていた、魔女の罪を暴こうとしていた僕が!!」

「ロゼは何も知らん!アンタを襲う理由はどこにもない!」

「ならどうして僕を襲ったんですか!?いずれ自分の罪も裁かれることを恐れてじゃないですか!?僕はゴルドバ村長から買ったという薬をフェズィで調べてきました。劇薬、催淫薬、向精神薬、素人が簡単に手を出していいものではありませんでしたよ。そのせいで多くの人が苦しみ、そして死んでいる」

「だからなんだ!?そこにロゼは関係ない!あの子は俺の親友の娘だ!大人たちに囲まれ、知らない世界に夢を馳せ、人が喜ぶことを喜んでいた、あまりに純粋で素直すぎる愛された子供だ!勝手な言い分で俺たちの娘を傷つけるんじゃねぇ!!」

「勝手な言い分、そうかもしれません。なら、あの船での出来事をどう説明しますか?」


体勢を低くして今にも飛びかかってきそうなフラミンゴとは対照的に、マーカスは背筋を伸ばして顎を引く。


「僕はあの船での出来事を疑っていた。まさか・・もしや・・と。彼女もノワイズ村で作られているものと同じように向精神薬を所持していたのではないのですか?あれは脳に作用するもの。薬一つで感情を奪い、精神をコントロールする。つまり魔女たちは人心を弄ぶ薬を作っては世に広めていたということですよね。船で助けたようにみせた婦人も実際には心を操ったのでしょう!?でなければあんな一瞬で人が変わるはずがない!・・恐ろしかった。人々が一心不乱に恐ろしい薬を求めるあの姿が。だから僕はこれ以上犠牲者が出ないように魔女を捕まえなければと思っていたんだ!」

「先入観でものを見過ぎだ!!最初から魔女だという意識で見ているから正しく物事を判断できていない!!アンタは知らないんだ!!なにも知らない!!ロゼが今までどれだけ多くの人たちを助けてきたのか!!」

「騙されてるんですよ!!フラミンゴさん!!あなたも!!ルイズベート卿も!!現に彼女は家に火をつけた!!僕がそれを追求したら薬品を床にまき火をつけたんだ!」

「するはずがない!!ロゼがそんなことするはずがない!!」

「なら皆さんはどっちを信じますか!?僕とフラミンゴさんのどっちを信じますか!?」


ヒルケット村全体に声が届くようにマーカスは大声を出した。「皆さんも魔女の恐ろしさはご存知でしょう!?人の心を操り、悪を善として世の中を支配し、この世界に混沌をもたらす魔女の恐ろしさをっ!僕たちも心が操られてしまう前に!自分という存在を奪われてしまう前に!今、ここで捕まえなければ後々恐ろしいことになるかもしれない!」ブルーノの家の前にはヒルケット村の住民全員が集まってきた。その中にはゴルドバもいる。ビーグルやフラミンゴと言い争い、疲労の滲んでいるゴルドバは身を潜めるようにじっと動かず何も言わずヒルケット村の住民に紛れていた。


「なんだ、あの、頭おかしいどっかの宣教師みたいな危ない奴は。そんな支離滅裂な理論を誰が信じるっての?苦しんでる人を助けたら精神の乗っ取り?火をつけたら魔女?ってホントばかばかしい。ロゼちゃんの凄さなんもわかってないくせに勝手な妄言を恥ずかしげもなく大声で言いふらしてアホくさ。個人の恨みをこっちにぶつけんなっての。アンタもそう思うでしょ?」

「・・・・・。」

「は?」

「いや・・・だってよ」

「ウェストとかいったっけ?アンタ、ロゼちゃんが悪い魔女だと思ってんの?人を襲うとでも思ってんの?」

「思って・・・ないけど、でも、マーカスさんが、そう。それに、あの子は確かに、人の心をくすぐるというか」

「は~、ばっかじゃないの。それはアンタの心が動いただけでしょ?ロゼちゃんの人の好さに心が動いただけでしょ?それをロゼちゃんが精神を乗っ取ってるって思っちゃうの?とんでもない思考回路だね。バッカみたい。自分の心も自分でわかんないんだ、アンタたち」


ビーグルがウェストから離れてマーカスに向かって歩く。一歩一歩歩きながら左右に広がる住民に視線を投げた。


「どっちを信じるとかどうでもよくない?信じるのは自分の心だよ。人を裁こうとするのなら尚更。その責任は自分で持つべきでしょ?誰に言われたからとか、誰がこう言ったからとか、自分の意見や行動に責任持てない奴らに人を咎める資格なんかないよ」


ビーグルが指の関節をボキボキならしているのをフラミンゴは止めない。止めないが、遮るようにマーカスの前を明け渡すこともなかった。


「こっちもずっと怪しいと思ってたよ、おっさん。ずっとロゼちゃんのこと利用しようと策を巡らせてたんじゃないの?最初から濡れ衣を着せようとしてた?だからロゼちゃん襲ったんでしょ?襲ったのはアンタの方でしょ?」

「何を根拠に」

「根拠ならあるよ。ロゼちゃんが火を(おこ)すのは悪者を懲らしめるときだからだ。あの火をロゼちゃんがつけたんだとしても、それはアンタの悪行を止めようとしたからじゃないの?俺はそういう現場をこの目で見てきている」

「それは根拠にならない」

「ならアンタの意見も根拠にならない」

「魔女を引き渡してもらおう」

「話聞いてる?」

「僕がフェズィに連行する。そこで取り調べを行い、今まで犯した罪を全て吐いてもらう」

「なんでロゼちゃんが連行されなきゃいけないわけ?そもそもアンタはノワイズ村の魔女を捕まえたかったんでしょ。アンタが調べた薬ってのもあの村長から買ったものでしょ。ロゼちゃんは無関係じゃん」

「無関係ではない。これ以上問題を起こす前に彼女を捕まえておいた方が世のためだ」

「世のため?どこが?アンタ、ロゼちゃんの何を知ってんの?どこを見てんの?機能してないその飾りの目ん玉、かっぽじってやろうか」

「問題ないのなら大人しく取り調べを受ければいい。潔白であれば釈放されるだろう。それならそれでいいじゃないか。だから連行する」

「そんな自分都合の強引なやり方、黙ってられるかって」


ビーグルが拳に力を入れ一歩前に出ようとしたところで「マーカスさん!!」ガナッシュがマーカスを呼ぶ。その声にマーカスだけでなくビーグルもフラミンゴもヒルケット村の住民もゴルドバも、その場にいた全員がガナッシュに顔を向けた。


「マーカスさん!お願いです!ロゼを助けてください!・・・意識がありません!どれだけ呼びかけても、身体を揺すっても目を覚ましません!唇は青紫色だし瞼も痙攣してる・・・。お願いです、ロゼを助けてください」


ロゼを抱きしめながらガナッシュが額を地面にこすりそうになるくらい頭を下げる。「ガナッシュ・・・。」フラミンゴがマーカスの前を離れガナッシュに駆け寄ると膝をつき、ガナッシュに抱かれているロゼの顔に目を落とす。「ロゼ、おいロゼ、どうした!」フラミンゴの呼びかけにロゼは返事をしない。


「フラミンゴさん、どうすればいいですか・・・?ロゼが」

「急いで医者に・・って、医者は・・アイツ、か」


フラミンゴが後ろを振り返るとこちらに近づいてくるマーカスが目に入る。隣で家の中を蠢く赤い炎の光がマーカスを真っ赤に照らし、まるで地獄からの使者のように見えた。マーカスは膝をつくことなく高い位置からガナッシュを、そしてフラミンゴを見下ろす。


「僕が診ましょう。僕に彼女を預からせてください」

「・・・お願いします」

「おい!ガナッシュ!」

「ですが俺も一緒に行きます。彼女の・・傍を離れることはしたくありません」

「ディオ・ネラルク・ルイズベート卿、貴殿の名に傷がつくかもしれない。父君の立場にも影響するだろう。魔女とつるんでいたのは見逃してあげるから、君は今ここで彼女との縁を切るんだ」


ガナッシュが顔を俯かせながら首を左右に振る。


「魔女だろうとなんだろうと関係ありません。ロゼはロゼです。俺はこの子に救われた。今生きているのも、これからを生きるのも、彼女の存在なしではありえません。彼女のいない世界なんて俺にはなんの意味もない。俺は、この子の傍を離れることはしたくもないし、絶対にしない」


力なく腕を垂らすロゼをガナッシュがぎゅっと抱きしめる。「お願いです、助けてください」顔を上げず震える声を絞り出す。マーカスはそんなガナッシュを見下ろしたまま何も言わない。


「私からもお願い!ロゼちゃん助けて!魔女は私なの!ロゼちゃんじゃないの!」

「ルノ・・・。」

「薬を作ってたのは私!処刑されなきゃいけないのは私!ロゼちゃんじゃない!ロゼちゃんは魔女の私にも優しくしてくれた!居場所をくれた!お願い!ロゼちゃん助けて!」


ルノが目に涙を浮かべマーカスの足元にしがみつき前後に揺すった。「お願い!お願い!」何度も懇願する。マーカスは視線をルノでもガナッシュでもなくホアンナに向けた。ホアンナは小さくお辞儀をして燃えているブルーノの家に近づき、二つの荷物を手に取った。マーカスの荷物とロゼの行商箪笥だ。


「君が・・・ノワイズ村の魔女?」

「・・・・うん」

「そうか、君が」


マーカスはその場に膝をつきルノと目線を合わせる。ニコリともせず真剣な表情で睨み「君は今まで自分のしてきたことが一体なんだったのか理解してるかい?今まで作っていたもの、それを使用した人たちの行く末、世間への影響力。それがいかほどのものなのかわかっているかい?」厳しい声でルノに言った。ルノは奥歯をカタカタ震わせながら小さく首を横に振る。「そうか」厳しかった声を柔らかくしてマーカスはルノの肩をポンと叩いた。


「ルイズベート卿、心配しないでくれ。彼女は今眠ってるだけだ」

「・・・・眠ってる?」

「詳しい話をここですることはできないが、酸欠によるブラックアウトだと思う。安静にしていれば数分で目は覚めるはずだ。それよりも足の火傷の方が重傷だよ。そこの治療をしよう。僕のあとをついてきてくれ。・・・君もだ」


ガナッシュとルノに目配せしたマーカスがその場を立ち上がる。「計画に差し支える。大人しく従ってくれ。でなければ、なんのためのプロパガンダか」小声で呟くと後ろを振り返り「魔女を連行する!!」観衆に向かって叫んだ。


「マーカスさん・・・。」

「頼む、言う通りにしてくれ」


またガナッシュたちの方へと向き直ったマーカスの後ろでパァーンと乾いた音が響いた。音に驚いた観衆たちが肩を跳ねさせて耳を塞ぐ。「・・・銃声?」全員が必死に音の出所を探していると「きゃああーー!!」「うわああーーっ!!」女性と男性の悲鳴が上がった。一斉に人の群れが散らばっていく。散らばった群れの中で一つだけ動かない人影。銃を構えたゴルドバだけが、その場から動かずにいた。


「・・・連れていかれるくらいなら殺してやる。村のことも、俺のこともしゃべられるくらいなら消してやる。どうせ処刑されるのであれば、俺が、今ここで、殺してやる!!」


ゴルドバが構えた銃の先はルノに向いていた。すぐにまたパァーンと銃声が響き、ゴルドバの持つ拳銃から白い煙が小さく上がった。「きゃあああっっ!!」叫び声と共に人々がさらに逃げ惑いパニックを起こしている。悲鳴は聞こえるが、誰かが被弾した様子はなく人々が逃げ惑うだけ。


「くそっ、銃を持ってたのか!自分の罪をバラされる前に魔女を殺す気だなっ!」


マーカスはルノを自分の後ろに咄嗟に隠す。ルノはマーカスの後ろではなくガナッシュの後ろに隠れた。大きく震えている。ロゼを抱えているガナッシュは後ろに隠れるルノに何もできない。代わりにドリューがルノの傍に駆け寄ってきた。


「なぜ庇うんだ?正義のお医者様よ。どうせ魔女は裁かれるんだろ?なら今ここで殺しましょうや」

「殺すかどうかを裁くのは僕じゃない。そしてあなたでもない。銃を仕舞ってください」

「魔女という存在は恐ろしいものです。そこで眠っている魔女も実は寝たふりをしているだけで、あなたを殺すかもしれない。そうでしょう?なら、殺しましょう。今、ここで」


ゴルドバは銃を構えながらマーカスたちに近づいてくる。マーカスは視線をゴルドバから外さず、後ろにいるガナッシュ、抱えられているロゼ、そしてルノを隠すように、じりじりと足を動かし壁となる。「マーカス・・さん?」まるで自分を盾のようにして立つマーカスの後ろ姿に戸惑いの声が漏れたガナッシュ。すると「ビーグル!!」フラミンゴの掠れた大声が響いた。


「やめろビーグル!!」

「いやいや、取り押さえる相手は間違いなくアイツでしょ~。ロゼちゃんやちび助が処刑される意味がわかんない。人に向かって発砲した時点で犯罪成立。捕まえてぶっ殺しても問題にならないよ」

「バカいうなっ!!お前は保安官やお役人じゃないだろう!!」

「なら今だけ英雄(ヒーロー)にしといてくれる?拳銃を振り回す悪党から善良な住民たちを守るヒーローってことで。あーあ、ロゼちゃんが見てないってのがつらいなぁ~」


ビーグルはなんの武器も防具も持たず無防備のままゴルドバへと歩き出した。ルノに砲口を向けていたゴルドバが身体ごとビーグルへと向きを反転させる。ビーグルは銃を向けられてもへらへら笑っていた。


「撃てよ。村の住民全員が見てるなかで撃ってみなよ。全員が証人だ。正当防衛でお前をぶっ殺すことができる」

「ふざけるなっ!!撃つぞ!!本気で撃つぞ!!」

「だから撃ってみろって。自分も死ぬ覚悟ができたらな!」


一気にビーグルが距離を詰める。「うわわわあああっ!!」ゴルドバの叫び声とほぼ同時にパァーンと銃声がなった。ビーグルの身体が後ろに吹っ飛ぶ。「ビーグル!!」慌ててフラミンゴが駆け寄ったがビーグルは衝撃に倒れながらもすぐに立ち上がりゴルドバに飛びかかった。「うわっ!うわあ!」次の発砲の準備が全くできていないゴルドバは銃を構えたままビーグルに捕まり、その銃をビーグルが奪った。トリガーに指を引っかけ銃をくるくる回転させるとグリップを握り、そしてゴルドバのこめかみに銃口を押し当てた。「やめろっっ!!」フラミンゴが銃を持つビーグルの手をゴルドバから引き離し、鬼の形相でビーグルから銃を奪い取る。


「おい!ビーグル!!どこ被弾した!?確実に当たっただろ!?」

「いいよ、俺は。いま、興奮してるせいか全然痛くないんだよね。ねえ、おっさん、コイツ殺そうよ。生かしておく価値ないでしょ」

「お前が罪を被る必要はない!!血で手を染めんでいい!!お前はもうマフィアじゃないんだ!!俺の用心棒でありロゼの番犬だろ!!もう十分だ!!」


フラミンゴは逃げた住民に振り返り「ロープ!!縛るロープをくれっ!!」と叫んだ。ざわめきながら互いの顔を見合わせて動こうとしない住民たちから一人飛び出てきたのはウェストだった。急ぎ倉庫へ走りすぐさまロープを持って戻ってくる。フラミンゴとウェスト二人係りでゴルドバを拘束すると「はい、連行、のち処刑」とビーグルはゆっくり立ち上がりマーカスの元へと覚束ない足取りで血を垂らしながら歩き出す。


「おい、ビーグル、血が!」

「だーかーらー、痛くないんだって。ほら、行こうよ。次はあのマーカスって奴からロゼちゃん取り返さないと」


覚束ないとはいえビーグルは歩くのを止めない。左肩から指先にかけて血が滴っていた。「肩か!?肩に当たったのか!?」フラミンゴはジャケットを脱ぎ止血しようとビーグルの肩にジャケットを押し付けた。「い゛っ!!」激痛に悶えたビーグルはその場に片膝をつく。


「・・・・・ロゼちゃん!!起きて!!俺、死にそうなんだけど!!また助けてよ!!俺のこと助けて!!」

「ビーグル、お前」

「魔女とか言ってんなよ!!俺にとってのロゼちゃんは聖女様だぞ!!俺のこともテールズのことも助けてくれた!致死率100パーセントもひっくり返したんだ!それを勝手な解釈で決めつけんな!こんのクソやぶ医者!!」


叫ぶだけ叫んだら片膝をついていたビーグルがその場に倒れる。「・・・うわぁ、脱力」うつ伏せに倒れるビーグルの身体を仰向けにし、血の出ている肩をフラミンゴは止血しようとする。「死ぬなよ!絶対に死ぬんじゃねぇぞ!しぶとい奴なんだから、こんな情けねぇ死に方すんなよ!」唾を飛ばしながら叫ぶフラミンゴを汚いものを見るように目を細めたビーグルが「・・・俺、ヒーロー的立ち位置のつもりなんだけど」そんな言われ方納得いかないと顔で語っている。


「うわああん!わあああん!お゛にい゛ち゛ゃあああん!!」


泣きながらルノがビーグルに駆け寄ってきた。「うわあああ!!わあああ!!」ビーグルの顔の上で大粒の涙を流す。「う、ぺ、ちょ、きたな、お前、鼻水まで」ビーグルは顔を左右に振って降り注がれる涙と唾と鼻水をよけようとするが全て顔に付着する。


「死なないで死なないで死なないでええええ!」

「いや、なんでお前が来んの。俺はロゼちゃん呼んだんだよ。早くロゼちゃん起こしてよ。お前になにができんのよ」

「びゃああああああ!」

「うるせーし!!」


撃たれていない右手を上げてビーグルはルノの顔をぺちぺち叩く。「おっさ~ん、早くロゼちゃん~」フラミンゴに催促しながらもビーグルはぺちぺちルノの頬を叩き続ける。


「・・・・・撃たれた?」

「・・・・・アンタも呼んでない」


次にビーグルの顔を覗き込んできたのはマーカスだった。ビーグルは苦い顔をする。


「撃たれたのによく平気でいるね」

「気が立ってんだよ。アンタとかアイツとかに」

「こんな長閑(のどか)な村で殺人事件があったとなっては外聞が悪い。だから君も治療しよう」

「俺の命の前に外聞を大事にすんの?」


ビーグルは仰向けになりながらも器用に顔の横に唾をぺっと吐く。「触んな。お前なんかに助けられたくない」身体を起こそうとするビーグルを「動くな、ばか!」フラミンゴが押さえつける。


「ロゼは今意識がない。それに酷い火傷を負ってる。目が覚めてもお前を診ることはできない」

「火傷・・・?本当に?」

「あれはしばらく歩けんはずだ。しばらく・・・で、済んだらいいんだがよ」


押さえつけられてるビーグルが激痛に顔を歪めながら上半身を起こそうとする。「なら、なおさら嫌だ。ロゼちゃん傷つけたやつに、村の外聞のために利用されるなんて絶対に嫌だ」腕に力を入れると銃創からどぷっと血が溢れる。フラミンゴのジャケットが更に赤黒く染まっていく。


「だから動くなって!本当に死ぬぞ!」

「アイツらに汚名を着せれるんなら、それでもいいよ」

「ばかが!!」


怪我人に容赦なく拳骨をくらわしたフラミンゴ。その衝撃に耐えきれず上半身を起こそうとしたビーグルが地面に沈んだ。そしてビーグルを縛り付けようとジャケットの袖を身体に回すと、怪我人のくせに大暴れするビーグルは必死に「いやだ!いやだって!!」と抵抗する。「お前っ!いい加減に!!」こめかみに青筋を立てたフラミンゴが歯を食いしばると「ウウゥーーン。ウウーーゥ!」今度は村中に犬の遠吠えが響いた。


「・・・ドリュー?」

「え、アイツ、初めて吠えたんじゃね」


ガナッシュに抱かれたロゼの近くで何度も遠吠えをする。そして合間にロゼの顔を舐めて、また吠える。今まで一切吠えなかったドリューが、ビーグルに蹴られても一切吠えなかったドリューが、ロゼの意識を呼び戻さんとするかのように、雄たけびを上げる。


「・・・・黒い犬。誰を呼んでいるんだ」


マーカスの呟きさえもかき消すようにドリューは吠え続ける。「ロゼ、起きろ!戻って来い!」ガナッシュがロゼを大きく揺さぶる。「ロゼ!ロゼ!」何度も名前を呼びかけながら。いつからかロゼの瞼の痙攣は治まっていた。ドリューがまたロゼの顔を舐めると「・・・ぅ」小さく呻く。「ロゼ!!」ガナッシュの声にロゼは目をぎゅっと力強く瞑り「ううぅぅ」苦しそうにガナッシュの胸にしがみついた。


「ロゼ!?苦しいのか!?それとも痛むのか!?」

「・・・く、るし、よ」

「薬持ってくるから!ドリュー!ロゼの薬箱取ってきてくれ!」


ドリューはガナッシュの言葉を理解したように、ホアンナに近寄った。ホアンナが持っていたロゼの行商箪笥を咥え顔を横に振る。ホアンナは抵抗するようにロゼの行商箪笥を引っ張った。その様子を見ていたフラミンゴが「ガナッシュ!こっちに来い!ロゼと一緒に来い!」大声で呼びかける。ホアンナからロゼの行商箪笥を奪ったドリューはガナッシュのところへは行かずフラミンゴたちの傍へ引き摺っていった。ガナッシュはロゼを抱えたまま立ち上がり、走ってフラミンゴやマーカスたちのいるところへロゼを連れていく。


「ロゼ!目が覚めたか!?」

「ううぅ」

「意識があるなら水を飲ませてあげて。ホアンナ」


マーカスに呼ばれたホアンナは今度は燃えているブルーノの隣の家に駆けこむ。家主であろう住民は呆けているだけで勝手に家に入ったホアンナに何も言わない。


「どんどん状況が変わっていく。これが・・・聖女の力なのか?」

「・・・マーカスさん、なに言って」

「カロッチャ島でも見てたさ。どんな難局もひっくり返すその力。いや、力だけじゃない。その存在そのものが奇跡を呼ぶ。・・・ここまできたら作戦を変える。魔女という裏のカードを聖女にひっくり返そう。それなら僕も堂々と治療を行える」


マーカスは自分の鞄を開けた。そこには医療用具がびっしり詰まっている。


「さあ、目覚めてくれ、聖女様」


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