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Enisi  作者: 中田 敦
七年戦争回避編
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プロイセン皇太子の説得(2)

テウメソスの狐と猟犬ライラプス


 トマスが、声を掛けると、まだ、三十歳にはならないような男が壁際から少し前に進み出た。

 「ジョセフ、先程と同じように甲冑の側に剣を置いておくれ。」

 「はい、父上。」

 「何じゃ、トマスの息子か?」

 「はい、私の不肖の息子のジョセフでございます。お見知りおきいただければ幸いでございます。」

 ジョセフは、先程と同様にプレートアーマーの側に、鞘に納められた剣を置き、元の場所に戻って行った。

 かと、思えば、改めて二体目のプレートアーマーを抱えてきた。

 そして、おもむろにプレートアーマーを台から取り外し、自身が着込み始めた。

 「トマス。一体何をしている?」

 「はい、私共の最新の商品について取り扱い上の説明を詳しくさせて頂きます。」

 まずは、先程、試し切りをして頂きました方の甲冑の残りを使って、同様にして作られました剣の切れ味をご確認ください。」

 「クラウス。試してみよ。」

 「はっ。」

 クラウスが、前に進み出ると、ジョセフが床に置いた長剣を手に取り鞘から引き抜いた。

 「軽いな。」

 クラウスは、そう、つぶやくと、さっきナイフで切った鎧の前に立ち、剣を頭上に高く振り上げた。

 クラウスが、軽く上から鎧を切り降ろすと、冑から足元まで真っ二つに切られていた。

 「うむ。見事な切れ味じゃ。」

 「有難うございます。お手数ですが、今度は全く同じように、我が息子を切ってみて頂きたい。」

 「な、何を言う。自分の息子を切り殺せと言われるか?」

 「はい、是非ともお願い致します。」

 「よかろう。あとからの恨み言は聞かぬぞ。」

 そう言い放ったクラウスは、ジョセフの方へと向き直った。

 「恨むなら、お前の父を恨め。」

 最上段から振り下ろされた剣は、今度は、冑ではなく、ジョセフの肩口に振り下ろされていた。

 「カン。」

 乾いた音が闘技場内に小さく響いた。

 振り下ろされたはずの剣は、再びクラウスの頭上に跳ね返され、切りかかる前の位置に戻っていた。 

「な、何?」

 驚愕の表情でクラウスは固まった。

 「クラウス殿は、お優しい御仁ですな。我が息子の片腕だけを切り落とし、命はお助け下さるようご慈悲を頂けたようです。

 しかし、御情けは無用でございます。全力で切るなり、突くなりして下さいませ。」

 「お主の息子を本当に殺せというか?」

 「どうか、存分にお切り頂きたい。」

 「何故じゃ?」

 「そうして頂けねば、これらの武具について、ご納得頂ける説明が出来ません。」

 「クラウス殿。私からも伏してお願い致します。どうか存分にお切り頂きたい。」

 「お主ら、親子ともども気が狂ったか?」

 「クラウス殿は、この国でも随一の剣の達人とお見受けしました。あなたでなければ意味が無いのです。」

 クラウスは、この気の狂った親子の相手をどうするか、しばし迷った。

 しかし、甲冑を被ったジョセフが、薄笑いを浮かべている事に気づいた瞬間、かっと、頭に血が上り、全力で心臓を突き刺した。

 これまで、戦場で幾人もの命を奪ってきた、クラウスの必殺技だった。

 剣が根元まで突き刺さり、柄が胸当てに当たった、筈だった。

 いや、実際に剣の柄はジョセフの着ている甲冑の胸に当たってはいた。しかし、何か、いつもの感触と明らかに違う。

 クラウスが、手元を見ると、どくどくと血が噴き出しているはずの鎧には、傷一つ付いてはいなかった。そして、先程まで、まばゆく輝いていた剣の姿は無く、足元に銀色の砂がこぼれていた。

 「トマス。どう云う事だ。説明をして頂こう。」

 「はい、フリードリヒ殿下。博識な殿下なれば、ギリシャ神話に出て来るテウメソスの狐と猟犬ライラプスの故事をご存じかと思います。また、最強の盾と槍のパラドックスと言えばご理解いただけるかと。」

 「ふむ、神話では狐も猟犬もゼウスによって石に変えられたか。しかし、まだよくわからぬ。きちんとご説明願おうか。」

 「では、失礼して。

 まずは、プレートアーマーですが、どのような鋭い刃物でも傷が付かない、最強の鎧であり、盾でもあります。

 そして、それでも唯一、この盾と鎧を傷つけ、貫けるのが同じエニシ炉で精錬された鉄で造られた剣であり、槍であり、ハンマーでした。

 ところが、色々と試しておりましたところ、鎧も盾も、生き物を守るために使われる限り、エニシ炉精錬の剣でも、槍でも、ハンマーでも傷は一つも付きません。また、衝撃も全て吸収してしまいます。

 さらに、この最強の剣を、命を傷つけるか、命を奪うために使おうして振るうと、たちまち砂鉄に変化します。従って、エニシ精錬で作られた素材では、戦争の為に役立つ武器は、何一つ作れないという事です。

 また、困ったことに、この性質は鎧にしても、盾にしても変わらなかったのです。」

 「なるほど、絶対に捕まらない狐と全てを捕らえる猟犬が同時に現れると、その両方が石に変えられるのか。」

 「その通りでございます。私は、我が国の国王に、殿下への支援をして欲しいと頼まれました。その為に、この地に赴いたのです。

 しかし、ここにお持ち致しました武具類はどれも、戦場では、石に変わってしまいます。

 この度、王太子殿下は、シュレージェンの正式な割譲をお求めになるために軍を動かされるものと、推察いたしております。」

 「その情報は、どのようにして手に入れた!」

 「私は、商人でございます。各地で、手に入る資源と、それが、どこで高く売れるか、その様な情報は、商人たちの間では常に交換されております。」

 「待て、これ以上はこのような闘技場で話せる内容では無い。場所を変えてもらう。

 そうだ。昼食もまだだったな。

 トマス。続きの話は、我と共に昼食を取りながらとしよう。」

 「かしこまりました。」

 トマスは、ジョセフと店員たちに後片付けを任せて、王太子殿下と共に闘技場を後にした。


 「エニシ炉で精錬された鉄には不思議な性質がございます。人に限らず命あるものを守る意思がある様なのです。」

 「鉄に意思?まるで生き物のような話だな。」

 「そうですね。私共の科学者たちも首をひねっております。何かを考えている、という事とは違うようですが。

 ただ、科学者の一人が言うには、「魂」が宿るのではないかと…。」

 「魂があるならば、生きているという事であろう。」

 「そこは、神学でも答えが出せない事かと。ただ、魂の意思に共通する事は、周囲の生命を守る事、としか判りません。」

 昼食後のお茶を飲みながらトマスが、皇太子に説明をしていた。

 「ところで、トマスよ。先程の話に戻るが、我が、シュレージェンの侵攻を計画している事をどこで知った。」

 「はあ、私がプロイセン国の皇太子殿下の立場であれば、そう考えるであろうかと推理しただけです。

 シュレージェンには、豊富な鉱山が存在しております。この資源は現在発展を続けるプロイセンの為に、是非とも押さえておきたいものです。

 オーストリア公女殿下がシュレージェン割譲を断るのは、彼女の祖父の代からの領地であるからですが、王太子殿下にとっては、プロイセン国の将来の為に絶対必要な土地でもあります。

 ハプスブルグ家は、神聖ローマ帝国の皇帝の誇りを掛けて領土の割譲などと言う条件は飲めないでしょう。

 そうなれば、武力をもって奪うしかない。

 よってシュレージェン侵攻は有り得ると考えました。」

 「そうだな。全て見抜かれておるか。」

 「そして、その場合、ハプスブルグ家は、これまでの因縁を捨てて、フランス国とロシア国に応援を求めることになるでしょう。」

 「いや、それはあり得ぬ。」

 「王家同士だけの話し合いでは、当然起こり得ません。しかし、女同士での話し合いでは起こり得るのです。

 フランスのポンパドール夫人はご存じでしょう?」

 「うむ、あの妾だな。」

 「彼女が、テレジア公女に接近しております。同様に、ロシア帝国のエリザヴェータ・ペトロヴナにも。

 この三人が陰で手を結べば、フランスとロシアが、プロイセンの敵に回る事でしょう。」

 「それは、確かな情報なのか?」

 「はい。商人ならではの情報網から得られたものですから。」

 「恐ろしい奴だな。」

 「いえいえ。私など、ただの小物に過ぎません。しかし、イギリス国王陛下としては、ここで、エウロパ内の勢力図が大きく塗り替わる事をお望みではありません。」

 「そうだな。チャールズ公も困るであろうな。」

 「今回、各国が巻き込まれる戦となっても、ネーデルランド共和国とアムステルダムは中立の立場を守り続けるでしょう。どちらにも協力はしないが、商取引は継続すると。」

 「しかし、フランスとロシアが手を組むとなると厄介だな。」

 「はい、プロイセンとしても、勝ち取れるものに比べて、失うものの方が大きくなりかねません。

 そこで、今回私が参りましたのは、そのどちらも起こさない為の援助を一番にお届けしたかったのです。」

 「どりらも起こさない?シュレージェンへの侵攻を止めろという事か?

 それでは、我が国の発展が止まってしまう。飲めぬぞ。」

 「いえ。もっと良い、お国の発展のための方法があります。それが、本日見て頂いたようなエニシ炉の工業製品です。

 エニシ炉で作られる金属製品は、どれも、薄く、軽く、強くなります。これは、それだけ少ない原材料でも優れた物が、多く作れるという事です。

 更に、エニシ炉で精錬を行う際には、鉄鉱石ではなく、古いくず鉄でも同じものが作れます。また、精錬の為の石炭も必要とはしません。

 この、エニシ炉での精錬と工業製品製造の技術を無償で提供させて頂きます。

 価値が高く、高価で取引される工業製品が、多く造れれば、ほんの少し不足する鉄鉱石については、シュレージェンから輸入すれば良いことです。

 エニシ炉は『エニシ』の力で動き続けます。シュレージェンの炭鉱など無くても全く困る事はありません。」

 フリードリヒは、しばらくの間、無言で考え続けていた。

 「で、トマスよ。お前の利はどこにある。」

 「はっ。畏れながら、エウロパの地が平和に富み栄える事で、私も心置きなく商売に精が出せます。

 殿下のお力で、プロイセンにエニシ炉と『エニシ』を用いた工業製品を製造する工場を作るご許可を頂けますれば、十分な利が得られると考えております。」

 「そうして、わが国は、無敵の防備と、より豊かな国へと発展できるか。

 よかろう、私が国王を説き伏せて見せよう。」

 「誠に、有難うございます。」

 「こちらこそ、良い援助が得らそうで、何よりだった。今後とも、よろしく頼むぞ。で、この計画はいつから始める?」

 「はい。プロイセン国王陛下のお許しが出ましたら、直ちに取り掛かりたいと考えております。」


 ベルリンでの話し合いを終えたトマスは、その日のうちにレオンと共に、アムステルダムに向けて旅立った。

 だが、息子のジョセフは、オーストリアへ向かっていた。

 トマスがジョセフに命じた用件は、ウィーンにいるフランツ・シュテファン公と密かに面会し、シュレージェンの鉱山開発の権利を買い取る事だった。


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