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幕間29/守護獣練成

 儀式の準備を終え、セルヴィスさんが私とアリーシャさんに確認する。

「守護対象は、どこの土地、あるいはどの人にしたいんだい?」

 ためらいながらアリーシャさんは質問する。

「……それは、どこに住んでいる人でも大丈夫なの?」

「できれば、この国に住んでいる人のほうが確実かな。東のジャータカ王国までなら守護獣が自力で向かうことはできるけれど、海を越えることまではできないから北の大陸は無理だし、南の国は国境に強い魔術障壁が張られていて越えられない」

「……そっか、アレがあったっけ……」

 セルヴィスさんの説明に、アリーシャさんは少し悩んだようだった。もしかしたら、南の国にお友達がいるのだろうか。今まで話を聞いてきた限りじゃ、アリーシャさんの出身はどうもこの国じゃなくて南のユロス・エゼルのようだし。

「……じゃあ、あたしは、……ゲルダ先生にします。先生、きっとこういうことに興味あるだろうし。守護獣に、手紙を運んでもらえないかな……」

 その言葉に、セルヴィスさんは明るく請け負った。

「そうだね、手紙を託すだけの猶予も用意しよう」

 アリーシャさんがゲルダ先生のために守護獣を望むなら、私はイライザさんの無事を願うことにした。きっと二人は同じ場所にいるだろうけど、もしかしたら別行動をする日が来るかもしれないし、安全策は多い方がいい。



 私とアリーシャさんの緊張が解けないまま準備は完了し、儀式は始まった。


 針金人形が長い指を動かし鉄琴を弾き、澄んだ高い音が転がるように流れ出す。

 その前奏に合わせシャニア姫が一礼し、銀の扇を右手にかざした。

 次いで始まるアリーシャさんの演奏に、コルドさんがくるくると踊り出す。

 それを目で追おうとするのに耐え、深く息を吸う。

 魔術的な宣言を歌へ乗せるのは私の役目。



『 月 太陽 星 』


『 因果つながりて 』


『 烈から冽へ 』


『 夢を現に 』


『 幻を顕に 』


『 祝福を形に 』


 詞に対応するように、学院中を走る循環水路が光を放つ。

 屋上であるこの場に向け、輝きが流れ始めた。

 あの水路は魔術補助の役割も兼ねていたらしい。

 その光の流れは、学舎全体にアストロジア家の紋を浮かび上がらせた。


 舞うようなシャニア姫の動きに、魔力が誘導されていく。

 セルヴィスさんによる弦楽器の重い音が、それを束ねあげる。

 光と音の流れが渦巻きながら円陣を描いた。

 曲の盛り上がりに合わせ、学院中から魔力が集まってくる。


 逸る鼓動を落ち着けるよう、また息をつく。

 

『 境を超え届いた花弁は 』


 円陣から虹色の光が散る。


『 淡き雫を受け止め 』


 カラコロと鳴る音が反響する。


『 月下にて実を結ぶ 』


 目の前で蜃気楼が揺らめく。


『 芽吹きの炎 』


 揺らめきから何かが生まれようとしている。


『 新星の煌めき 』


 望みどおり、二体。


『 今こそ護りの力を 』


 渦の中より跳ねて現れたのは、白い鹿の姿の守護獣だ。


 まるで軍神を祀る神社の神使のような、清らかさと力強さを感じさせる体躯。


 立派な角にぶら下がる鐘が、奏でた音を再現するかのように鳴った。


 見惚れるうちに、演奏と踊りは終わっている。


 アリーシャさんが、守護獣の姿を見て感嘆の声を漏らす。

 セルヴィスさんは白い鹿に近寄ると、その首筋を撫でてこちらを向いた。

「良かった。これで儀式として成り立つと証明できたよ。参加してくれてありがとう」



 私とアリーシャさんの手紙をそれぞれ角に結わえた守護獣は、高く跳ねて東へ駆けていった。鐘の音色が遠くなっていく。

 無事にあの二人のところまでたどり着いてくれますように。

 学舎全体を儀式に使った大掛かりな魔術なのに、私達が片付けを終えて帰るまで、誰も屋上へやって来なかった。フェン様が、妨害されないよう手配してくれたのかもしれない。

 シャニア姫やセルヴィスさん、それに妖精さんともお話したかったのに、みんなこれから忙しいそうで、すぐに去って行った。

 儀式の余韻でぼうっとしながら、アリーシャさんと二人で屋内を歩く。

「……何だかまだ、実感が湧きません。本当に私達が守護獣を作る魔術に参加したなんて」

 私の言葉に、アリーシャさんはガクンと頷いた。

「うぅー……。そうだよ。白昼夢じゃないんだよね。夢みたいだったけど。あたしにはあの鹿が本当に守護獣なのかもよくわかんなかったし」

 言いながら、預かっている円盤楽器を掲げたアリーシャさん。タリスさんから借りた楽器を、大掛かりな魔術に使うことになるのは予想していなかった。

「歌うことに集中して、妖精さんとシャニア姫の踊りをじっくり見られなかったのは残念です……」

「あー、わかるー! あたしも演奏に夢中で、ノイアちゃんの歌、よく聴いてなかった! 声は流れてくるのに、耳を素通りしてって。なんか、実験に参加するより観客してみたかったかも」

「激しく同意です」

 あれだけ派手なことをしたのに、詳細は他の人には話さないよう口止めされてしまった。

 そのことでアリーシャさんが困ったように呟く。

「バジリオの奴に、どう誤魔化そうかな……。最近は昼休みにノイアちゃんと屋上にいるって、セル何とかさんと会う前に言っちゃってたし」

「じゃあ、今日は私達も屋上には近づけなかったことにしましょう」

「そだね……あいつ魔力の流れとかに敏感だから、屋上で儀式があったのはすぐに気付いただろうし」

 二人で秘密の共有をし、それぞれの教室へ戻る。


 教室では、級友の皆さんが先程の件でまだざわついていた。

 私は目立たないよう静かに席に着く。

 次の授業の用意をしていると、ふと視線を感じた。思わず顔を上げて窓を見ると、この棟の向かいの建物に、バジリオさんの姿が見えた。

「……え?」

 何だろう、と思ったところで、バジリオさんはすぐに歩き始めた。方角からして教室へ戻るようだ。

 ……もしかして、あれは私を観察していた?

 私がアリーシャさんを変なことに誘っていないか警戒されている……のだろうか。

 うーん、どうしよう。さっき目が合ったのは気のせいかもしれないけど、誤解があるなら解いておきたい。

 私は幼馴染みの関係性を妨害したりはしませんので!

 って、宣言した方が逆に不審者感が強いですかね……。

 





  *  *  *  *  *  *  *





「なあ、律楽の王」

「何だい? ケット・シーの勇者君」

「なんだか、ご機嫌だな?」

「そりゃあね。妖精の君まで協力してくれたおかげで、儀式は上手くいった。それに、守護獣を好きにしていいと言ったのに、あの子達は自分や自分の故郷じゃなく友人のために使うと決めた。この国にもまだまだ希望は多いと実感できたからね」

「そうか。儀式に協力したから、俺の依頼も受けてくれるのか?」

「ああ、約束は守るよ。その縛りには逆らえない身だからね」

「ふうん。魔術王は余程強かったんだな。自力で界を超える強者に、そんな強制ができたなんて」

「力で服従させられたわけじゃないさ。友人だから同意しているんだ。元々私に戦闘能力は無いようなものだけど」

「ともかく、俺の話をこの国の王様に通してくれるんだな?」

「交渉には尽力するとも。アストロジア家としても、妖精族と関係が持てるなら大歓迎だろう」

「なら、海辺の街で待機している北の国の貴族と、鳥の公爵を会わせてやってほしい」

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