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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
あのとき、とそれから
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あのとき、とそれから◆13

 昔の事を思い出す。

 了と出会った時の事を。

 あの時は、内心、”蕪木 了”などという青年の事など、どうでも良かった気がする。

 ただ、あのロケットを預かりたいと言われた時、ほんの少しだけ、憎しみが沸いた。

 何故だかは、解らなかった。だが、確かにあの時、あの何の関係もなさそうな青年を、憎らしいと思った。

 カナエとの結婚後、兄夫婦にユリが生まれ、間もなく匠と貢の両親が死んだ。

 カナエや奈津子の両親とは疎遠だったので、兄夫婦と妻と可愛い姪だけが家族だった。

 その家族を、突然失った。

 状況が状況だけに、悲しみや怒りのぶつけ先もなかった。

 事故と聞かされた時、航空会社を憎いと思わなかった。

 ただ、消化し切れぬ思いと、仕方ないという諦めと、諦める事への空しさが、体いっぱいを包んでいた。

 そこへ現れた青年が、家族の遺品を持っていた。

 聞けば、渡せる状態にある遺品は、あのロケットだけだったという。

 その、兄夫婦の生きた証の一つであるロケットを預からせて欲しいと言った青年を、憎らしいと思った。

 だが、今思い返せば、あの憎しみの正体が、八つ当たりだったと言う事が解る。

 誰かにこの悲しみをぶつけてしまいたかった。背負わせてしまいたかった。逃げと言われても、それでよかった。

 預けてから、少し後悔していた。

 解決なんてしなくていいと思う時もあった。

 高遠や了には悪いが、兄夫婦が亡くなった事に変わりはない。だから、どうでも良かったというのが本音の一部だった。

 あのロケットを手元に置いて、ユリに戻してやっていたら、ユリはもっと早く悲しみを実感出来たかもしれない。

 しかし、匠がそう吐き棄てた時、カナエが珍しく叱った。

「それじゃ、ユリは二度と元に戻れないわ。」

 高遠や了が真相を解明し、総てを解決するのは、自分たちのためではなく、ユリがユリになるために必要な事だと。

 そう言われて、やっと了を赦せた。

 勝手に恨み、勝手に赦し。もちろん了に言った事などないが、了は恐らく、感づいていただろう。

 後々申し訳なさでいっぱいになった。

 いつかの自分のように、真相をユリに告げたくないと言った了が、有り難かった。そこまで護ろうとしてくれる了が、嬉しかった。

 ふと現実に戻り、辺りを見回す。

 平日正午だというのに、街には人が溢れる。

 一時的に喧騒から逃れたものの、最近は”直結”というキーワードを謳い文句に、一時間もかからず都の外れにある空港へ着いてしまう。

 旅はこんなに早々行うものではないだろう、と思う。

 そして、空港の賑やかさにも、少々辟易とする。

 何でこんなに人がいるんだろう。

 人間嫌いではないが、静寂を好む匠には、都会やハブ施設は居心地が悪い場所だった。

 そんなつまらない事を考えながら、最近改築の終わった空港をうろつき、クレアを探す。

 キョロキョロと見回しながら歩くと、出国手続きカウンターに向かおうと今し方ベンチを立ったクレアを見付けた。

「おーい。」

 何の衒いもなく大声でクレアに声をかけると、クレアがこちらを向いた。

 そして、「まぁ」と聞き慣れた反応をして、小走りに駆け寄る。大きな白いボストンバッグに、初日に見た白いツーピースを身につけ、髪を結い上げている。

「すみません、わざわざ見送りに…。」

「いやいや。

 ユリが来られなくて、申し訳なかったね。」

 大きくお辞儀をするクレアに、匠がにこりと笑った。

「いえ。

 残念ですけど、仕方ありません。

 ユリさんとカナエおばさまに、よろしくお伝え下さい。」

「ああ、伝えるよ。」

 匠が返事をすると、その声に被って、出国手続き終了間近のアナウンスが流れた。

 振り向けば、カウンターには長々と行列が出来ている。

「あ、では、私そろそろ出国手続きをしなければ。」

「ああ、気をつけて。

 落ち着いたら、是非ユリに連絡してやってくれ。」

「はい!

 それでは。

 色々有難うございました。」

 そう言って、また大きくお辞儀をすると、ボストンバッグが重いのかフラフラと走り出した。

 出会った時も、見送る今も、印象は何も変わらない。

 か細く小さな、野花のようだった。

「……さて。

 帰るか。」

 手続きを済ませ、ゲートへ向かうクレアの背中を見ながら、匠は左足を引き、振り返ろうとした。

 が…。

 ふと、クレアの後頭部に気になるものを見た。

「……ん?」

 素早く視線を戻す。そして、ぽかんと口を開けた。

「………。」

 匠の視線の先。

 クレアの後頭部で髪を結い上げる髪飾りが、大きな大きな紅い光を放ち、クレアの動きに合わせてきらきらと輝いた。

 あれは…。

 ”紅い泪”…。

 まさか。”紅い泪”はあの日発見、回収されたはずだ…。

 だがあれは、紅い宝石の大きさといい、石を包む金色の細工といい、明らかに”紅い泪”だった。

 暫し唖然としていた匠だったが、程なくして「……くふ…」と声を出してにやりと笑った。

 ”双子”。なるほど…。

「あの兄妹の、勝ち…かな。」

 そう呟きながら、了や高遠から聞いていた”男爵”に纏わる情報の総てを理解した匠は、口元に邪悪な笑みを浮かべながら、くるりと踵を返し、歩き出した。

 少女も兄も、さぞほくそ笑んでいる事だろう。

 踊り、逸る心と足取りを抑え付けながら、家へ帰るのだろう。

 これから起こるであろう、シリング王政崩壊の記事の端に、何も出来なさそうな弱弱しい自分の写真が載る事を、嘲笑(わら)いながら。





 私の頭の中は、あの人でいっぱい


 突然届いた、手紙のあの人


 私の心を知る、あの人



 ”双子の流した

 本当の紅く輝く泪を手に入れれば、

 あなたの母が、

 帰ってきますよ。

 それまでは、そう…


 私があなたの記憶を大事に取っておきましょう…


 0504。

 日の出の国の、ご友人の洋館で、

 月夜にお会いしましょう…”



 私の心の中は、”男爵(あの人)”でいっぱい…。

このお話が誕生したのは、約十年前になります。

その後、このお話キャラたちは一度、とある検索サイトの公式キャラとして暫く活動していました。

その中で、ショートストーリーを掲載する事になり、キャラ設定を本格的にやり始めた事が、この小説の切欠になります。


暫くして、ゲーム化の話が持ち上がり、それなりの予算を組んで企画も始動しましたが、諸事情により、企画は中断。

その後、このキャラたちも一旦この世を去りました。


未だ権利は私の手中にある中で、何度か日向へ置いては、埃を拭いながら手を加え、削ぎ落とした最終形態が、この小説になります。

構想当時には珍しかった警備設備も今では当たり前になり、然程の凄さも感じなくなったり、世の中の凄惨な事件の数々の中では、やはり然程の惨さも感じなくなったり、と、世に出すことも何度も躊躇いましたが、個人的事情で、このたびまとめ、彼らの世界を一度ゴールさせる事にしました。


書き進めていたアドベンチャーゲームのシナリオを文章化しました。

そして、ゲーム化も進行中です。

無料配信予定につき、どこかでお目にかかるかも知れません。


総て自作による制作、いつ出来上がる事やら…。

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