第11話 空飛ぶゴーレム
女はクオーレと名乗った。
ボーっと壁を見つめるイエローに、かがんだクオーレが恐る恐る触れた。
「柔らかい。ほんのり暖かい。……やわらあったかい」
クオーレの顔に笑みが浮かんでいる。触り心地がいいのはスライムの素材のおかげだ。
クオーレはイエローをつっついた。
「ヒロ、この子の名前は何?」
「イエロー」
「イエロー、私をどう思う?」
チラッとクオーレを見たイエローは、興味なさそうに壁へ視線を戻してしまった。クールだな、イエロー。
残念そうなクオーレは立ち上がった。
「このままじゃこの子たちは目立ちすぎる。カモフラージュしないと」
「どうやって?」
「紐を繋げてマリオネットに見せかけるだけでいい」
度々知らない言葉が出てくる。もう世間知らずとバレてるし、質問をためらう必要はないだろう。
「マリオネットって何?」
クオーレは呆れている。
「本当に何者なのやら。それを普通の人に聞いたら、どこの世界の果てからきたのかと驚かれるよ。
ええと、マリオネットは人形の一種。人形には……」
クオーレは少し言い淀んだが、気を取り直した。
「ニ種類、存在する。ゴーレムのような自律して動くものと、ゴーレムを模して創られたと伝えられるマリオネット。ゴーレムはヒロの方が知ってるよね。
マリオネットとは、専門のスキルを習得した人、人形使いが操る人形のこと。詳しい話は私に聞くより他で調べた方がいいと思う」
マリオネットか。ダドゥがああなった後の時代に生み出されたものだろう。その頃を境にダドゥが書きなぐったであろうメモしか塔に残っておらず、外の情報は乏しくなっていた。
「そうするよ。ロープならある。使える?」
「うん。こうやって……」
クオーレがイエローにロープを巻きつけると、イエローはまるで散歩中の犬のようになってしまった。これでいいらしい。
俺が他のゴーレムに巻き終わると、クオーレはためらいつつも口を開いた。
「それで、あのさ、ヒロはこれからどうするつもり?」
「朝になったら町を探すつもりだった」
「それなら、よかったら家にこない? 私も夜が明けたら帰るつもりだったから」
なんだって。会ったばかりの、それも我ながら怪しい男を誘うなんて、さすがに警戒心がないんじゃないか。
俺の様子に察したのか、クオーレはどこか寂しそうに笑った。
「私は普通じゃないから。見ていて」
そう言うと、クオーレはバルコニーの手すりにふわりと跳び乗った。明らかに常人は真似できない距離を跳んだ。
拍手する間もなく、クオーレは何のためらいもなく外へ体を傾ける。
「おい!」
慌てて追いかけて手を伸ばしたが、届かない。この階から落ちればただでは済まない。自殺願望でもあったのか?
「クオーレを助けろゴーレム!」
まだ間に合う、ゴーレムなら。しかし、ゴーレムたちは動かない。どうして。
時間がゆっくりと流れていく。クオーレが地面に落ちていく様を見ることしかできなかった……。
「どう? すごいでしょ!」
軽やかに着地したクオーレが手を振っている。無傷だ。
「勘弁してくれ……」
腰が抜けた。グリーンが体を支えてくれた。クオーレが人間離れしていると気づかなかったのは俺だけか。
城を外から軽快に登ってきたクオーレは、俺のの様子を見て焦った。
「ご、ごめん! そんなに驚くなんて思わなくて」
「人を何だと思ってたんだ」
「ゴーレムを従える神秘的な人」
「ただの小心者だよ。無事でよかった」
「ごめんね」
クオーレの超人具合には何か事情がありそうだが、ここでそこまで踏み入って聞くのはどうなんだろう。
まあ、確かにすごいとわかった。でも、ゴーレムはもっとすごい。
「今度はこっちが驚かせる番だ。レッド、ブルー、あれを見せてあげてくれ」
二体は荷物を放り投げた。フワッと宙に浮かび、矢のように空へ飛び立っていく。
「信じられない……」
呆然と見送ったクオーレはつぶやいた。
ゴーレムにドラゴンの素材が混ざっているおかげだ。ドラゴンは大きな翼を生やしているが、巨体を飛ばすために役立つほどではない。それでも大空を自由に舞い、天地の王者と呼ばれるのは、舞空というスキルを使用しているからに他ならない。ゴーレムも舞空のスキルを得ていた。
勝手気ままな飛行を終わらせた。クオーレもさぞや恐れをなしたに違いない。
「わー!」
目を輝かせて拍手している。ウケたようで何よりだ。
クオーレは、ずいっと迫ってきた。
「一緒にきてくれる? きてくれるよね?」
ゴーレムに怖気づくわけでもなく、むしろ一層興味を引かれたみたいだ。クオーレがいいと言うならお言葉に甘えよう。
「ぜひお願いします」
「よし。そうと決まればさっそく出発しよう。今の時間なら人目につかないだろうし、たぶん夜明けまでには着く」
同意して、クオーレと城を出た。