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Enisi  作者: 中田 敦
アメリカ独立編
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98/208

98.商品開発部の奮闘

    商品開発部の奮闘


 「リッキー。貴方の発想は、素晴らしいとは思いますよ。

 でも、これは実現が難しすぎませんか?」

 同僚の若手有望株のロイが、また弱音を吐き出した。

 「新しい技術の開発は、困難に決まっている。だが、実現する事により、多くの人々の命が救えると思えば、この程度の壁は、何という事も無いぞ。」

 「でも、エニシ鋼で繊維を作るなんて、発想が無茶すぎます。細い針金は出来ましたけど、全く曲がらないんじゃ織機にかける事も出来やしないじゃないですか。」

 「お前は、『でも』が多すぎる。そんなマイナス思考では、出来る事も出来なくなるぞ。

 そうだ、エニシ鋼の精錬段階で、銅の割合を増やしてみよう。銅線の柔軟さが加われば…。」

 既に、エニシ鋼で繊維を作るという実験に、取り組み始めて三か月が経とうとしていた。

 リッキーもそうだが、ロイもその三か月間、休みは取れていない。

 いや、リッキーに関しては、まともに睡眠も取れているのかも怪しい。


 「お前達、まだやってたのか。もう夜中だぞ、一度、身体を休めてこい。」

 ジェームズが、実験室に入ってきて、厳しい声で命じた。

 「しかし、エニシ鋼の鉱物配合を新しく試さないと…。」

 目の周りに隈を作ったリッキーが抵抗するが、ジェームズには、応じる気配はない。

 「すぐにこの部屋を出ろ。そして、自分の部屋に帰ってシャワーを浴びたらすぐに寝るんだ。お前ら、思いっきり臭いぞ。」

 ジェームズは、二人の背中を押して、強引に室外へと追い出し始めた。

 「ロイ、前に休みを取ったのは何時だ?」

 ジェームズの質問にロイが答える。

 「えーと、今日は何月ですか?」

 「三月だ。三月の二十日だよ。」

 「試作を始めたのは、クリスマス休暇明けですから、それ以来、休みは無かったと思います。」

 「馬鹿もの!そんな事で成果が出るものか!

 二人には、これから一週間の休みを命ずる。一週間は、仕事の事は一切忘れろ!命令だ。」

 リッキーは、思いきり不満そうな表情を浮かべて、何か反論をしようと口を開きかけたが、ジェームズの怒りに似た表情を見て、口をつぐんだ。


 ロイが、自分の部屋に戻ると、室内はきちんと清掃され、片付けられていた。

 「ロイ!生きてたんだね。食事はちゃんと取っているんだろうね。

 あらまあ、こんなに痩せちまって。

 シャワーを浴びている間に、簡単に食べられる物を用意しとくから、早くシャワーを浴びといで。それから、その汚れた臭い服は、洗濯物の籠に入れといておくれ。」

 寮の管理人でもあるミセス・ホワイトが、大声でロイを捲し立て、シャワールームに押し込んだ。

 「ああ、シャワーなんて何日ぶりだろう。」

 頭から、暖かなお湯を浴び、石鹸で体の汚れを落とし始めるが、泡がなかなか立たない。大量のお湯でふやけた皮膚から、垢が糸の様に固まり、流されて行く。

 長い時間をかけて、シャワーを終わらせたロイをミセス・ホワイトが待ち受けていた。

 「ほら、ポタージュスープをお飲み。

 飲み終わって、まだ食欲があれば、こちらのサンドウィッチもお食べ。」

 食事は、一日に一度か二度は食べていたはずだが、肝心の一日の区切りがはっきりしていないので、本当に食べていたかは、自信が無かった。

 「ああ、おいしいです。ありがとうございます。」

 夢中で食事を貪ったロイに、ミセス・ホワイトが小さなグラスを差し出した。

 芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。

 ブランデーだ。

 「さ、そいつを一気に飲み干してベッドにお入り。

 明日は起こさないから、ゆっくり眠るんだよ。」

 ロイは、柔らかなベッドに放り込まれると、すぐさま眠りに落ちて行った。


 強制的に休暇に入って五日目の夜だった。

 これまでは、ミセス・ホワイトが、夕食後に出してくれるブランデーのお陰で、夢も見ずに眠りに落ちていたのだが、その夜は、不思議な夢を見た。


 「いいですか、柔らかな良い糸を作る為には、混ぜ物は出来るだけ入れちゃダメ。純粋な朝露で埃の浮かんでいないのを集めて作るのよ。」

 蝶の羽を背中に生やした妖精が、生徒たちを前にして教えていた。

 「混じり物は、ほんの少しの朝日だけにするのよ。」

 生徒の妖精たちが、一生懸命にノートを取っている。

 「では、私がお手本を見せますね。」

 そう言うと、妖精は、朝日が上ったばかりの森の木の葉から、きらきら光る朝露を集めると、それを丸めて繭を作り、銀色の糸を引っ張り出していた。

 「いいですね。柔らかくするには混じり物を入れちゃダメ…。」

 その言葉が頭の中でリフレインしながら目が覚めた。

 「そうだ!純鉄で試してみよう!」

 新しい発想を得たロイは、いてもたってもおられず、飛び起きると実験室に駆け出した。


 「おい、ロイ。まだ休みは二日も残っているぞ。」

 実験棟の階段を上りかけた所でジェームズに見つかってしまう。

 「で、でも、どうしても試したい事を思いついて…。」

 「どれどれ、ちゃんと顔を見せてみろ。うん、大分、人間らしくなったな。

 この間は、墓の下から出てきたゾンビの様な顔だったぞ。

 若い分だけ、回復も早いか。」

 「ほんの少しだけで良いんです。試させて下さい。お願いします。」

 「少しだけだぞ。」

 ジェームズの許可をもぎ取ったロイは、自分達の実験室に駆け込み、準備を始めた。


 精錬用のるつぼに、出来るだけ炭素量を減らした軟鉄を入れると、エニシ炉で過熱を始める。

 溶け始めた所で、慎重に酸素を吹き込むと、溶けた鉄の表面に炎が上がる。

 炎が完全に消えた事を確認し、手早く、リッキーと一緒に制作した機械に流し込む。

 機械を作動させると、この間までは、硬い針金しか出てこなかった装置から、柔らかな糸が、切れる事なく、吐き出されて来た。

 冷えた糸を手に取り、恐る恐る引っ張ってみる。

 切れない。

 色々な方向に曲げると、柔軟に形が変わる。

 「よし。出来た!」

 実験室を飛び出して、ジェームズの部屋のドアを乱暴に叩く。

 返事も待たずにドアを開けると、ロイは叫ぶ様に言った。

 「ジェームズ!出来ましたよ、エニシ鋼の糸が!」


 リッキーにも、ロイの成果は、すぐに連絡されたが、ジェームズが、リッキーに職場復帰の許可を出したのは、それから三日後だった。

 「ロイ、やったな!性能試験は、少しは進んでいるのか?」

 実験室に来るなり、リッキーが尋ねてきた。

 「まだ、何も。十分な長さの糸が出来たのが、昨日の午後だったので。

 今、織機で布に仕上げて貰っている所です。」

 「そうか、試作の布が出来上がるのは、何時になりそうだ?」

 「まもなく、こちらに届く頃です。」

 「エニシ鋼の特性が生きているといいんだが。

 そう言えば、炭素をほとんど全て無くしたんだったな。もうエニシ鋼とは言えないか。」

 「そうですね。『鋼』は、炭素を一定量含んだ物を指して言うんでしたね。」

 「と、言う事で、こいつはエニシ糸だな。」

 「エニシ糸ですか。悪くないですね。」

 そんな話をしていると、実験室のドアがノックされた。

 「どうぞ。」

 「お待たせしました。ご注文通りに、横糸として、二十分の一インチの幅で綿糸と混ぜて織って見ました。」

 「ありがとう。早速、試験してみよう。ジェームズにも立ち会ってもらおうか。」

 「ジェームズなら、さっきから試験場で待ち構えていますよ。」

 「じゃあ、急ぐか。」


 試験の結果、エニシ糸を織り込んだ布は、十分な防刃性、防弾性を示していた。

 「よし、あと少し改良をしたら、量産だな。」

 「はい。」


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