第53話:距離
恐る恐る壁の向こう側を見てみると、そこには足が蜂の巣にされたミガレヤが居た。
ミガレヤは地面を這いながら逃げようとしていたが、進行方向には俊介が居る。
神とは言え痛みは感じるらしく、ミガレヤは唸り続けていた。
「お前さ、盛ってるだろ。【無情を司る女神】さんよ」
「なんのことかしら?」
「お前は感情を司る神じゃないって事さ。お前のなんだっけ、【オペレーター】だっけ?あれで侵食できるのは感情の中でも【良心と常識】だけだろう?」
俊介は冷たい眼差しでミガレヤを睨んだ。
その目はどこかミレイ・ノルヴァに似ており、俊介が彼女の真似事をしている事に気付いた。
「現にお前は同時に一人しか侵食できない。だからこそライリーの攻撃で僕が使い物にならなくなった瞬間に捨てたんだろ?僕の能力もまともに知らずに」
図星だったようだ。
彼女は苦い顔をし、それに相対するように俊介が笑う。
俊介がどんどん私の届かない所に行ってしまうように感じる。
昔の【幼馴染】としての私は、彼にとってどう写っているのだろうか?
彼にとって【腐れ縁】程度にしか思われていなかったであろう【幼馴染としての私】。
彼が手の届かない所に行ってしまうのは寂しい。
ナエラを取り込んで尚、私はそう感じる。
「お前下級の神だろ、だったら概念として存在する事は出来ないんじゃないか?じゃぁ死んだらもうそれで終わりだな」
俊介は狂気じみた笑みを見せミガレヤを威嚇した。
「や、やめ」
「やめません」
俊介はウッドソードで手を鈍器の形に変形させ、ミガレヤに重い一撃を喰らわせた。
ミガレヤはその場に倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。
「なぁライリー。ヴァレン家に概念化出来る上級の神ってどれぐらいいるんだ?」
「さぁね、私も知らない。ただ、マヨイ・ヴァレンには気を付けた方が良さそうよ」
「マヨイ...日本人か?」
「わ、私は詳しく知らない。ただ、彼女はミレイちゃんより上級だし、戦闘面での実力も彼女より圧倒的に優れてるのは確かよ」
ライリーの口から出た物騒で不吉すぎるその発言に、俊介は違和感を覚えた。
記憶共有なんて体験は普通じゃ出来ない。
【普通ではない】。これが彼を動かせる動力源になっていると言うのなら私もそれに倣ってみることにしよう。
彼の行く先を見てみたい。
【普通ではない】彼の行く道を見てみたい。
それがどれほど危険で難しいことかは知っている。
でもそれでも尚、私は彼の行く先を見てみたい。
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ミガレヤの処理はライリーに任せることにした。
彼女の事だ。きっと食べて終わりだろう。
神をも消化する胃袋。普通に考えて恐ろしすぎるその体質に気味悪さを覚えるのと同時に、彼女がミレイ・ノルヴァに派遣されてきた理由がなんとなく分かってきた。
その彼女の口から出てきた人物、【マヨイ・ヴァレン】。
ミレイ・ノルヴァより上級の神と言っていたが、それはヴァレン家の長と考えていいのだろうか?
だとすれば僕は最終的にそのマヨイと戦う羽目になるだろう。
正直戦いたくない。
グリシアの時もミガレヤの時もそうだ。
ヴァレン家の連中が僕の【命】を狙ってくる限り、僕も手加減ができない。
手加減した瞬間に【殺される】。
だからこそ、戦いたくないなんて生半可な事は言ってられないのだが...。
それでも尚、出来ることなら戦いたくない。
戦いたくないで思い出したのだが、シュンヤと生で会って以来僕と彼の間で【憑依】が起こっていない。
バーミアと地球の2世界にいた時はバカみたいに憑依が起こっていたのに、今はちっとも起こらない。
ミレイ・ノルヴァが何かをしたのだろうか?
いや、そうだとしたら僕等に話が来ていないと不自然だ。
だったら何が原因で...?
ゴォーーンと鈍い音があたり一面に響き、キノコ雲が上がった。
衝撃波が離れているこちらまで響いた。
あの方向はバリッシュさんが居るところだ。
戦闘を避けるのは不可能と考えたほうがいいのかもしれない。
急ごう。他のみんなもきっとあっちに向かうことだろう。
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急いで走ると、そこには丁度戦闘中の馬場さんとバリッシュさんが居た。
馬場さんは直接。バリッシュさんは援護だったのだが、相手はどう見たってエルフだった。
そのエルフはこちらを見るやいなや僕の背後を取った。
振り返る速度が遅かったらしく、頭に重い一撃を入れられた。
かろうじて意識が保てたのだが、彼の攻撃に違和感を感じた。
【ステンエギジス】
エルフの右手を奪った。
エルフは苦しんでいる様に見えたが、怯む様子は無かった。
数秒もしないうちに右手にノイズが走り、手が元に戻った。
【再生】したかの様に見えたが、どうやらそうでは無いようだ。
ステンエジスを使って右腕を消したことが無かったことになっている。
咄嗟に後ろに跳ねた。
彼が右腕を振ると、その瞬間あたりの空間が歪んだ。
空間の歪みから液体のようなものがポタポタ垂れて、それは人の形を作っていった。
ヘヘヘヘと奇妙に笑う液体の人間。
非常なまでに気味悪いその様に、なぜか僕は。
ワクワクしていた。




