第22話:交渉
目の前で起こっている現象に頭が追いつかず、バーに響く呻き声の中。僕はただ立ちすくむことしかできなかった。
「いやね、実際のところ俺の目的は君と【交渉】することなんだ俊介」
彼のその眼差しに狂気じみた恐怖を感じる。
彼の目的が本当に交渉だった場合その内容次第ではこの状況を打破できるかも知れない。
「ちょっとうるさいな」
男の目からハイライトが消えて、男は馬場さんの背中に触れた。
その瞬間、瞬きほどのほんの一瞬。空間が歪み、馬場さんは再びカードになった。
「いい加減にしろ、人間で遊ぶな。神かどうかは知らんが、せめて人道ぐらい守ってくれ」
相手の目的が交渉ならば、今ここで僕の命を直接狙ってくる攻撃は避けるはずだ。
「はぁ...悪かったよ。ま、ここで君のやる気を削いでしまっても本末転倒だ。なぁ俊介、君に【加護】をあげようと思うんだ」
「加護?」
純也の発言を理解できるまでに数秒かかった。
この男のその発言に敵意は感じられず。純粋に【契約】したいのだろうと思った。
「あぁ、加護だ。まぁ言い方を変えてしまえば魂を貸せって言ってることになるんだがな」
「嫌に決まってるだろ」
「まぁまず話を聞け。主導権は君にあげるよ。神にも色々いてな、高度な概念を司る神は基本的にその実体を持っていないんだ。俺の場合は地球人の体を借りてるんだが、無理やり借りるもんだから本来の力が出せない。もっと言うなら借りる相手が普通の人間の場合かなり力に制限が入るから動きにくいんだよ」
段々純也が言いたい事がわかってきた。
彼の言う【交渉】...。
「だから憑依現象が起こってる僕の体を借りたいと?」
「随分飲み込みがいいんだな、どうだ?飲んでくれるなら特別に俺の能力を貸してやってもいい」
「僕がお前に魂を貸すメリットが分からない。そんなもの僕からすればリスク以外のナニモノでもない。主導権は渡す?そんな口約束信用できると思うか?仮に主導権をもらえても、君はいつだって僕を侵食出来るんだろ?」
純也は深いため息を一つついた。
「この言い方はあまりしたくなかったんだけどね、君に拒否権は無いんだ俊介。君はシュンヤを助けなくちゃいけない。エルフの魔法は神に太刀打ち出来るほどに高度だ。そんな種族が今何をしようとしているのか君は知っているのか?【禁忌の書】の強制執行さ」
「ミレイ・ノルヴァはその能力で【禁忌の書】の運命の部分を無理やり捻じ曲げた。宿命として定めれた禁忌の書に新しい項目が追加された時点でそれは宿命では無くなってしまっているんだ。もっとも誰がやったのかは俺自身知らないんだがな」
そう言って淡々としゃべり続ける彼を前に、僕の頭の中には一つの疑問がちらついていた。
シュンヤを助ける必要性だ。
彼は僕が今にもシュンヤを助けに行きたいと思っているかの様な喋り方をしているが、実際のところ助けに行きたいとは思うが、今すぐ絶対と言った強い感情はない。
何故この男がシュンヤを助けさせようとしているのかの疑問が頭に残る中、とりあえずで純也の話を聞いてみることにした。
「そんな現状を知ってエルフは禁忌の書の強制執行しようとしている。禁忌の書がエルフの文明を圧倒的に飛躍させたのは事実だし、数が激減してしまったのにあれほど大きな力を所有しているのはその禁忌の書があったからだ。だからこそ彼等にとって、その中身に不備があるという事実はあってはならない...」
「暴挙だよな、誘導魔法でシュンヤをチュラル村まで持ってきた挙句、操り人形化させるなんて」
「おい待て、今なんて言った?」
純也のその発言に思考が音を立てて止まった。
理解できたからこそ止まった。
「操り人形化の話か?文字通りだ。意識吹っ飛ばして、魔法でシュンヤの体を動かしている。禁忌の書通りに話を進めるためにな。記憶が途絶えているのもそれが原因。意識が飛ばされた時点で彼にその後の記憶は存在していない」
「エルフの次の狙いは君だ俊介。だから俺はわざわざこうやって【交渉】しに来たんだ」
「なんでわざわざそんな事を?」
「今は教えない。俺は自分自身を低く評価しているとだけ言っておくよ」
彼の発言の意味が分からなかった。
しかし、彼からは僕を殺すような殺意も敵意も感じなかった。
「ところで純也...お前の能力って何なんだ?」
「相手の存在を隠したり出現させたりいじったり....まぁ存在に関連することなら割と色々な事が出来る」
「因みに俺はこの能力を【ステンエギジス】と呼んでいる」
「存在を司る能力【ステンエギジス】どうだ?魅力的だろ?」
確かに魅力的だった。
シュンヤを助けに行かなくとも、いずれエルフは僕に干渉してくるのだろう。
ならば自衛程度は出来るようにならなくちゃいけない。
「交渉...成立だな」
そう言って純也はニッコリと笑い、空間に歪みを作り姿を消した。
突然視界が明るくなり、頭にキーンという耳鳴りに似た甲高い音が鳴り響いた。
視界の色が反転し戻りを繰り返し、酔いそうになった。
視界が安定し、体が異常に軽くなっている事に気付いた。
ズボンの右ポケットに違和感を感じた。
取り出すとそれは馬場さんのカードだった。
次の行動を無意識のうちに理解していた。
「【ステンエギジス】...ごめん。馬場さん」
バーのキッチンの奥に馬場さんの個室があることを知っていた。
ベッドの上に馬場さんのカードを乗せ、馬場さんをカード状態から開放した。
馬場さんのえぐれてしまった左目はもう無い。
馬場さんの【左目の存在】を消した。
中途半端に切られた痛みに耐える拷問に比べたらマシだと思ったからだ。
馬場さんは気絶していたが、このまま行けば数分後には回復しているだろう。
「こいつはすげぇや....」
無意識に感嘆の声が漏れた。
個室の鏡を見て気づいた。
僕は狂気的な笑みを浮かべていた。




