第57話:紅色の枕。
グリシアは瓦礫の上に堂々と立ってヘラヘラ笑っている。
その笑いに怒りの感情がこみ上げる。
忘れるな。自分が激昂して攻撃を単調にしてしまったなら、それはもう終わりを意味する。
「ヘヘヘヘ」
グリシアのニヤケ面はだんだん狂気じみて来た。
その顔に物凄い恐怖を覚えたのだが、それでも彼女への殺意は揺らがなかった。
ピキッ...ミシッ...と言う音が聞こえた。
時間がなさそうだ。
「ウッドソードォォォォ!」
僕とシュンヤが2人係でグリシアの動きを抑えに行った。
彼女が割った皿の破片でシュンヤが十字架を作り上げ、僕がグリシアをくくりつける。
「あらら...ヘヘヘ」
グリシアの表情は変わらずで、気色悪い上目遣いで僕を睨んできた。
「残念だったわね」
ゴォーーーンッッ.....
鈍く重い音が鳴った。
教会の屋根が超速度で地面に落ちた。
馬場さんを飲み込んで....。
「俊介、何やってんだ!早くステンエギジスを使って屋根を消せ!」
バリッシュさんが焦るようにそう言うが、僕はステンエギジスを使えない。
「い、いや..僕は....」
「早くしろぉぉぉぉぉぉォ....」
バリッシュさんの目には涙が浮かんでいた。
僕の目にも涙が浮かんだ。
この状況で、この一瞬で大量に産まれた僕の無力さ。
泣きそうになった。
ウッドソードはステンエギジスが無いと極度に使えない能力だ。
屋根単品でも十分重いが、アイツのせいで重さが倍以上になっている。
重すぎるものにはウッドソードを使えないことを見抜かれているのだ。
クソ...畜生...クソ....。
地面に落ちた屋根の下から赤い液体が円を広げていく。
「わああああああああああああああああ」
トウが完全にパニック状態に陥り、グリシアに向かって無鉄砲に走り出した。
冬弥も完全に冷静さを失っており、次の行動をどうするべきかとあたふたしている。
トウの突きはグリシアに届くことは無く、トウはその場に跪かされる形になった。
「これで一人処刑って訳ね...あたいの仕事は十分果たしたかな」
「じゃぁね、またいつか会えることを期待してるわ」
グリシアは宙にふわりと浮かんでいった。
その様は上に落ちる様にも見えた。
数秒もしないうちに沈黙が走った。
何秒も、何分も、永遠に続くように思える様な沈黙。
「「ウッドソード」」
ウッドソードで地面に落ちた屋根の周りを少しずつ削った。
削っていくうちに硬い感触を感じてしまい、僕は心の底から一瞬で凍らされる感覚を味わった。
目が左右でバラバラの方向を向いており、口からは内蔵の様なものが飛び出している。
部分的に潰され、硬い部分はコンクリートに食い込まれていた。
残酷すぎる馬場さんの死に様を見て、僕は真の意味で【狂気じみた】と思った。
体を掻き毟らないと気がすまない。
掻けば掻くほどに僕の恐怖心は増えていく。
しかし掻かなければ後ろから何かが迫ってくる様な気がする。
もう何も見えない。
掻きむしっている指が僕の皮膚を削る。
痛みを感じることで初めて僕が生きていることを自覚できる。
あぁ...痛い痛い痛い。
掻きむしった場所が熱を帯び出してやっと僕は冷静さを取り戻した。
いや....正確に言えばまだ全然落ち着いていない。
しかし、上っ面は落ち着いていると思う。
許される話じゃない。
ミレイ・ノルヴァの気まぐれが事の発端とは言え、僕は奈恵に警告をもらった。
「あの女とは関わるな」
とハッキリ言われたのだ。
でも僕はその忠告を無視した。
無視してこれだ。
バリッシュさんの目が死んでいる。
その目にはもう涙は無く、そこにハイライトは感じられなかった。
ただ目の前で起こった現象を理解し絶望する。
今のバリッシュさんの表情からはそんな感情がピシピシと伝わってきた。
もう...嫌だ。
ナエラが死んだ時にあそこまで吹っ切れる事が出来たのは死に目を見なかったからだ。
奈恵を呼び起こすので必死だったからだ。
「後悔の念か....」
バリッシュさんのそのつぶやきはボソボソとしていて、良くは聞き取れなかった。
しかしバリッシュさんはその一言を残し、教会を出て行った。
ライリーも空気を読んでかずっと俯いている。
シュンヤは一足先に冷静さを取り戻したらしく、トウの治療に専念していた。
奈恵と冬弥はライリーと同じくただ俯いていたが、その俯くと言う行為がどれほど辛いことかは容易に想像がつく。
辛い。辛すぎる。
人の死に目を見る戦い。
覚悟こそしていたが、これほどまでに心を折ってくるとは思わなかった。
蝕まれる。僕の中の何かに蝕まれる。
この時の僕は何故かその恐怖に支配されていた。
馬場さんを教会の近くに埋葬した。
グチャグチャになった遺体を運び、僕の心はますます折れた。
遺体を触った感触、ウッドソードで岩を削ってる時に感じたあの感触。
僕はこれを一生忘れることは出来ないだろう。
僕の欠けた右目から血の涙が流れた。
これは時間が経ったことによる流血だろうか?
違う。
虚しいんだ。
∽∽∽∽∽∽∽
あんな事があったものだから、その日のエルフ捜査はナシになった。
それぞれ個室に戻り、後は静かに過ごした。
誰も何も喋らない。
重く、固く。冷たく。それでいてピリピリとしている。そんな最悪の空気。
そんな空気をヒリヒリと身に焼付ながら、僕はふかふかになった枕を。
真っ赤に染めた。




