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精神魔法

そぉーっと。そぉーっと。


足音を忍ばせた私は、夜中の宮廷を静かに移動していた。

そのまま、最北端に位置する書庫を目指す。


私が宮廷に入り込んだ目的は、長女ネイルの身辺を探るためだ。

ここ数日、絵師見習いとして実際に宮廷暮らしをしてみて気になった事が一つある。


それは、支配階級の高官達がこぞって今回の婚約に賛成していることだ。

これは宮廷に入る前から凡そ分かっていたことだが、実際に調べてみると位の低い貴族には普通に反対派が多いことが分かった。

なぜ高官達だけが今回の婚約に賛成しているのか。その理由はすぐに察しがついた。


宮廷内に臭いほどの濃密な魔力が充満しているのだ。

これは大規模な魔法が展開されている証拠だろう。


私の考えでは、ほぼ間違いなく精神支配系の魔法が行使されている。

そうでなければ、内政に干渉できる高官達だけが都合よく賛成の意見を持つなどあり得ない。


問題は誰がどのように魔法を掛けているかが、全く分からないことだ。


私自身、精神魔法の知識がゼロなのである。


「……自分が使えない魔法の知識なんてイチイチ集めてないわよねぇ」

投げやりに呟いた私は、宮廷の片隅でゆっくりと足を止めた。


目の前には木造の巨大な書庫が佇んでいる。


この建物は内政会議記録保管庫だ。

その名の通り、王族や支配階級の人々が行った内政会議の記録が収められている。


王政を敷くこの国では、王族の身辺問題も内政の一部だ。

その中には当然、今回の婚約についての一件も含まれる。


内政会議での会話の流れや賛成派・反対派の括りを正確に把握できれば、何かのヒントにはなるだろうと考えて足を運んだのだが、


……思ったより警備が厳重ね。


保管庫の入口には松明を掲げた兵士が五人ほど待機していた。


全員が真っ赤な鎧を纏っており、国に仕える精鋭部隊であることが一目で分かる。


「国仕えの精鋭部隊が5人……魔力が少ない現状の私でもギリギリ勝てそうかしら?」

静かに首をかしげた私は、保管庫への歩みをゆっくりと進めた。

闇に溶け込む漆黒のローブで全身を覆い、フードを目深に被る。


私が保管庫の入口まで30メートルほどの距離に近づいた所で、兵士の一人がこちらに気づいた。


訝しげな表情で目を細め、じっくりと眺めてくる。

どうやら正面から近づいてくる私が何者か計りかねているようだ。


『この兵士達、完全に平和ボケしてますね……』

その様子を見た藍色チョウが呆れたように呟いた。


王国の最重要機密である内政記録。

その守護を任されている兵士5人の内、不審者の接近に気づいたのは僅か一人だけだ。

その一人も何をするわけでもなく、こちらの様子を伺っている。


「ほんと……精鋭部隊が聞いて呆れるわね」

私が胸の前に右手を掲げ、魔法を使おうとした瞬間、


「伏せろ!敵襲だ!」

こちらを見ていた兵士がようやく叫んだ。

しかし、その言葉が他の兵士達に届く前に私の指先から五本の稲妻が放たれる。


次の瞬間、鈍い破裂音と共に青白い閃光が五人の兵士を同時に貫いた。


ズパンッ。

あっという間に全身を焼かれた兵士達が、焦げ臭い匂いを発し、地面に崩れ落ちる。


かなり威力を抑えた稲妻だったが、彼らの意識を刈り取るには十分だったようだ。


全員が瞼をヒクつかせ、細かく痙攣している。


それにしても……少し魔力を使い過ぎたかしら。


突如として襲ってきた強力な疲労感に足をふらつかせた私は、何とか兵士達の体を乗り越え、保管庫の入口へと辿り着いた


「烈風よ敵を切り裂け、フーラ!」

そのまま風魔法で閂を壊し、中へと踏み込む。


今現在、私が襲われている強力な疲労感は魔力切れを起こしかけている証拠だ。


人造魔法は神創魔法に比べて魔力効率が圧倒的に悪い。

魔力が戻りきっていない私の体には、予想以上に堪えたのだ。


「やっぱり、あの丸薬を飲んだのは失敗だったかしらね……」

真っ暗な書庫の中を見回した私は、四隅に設置された蝋燭立てに火を灯していった。


明るくなった建物内をもう一度見回して言葉を失う。


いや、無駄な書物多過ぎでしょ……。


一定の間隔で並べられた本棚の中には無限とも思える数の書物が詰め込まれていた。

その間を歩き回り、目的の書物を探す。

幸いなことに内政会議の記録が記された内政日誌は日付順で並べられていた。


書庫の最奥に設置された本棚を漁り、程なくして目的の書物を見つけ出す。


『ヘル様、やりましたね!』

藍色チョウが嬉しそうに叫んだ。


「目的も果たしたし、さっさと逃げるわよ」

そう呟いた私がローブの内側のベルトに一冊の書物を挟んだその時、


ガタリ。

突然、入口の方で物音がした。

続けて、人が入ってくるような気配を感じる。


やばい……もう守備隊の援軍が駆けつけたのかしら?


冷や汗を垂らした私は、急いで辺りを見回した。

本棚の間隔は広く、とても隠れられるような場所は見当たらない。


こうなったら、この少ない魔力で戦うしかないか……。


覚悟を決めた私がフードを目深かに被り、その場で立ち尽くしていると、


やがて、細い人影が本棚の向こうからゆっくりと現れた。


口元をスカーフで覆い隠した黒装束の女。薄い布で全身を包んだその格好は、さながらくノ一だ。


私の姿を見るや否や、腰の刀を抜き放ち、静かに距離を詰めてくる。

その立ち姿から凄まじい殺気を感じた。


一切の感情が抜け落ちたその瞳に寒気を覚える。


この女……問答無用で私を殺す気ね?

目を細めた私は、自分にだけ聞こえるように小さな声で呪文を唱えた。


「虫の知らせよ像を成せ、シーム!」


虫属性中級魔法シーム。

目を閉じると瞼の裏にニ秒後の未来が映し出される未来視の魔法だ。


肉体鍛錬を行っていない私には、戦闘時の魔法によるバックアップが欠かせない。


次の瞬間、刀を握った女が一気に腰を落とした。

そのまま、物凄い強さで地面を蹴り出す。


「お命、頂戴……」

霞むような速さで私の眼前に迫った女が、素早く短刀を振り払う。


未来視でその軌道を完全に読んでいた私は、僅かに上半身を逸らすことでその一撃を躱した。

前のめりになった女の脇腹に反撃の魔法を叩き込む。


「凍てつく刃よ敵を裂け、アイスブレード!」

私の手元に冷気が集まり、氷の長剣を形作った。

全身のバネを使ってその氷剣を振り回す。


それを女が地面に転がるようにして回避した。そのまま私の背後に回り、振り返りざまに短刀を振るってくる。


しかし、その動きも私には見えていた。


「剛健なる水よ壁となれ、ウォーターウォール!」

背後を一切振り返ることなく呪文を唱える。

すると、私と女の間の地面から物凄い勢いで水が噴き出した。


「くっ!」

小さく声を上げた女が、バックステップを踏みながら私から離れる。


互いの間の距離は約5メートル。

息を殺し、睨み合った。


……全く、未来視も楽じゃないわね。


何度も瞬きを繰り返し、現在と未来の景色を交互に眺める。

今現在、私の体内に残された魔力は極僅かだ。

下手に中級以上の魔法は使えない。


こうなると、初級以下に攻撃魔法が一つも存在しない虫魔法は役立たずだ。

周囲の書物を燃やしてしまう危険性のある炎魔法も使えない。


残るは風魔法と水魔法だが、それもあと何回使えるかと言ったところだ。


……これ以上勝負を長引かせるのは危険ね。


手元の氷剣を床に投げ捨て、周囲を見回す。


両脇には背の高い本棚。保管庫内を照らし出すのは四隅に置かれた蝋燭の淡い光のみだ。

その位置は正確に把握している。


「この勝負……そろそろ決めるわ」

私が目を細め、正面に向き直った瞬間、


「笑止!」

短く叫んだ女が、こちらに向かって走り出すのが見えた。


やはり、私の未来視に狂いはない。

口元にニヤリと笑みを浮かべ、両手を広げる。


「風の精よ嵐を運べ、ツゥイスト!」

私が呪文を唱えると同時に、書庫内に強風が吹き荒れた。

まるで突然、嵐の中に放り出されたかのようだ。


しかし、女が足を止める様子はない。

それはそうだろう。

少しでも戦闘訓練を積んだものならば、この魔法が相手を傷つけられる類のものでないことはすぐに分かる。


私の目的は相手を傷つけることではない。その視界を奪うことだ。


次の瞬間、四つの蝋燭の火が一斉に消えた。


フッ。

書庫内が突如として濃い暗闇に包まれる。


「ハッ」

息を飲んだ女が足を止めたのが気配で分かった。


闇の訪れを受動的に迎えた者が、そのまま走り続けることは不可能だ。

自由に動けるのは能動的に迎えた者だけ。


……動け。

風が止んだタイミングを見計らって魔法を発動する。

右手を前に突き出した私が、指先で宙空を右から左になぞると、それに合わせて女の背後の本棚が崩れ出した。


人造魔法、念動操作。

レンドルシー邸を旅立つ前に、私が完成させた三つの人造魔法の一つ。

切り札とは最後まで取って置くものだ。


バタリバタリと地面に落ちた書物達が豪快な音を立てる。

普通に考えればこのタイミングで与えられる音情報は明らかな陽動だろう。

しかし、女は背後を振り返らずにはいられない。


彼女の中の私は呪文を唱えて魔法を使う正当な魔法使いなのだ。

指先の動き一つで本棚を崩せるような魔女ではない。


「……終わりね」

女が背後を振り返る足音をはっきりと捉えた私は、小さな呟きと共に右の手のひらから青白い稲妻を放った。


魔力が足りず、普段よりも遥かに遅い一撃だが、不意を突かれた女は反応できない。


次の瞬間、甲高い悲鳴が書庫内に響いた。


「ギヤァァァァァァ!!!」

直後に短刀を取り落とす音が聞こえてくる。


「……ふぅ。何とかなったわね」

安堵の息を吐き出した私は、呪文を唱えて指先に炎を灯した。

そのままフードを払い除け、ゆっくりと女の元に近づく。


すると、驚いたことに女はまだ生きていた。

全身に火傷を負い、苦しそうに呻き声を上げている。


「あら?少し魔法の威力が足りなかったかしら」

足元に落ちた短刀を拾い上げた私は、女の傍にしゃがみ込み、ゆっくりと右手を振り上げた。


無駄な殺生は避けたいが、顔を見られたからには仕方がない。


「今楽にしてあげるわ……」

渾身の力を込めて喉元に短剣を振り下ろす。

しかし、剣の刃が肌に触れる直前、女が大声を上げた。


「ヘルお嬢様!少しお待ちを……私です!ライムです!」

その声に思わず手を止める。


ん?ライム?そんな知り合いいたっけ?

首を傾げる私の前で、女が口元の布を下ろした。


その顔を見てハッとする。

紺色の長髪に青色の瞳をした冷たい雰囲気の女性だ。

レンドルシー邸で何度か見かけた記憶がある。


「あっ。あなた……ヘレンお姉様付きのメイドじゃない!」

私が大声で叫ぶと、ライムがぎこちなく笑った。


「お、思い出して頂けて何よりです。これで……流石に命までは取りませんよね?」


◇◆◇◆


「なるほど。つまり、あなたもネイルお姉様の情報を集める為に保管庫に忍び込んだということね?」

「はい」


「そして偶然にも私を見つけ、あわよくば殺してしまおうと考えたと……」

私が含みのある言葉と共に、ギロリと睨み付けると、


「まさか、私がヘルお嬢様を殺そうとする訳ないじゃないですか」

ライムが澄まし顔で答えた。

まるでロボットのように無感情だ。


どうやら彼女の昼間の姿は料理人らしい。

料理人見習いの証である緑のスカーフを首元に巻いている。


彼女は長女ネイルの婚約を防ぐ為に次女ヘレンが送り込んだ刺客だ。

王族との婚約はレンドルシー家の跡目争いを一発で終わらせかねない強力な一手。

当然、他の姉弟達が手をこまねいて見ているはずがない。


「それにしても大変な事態になりましたね」

「……そうねぇ」

ライムの言葉に頷きつつ、遠巻きに巨大な書庫を眺めた。


昨晩の内政会議記録保管庫襲撃により、今現在、宮廷中は大騒ぎだ。


護衛の兵士達が怪我を負わされ、内政日誌を盗まれた。

これは国家機密の漏洩に他ならない。


早急に犯人を捕らえなければ国としての威信に傷が付くのだろう。

朝早くから捜査官達が必死に犯人探しを行なっている。


手掛かりは犯人が黒いローブを纏っていたということだけのようだ。


まっ、そのローブも昨晩の間に私が処分しちゃったんだけどね……。


やれやれと首を振る私に、ライムが精神魔法の説明をしてくれた。


「私が調べたところによると、精神魔法と呼ばれる魔法はあらゆる属性に数個ずつ存在します。そして、強力な精神支配を行う場合は必ず媒介が必要となるのです」

「……媒介?」

首を傾げる私にライムが大きく頷く。


「ええ。自身の魔力をある物質に付与して相手の体内に取り込ませることが精神支配の絶対条件なのです」

「へー」

初めて知る事実に目を丸くした。

そのまま、ゆっくりと目を細める。


「もし、それが本当なら……案外簡単に術者を特定できるかもしれないわね」


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