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【4】   爆発物注意

シルヴィアが十代前半の頃の話です。

もちろん結婚前。彼女の生家にて。

 シルヴィア・カーメルセ・シゼリウス。シゼリウス家の当主、ジーク・カーメルセ・シゼリウスの妻であり四児の母でもある。

 そして魔力を持たず、代わりに法力を身に宿し、それを用いて怪我や病気を治す聖女でもある。

 今でこそ、優れた腕を持つと誰もが口をそろえて彼女を褒める。

 しかし、昔から彼女は広く名が知れ渡るほどに優れていたのではない。



 当時、シルヴィアは伸び悩んでいた。

 聖女として、その実力は同年代の子どもたちとかわらない。特別優れているわけでもないし劣っているわけでもない。

 平均的なのだ。

 別にそれがいけないと言っているのではない。

 ただ、シルヴィアはもっと上を目指したいのだ。

 そうしたら、一人でも多くの人を診られるかもしれない。一つでも多くの命を救えるかもしれない。

 だからシルヴィアはもっと上を目指したいのだ。


 けれど「シルヴィア様、焦ってはいけません。焦っていては出来ることも出来ません」とカナに釘を刺されてしまった。

 カナとは幼いころからの付き合いで、お互いのことはよく知っている。

 だからカナはシルヴィアが無茶をする前にそう言ったのだと思っている。


「……なので、気分転換にお料理をしてみようと思うの」

 ここは厨房。借りてきたエプロンを身につけ、長い髪は頭の後ろの高い位置に結っている。

「その台詞の冒頭がどことどう繋がるのか、何の脈絡もないですがお嬢様のことですからね。分かりました。何をお作りになるつもりですか?」

 さらりとさりげなく毒を吐くカナ。しかし、そこはカナだから、と違和感なくスルーしたシルヴィア。 今日も二人は通常運転。似た者主従。

「初めてだから簡単なものがいいわ。そうね……クッキーなんてどうかしら? 材料を混ぜて()ねて、好きな形に成形すればいいのよね!」

「かなり大雑把説明ですね。ですが、(おおむ)ね合ってます。お菓子作りは分量を間違えたら失敗しますから、きっちり量ってください」

「そこのところは安心していいわ。聖女は薬だって作るんだから」


 そう、協会では法術を用いた治療をする他にも薬での治療も行っている。

 聖人や聖女が作る薬は通常の薬と比べて少しばかし効能がいい。

 それは、魔具を製作した際に製作者の魔力を魔具が帯びることと同じだと言われている。

 法力を宿す彼らが作った薬には微量ながら作った者の法力を帯びているのだ。

 そのため、通常の薬よりやや値は張るが協会から薬を買う人は多い。

 要するに、シルヴィアが何を言いたいかと言うと「それくらい朝飯前」だと言いたいのだ。

「分量通りに量るのは得意よ」

「では、お願いします」

「ええ、お願いされたわ」

 任せて、とシルヴィアは器具を手にとって計量を始めた。


          ◆◇◆


「上手くできたのではないかしら?」

「そうですね。あとは焼くだけです」

 天板に並べられた様々な形をしたクッキー生地を眺めながら満足げにシルヴィアが言った。

「えーっと、確かこうよね? うん、これでいいわ」

「シルヴィア様、あまり奥まで入れるとせっかく作りましたのに焦げてしまいますから気をつけてください」

 温めておいた窯の中へ投入して待つことしばらく。

 魔術で操作可能なため火事の心配はない。当然この窯の魔力源は横にはめ込まれた魔石だ。


 …………。 


「さあ、どうかしら?」

 窯の扉の留め具を外す。


 バンッ! ボフッ。


「きゃっ!」

「シルヴィア様! ……っ!」

 勢いよく扉が開き、中を覗こうとしていたシルヴィアの横を何かが飛んで行った。

「————ッ!? カナッ!!」

 後ろでお茶を淹れ直していたカナを振り返る。

「シ、ルヴィ……ア様……お怪我は、ございま……せんか?」

「大丈夫よ、私は大丈夫。それよりも、ああ、カナどうしましょう……。こんなにたくさん血が! 止まらないわ」

 こめかみの辺りから血が流れ出し、シルヴィアが患部を押さえるが一向に止まる様子がない。

「シル……ヴィア様……これ、くらいの血……がどうだと言うの……です」

 これよりももっと酷い怪我を診たことがあるでしょう、とカナが言う。しっかりしてください、と血濡れた手で己と同じくらい冷たい主の手を握る。

「でもでもカナ、血が止まらないのよ……」

 シルヴィアの涙腺は崩壊寸前だ。

「気をしっかりもってください! 貴女は聖女なのですよ」

 真っ直ぐに目を合わせる。

「……そうよ……そうだわ。私は聖女よ。私が助けるのよ」


 【我願う、我願う。我の声に(いら)えて叶え(たも)う。この者の憂いを晴らしたまえ】


 傷口を押さえている方の手が淡く光る。光は吸い込まれるように傷口へ消えてゆく。


 【我願う、我願う。我の声に(いら)えて叶え(たも)う。この者の不安を払いたまえ】


 シルヴィアがゆっくりと真っ赤に染まった布を外す。エプロンの端を掴みそっと患部を拭う。

 

 傷は……跡形もなく消えていた。

 

 傷跡まで消してしまうのは優れた腕をもつ聖人、聖女のである一つの証だ。

「さすがシルヴィア様です。私には分かっていました」

 どこか誇らしげに胸を張る。

「ありがとう、カナ。貴女が信じてくれたおかげだわ。気分はどう?」

 いくら傷を治せても失った血は戻らない。

 増血作用のある薬は生憎手元にない。

「カナ、顔色が悪いわ。すぐに休まなくちゃいけな……カナ!? しっかりして!」

 シルヴィアが最後まで言い終わらないうちに、カナが糸の切れた操り人形のようにパタリと倒れた。

「カナッ! カナッ! ごめんなさい、私の不注意で。しっかりして!」

 そうしてとうとうシルヴィアの涙腺は崩壊した。


          ◆◇◆


 後日、快復したカナにシルヴィアは……

「ごめんなさい、カナ。私の我儘のせいで怪我をさせてしまって。もうお料理を作るなんて言わないわ。お料理があんなに危険なことだなんて知らなかったわ。料理長って凄いのねぇ。私、彼が料理を爆発させたところなんて一度も見たことがないわ。きっと血の滲むような研鑽を重ねてきたに違いないわ」

 と、語ったとか。




爆発原因はシルヴィアによる窯の操作ミス。

自分が魔力を持っていないので魔力を原動力として動くものは扱いが苦手。

これは、ほとんどの聖人・聖女に言えること…という設定です。


これが原因でシルヴィアは「料理とは爆発するものだ」と思い込んでいます。

しかし、これが原因でシルヴィアの聖女として能力的な壁を一つ越えることができたのもまた事実。結果的には…良かった…のでしょう。きっと? 

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