おばさんと言う職業
過去の恋愛に囚われ、狂っていく主婦の物語。主人公結衣は日々フルタイムの神社の使用人。そこで出会った人々と過去の恋愛が絡み合う。リアルストーリー。
夏の暑い中、竹箒で敷石を汗だくでならす。
やけに鎮守の森は蝉の声で五月蝿い。
おばさん。
それが私の職場だ。
大きい神社仏閣には、世話人の何でも屋がいる。
身分制度も存在し、おばさんは1番下の扱いを受ける。
やってる内容は、洗濯、掃除、ご飯作り、御朱印書きなど、その中でも神棚に飾る神様を作る仕事は中々に楽しいものだった。
きつい仕事は、この仕事。
暑かろうが寒かろうが、毎日やってくる竹箒。
雨の時は流石にやらないが、後始末が悪い。
べちゃべちゃに潰れた果実や落ち葉、それを集めてゴミ袋へ入れ捨てるのだ。
水気を含んだ袋は重く、腰にくる。
もう若くはないのだな、と痛感させられる。
朝の掃除が終わり、おばさん用の狭い6畳間の部屋に帰る。
この宮は3人のおばさんで回していて、今日は歳の近い紗和ちゃんと一緒だ。もう1人は大婆様と呼ばれる80代の女性の桑さん。この人の言う事は絶対で、逆らえない。
先代の宮司夫婦を看取ったらしく、子供のいなかった夫婦は、宮を存続すべく養子縁組を募った。
そして、今の宮司がやってきたらしい。
「朝礼だよ。」
紗和ちゃんに言われ我に帰る。
宮とは言え、普通の会社の様に朝礼があるのだ。
その日の祭事の連絡、六曜に従った御祈祷の振り分け、内勤の神主と、出張で家の建てる前の地鎮祭の御祈祷に行く神主など、振り分けをする。
受付業務も、ご飯作りの合間に行わなければならない。
大安吉日は大忙しである。
宮司は、基本的に出て来ない。
滅多に会える人では、無いのだ。
朝礼にも、勿論参加する事はなく、こちらが油断して気を抜いている時などに、ふらりと現れてしかめ面をする。
私は宮司が苦手だった。
その日の朝礼は、珍しく神主達の機嫌が良かった。
「参集殿のデザインが決まった」
権禰宜の鮎川さんが言った。
禰宜、権禰宜は神主の位の呼び名である。
「宮司が中々気に入ったデザインが見つからず、日本中を旅していたが、漸く気に入った業者が見つかった。それに向け、本殿以外は徐々に解体していく。当然部屋は狭くなる。一時的ではあるが、おばさんも一緒に食事をずらし同室で食べる様になる。宮司には気を使う様に。
それに伴いキッチンが使えなくなる。お弁当を頼む様になるが、宮司の口に合うかが問題だ。後は、参集殿が出来たら、それ程おばさんはいらない。3人のうち誰かが辞めてもらう事になる。以上。今日の業務に励む様に。」
突然のリストラ宣言である。
私は恐る恐る聞いた。
「あのう。それは誰とかいつ頃とか、もう決定しているのでしょうか?」
「期間は2〜3年。その後参集殿が落ち着く頃に誰かしら辞めてもらう人を宮司が決める。」
ブラック企業だ。
心の中で私は思った。
紗和ちゃんは、宮司のお気に入りだ。
よく話すし、手を繋いで買い物に連れてかれたりしてい
る。
参集殿のキッチンのデザインも紗和ちゃんに合わせて作られている。
桑さんか、私がクビか。
頭の中でよぎる。
だが、桑さんに宮司は頭が上がらない。
必然的にクビなのは、私なのだ。
いくら桑さんが80過ぎのお婆さんだろうが、40近い私の方が有利とか、そう言う世界では無いのだ。
事実、桑さんの方が高いお金で雇われている。
私の賃金は地区の最低賃金。
それでも、なぜここの宮で働く事になったのか?
皆不思議に思うだろう。
答えは単純である。
紗和ちゃんが決めたのだ。
お宮に遊びに行ってた所、私の前に勤めてたおばさんがいた。
紗和ちゃんと桑さんは、その人が目の上のたんこぶだったのだ。
宮司も、80近いおばさんが色気を出して言い寄られていて嫌気がさしてる。と。
紗和ちゃんとは、たまたま学校が一緒の先輩だった。
これみよがしに、連絡先を交換し良く分からないうちに流される様に働く様になったのだ。
その時は4人で回していて、色気を出しているおばさんもいた。
だか、働き始めて2週間後、事件は起きた。
突然、宮司が色気のあるおばさんをクビにしたのだ。
「明日から来なくて良い」
その一言と、退職金も無く。その日働いただけのお金を封筒に入れ突き出したのだ。
私はその日、色気のあるおばさんと2人で仕事していた。
おばさんの部屋に急に入って来て、そんな行動をする宮司を私は恐れた。
色気のあるおばさんは、そのまま泣きながら帰って行った。
丁度日が暮れる頃の時間で夕陽が部屋の中を照らし、折かけの稲荷札だけが、色気のあるおばさんの机に残った。
私はただ怯え、宮司が踵を返し出ていくのを見守っているしかなかった。
それ以来、私はこの宮の主である宮司が苦手になった。
明日は我が身か。
常に心の奥底で、そんな思いが燃え滓の様に燻っている。
あの時、彼女になんで声をかけてあげなかったのだろう。
宮司に言い返す事も出来たはずだ。
しかし、私は何も出来なかった。
圧倒的弱者が身体に染み付いていた。




