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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第四章 占いオババの見る夢
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42.研究者からの助言


早々に店じまいしたミリアがロゼの腕を組むとガナッシュに並んだ。「お土産というか、来島した人たちの殆どが持って帰るのは温泉水なんですよね~。長生きできるとか言っちゃって~」声も身体もくねらせるミリアにガナッシュは引き攣った笑顔を向ける。


「お酒とかないですか?酒場を経営してるのでお酒好きなんですよ」

「う~ん、お酒はつくってないわねぇ。コーヒーのドリップに温泉使ってる人ならいるけど」

「コーヒーを?」

「そうそう。金持ち連中がよくやってる」


「ああいう人たちって無駄に特別感を演出したがるのよね~」ミリアがわざとなのか大きな声で言う。すぐ近くを歩くブルジョワたちに聞こえていそうだった。


「それ飲んでみたい!金持ちになれそう!」

「はあ?」

「ね、ロゼちゃん、俺らも飲んでみたいよね?なんか金運上がりそうじゃない?」

「ミルクとお砂糖ありますか?」

「へ?」

「私、苦いコーヒー苦手」

「おこちゃまだな~」


ビーグルがロゼの頬を指で突き刺す。ロゼはむっと頬を膨らませた。


「あ、僕もコーヒー飲みたい」

「なんでアンタの意見を聞かなきゃいけないのよ」


手を上げるジニーをミリアが一蹴する。「なんでも経験が大事だよ!温泉でつくるコーヒーなんてここでしか飲めないでしょ!?それを飲まずして帰るなんて何しに来たんだよ!ってね!そうでしょ?ガナッシュ君!」ビーグルが馴れ馴れしくガナッシュの肩に回そうとしたその手をガナッシュが払う。


「ロゼ、どうする?」

「ガナッシュさんも甘党ですよね?」

「え?」

「お砂糖・・・持ってきてないです。薬箱、ポラリスおばあちゃんの家に置いてきちゃったから」


不安そうにガナッシュを見上げるロゼに「俺、砂糖なしでもコーヒー飲めるよ?」ガナッシュが言うと、ロゼは口と目を大きく開けて固まってしまった。その表情にガナッシュが小さく吹き出す。「大丈夫よ、ロゼちゃん。一応ミルクはあるから」ミリアもくすくす笑いながら、口を開けて固まったロゼを慰めるように頭を撫でた。


ミリアの引率で辿り着いたのはお店というよりも小さな一軒家で、家の中には地元住民らしき人たちが数人いた。「あぁ、ポラリスさんのとこに行ってた人たちだ」一泊とはいえポラリスの家に世話になったことでカロッチャ島の住民たちにロゼたちのことは知れ渡っていた。

地元住民たちがカウンターを埋めているので、ロゼたちはテーブル席に行く。「オルドさん、温泉コーヒー五つね」ミリアの注文に「ダサいネーミングつけるな」マスターらしき人が呆れた声で言った。


「ここは地元の人たちが集まる喫茶店みたいなところよ。島の中は観光客とかブルジョワたちでいっぱいだから地元民の行く場がなくてね~」

「いいんですか?私たち、地元の人じゃないのに」

「ロゼちゃんたちはいいのよ。もうすでに集落にも入ったでしょ?ポラリスさんに気に入られてるんだから誰も文句言わないわ」

「ポラリスおばあちゃんって、この島のお偉いさんなんですか?」

「まぁ、最年長だしねぇ。それに、ポラリスさんのおかげで色々助かってる部分もあるし、みんな慕ってるのよ」


ミリアはカウンターに座る一人の男性を指さした。「あの人は漁に出ようとしたときにポラリスさんに引き留められて命が助かったわ。その日は急に悪天候になって大きな雷が海に落ちたの。びっくりしたわ」次に、その隣にいる女性を指さす。「あの人の娘さんが結婚したことで新しく家を建てようとしたんだけど、その場所はよくないってポラリスさんが止めて、その数年後にその場所から火山ガスが噴き出したの。驚きよね」カウンターに顔をやっていたミリアがロゼに向き直る。


「温泉を掘り当てたのもポラリスさんだもんね。その源泉を引いてあちこちに入浴施設を作ったわけだけど、その温泉が命の水みたいに言われてからもう大騒ぎよ」

「へ~、さすが聖女って言われるだけある」

「聖女だなんて言い出したのは外の連中よ。奇跡の島だの夢の島だの好き放題言って占拠しちゃってさ。元は私たちが暮らしていた静かな島だったのに。今度は聖女を出せとか会わせろとか、うるさいっつーの」


ふぅと息を吐いたミリアはテーブルに頬杖をついた。コーヒーはまだ運ばれてこない。


「ミリアさんにとってポラリスおばあちゃんは聖女様じゃないんですか?」

「小さい頃から一緒にいるおばあちゃんだから、聖女って言われてもピンとこない部分は正直あるわね。でもポラリスさんが言うことはよく当たるから、ああ、聖女様ってそういうことかってね。・・・でも本人にその気はないみたい。ずっと占いが趣味だって言ってたし、それに」

「それに?」

「運命を変える力はないってよく言うから」


「ほら、噂に聞く聖女様の話って苦しむ人たちを救う話が主じゃない?治らない病を癒したとか、邪気を祓ったとか、穢れを浄化したとかさ。確かにポラリスさんは言い当てるだけで、状況を変えるってわけじゃないもんね」ミリアがカウンターに身体を向ける。「オルドさん、まだー?」コーヒーを催促するミリアに「もうちょい」オルドは急ぎながらも丁寧にコーヒーをドリップしている。


「ふ~ん、じゃあやっぱロゼちゃんの方がすごいや」

「ビーグル、やめろ」

「ガナッシュ君までフラミンゴのおっさんみたいに」

「いいから」


ガナッシュが首を左右に振る。その姿をミリアもジニーも小首を傾げて眺めていた。


「そういえばロゼちゃん、ポラリスさんに長居はダメって言われたの?」

「そうです」

「なんでだろ?あんなにはしゃいでたのに」

「長く一緒に居すぎると情が湧くからかもしれません」


ロゼでなくガナッシュが答えた。ロゼはガナッシュを見上げながら、自分が余計なことを言わないようにガナッシュは口を挟んできたのだと察した。先の未来を言い当てるポラリスが、火山の噴火により全員が死ぬと予言したということを言ってはいけない。ロゼは顔を正面に戻し目を伏せる。


「わかります~、ロゼちゃん、とってもかわいいですもんね~」

「ガナッシュ君にだけ態度違うんだよな、この人」

「男も女も美しい人には弱いんだよ」


呆れ顔のビーグルの隣でジニーは乾いた笑いを零す。ミリアの後ろから「お待たせしました」とオルドが人数分のコーヒーを持ってきた。一つ一つコーヒーカップをテーブルに置く所作を見つめながら、ロゼはゆっくり視線を上げてオルドを見る。視線に気づいたオルドが「どうかしましたか?」訊ねた。


「ミルク・・・お願いするの忘れました」

「あ、そうだった。ごめん、ロゼちゃん」

「淹れなおそうか?」

「いえ・・・大人になります」


ロゼはソーサーからカップを持ち上げ一口飲む。歪みそうになる口を必死に抑え、ちびちびコーヒーを口内に注いでいく。「ロゼ、無理しなくていいよ。残しても俺が飲むから」ガナッシュの言葉に「やっぱりお兄さん優しいよね」ジニーが微笑んだ。「これ、おまけに付けるよ。砂糖の代わりに」オルドがロゼに差し出したのはバターサンドクッキーで苦いコーヒーを中和するには少々甘さが足りなかった。


全員がコーヒーをすすりながら一息つく。すると眼鏡を湯気で曇らせたジニーが「ところで」と呟いた。


「僕は万年筆が欲しいんだけど、この島に売ってるのかな?ペン先が割れちゃって」

「島には売ってないわ。そんな上等なものあるわけないでしょ」

「え?この島の人たちペン使わないの?」

「んな高級なものこんな田舎で誰が使うのよ。羽ペンで十分よ」

「ええ、困ったなぁ」


ジニーがチューリップハットを被ったまま頭を搔く。「フラミンゴさん、持ってないですかね?」ロゼがガナッシュに訊ねる。「持ってはいると思うよ。自分用に」売り物ではないということだ。


「ところでアンタ、金持ち連中でもなければ観光客っぽくもないし、何やってるの?」

「え?僕?」

「そうよ、アンタよ」

「僕は火山の調査をしてるんだよ。昔から地殻変動とかに興味があってね、噴火で出来た島とか珊瑚が隆起して出来た島とか調べてみたくてそういうところを転々としてる。今はここカロッチャ島の火山について調べてるとこ」

「変な人」

「褒め言葉だよ」


ミリアは苦い顔をした。コーヒーの苦さに顔を歪めたわけではないことはわかる。


「君は地元の子だよね。最近、この島で気になることとかない?」

「気になること?」

「地震の数も多くなってきたし、所々で地割れも見られる。集落で変わったことはないの?」

「そんなこと急に聞かれてもわからないわ」

「まぁ、君みたいに能天気そうな子にはわからないか」

「喧嘩売ってる?」


ミリアのこめかみに青筋が立っていた。「まあまあ」と宥めるのはガナッシュでビーグルは笑いを堪えることもなくニヤニヤした顔でミリアを見ていた。ロゼはコーヒーよりもバターサンドクッキーばかりを頬張っており「ジニーさんには何か見えますか?」口をもぐもぐ動かしながら訊ねる。


「見えるよ。だって見ようとしてるから」

「見ようとしてるから?」

「気づきってのは第六感に頼ってばかりじゃいけない。じっと見つめて多面的に考えて、散らばった点を一つ一つ線で結び合わせることで、今まで見えなかったものが見えてくる。つまり、意識することが大事なんだよ」

「意識」


ロゼが頬張っていたバターサンドクッキーを飲み込む。「ロゼ君は好きな人いないの?」突然の問いにロゼが吹き出した。口の中にあったクッキーを飲み込んでいてよかったと心底思う。


「好きな人って自然と目で追っちゃうでしょ。そしたらさ、その人のことがなんとなくわかったりしない?今日は元気ないな、とか、楽しそうにしてるな、とか」

「えー・・・と」

「それは人じゃなくても一緒なんだよ。僕はそうやって研究を続けてる。他の人からしてみればなんにも変わらない風景だって、僕からしてみれば毎日違うからね」


ジニーが残っていたコーヒーを一気に飲んだ。「そして今日に至っては君たちと一緒に美味しいコーヒーが飲めた。いつも過ごしてる日とは違った特別な日だよ。研究だけじゃなくて、こういう出来事も日記につけたいな。・・・うん、じゃあ羽ペンでいいから入手してくるか」そして席を立つ。


「お代、置いとくね」

「あ、ジニーさん、待ってください!」


ロゼも急に立ち上がった。「え?」ロゼに振り返ったジニーは不思議そうに口を開く。


「もう少し教えてもらえないですか!?この島のこと!」

「ええ?興味ある?僕の話」

「よければ教えてください。ジニーさんが見てる景色を。だって、私、何も見えない」


ジニーは首を傾げながらロゼでなくガナッシュに目配せした。「え、っと、万年筆が欲しいんですよね。万年筆を持っているであろう商人を紹介しますので、その道中だけでもお話してもらえますか?」ガナッシュの言葉に「ふむ」と頷いたジニーは「その条件はこっちに分があるね。助かるよ」と立ち上がったロゼの肩をポンポンと叩いた。


**


ジニーの話など興味のないビーグルはガナッシュの指示によりフラミンゴを探しに行く。まだ港にいるのか、もう集落に戻ってきているのか、それを確認させに走らせた。ミリアはずっとジニーを睨みつけながらもロゼたちの後をついてくる。「この怪しい男にロゼちゃんたちが騙されないか見張っててあげるわ」ミリアはジニーを警戒しているというよりも毛嫌いしている。


「さて、ロゼ君。君はとても研究熱心だね。僕の助手にでもなるかい?」

「助手?」

「僕が教授で君が助手。いやー、憧れちゃうなー。先生って呼ばれるの」


嬉しそうに身体が弾んでいるジニー。「・・・ん?」ジニーが弾んでいるんじゃない。地面が揺れていた。最初は小さな揺れだった。それから地面が上下に波打つかのように揺れる。「うわ!これはマズい!屈んで!」ジニーの指示に従いロゼたちはその場に屈んで身体を小さくする。揺れは大きかったがすぐ収まった。


「あっぶな~。火口付近にいたら足滑らせて死んでたかも」

「・・・びっくりしました」

「大丈夫?ロゼちゃん」

「ミリアさんは怖くないんですか?」

「長く住んでいれば地震はよくあるからね。でも、最近はさすがに多いかな」


ミリアがロゼの手を取って立ち上がらせる。ロゼはミリアの手から手を離さずにじっと見つめた。「え?なに?どうかした?」じっと見つめるロゼにミリアが訊ねる。


「ミリアさん、手がすべすべ!」

「えっ!?なに言っちゃってんのよ!恥ずかしいわね~!」


ロゼに手を取られながらミリアが身体をくねらせる。視線はガナッシュだった。「温泉ですか?卵ですか?プリンですか?いいなあ!」ロゼはミリアの手を離そうとしない。「や~ね~、ロゼちゃん。()よ、地。地がいいのよ」ミリアはロゼに繋がれたままの手でロゼの頬をツンと突いては顔をだらしなく蕩けさせた。


「いくら肌が綺麗でも中身がねぇ」

「外見も中身も整わないアンタに言われたくないわ」

「僕は年下は興味ないんだけど、君みたいな跳ねっかえりより、ロゼ君みたいな吸収力抜群な子だと一緒にいて面白いよね」

「やめて!手を出さないで!ロゼちゃんが穢れてしまうわ!」


ミリアがぎゅっとロゼを抱きしめる。「ああ!ポラリスさんじゃないけど私もロゼちゃんを可愛がりたい!お願い!帰らないで!」ぎゅうぎゅうに抱きしめてくるミリアにロゼは身動き一つ取れない。


「もう帰っちゃうの?」

「宿が取れないので、集落の方に泊めてもらってるんですよ」

「そうなんだ。それは迷惑かけられないけど、これだけ好かれてるんならもう少しいいんじゃないの?」

「ロゼだけだったらいいんでしょうけど、他にも同行者がいるんで」

「見た感じ君も気に入られてるけど」

「あは、は」


ミリアを指さすジニーに苦笑いのガナッシュ。ぷはっとミリアの腕から顔を出したロゼに「どうしようかね?」とガナッシュは眉を垂らして小首を傾げた。


「まあ、噴火も近いだろうし、難を逃れたいんだったら早めに帰った方がいいかもね」

「ちょっと!不吉なこと言わないでよ!」

「不吉じゃなくて予兆。予兆が出てるんだ」


ジニーが山の天辺を指さす。「君たちは見てもわからないかもしれないけど、山は既に膨らんでいるよ。火口付近は顕著に表れている。それに地熱だね。地面も温かくなっているし、湧き水や温泉の温度も上昇傾向だ」山を指さしていた手を目元にもっていきジニーが眼鏡を上げるとレンズに光を反射させた。


「これが科学的見解。夢見がちな乙女には理解できないかな?」

「ほんと嫌味な男ね。だから頭が堅い男ってモテないのよ」


フンと顔を逸らしたミリアは「そうですよね~」と今度はガナッシュを見る。「知的な男性はお嫌いなんですか?」微笑むガナッシュに「滅相もございません~!」ミリアの発言は浮ついていた。


「ジニーさん、やっぱり時期は読めないんですか?」

「そのうち、としか言えないね」

「私、みんなに言って回ろうと思ったんです。でも、止められました。人の不安を煽ってはいけないって。でも、危険が身近に迫っているのにそれを伝えないなんて」

「なら、考え方を変えてみたら?」


ジニーが指を一本立てる。「一つ、噴火を止める」二本目を立てる。「二つ、逃げ道を確保する」三本目を立てる。「三つ、シュプレヒコールを上げて人心掌握をする」


「どれなら出来そうだい?」

「え・・・二つ目、ですかね?」

「ならそうすればいい。さっきロゼ君の出した案は三つ目だったよね。でもそれは止められた。それはなぜかと言うと人数と説得力が足りないからだ。人を動かすにはまず数の多さが重要になってくる。人って周りと一緒だと安心するからね。多数の意見は正しいと思い込んじゃうんだ。そしてその意見に説得力をもたせるには強烈なリーダーが必要になる」

「強烈なリーダー?ですか?」

「そう。話の中身とかどうでもいいんだよね。どんなに正しいことを並べたところで全員が理解できるわけじゃない。大事なのはパフォーマンスさ。見せしめってわかる?独裁者とかがさ自分の言うこときかないとこういう目に遭わせるぞって人を殺したりするアレ。人の心を動かす裏には恐怖心を植え付けるのが手っ取り早いんだよね」


「喜びも悲しみも人それぞれ。だけど、死への恐怖はみんな一緒さ。だから人を支配するのは“死”をちらつかせるのが手っ取り早い」説明の為に立てた二本指でピースサインをするジニーをロゼは見つめるだけで声が出ない。「あの、この子はまだ子供なので」ガナッシュがロゼの耳を塞ぐように頬に触れる。「あ、ごめん。ついね、つい」ジニーは悪びれもなくへらっと笑った。


「えーと、ミリア君とかいったかな?君はこの島がもうすぐ噴火するって言ったらどうする?」

「どうするもこうするも、どうしようもないでしょ」

「それは死を受け入れるってこと?」

「そうはいってない」

「まあ、これが素直な意見だよね。彼女は地元の人間だ。故郷を捨てられるわけもないし、他に身を寄せるところもない。この島に留まるしかないんだ。いざ噴火が起きたとき頼れるのは運だけ。運が良ければ助かるし、悪ければ助からないし」

「ほんと、夢も希望もないことばっかり言うわね。嫌気がさすわ」

「現実なんてそんなものだよ。夢や希望は見るものであって見えるものじゃない。見たくもない現実なんて見ようとしなければ見ないですむんだからね」

「あ~!!イライラするわ!!ロゼちゃん、こんな奴の話なんてこれ以上聞く必要ないわよ!性格が捻じ曲がっちゃう!!」


ミリアはロゼの手を引いてズンズン大股で歩く。ロゼはミリアに手を引かれながら後ろを振り返った。ジニーの言葉が頭から離れない。“現実は見ようとしなければ見ないですむ”これから起こるかもしれない現実は、ポラリスの夢は、見ようとしなければ見えないものなのかもしれない。けれど、それは目を背けているだけであって、現実はそこに存在しているのではないのだろうか。


「っきゃああっ!!」


ミリアの悲鳴と共に急に身体が勢いよく引っ張られた。バランスを崩して倒れてしまった身体が引きずられる。「ロゼ!」ガナッシュの声が遠くに聞こえた。足の底が抜けたような感覚があり、ボスンと強い衝撃を受ける。「いっ・・・たぁ」自分の下から掠れたミリアの声がした。


「ミリアさん!大丈夫ですか!?」

「いたた・・・、ロゼちゃん、ごめん、大丈夫?」

「私はなんとも!ごめんなさい、上に乗ってしまいました!」

「いいのよ、私が道連れにしちゃったから」


薄暗い視界の中でミリアがゆっくり身体を起こす。「ロゼ!」ガナッシュの呼ぶ声が今度は頭上からした。見上げると穴の上から覗き込むガナッシュとジニーがいる。「大丈夫?」ガナッシュとは対照的にジニーの声からは心配している様子が一切感じられないほど呑気なものだった。


「前見て歩かないからだよ。ミリア君は地元住民なんだから、この辺一帯はブルジョワたちに掘られた穴だらけって知ってるでしょ」

「あ~も~!!さいっあく!!恥ずかしいところをあんな冴えない男に見られてしまったわ!!」


ミリアがロゼに抱きつく。顔を隠しているようだった。ジニーが背負っていたリュックサックからロープを取り出すと、ロゼたちがいる穴に落としてくれた。


「ガナッシュ君、君、腕力ある?」

「え?」

「僕を引っ張り上げられる?」

「それはちょっと」

「ふ~む、そうか」


ジニーは顎をさすって頷くと「ロゼ君、ちょっと寄ってくれる?」ジニーまでもが穴に降りてきた。「え、ちょっと!」戸惑うガナッシュなどお構いなし。ジニーはロゼたちに合流するとロゼの身体にロープを巻き付ける。


「これ、緩まない結び方。だから安心して掴まっててね」


ポンとロゼの背中をジニーが叩くとガナッシュに上に持ち上げるように指示する。ガナッシュはゆっくりロープを引っ張り上げた。ロゼくらいの体重なら何とか持ち上げられたガナッシュ。ロゼに巻き付けられたロープを解き、また穴の中にロープを落とそうとすると「いいよ」と穴の中からジニーの声がする。


「多分、ロゼ君と二人がかりでもミリア君は引き上げられない」

「ちょっと!!私、そんなに重たくないわよ!!」

「この穴は別の穴に繋がってるはずだから、僕たちはそこから出るよ。じゃ、またね」


眼鏡に反射する光でジニーの顔は見えないが、ミリアを強引に引っ張って真っ暗な穴の先に消えていった。ロゼとガナッシュは呆気にとられる。そのまま誰もいない穴を数分見つめ続けた。


「大丈夫、ですかね?ミリアさんとジニーさん」

「違う意味で大丈夫ではなさそうだけど」


土を被ったロゼの顔をガナッシュが拭う。「ケガしてない?」ガナッシュの言葉に頷く。ロゼも服に付いた土を払った。


「ジニーさんって余裕がある人だよね」

「え?」

「ちょっとやそっとのことじゃ動じないんだろうな。ああいうの憧れる」


ロゼはまた穴の中に視線をやった。そこにはもうミリアもジニーもいない。ミリアの叫び声が遠くで響いているような気がしたが、気のせいではないような気がした。


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