9話 第三の手
久しぶりです!
今回は羽毛蛇さんから頂いた怪談です。…何か不満な点がありましたら、連絡ください。
アレは2年前の出来事だったと思います。
私は友人の勧めで、深夜営業の店でバイトをしていました。
他の従業員とは異なり、明け方6時には仕事を切り上げて昼職に向う日々を過ごしていました。
あの日も昼職に出勤したのですが、その日に使うフラッシュメモリをバイト先に忘れてきた事に気づきました。そして、11:00頃、鍵担当の後輩に取りに行くようにと頼んだんです。
その後輩の住む寮からバイト先までは、歩いて5分程。そこから私の職場まではタクシーで10分もあれば着くハズなんですが、12:00の昼休みになっても、後輩が現れませんでした。
おそらく二度寝でもしてるのだと思いました。でも、このままだと仕事が進められません。仕方なく、後輩の住む寮へとバイクで向いました。
インターホンを鳴らすと眠そうな後輩が出てきましたが、私が頼みごとをした後輩ではありません。留守番を任された後輩が言うには、私が電話した後輩は、あのあと直ぐに店の鍵を持って部屋を出たと言うんです。
まさか、力尽きて店で寝たのでしょうか?
ばかばかしいと思いましたが、考えられなくはありません。みんな酒が入っていますから、昼の睡眠は貴重です。
私は、帰ってこない後輩に心配とイラ立ちを胸に秘めながら、取りあえず店に行ってみることにしました。店には人がいる気配がせず、電気すらついていません。
ビルのエレベーターを上がった3階の先にあるウチの店は、階段の窓すら塞がれているので、昼間でも真っ暗です。なので、いくら昼間でも電気をつけないと何があるか分からないのですが……
夜目がきく方な私は、そのまま店の前まで行き、扉を開けようとしました。ですが、扉には鍵がかかっているままです。もしや入れ違いになったのかと考えた私は、鞄から携帯を取り出して連絡を取ろうとしたのですが、ディスプレイの僅かな灯が照らした光景に驚きました。
なんと、扉の直ぐ近くに後輩が倒れていたんです。
私が近づいても倒れたままだったので、後輩には首を蹴り起こしてやろうかと近づきました。しかし、どうも様子がおかしいので、携帯のライトを起動して、後輩を照らしてみることにしました。
すると、その首には掻き毟ったような跡が残っていたのです。しかも、よく見ると少し乾いた血が見えました。死んでいるのかと思って、思わず悲鳴を上げてしまったんですが、よく確認してみると息はしていました。
生きているということが分かり、少しホッとしましたが、まだ油断は禁物です。
原因が分からない以上動かすのは危険だと判断した私は救急車を手配し、すぐに帰れそうにないので会社には適当に誤魔化しの電話をしました。
救急車を手配した際に対応してくれた電話オペレーターの指示に従って、呼吸がしやすいように気道を確保したのですが、到着まで特にする事がなくなってしまいました。私は、携帯を閉じ、気分を落ち着かせる為に、ポケットに入っていた煙草を取り出します。
ライターで火をつけた瞬間、背中にゾワッと悪寒を感じました。
私は、この感覚に覚えがありました。
私には幽霊と呼ばれるモノが以前は当たり前の様に見えていました。
高校生になった辺りから、だんだん見えなくなり、今ではほとんど無縁の生活を送っていたのですが…
その時、幼い頃に数回感じた事のある…ひんやりとした悪意ある霊の気配…それが自分の後ろにあるように感じたのです。
こういう類の霊は経験上、意識したら負けです。
私は、何食わぬ動作で煙草に火をつけようとしました。ですが、不可解な光景が目に飛び込んできました。
それは、床にうつる不自然な影。
暗闇で光源はライターのみ。
そのライターの光が映し出す影は、当然ライターを持つ私の右手と煙草を持った左手の二つ。後輩は目の前で倒れている。
じゃあ、この『第三の手』は誰の手?
幽霊の手だとでもいうのでしょうか?
ありえません。幼い頃から何度も何度も見てきた幽霊ですが、今まで見てきた幽霊に影があったことはありません。
幻覚だと強引に思い込み、そのまま煙草に火を近づけます。
ですが、煙草に火がつく瞬間、その瞬間に煙草を持つ左手の方に何かが触れたんです。ひんやりとしているような、ぬめっとしているような何かが…
慌てて振り返った私の眼には、恐らく男のモノと思われるゴツゴツした大きな手が、暗闇の中に浮いているのが見えました。
その手は、はたっと一瞬静止しました。
そして、真っ直ぐに私の首に向ってきたのです。今まで起こったことがなかった事態に、パニックになった私はライターを取り落としてしまいました。そして、唯一の根源が無くなり辺りは完全な暗闇に包まれてしまったのです。
私は、とにかく先程の手が見えていた辺りを殴りつけていました。今考えれば、幽霊だと思われる相手に、我ながらバカな事をしたと思います。ですが、私の右手は確かに何かを殴っていて、殴るにつれて悪寒がサァッと引いていくのを感じました。
悪寒が引いた後、しばらく呆然としていた私でしたが、まもなく到着した救急隊員の到着で我にかえりました。そして、そのまま後輩に付き添って病院へと向いました。
丸1日も目を覚まさなかった後輩ですが、やがて意識を取り戻しました。
意識を取り戻した後輩の話によると私と同じように携帯のライトを頼りに扉の鍵を開けようとしていたらしいのですが、突然、何かに首を掴まれて、抵抗しようとしても『掴まれているハズの何か』が、そもそも存在しなかったので、自分の首を引っ掻いてしまったらしいです。
あの手に何故私が触れたのかは分かりません。ですが、後輩と同じ目に合っていた可能性は十分にあったんです。
私は、それから二ヶ月ほどはその店でのバイトを続けました。しかし後輩の方は退院してすぐ、同室の仲間に何も告げることなく、何処かに消えてしまいました。




