王宮制圧
ジャータカ王国の王宮は、私たちが今いるこの街が見える距離にある。
もしかしたら、街から逃げたゴロツキたちが王宮まで無事について、何が起きたのかを報告しているかもしれない。魔物が現れたにせよ、アストロジア王国からの侵攻に気付いたにせよ、警備は強化されているだろう。
こちらの陣営としても、敵地に直接乗り込むつもりはまるでない。
そのため、この燃え尽きた街を仮拠点に仕上げ、ここから魔術戦を仕掛けることになった。
街の外壁が残っているおかげで、ここにどれだけの人員がいるのかは王宮からは確認できない。偵察を送られる前に作戦開始だ。
シデリテスの指示に従い、私も魔剣を取り出して円陣に加わる。
集団魔術は参加者の意識と行動を連携させるため、術の起点になる人の宣言が必要だ。今回の大規模な魔術発動の起点になるのは、もう一人の王族だった。
白地に金糸で紋が刺繍されたローブを纏う、細身の魔術師。栗色の髪のその人は、黒いローブの魔術師十人に囲まれた陣の中央で、高らかに述べた。
「これより我らを阻むもの全て形を失くし、天を巡る雲へ回帰する」
相手の魔術を強制的に破壊する、一方的な宣言。
十人分の魔力を強引にまとめ上げ、竜巻のような流れを勢いよく空へ放つ。それは嵐のように王宮を覆いつくしていく。
やがて、大理石でできた丸い宮殿の姿がさざなみのように震え、結界が崩れ出した。
間を置かず五感を狂わす術を広域に打ち込む。
泡のように、対抗魔術がいくつも弾け散って無効化されるのが見えた。
魔術の残滓は空へと消える。
王宮にいる人間は、急なこの仕打ちに悲鳴を上げていてもおかしくない。
物理的な手段ではないけれど、暴力と呼んで差し支えない荒技だ。
やられる側からしたら恐怖でしかない。けれど、これが一番マシな手段。
遠見の術で相手を無力化したのを確認し、こちらの陣営は王宮へと向かう。
王宮に着き、更に入念な罠の解除を行う。
ここを占拠していたのは、やはりこの国の人達ではなかった。
きっと自分達の魔術に自信があったのだろうけど、力で押し切ったのはこちら側。
気絶している魔術師やゴロツキ達を、魔術と物理の両方で拘束していく。三十人くらい虜囚として倉庫にまとめて放り込んだけど、みんな一様に濁った暗い色の服を着ている。どこかの組織の構成員のようだけど、暗殺組織の有翼獅子とも、魔術師集団の翡翠の鍵とも違う紋様が入っている。多分、覇権争いで新組織を作りたがって無駄に分裂したんだろうな……。
悪人用に組織ロゴをデザインするお仕事、需要が高そう。それとも、本人たちが自作しているんだろうか。前世でどのゲームを遊んでるときも、それ気になってたんだよね。どの敵も団体のシンボルマークをばっちり用意してくる風潮。
それはさておき、本来ここで働いているはずの使用人の姿が見当たらない。どこに行ったのか。
王様は、王宮の奥の寝室で静かに眠っていた。魔術による昏睡で、かろうじて生きてはいるけど衰弱がひどい。もう何年もここに閉じ込められているようだった。
安全を確保し、ナクシャ王子やイライザさん達も王宮へと入った。今頃、意識のない王様をどうするのか、シデリテスと話し合っているだろう。おそらく最初の想定通りになるけど、王様には生きていただけマシだと思ってもらおう。
お飾りにされた王様が玉座の上で干からびている、なんて結末はよくあることだ。
私のいるグループが担当する区画は調査が一通り終わり、息をつく。
テトラが参加するグループは地下の調査に向かったようだけど、大丈夫だろうか。人骨がたくさん見つかるベタな展開がありそうで嫌だ。
それでも。
アストロジア王国の陣営に犠牲が全く無い現状には、胸をなでおろしている。
ただ、あの鬱ゲーの世界で、こうもすんなりと物事が進むだろうか。
まだ油断はできない。王宮から東は解放が困難な街や寺院が多いだろうし。
舞燈の王は、首都の街が焼けた後は人間のやることに知らんふりだったから、ここに危険な魔物とかはいないのだろう。しきりに南東を見ていたから、ユロス・エゼルにいる隠しボスがこっちを観察していることに反応しているのか。
シデリテスの指示で、中央の庭から魔術による光弾を打ち上げる。作戦が次の段階へと移ることをアストロジア王国へ知らせる狼煙のようなものだ。光弾は上空で炸裂し、蓮に似た花の形を描く。これはアストロジア王国側への合図でもあるけど、この国の東側を占拠する人間たちへの宣戦布告にもなる。
とはいえ、王宮を押さえておく人員と、ここから先を更に解放しにいく人員は別に必要で、アストロジア王国からの増援が来るまでは、今いる面々でここを守りきらなくてはいけない。
アストロジア王国側も作戦があっさり成功するとは思っていないから、あまり人を送りたがらない貴族もいるという。
ジャータカ王国を救う計画は、うまくいくだろうか。
青い空の下にいて、こうも落ち着かない気分になるなんて。
私が警備する持ち場になった庭に、細長い木片を等間隔で埋めていく。首都に着くまでは順調で暇だったから、同じ天幕で寝泊まりする魔術師たちと一緒に作った小道具だ。虫避けと妖魔避けが同時にできる小物があれば便利だし、ついでにそれを記録用に使えたらいいんじゃないか、と話をした結果の産物だ。
暇があれば、これをメモ帳代わりの木簡にして日記でも付けよう。
そんな作業をしながら周囲を警戒していると、遠くからレモンイエローの小鳥が飛んでくる。アエスだ。何かを背負っている。木片の束を腰のポーチにしまい、アエスに向かって右手を差し出す。
「ピュイッ」
アエスは元気に鳴きながら、私の手に留まる。
「良かった、アエスは今までどおりね。ヴェルの方は元気?」
ここ数日、会えていない。私の問いかけに、アエスは瞬きをして低い声を出す。
うーん、これは、ヴェルの精神疲労が心配だ。元々ナクシャ王子とは相性が悪いのに、このところずっと王子の護衛として側にいるから。
私達三人で合流できる日が、早く来るといいんだけど。
そう考えつつアエスのモコモコした頭を撫でる。よく見ると、背負っているのは羊羹切りくらいのサイズのナイフだった。
「……ねえアエス、そのナイフはどうしたの?」
アエスはキリッとした顔をして胸を張る。まさかアエスが使うのだろうか。この子の生態についてもまだ謎が多い。じっくり見つめていると、ナイフと革の鞘の間に紙が挟まっているのに気付いた。
その紙を取り出すと、アエスはぴょんと跳ねて私の肩へ移動。紙を開くと、ヴェルからの手紙だった。
『しばらくアエスにはゲルダの側に居てもらうよ。ナイフの扱い方はこっちで教えておいたので問題ないから』
それだけが書いてある。
問題ない、とは……?
……ツッコミどころが多い。深く考えるのはよそう。
盾の街の調査前に、ヴェルがおかしくなっていたのを思い出した。あのときみたいに混乱しているのかもしれない。大丈夫かな……。
ああでも、外回り担当の私には、アエスが側にいた方が安心できるかも。一人で静かな広い庭にいるのは、落ち着かない。面積だけはあるのに、植物は枯れていて陰気だし。
人が住んでいながら荒れてうらぶれた宮殿を見上げ、アエスに話しかけた。
「一人でいると良くないことばかり考えるから、アエスがいてくれるのは嬉しいわ」
私の言葉に喜んだのか、ご機嫌な金糸雀は歌うようにさえずり、ちょっと和んだ。
金糸雀といえば。
炭鉱の毒ガス探知の話を思い出した。
危険地帯にいる今、毒への警戒は必要だろう。アストロジア王国の人間は毒への耐性をつけているけど、ここで生活する間に物資不足で耐性が落ちる可能性がある。
とはいえ、アエスにそんな仕事はさせたくない。この子が毒に弱いのか強いのかも不明だけど。
となると……。
魔剣を取り出して、枯れた庭を見る。見た感じは手遅れだけど、地中の根っこはどうなんだろう。
植物の生命力を底上げする魔術を使うのは、学院以来だ。あのときは様子見だったけど、今なら加減しなくてもいいか。変な物は植わってないし。
魔剣を掲げて、思いっきり魔術を使う。
剣の核から緑色の光が球状にふくれ、爆発的に拡散した。
しばらくして、光を浴びた庭に変化が起きる。
朽ちた葉や落ちた枝の合間をぬって、新芽が顔を出していく。
その様子に、アエスが楽しげに鳴いた。
この調子で育って花が咲いてくれれば陰気さも減るだろうし、毒ガスじみた敵襲を受ければ、真っ先に植物が反応して分かりやすいはず。
見張りの交代時間が来たので、アエスを連れて王宮内の休憩所へ向かう。
そこには、既にあの王族がいた。栗色の髪の、ロロノミア家の魔術師。
その人は私に気付いて顔を上げると、好奇心に満ちた笑みを浮かべた。王宮制圧時のような無情さは無く、まるで別人かのよう。
「やあ、初めまして。儀式前に君とはろくに挨拶できなかったから、こうして会う機会があってよかったよ」
「初めまして、ゲルダ・シェルメントです」
ちょうど居合わせた騎士に促され、私はこの人の向かいの席に座らされた。お茶まで淹れてもらう。
「あ、ありがとうございます」
「私から直接の自己紹介はまだだったね。私はソリュ・ロロノミア。こちらは君の過去の行いで色々影響を受けた身でね。前々から話をしてみたかったんだ」
「影響、ですか?」
聞き返す間に、他の人たちが退室していく。人払いが必要な話なのか。
ロロノミア家の人と正面から向かいあうのは緊張する。この人もフェンほどではないけど、瞬間的な観察で物事を細かく解析していそう。視線の流れ方がよく似ている。
王族に影響が出ると言えるほど、私が何かをしただろうか。
既に資料が存在するものを量産したり、魔獣を退治してきただけ。アストロジア王国の文明レベルに合わない突飛な発明はしていない。そんなことをしては、ユロス・エゼルの国から技術盗難を疑われて外交問題になりかねないから。魔剣だって設計図は隠しておいたし、人前で使ったのも今回が初めてだ。
そう考えていると、ソリュは苦笑する。
「そう緊張しないでほしい。君がうちの次期当主殿に通した話のおかげで、私は生き延びることができて感謝しているんだ」
……ロロノミアの次期当主……フェンに通した話?
生き延びる、というと、フロラーナさんの恩人の件か。
「あの儚げなお嬢様を魔物から助けたのは、貴方だったのですか?」
「そう」
まるで何でもないことかのように肯定する。冤罪を着せられて処刑されそうだったのに、怒っていないのだろうか。
「ソリュ様の汚名を雪ぐ機会がもっと早くあれば、私が差し出がましいことをせずに済んだのですけど」
当時の捜査は怠慢だったのでは、と考えた私に、ソリュは言う。
「あの方が良かったんだ。世間の注目が、あの子に向かなければそれで」
「……どういう意味です?」
「魔物に狙われたご令嬢、というのは、いかにも醜聞を好む人間が食いつきそうな話だろう? 私はああいった話と、それで盛り上がる連中が嫌いなんだ」
あの子をゴシップから守る代わりに冤罪を?
だからといって、そんな重いことを受け入れられるものだろうか……。
「その役割を引き受けるのは、ソリュ様でなくともよかったのではありませんか?」
「私が悪人であったほうが都合のいい人間は多いからね。私はアーシェンセル側の人間だと思われているから、アーノルドを担ぎたい人間には喜ばしい話だったのさ」
「……そんな」
「ついでに、実を言うと私はアーシェンセルのことが嫌いでね。距離を取るのに都合が良かった」
……そんなことを……そこまで私に話してしまうのか。
いや、藪をつついたのは私か。
これ以上余計なことは聞くまい。静かに紅茶を飲む私に、ソリュはふわっと笑う。
「それはともかく。今のロロノミア家には、君の魔術師としての行いが強く影響しているんだよ、ソーレント家のお嬢様」
……私の出身を、知っていたのか。
父親である公爵様が私のことを捨てない限り、周りが私をお嬢様扱いするのは避けられないのか。
「心当たりは、まるでありませんが……」
その言葉に、ソリュは説明する。こちらの反応を試しているかのような、観察するような作り笑顔で。
「君たちが強く要求して、研究が進んだことがある。魔石の使用による、魔力補助についてね」
「あの研究が、何か……?」
「君たちが調査を行った結果、うちが抱える鉱脈からも魔石が採れると判明した。そこまでは良かったのだけどね。あの山脈は、次期当主殿が自分の資産として押さえてしまった。そして。生まれつき魔力を持たない彼は、魔石でそれを補うことで、他のロロノミアの者よりも上手く魔術を扱えると証明してしまったんだ。魔術以外で彼に利する手段を持たない者を、絶望に追い込んだのさ」




