第15話
潮
〔えー。桜の便りが待ち遠しい季節、暖かな日差しを浴びて今か今かと咲く日を待つ蕾のように、期待に胸を膨らませ、未来へと希望を抱く雪解けの春が訪れました〕
蛍
〔お、何か始まったぞ〕
潮
〔我らが相良そのも、4年間学業に励み、友人と楽しい日々を共にする中で、自分のやりたいことを自分自身に問いかけ、ついに進むべき道を未来の自分として思い描き、今日という卒業の日を迎えます〕
おその
〔何やねんこのノリ〕
潮
〔春からは4年間の学びを生かしながら、和菓子屋を継ぐ為に修行の日々を過ごすことでしょう〕
〔我々もその成長を友人として見届け、そしてこれからも変わらず、はなやぎのメンバーとして同じ時を過ごし続ける中で〕
〔今日という日はその区切りとして、ひとまず、卒業を迎える相良そのへ、お祝いの場を設けたいと思っております〕
おその
〔何か分からんけど卒業式の前に泣かすなや〕
潮
〔ご家族の方から、是非にと許可を頂いております〕
〔卒業の余韻に浸ったその後、本日18時より、はなやぎ館の中庭にて「おその卒業おめでとう〜串カツパーティ編〜」が始まります〕
〔どうかお祝いされる気満々でご参加くださいますよう〕
かのあるふぁ
〔串カツパーティ編きちゃーーーー!!!!〕
〔他に何編があるのかな?!かな?!〕
潮
〔最後に、相良そのの今後益々のご多幸をお祈り申し上げ、お祝いの言葉と致します。本日はご卒業、おめでとうございました〕
おその
〔いや、まだなんですが〕
セリー
〔88888888〕
かのあるふぁ
〔8888888888〕
蛍
〔良い式だったなぁ〕
あまねん
〔感動した〜!〕
おその
〔いや、これからの本番が2回目みたいになるの変だろ良い加減にしろ〕
〔でもまじでありがとう〕
〔お陰で今から行われる卒業式に感極まってうるうるしてる奴みたいになったわ〕
〔教授に「お前も、泣いたりするんだなぁ…」って涙声で言われたわ 潮お前を殴りたい〕
潮
〔草〕
セリー
〔えー、そんな中ですね 僭越ながら〕
〔今回のパーティでサラダやスープ、副菜などの料理を担当させて頂くこととなりました、三鼓 芹です〕
〔おそのの好物をふんだんに取り込んだメニューで、喜んで頂けるよう張り切って腕を奮います、よろしくお願いします〕
おその
〔まじかよ 早く卒業しなきゃ〕
〔本当にありがとうね〕
〔待ち切れん 卒業式はよ〕
潮
〔というわけで、本日18時〕
〔はなやぎ館にてお待ちしております〕
〔卒業式楽しんで〕
おその
〔うぃー〕
〔普通に嬉しくてにやにやしてた〕
〔楽しみにしてます よろしく〕
「椎茸、れんこん、アスパラ、かぼちゃ、茄子、モッツァレラチーズ、牛肉、鶏もも、豚バラ、えび、ほたて」
「ちょっと!!お腹空いてるんだからやめて?!!」
ーーはなやぎ館にて。
串揚げの材料がずらりと並べられたログテーブルを、かのあと潮が目を輝かせて見つめる中。
パーティの飾り付けを終えた蛍が戻ってくると、同時に料理の下拵えを終えた芹と周も戻ってきた。
その両手に抱えられたお盆には、美味しそうなパーティメニューの数々。
「今日ドーナツしか食べてないから…やばい、お腹でオーケストラが音楽奏でてる…!」
「お、良い風に言いますね。どっちかというとカエルの合唱なんだけど?」
「はぁ?!そっちだって寝起きのおそのの呻き声みたいなのが聞こえてますけど?!」
「いない主役をいじるんじゃないよお前は」
「2人とも、ケンカしてないで料理運ぶの手伝ってくださいよ」
「「はーい」」
串揚げの材料とは別のテーブルに並べられていく芹の手料理。
より一層お祝いの席を彩っていくその様子を、潮がうんうんと頷きながら一枚写真に撮って収めた。
「一つの作品みたいだわ。メニューおなしゃす」
「んとね、おそのは海鮮系が好きだから…あさりの海鮮スープと、サーモンのカルパッチョと、海藻サラダ、ドレッシングは前におそのが美味しいって言ってくれたやつを作りました」
「揚げ物食べるお腹にとっても優しいわ」
「おそののおじいちゃんとお母さんも来るからね。できるだけ食べやすいものをと思って。あとは、おそのが美味しいって言ってくれた鶏ハムとか、食べたいって言ってたイカ墨パスタとか色々。適当に副菜ですね」
「もうめちゃくちゃお洒落なビュッフェですやんこれ」
「本当に?ありがとう、嬉しいな」
スープ鍋は保温機の上に乗せられ、サラダやパスタなどにはそれぞれ小分け用のトングが添えられていたりと、ビュッフェさながらの様相はさらに食欲をそそった。
「ビュッフェ行ったことないから、このお洒落で美味い空気感みたいなの味わえて嬉しいわ」
「分かる」
「ふふーん。私はついこの間、どうしても行きたいフェアがあるからついてきて!ってお願いして、萌ちゃんが幼稚園に行ってる間にセリーとお洒落なビュッフェ行っちゃいました〜!」
「美味しかったね。久々におめかししたよ、誘ってくれてありがとう。今回色々作るにあたって、取りやすい置き方とか美味しそうに見える置き方とか、すごく参考になったし」
「何勝手に美味そうなことしてんだ!誘えよ!!」
「そーだそーだー!!」
「ご、ごめん……①静かにできる人 ②食事のマナーを我流で突き通さない人 ③緊張で味しないとか言わない人 が一応私の中で条件だったんだけど…①の時点で…セリーしかいなくて…」
「それは!!ごめん!!」
「静かにできないことを許容しても立ちはだかる②の壁が高すぎる」
「え?これフォークで食べるの?いいでしょ別に箸で。誰も見てないでしょ。とか絶対言っちゃうわ」
「確かにビュッフェだし誰も見てないだろうから、ダメじゃないとは思うんだけど…何か気になっちゃうんだよね私」
「③も絶対言うわ」
「かのあは言わないよ!!」
「お前は①で絶対的な足止め食らってるから無理」
「はい」
話しながら、細かい飾り付けを加えてパーティの準備は完了。
そうして、開始の18時10分前。
はなやぎ館に辿り着いた軽自動車を駐車場へ誘導すると、程なくして主役が登場した。
「おそのーー!お疲れさまーー!!」
「お疲れーありがとー」
「主役の登場ですな。どうですか、パーティ会場は」
「まぁ、あれだよね。ちょっと…柄にもなく泣きそうかな」
恥ずかしそうに鼻を啜ったおそのの後ろで、おそのの母親と祖父も賑々しく飾り付けられたパーティ会場に目を潤ませる。
「待って、お母さんも泣きそう。改めて、そのがこんなにも素敵なお友達に恵まれてるってことが、お母さん本当に嬉しい…卒業式でもいっぱい泣いたのにまた泣いちゃう」
「絶対たくさん泣いちゃうからってタオル持参したのに、これじゃ足りないねお母さん」
「大丈夫、予備でハンカチ持ってきてたから…」
「準備いいね…」
「おその、お前は本当に…良い友達に愛されて、幸せもんじゃぁねぇか。我が孫ながら、心から誇らしいよ」
使い慣れないスマホで会場の様子を写真に収めた祖父。
その画角に全力で「いえーーーい!!」「撮れてる!?カメラ映ってる?!」「ウィーーー!!」とピースをして映り込む蛍とかのあと潮。
芹と周がおそのを手招きして呼ぶと、6人での楽しそうな写真が撮れた。
「こりゃ良い写真が撮れたなぁ。おその、今撮ったこの写真はどうやったら一番最初の画面に持って来れるんだ?」
「オッケー、後で設定しとく。あと私の方にも送っとこ」
「トークの方にも送ってー!!」
「了解」
それから、主役も来たし座ろう、と椅子の方まで移動してそれぞれ着席する。
潮が腕時計を確認すると、針はぴったり18時を指していた。
「ではでは、ちょうど開始時刻の18時になりましたところで、早速パーティを始めましょうか」
「「「はーーい!」」」
「皆さま、お手元のクラッカーを用意して頂きまして」
各席に置かれていたパステル色の小さなクラッカーを手に取ってもらうと、潮は一つ咳払いをして続けた。
「おそのちゃん、4年間お疲れ様でした。ご卒業、おめでとうございます!」
「おめでとーー!!」
「おめでとうございまーす!」
「卒業おめでと〜!」
空気の弾ける小気味良い音が幾重にも鳴り響いて、クラッカーから花びらの形をした紙が勢いよく飛び出す。
「ありがとーーー!」
おそのの感謝の言葉の後、細い糸で繋がれた花びらの紙を見て、各々が感嘆の声をあげた。
「なんだこのクラッカー、かわいいじゃん」
「サイズも音も小さめで且つ飛び散らない仕様な上に、花びらの形してるのよ。良いでしょ」
「有能」
そうしてくるくると糸を巻いて回収し、クラッカーを片付けた後は。
可愛らしい取り皿を各々手に取り、いよいよお祝いの食事の時間。
豪勢なメニューを前に、おそのの気持ちは更に昂った。
「もう…我慢できないから、叫ばせて。ありがとーーーーー!!!」
「友達の為に張り切れるって環境、素晴らしいよね」
「てかセリーさんさぁ、これイカ墨パスタさぁ…食べたいって言ってたの覚えててくれたん?」
「うん。いつか作ってあげようと思ってたんだ」
「もう泣いちゃうわ。誰かタオルちょうだい」
「喜んでもらえて嬉しい」
「ではではおそのさん、メインはこちらの串揚げでございまーす」
「いや…まじで思ってたよりずっとお洒落な感じで並べられててテンション上がってますこれ。めっちゃ楽しみにしてたから嬉しすぎてスキップしそう」
「どうぞ」
串揚げの材料が並べられたテーブルをスキップで一周したおそのは、好きな具材を取って早速衣をつけていく。
「うおー、黄金色の油が食欲そそるんじゃー」
「塩胡椒してあるんで普通に揚げてくださいな。揚げたら油切る用の網に置いてもらってもいいし、そのまま食べてもいいし。任せます」
「あざす。お腹空きました。では一番手、行かせて頂きます!」
張り切って言ったおそのは、早速衣をつけた牛ヒレ串を黄金色の油の中に投入した。
食欲をそそる、油の跳ねる音。沸き立つ幾つもの泡。そして、衣の揚がる香ばしい匂い。
「あーーー最高です」
「そろそろ良いかな?」
「良い色になってきたね」
「よっしゃー!ではではすみません、熱々行かせて頂きます」
サクサクとした美味しそうな咀嚼音の後、幸せそうにいいねポーズをしてみせたおその。
「最高。美味い。あざす」
「美味しそーーー!!良い音ーー!!!」
「皆も突っ込んでくださいな」
「わーーーい」
「よっしゃー!ほたてどーーーーーーん!!!」
「アスパラどーーーーーん!」
たくさんの具材が揚げられ、良い匂いが辺りに立ち込めた。
揚げたてを頬張った面々は、しばらく美味しい幸せを噛み締める。
「あー、アスパラ美味すぎてキレそう」
「かぼちゃほっくほくですわ」
「海老おすすめっす」
「これ鯵と大葉とチーズくるくるしてあるやつ美味すぎるけど!何これ」
「あ、美味しい?良かった。豚バラバージョンもあるよ」
「なんだと?!食べよう」
串揚げの美味しさを堪能しつつ、副菜にも舌鼓を打っていく。
「ねーーーイカ墨パスタ美味すぎるーーーありがとうセリーーーー泣きそうーーー」
「良かった。そんなに喜んでもらえたら作りがいがあるよ」
「ドレッシングとか鶏ハムとかもこれ、前私が美味しいって言ったから用意してくれたん?」
「そうだよ」
「スープもこれ、私が海鮮好きだからなん?」
「勿論」
「結婚してくれぇぇーーーーセリー良い女すぎるーーー」
「ねぇ、お酒とか出してたっけ?」
「主役、あまりの嬉しさに素面で酔っ払う」
「素面で酔っ払う…?」
「酒じゃー!酒を持てーい!」
「勿論用意しております」
ワインやビールなどがクーラーボックスから出され、グラスと一緒に机に並べられていく。
「じいちゃんも呑む?」
「いやぁ、俺ぁ…博子さんに運転してもらってんのに呑めねぇよ」
「お義父さん。私のことなんて気にせず、遠慮しないでください。おめでたい日じゃありませんか」
「そうか…?いいのか?」
「私はこのおしゃれなドリンクを頂くので」
おそのの母が嬉しそうに掲げたグラスには、芹お手製のジュースが入っていた。
芹は気恥ずかしそうに頬を掻く。
「年甲斐もなくね、こういうお洒落なの大好きなの。きらきらしてて」
「ありがとうございます…作って良かった。蛍のおじいちゃんが贈ってくれたキウイとかレモンとか、柑橘系と…あと追加で贈ってもらった苺を使って作ってます」
「あのね、本当に美味しい」
「あれだよね。本当に絞った果汁と炭酸水だけなんだよね」
「うん。何も足さなくても充分甘くて美味しいから…だから作ったっていうより、絞っただけって感じではあるけど」
「美味いですよまじでこれ」
「わいも飲もー」
「果物がグラスに挿して添えてあるのがお洒落すぎるんよなぁ」
芹の映えドリンクにきゃっきゃする女性たちを横目に、おそのの祖父はうーんと唸る。
「まぁ…博子さんがそういうなら…呑んでもいいか…」
「いいじゃん、じいちゃん。呑もうよ、注いであげるからさ」
「まぁ…そのがそういうなら…呑んでもいいか…」
おそのの母に手を挙げて礼を言い、早速グラスにビールを注いでもらうと。
おそのの祖父は噛み締めるようにして言った。
「可愛い孫が注いだ酒。そして、その酒を孫と乾杯できる祝いの日。俺ぁなんて幸せもんだろうなぁ」
「長生きしてよ、じいちゃん」
「おう。任せとけ」
「乾杯」
「卒業おめでとう。乾杯」
2人がグラスを合わせる音が、庭に良く響いた。
微笑ましくその様子を見つめていた面々も、改めてお互いにグラスを合わせる。
「しかし、おじいちゃんのやってることを…それも技術と絆を伴ったことを継承するって、本当にすごいよなぁ」
「それができるだけの技量と度量がおそのにあるんだから、尚更すごいよね」
「いやいや…。ただ、この先どんなに頑張っても和菓子屋の店主としてじいちゃんに敵うことはないだろうからさ。別のところで勝てるように努力していくよ」
「勝つ必要なんてないよ、そこに通う理由は人ぞれぞれなんだから。おそののやりたいことがそこに詰まってるなら、それで充分だと思いますよ」
「潮ちゃんの言う通りだ。継承したからって、全部そっくり同じじゃなくてもいい。おその、お前のやりたいように決めていいんだ。俺ぁそれが一番嬉しい」
「そうだね。それもそうだ」
おそのは頷きながら、揚げたモッツァレラチーズをにょいーんと伸ばして笑う。
「モッツァレラうんま。優勝」
「鶏ももと椎茸がさぁ、美味すぎて酒が進むんじゃぁ」
「分かる。てかこの蓮根、挽肉が挟まってるけどこれちょっと美味すぎませんかね」
「お茄子もとっても美味しい。太っちゃうから控えなきゃいけないのに、おいしいからどんどん食べちゃうわ、困っちゃう」
「たくさん食べて帰られてくださいね」
「ありがとう。こんなご馳走を頂いちゃって良いのかしら」
「おそのにとっても素晴らしいお祝いの日ですけど、お母さんにとっても、生まれてからこれまでおそのを支えてきた、その節目の日ですから。本当にお疲れ様でした」
「待って、蛍ちゃん…!おばちゃんを泣かせないで…!!もう、明日目が開かなくなっちゃう…!」
「これからもよろしくねー」
「お前は軽過ぎるのよ」
「いやぁしかし、お母さんと同じところで働けるってすごいね」
確かに、なんて話しながらも、ご馳走に箸が止まることもなく。
すっかり日が落ちた後も灯りをつけてパーティは続いていく。
「どんなことしていくか、ビジョンとかはあるの?」
「んー。新しくなったからって、全部新しくする必要はないって思うから…そこはバランス良くやりたい。変化もすごいことだけど、変わらないって同じくらいすごいことじゃない?」
「そうね。変わってほしいものも、変わらずそこにあってほしいものも。同じ場所で共存できたならとても素敵ね」
おそのの母親が微笑んでそう言って、暖かい眼差しを娘へ向ける。
だよねと満足げなおそのに、はなやぎの面々の心も綻ぶ。
ーーそうして、気持ちもお腹も満足になり、お祝いのご馳走も空になった頃。
「その!!俺ぁ嬉しい!!可愛い孫が、俺のやることを同じようにやって、資格もきちんと取って、和菓子を本気で作ってくれるのが!!嬉しい!」
「じいちゃん、酔っ払って声量調節馬鹿になっちゃってるから。ほら、水飲んで水」
「いい友達に囲まれて!!こんなご馳走まで!!俺ぁ海鮮スープが気に入った!!また食べたいんだ!」
「はいはいお義父さん、それくらいにして。そろそろお暇しましょうかね」
海鮮スープまた作りますね、と答えた芹に、男泣きで何度も頷くおそのの祖父。
「美味しい料理、ご馳走様でした。そのの為にこんな素敵なお祝いをしてくれて、本当にありがとう」
「いえいえ、こちらこそです。喜んでもらえて何よりでした」
「まじでありがとね。しばらく頭上がらんわ。特にセリー」
「おそのの喜ぶ顔が見たくて張り切ってたから、大成功だよ。きちんとお祝いできて良かった」
「結婚して」
暗くなった道を照らしつつ、駐車場へと移動する。
皆が見守る中、相良家の3人は車に乗り込み、窓を開けて最後の挨拶を交わした。
「みんな、本当にありがとね」
「うぃー。おめでとうございました」
「ゆっくり休んでね〜」
「おやすみーーー!!またねーー!!」
「うん。おやすみ」
ーーはなやぎ館から遠ざかっていく車に手を振った後、面々は庭へ戻ってしばらくパーティの余韻に浸った。
「良いパーティになったね。おそのめっちゃ喜んでたなぁ」
「本当にね」
「あー、学生組、私1人になっちゃったな〜。ちょっとさみしい」
「そうね。来年も卒業パーティ張り切らなきゃ」
後片付けを綺麗に終えて、はなやぎ館へと戻っていく。
お祝いを楽しんだ庭は、しばらくの間暖かい空気に包まれていた。
* * * * * epilogue
(お帰り、その)
(あれ?お父さん。珍しいね、こっちの家に来るなんて)
(何言ってんだ。そもそもお前と博子が親父の家に居座りすぎなんだよ)
(…………確かに)
(あなた、卒業式の後からずっと待ってらしたんですか?)
(あ、そうなの?卒業式終わってサークルで集まるってなった時に、「じゃ」とか言ってそそくさ帰って行ったから。何か用事でもあるのかと思ってた)
(その後お友達とパーティするって言ってたから、このまま待ってんのも微妙かと思って抜けたんだよ。家族で飯食って帰るってんなら帰らずに残ってたんだが)
(来れば良かったのに)
(俺みたいなおっさんが混ざったら気遣わせるだろ。まぁそう遅くならないだろうと思って待ってたら、揃いも揃って酒くせぇ)
(お父さんさぁ…今日くらいぐちぐち言うのやめてよ。せっかく気持ち良く呑んできたのに)
(はいはい、悪かったよ。おら親父、そこで寝るなよ、運んでやるからベッドで寝な)
(ねーお父さん、机の上のピンバッジなにこれ?)
(お前は何で…!人があげようと思ってたものを先に開けるんだよ)
(いや、明らかに私へのプレゼントだろうからさ。中気になったから開けてもいいかなって)
(平然としているようですけど、そのもお義父さんと同じくらい酔っ払ってるんですよ、あなた)
(はぁ…。まぁいい。ほら、おめでたい時くらい手渡しさせてくれ)
(何なのこれ?)
(苺の形したピンバッジと、桜の形したピンバッジだ。俺はお前が作った和菓子の中で、苺大福と桜餅が好きでな。襟元の邪魔にならないとこにつけてくれ)
(卒業のお祝い?わざわざ用意してたんだ)
(お袋も好きなピンバッジつけて働いてたからな。お前も同じようにするといいさ)
(ありがと。普通に嬉しい)
(俺は未だに驚いてるよ。きちんと大学通ったってのに、お前が就職やめてまで親父の店で働くことになるだなんて)
(まぁ…ちょっと思い切ったかも。でも、できると思ったから、やりたいと思ったからそうしたんだよ)
(その。お父さんはね、自分が和菓子屋を継がなかったから、そのが気兼ねをして就職をやめることになったんじゃないかって。ずっと気にしていたのよ)
(なにそれ。お父さんはどんだけじいちゃんの和菓子屋が嫌いなの。私が継いだら何かだめなの?)
(いや、俺と親父のせいで他の選択肢を捨てさせたんじゃないかって思ったんだよ。親父の和菓子屋を嫌ってたのは…確かだが)
(………なんで?)
(あんこの匂いだ、古臭い匂いがするってガキの頃いじめられてな。ガキが人いじめるのに理由なんて何でも良いってのに、俺も同じくガキだったんで、当時は親父のせいだって辛く思ってた)
(……)
(それが大人になってもしばらく尾を引いてたんだが…。別にいいと思ってた。俺には和菓子作る才能もないし、親父の代で潰れたって仕方ないだろ、くらいに思ってたんだが)
(それが私がお店の手伝いをするようになって、ちょっと変わった?)
(分からん。嬉しかったのかどうかは…未だに良く分からん。でも、お前が作った和菓子が、親父の作る和菓子と同じくらい美味かったことだけは…紛れもない事実だった)
(………)
(その。俺は和菓子を作る才能もなかった、親父ともずっと反りが合わなかった。いじめられて親父の店のことを好きになれなかった。でも、親父の作る和菓子は……誰より好きだった)
(私が持ち帰った和菓子、いつも嬉しそうに食べてましたもんね)
(そうだったの…?)
(………親父の味を、継いでくれてありがとう。意固地になってたが、これからは堂々と親父の店に…お前の店に通う)
(………)
(俺たち親子のことに巻き込んで悪かった。だからこそ、お前が、自分がやりたくて選んだ道なんだと聞けて心から嬉しい)
(……うん)
(卒業おめでとう)
(おい、馬鹿息子)
(な…!!何だよ親父!起きて……いつから聞いてたんだよ!)
(明日はとびきり美味い葛餅を作ってやるからな)
(ねー、春祭りの時に桜のピンバッジつけたら絶対かわいいよね)
(あら、いいわね)
(つけよーっと。お父さん、ありがとね)
(はいはい)
第十五話 了