第2話
おその
〔諸君、花見をしよう〕
潮
〔そのが誘うの珍しくない?行くけど槍降らない?〕
おその
〔じいちゃんがさ、団子とか桜餅とか手伝いに来るついでに潮たちと花見する分も作って帰れって言うから〕
セリー
〔はぁーじいちゃん健気で泣けるわー〕
潮
〔前じいちゃんの和菓子屋寄って帰ったけど、結局おそのの作る和菓子が一番美味くて好きなんだって自慢してたよ〕
蛍
〔イイハナシダナァ〕
おその
〔そらじいちゃんの塩梅したあんことか餅使って作ってんだから旨いに決まってるでしょ〕
潮
〔おそのの手から滲み出る汗がめちゃくちゃ旨い説ある?〕
おその
〔キモいこと言うなヴォケ〕
潮
〔まぁでもまじでおそのの作った和菓子は旨い。何故かは知らんけど〕
蛍
〔分かる。じいちゃんの旨い和菓子とはまたちょっと違う気する〕
セリー
〔私たちへの愛かなぁ〕
潮
〔愛かもねぇ〕
おその
〔きっしょやっぱ別の人と花見するわ〕
潮
〔和菓子は置いてけなー〕
かのあるふぁ
〔ねー!!花見マジ?!実は誘われるのめっちゃ全裸待機してたんだけど!〕
〔って打ってたらやめる流れになってんのツラすぎる………〕
潮
〔裸族いて草〕
かのあるふぁ
〔ぐすん……服着るね……〕
あまねん
〔え〜やめちゃうの?話出てからずっといい花見スポット検索してたのになぁ〕
蛍
〔どっかあった?〕
あまねん
〔んとね、温泉街の近くが良さそうだった!帰りに温泉入って帰るのもアリだよね〕
セリー
〔決まりやん行こ〕
潮
〔あぁ…おそのは和菓子だけの参加か…また来年一緒に行こうや〕
おその
〔和菓子だけの参加ってどういうこと?分かった行くよ行くってば私も花見に連れてって〕
かのあるふぁ
〔おそのが行くってことは花見予定継続ってことだよね?!やったーー!!!〕
潮
〔服脱いだ?〕
かのあるふぁ
〔今から脱ぐわ!!〕
セリー
〔今週はお迎え前の時間なら何曜でもオッケーです。いつにする?〕
蛍
〔木曜か金曜ならフリーだわ〕
おその
〔じゃ今日から徹夜して木金までにやること終わらせるわ〕
潮
〔んじゃ金曜にしといてくんない?木曜は予定有り〕
かのあるふぁ
〔金曜りょーかい!〕
あまねん
〔金曜おっけーだよ!〕
〔じゃぁ、11時に出発でいいかな?みんな前日は夜更かししないようにね〜〕
「先生ー。かのあさんがまだ来てませーん」
ーーある晴れた日の正午。
駐車場に集まっていたのは、いつものメンバーの内5人。
蛍が挙手して周に報告し、まだ来ていないかのあの存在を示すように洋館の方へ指差して言った。
「深夜2時まで配信してましたー」
これにため息混じりのあくびをしたのは、眠そうに目を擦るその。
洋館を一瞥した後、近くのベンチに向かってのそのそと歩みを進める。
「早起きして和菓子仕込んできたのに…全然急ぐ必要なかったな。1時間寝ていい?」
「おその、膝貸してやるよ」
「んー潮の太ももエロいけど安眠するにはちょっと細いんよなぁ…。あまねんそこ座って」
「ちょっと!どういう意味!?絶対貸さないから」
「じゃぁ潮でいいや」
「あ?で、いいやってどういうこと?もうっ女心まるで分かってないっ0点っゴミっ」
「あぁ…二兎追って二兎失ったわ。腹立ったからもう、かのあ叩き起こしてくる」
くるりと踵を返して、おそのが洋館の方へ視線を向けた時。
「ごめーーーーん!!!今行くーーー!!!」
洋館の2階のバルコニーから大きな声で叫んだのは、中途半端に用意を済ませたかのあだった。
叫び終えると、早速と言ったように髪を振り乱してまた部屋へと戻っていく。
「全く、世話の焼ける…」
「いや潮ちゃん、君も30分遅刻してたよね?」
「だってかのあが2時まで配信したりするから…」
「がっつり見てるやん」
「いや昨日まじで神回だったからアーカイブ見て」
「おけ」
「もう、夜更かししないでって言ったのに」
周が不服そうに膨らませた頬を、潮が両手で挟み込んで叩く。
勢いよく空気の抜けた頬袋をそのままもちもちと触られて、周の眉間に皺が寄った。
「にゃにしゅんの、ぅしお」
「周のほっぺ気持ち良すぎるわー」
「めーくくじゅれぅから」
「暇だからってあまねんで遊ぶなよ潮」
そんなことをしていると、あっという間に十分後。
ばたばたと駐車場へ合流したかのあ。
とりあえず皆に謝り倒した後、息を整えながら言った。
「ごめんよぉ、自分で言うのもなんだけど昨日まじで神回でさぁ」
「自信があってよろしい」
「見てた見てた。あそこで恐竜来るのはまじでかのあさん流石っす」
「潮見てたのー?!あれほんっとやばかったよね!!」
「しかもプテラが来ちゃうってのはもう、激アツでしたわ」
「来てもトリケラかなぁと思ってたんだけどね、いやほんとに!!まだ興奮してるもん!!」
「どんなゲームしてたの…?」
「よっしゃじゃぁ花見へれっつーごー!!」
「「「「「ゴー!!」」」」」
もちろん特に誰も怒ることなどなく、2台の車にそれぞれ乗り込んで出発。
1台は潮、2台目はおそのの運転で目的地へと向かって行く。
ーー途中スペースバックスに寄り、各々好きな飲み物を買い込んで、それから30分ほどで目的の温泉街へとたどり着いた。
温泉街は観光客と花見客で賑わい、構えられた店以外にも出店がちらほらと出ているようだった。
「はー?めっちゃ最高やん」
「かのあ、焼きそば半分こしよー」
「あっ!おその、たこ焼きもあるよー!!」
「食べよ食べよ」
お昼ご飯を買い込み、次は場所取り。
周はきょろきょろと辺りを見回すと、うんうんと満足げに頷いた。
「花見用に座るところが用意してあるから、シート広げて食べる人は少ないらしいって聞いてたけど…当たりだね!」
「あそこめっちゃいい!急げー!」
目星をつけたところへ小走りで向かい、急いでレジャーシートを広げる。
小さな机をいくつか出して買ってきたものを並べていき、6人は桜に囲まれながら幸せそうに微笑みあった。
「スペバのしゃれおつ飲み物、食べ歩きのご馳走、極上の和菓子…最高の花見やん」
「花より団子になってるね」
「桜綺麗!ご飯美味しそう!待ちきれない!いただきまーす!」
「「「「「いただきまーす」」」」」
ーーしばらくして、机の上が飲み物だけになってきた頃。
おそのが件の和菓子をいそいそと机に並べ始めると、全員の顔が「おー!」と綻んだ。
「桜見ながら和菓子食べるとか最高すぎ」
「しかもめっちゃ美味い和菓子とか最高」
「食べて食べて」
「おそのありがとねー頂きまーす」
「ありがとー!!頂きまーすウマァ!!」
早速和菓子を口に運んだかのあが、思わずと言ったように叫ぶ。
そのは嬉しそうに、しかし恥ずかしそうに頬を掻いて見せた。
「別に私が餡子とか仕込んだわけじゃないけど、毎回そんな反応してくれて普通に嬉しいわ」
「いやマジで美味いから!!我慢できなくてやってるだけだからねこれ!!」
「美味すぎマジで何なんこれ?」
「じいちゃんの和菓子いっつも食べてるでしょ」
「いや、おそののは本当…何て言ったらいいんだろ?じいちゃんのとちょっと雰囲気違うんだって、また違う美味さがあるんだって。なんか、歯触り…?分かんないけど最大限美味いって感じ。説明しづらいけど」
「逆に何それって感じ。頂きまーす」
そのもまた、「うん、美味しい」と満足げに目を細めて笑う。
美味しい和菓子に舌鼓を打ちながら、鮮やかな桜を見上げる時間はとても心穏やかになるようだった。
ーーそんな中、ひらひらと舞う桜の花びらを目で追いつつ、潮がぽつりと聞く。
「じいちゃんってさ。結局お店畳んじゃうの?」
「んー…母さんは毎日じいちゃんと働いてるけどまぁ…この先男手がないのは辛いからね。とはいえ父さんはじいちゃんと仲悪いし、兄ちゃんは県外でお嫁さんと暮らしてるし。和菓子よりケーキが好きだし」
「やっぱ、おそのの怪力でもキツい?」
「キツいねぇ。じいちゃんのやってたこと全部を毎日やるのは正直…無理だと思う。手伝うくらいなら全然やるけど」
「小規模にして継ぐとか」
「ちょっと考えたけど、それはじいちゃんの店継ぐ意味あるのかなって」
「うーん…」
全員がどうすればいいんだろうね、と唸る中、そのは最後の一口を食べた後呑気に答えた。
「ま、父さんがそのへん放置してる分は母さんに皺寄せが来てるわけだし。もし母さんが畳まずに継ぐって言ったら考えるよ」
「いいじゃん。力仕事は機械に頼れるところがあれば行けそうかな?」
「それもいいね。考えればやりようは幾らでもありそう」
「こちとらひ孫の代まで買いに行くつもりなんだからね」
「継承するって大変なんだね」
もしもの話ではあったが、そのの返答に満足げな5人。
潮は少し考えて、言葉を選びながら続けた。
「じいちゃんはさ、店にこだわらずおそのが和菓子作ってるってのが嬉しいんじゃない?自分がずっと誇りを持ってやってきたことを孫が同じように出来るって言うのがさ」
「そうかな?」
「だって、やれって言われてある程度出来るってのはさ。血じゃん」
「んー…兄ちゃんが自分からやるって言って出来てればね。じいちゃんはもっと嬉しかったと思うけど」
「関係ないよ。じいちゃんにとっては、そのの和菓子が一番美味いんだから」
「は?別に…兄ちゃんがやってないからってだけで…ただの孫贔屓でしょ…」
「照れんなよ」
ーー持ってきた和菓子の入れ物はさらりと空っぽになった。
お腹もいっぱい、気持ちもいっぱいになり、大満足となった花見。
後片付けを終えて、温泉街へ泊まるもの、洋館へ帰るものと別れーーー。
洋館組を送り届けた後、そのは実家の和菓子屋へと向かっていた。
老舗和菓子屋の暖簾をくぐり、奥の部屋で作業していた祖父に声をかける。
「じいちゃん」
「おう、その。花見はどうだった」
とびきり嬉しそうに聞いてきた祖父へ、そのもまたニコニコと微笑んで返した。
「今日も美味しかったよ。みんなも美味しかったって。ありがとね」
「そりゃおめぇが作ったんだ、その。俺じゃねぇ。美味く出来てたなら良かったな」
「じいちゃんの餡子も餅も、いつも美味しいよ」
「おめぇの親父が作っても同じようにはならねぇ。俺の味とも違う。繊細な指先の作る和菓子は味が違ぇんだ」
「んー…同じだと思うけどなぁ」
「作ってる本人には良く分からねぇもんだ。俺の和菓子は問答無用で美味い、おめぇの和菓子はとにかく舌が好む。この違いだな」
「違くなくない…?」
訝しみながら首を傾げ、まぁいいやとそのは笑った。
「次は夏に水饅頭とか色々するよ。花火見なきゃね」
「おう。いくらでも作ってくれ。いつでも待ってるからよ」
「うん。あ、母さんは?表にいなかったけど」
「今ぁ隣の本屋に和菓子届けに行ってる」
「そうなんだ。…あ、戻ってきた。じゃぁね、じいちゃん。また来る」
「潮ちゃん達にも、いつも贔屓にしてくれて有難うなって伝えておいてくれよ」
「はーい」
祖父に手を振り、今度は母親に声を掛ける。
日常的な会話をいくつかした後、そのは和菓子屋を出て、再び洋館へと帰って行った。
* * * epilogue
(俺ぁ、あと何回そのの拵えた和菓子が食えるかな)
(お義父さん。心配しなくても、そのはお店を継ぎますよ)
(なにぃ?)
(母親ですもの。分かります)
(でも、そのは好きな仕事があるんだろう)
(ええ。だからこのお店の全てをすることにはならないと思いますけど…。そこは私が何とかしますよ)
(……私がなんとかったって、博子さんそりゃ…)
(そのはね、早起きなんてできないんです。学校はいつも遅刻ぎりぎり、眠そうに大学へ通いながら遅刻の必要のないお仕事をして…
それが和菓子を作る時だけは早起きしてるんです)
(……俺の朝が早ぇから合わせてるだけじゃねぇのか)
(苦手なことも我慢して出来るくらいには、あの子にとって楽しくて向いてることなんでしょう)
(楽しくて、向いてる…)
(向いていて、あの子がやりたいと思っているのなら。それが叶えられる場所は残してもいいじゃありませんか)
(……)
(それに、私。最初にお義母さんからお店を手伝ってほしいって頼まれた時は正直嫌だったし大変だったけれど…)
(お、おぅ…)
(お義父さんの作る和菓子って本当に美味しくて。試作も食べられるし、何て幸せなのって)
(おぅ…そうか…)
(お義母さんが亡くなってからもずっと手伝ってきたけれど、そのがお義父さんの見様見真似で和菓子を作っているのを見た時に思ったんです。
あぁ、この子もお義父さんの和菓子が好きなんだって)
(……)
(こんなに美味しいものがこの世にあって、お義父さんと同じように上手に作れるそのがいるんですもの。
そのがやりたいなら、お店があってもいいじゃありませんか)
(……しかしそうか、俺の和菓子はそんなに美味ぇか。そんな風に思ってたとは知らなかった、息子が手伝わねぇから仕方なく今までずっとやってるもんだと)
(和菓子が美味しくて良かったですねぇ)
(そ、そうだな。俺ぁあんたには、もう一生かけても敵わんよ)
第2話 了