アムステルダムでの暗闘
アムステルダムでの暗闘
アムステルダムの春はまだ少し先の様で、吹き抜ける風は、まだ、冬の寒さを残していた。しかし、水路に囲まれたチューリップ畑には、賑やかな春を予感させる緑の絨毯が広がり始めている。
ベルリンでは、ケネーの襲撃は無かった。その後、ケネーの足取りがつかめないままトマスはアムステルダムに入っている。
昼過ぎから弱い雨が降り始めていた。
その日の夕刻、ケネーは、トマスが黒いレインコートと、大きな帽子を被り、ブライトン支店から馬車に乗り込み、だんだんと激しくなり始めた雨の降る夜道を出発し様子を陰から見ていた。
「よし、手前ら、抜かりはねえな?打合せ通りにやるぜ。」
ケネー達は、用意してあった馬車で、トマスの馬車を付け始めた。
目的地は三ブロック離れたトマスの定宿だった。
宿の前に馬車が止まり、黒いレインコートに身を包んだトマスが降り立つ。
そこに、五人の男たちが駆け寄り、トマスを羽交い絞めにすると、側に停てあった別の馬車に押し込んだ。
馬車は、周囲の制止を振り切り走り去る。
馬車の中のトマスは、皮紐で両手を後ろ手に縛られ、荷台に転がされていた。
「さすが大商人だな。肝が据わっていやがる。声も出さねえとは。いや、逆か?おびえて声がでねぇのか。」
人気のない裏町で馬車が止まり、誘拐犯の男たちがトマスを引きずり出して地面に座らせた。
と、その瞬間、トマスは隠し持っていた袖口のナイフを使い、両手をきつく縛り付けていた革ひもを切ると、一番近くにいた男の首に捕まり、立ち上がると同時にその横に立っていた男の側頭部に蹴りを入れていた。
そして、首を捕まえていた男のみぞおちにパンチを入れた。二人の男が一周で昏倒していた。
「あ、てめぇ。トマスじゃねぇな?」
「今頃気付いたかい?」
一人の誘拐犯は刃物を取り出し、トマスに化けていた、レオンの背中に突き立てていた。
いつもなら、これで終わりのはずだった。
しかし、レオンはナイフを突き立ててきた男の方にゆっくりと振り返り、ナイフを握っていた腕を捕まえ、関節を逆方向に勢いよくひねり上げた。
「ベキ」っという嫌な音の後で、男の壮絶な悲鳴が上がっていた。
「あぶねえなぁ」
残った一人の男が少し離れた位置で、利き腕を壊されのた打ち回る男を残忍な目で見降ろしていた。
「あんた誰だい?いつの間に入れ替わってた?」
「そんな事はどうでもいいだろう。お前たちは、全員衛兵に逮捕される。そして、今回の仕事の雇い主の名前を吐いてもらう。」
「ふっ、そんな訳がねえだろ。あんたは今すぐ死んじまうんだからさ。」
レオンの背後に気配を殺した男が静かに忍び寄る。男の両手には音がしないように布でくるまれた鎖が握られていた。
レオンの前方の男がわざとレオンの気を引くように腰からナイフを抜いた。と、同時に背後の男がレオンの首に鎖を巻きつけ引き倒そうとした。
しかし、鎖は、二つに切れて、レオンの両肩から後ろに滑り落ちて行った。
滑り落ちて行く鎖を捕まえたレオンは後ろに足を延ばすと同時に鎖を前方に引いた。
背後の男は声も出せずに崩れ落ちていた。
「く、くそう!覚えてやがれ!」
そう、捨て台詞を残して最後の一人が逃げだそうとしていた。
だが、背後に向き直り走ろうとした男の両足は、言う事を聞いてくれなかった。
左右の太ももには、いつの間にか太い針が一本ずつ突き立っている。その事に気付いた後で、男は激痛を感じ地面をのた打ち回った。
(平本、ナナ。協力感謝する。あいつらの動きが丸見えだった上に、ここまで潜在的な力が引き出せると楽勝だな。)
(いや、レオンさんの提案には、驚かされましたよ。港まで走ってくれた、お馬さんと同じ術を掛けてくれ、なんて。普通思いつきませんよ。)
(最近体がなまっちまってたからな。おかげで助かったよ。)
(でも、レオン。先程も警告させていただいたように、明日は筋肉痛でまともに動けませんよ。)
と、ナナが、付け足した。
平本とナナが協力して、レオンの視野を暗視モードに切り替え、身体の反射スピードと、筋力を倍に強化して襲撃に備えることは打ち合わせていたが、一回目でこれほどうまく行くとは驚きだった。
(それに、トマスさんがエニシ鋼の簡易鎧とナイフを貸してくれたおかげです。)
(ああ、このナイフの切れ味には驚いたよ。何でもバターのように切ってしまう。)
(生きているもの以外なら、ですけどね。)
平本とナナが、のんびりとレオンと会話している間にも、レオンは手を休めることなく襲撃者を縛り上げ、馬車に放り込む。
「よし、これで片付いた。衛兵の詰め所に寄ったら、支店へ戻ろう。」




