幕間26/猫の九つの命
今回は三人称の記述になります。
「みんな、おやつと飲み物をどうぞ」
ルジェロの言葉に、庭先で行われる講演の傍聴者、子供たちからの歓声が上がる。
彼らは勢いよくテーブルまで集まるも、席についた後は作法を守ろうとまごついた。それから、用意された焼き菓子にカットフルーツ、お茶へと順に手を伸ばす。
席からあぶれている子供がいないかどうか確認し、ルジェロは今回の集会の主催に声をかけた。
「説明ありがとうございます、コルド。おかげでこの国の子供達にも、我々の故郷のことを理解してもらえます」
ルジェロの言葉に、長生く生きているケット・シーは尊大にうなずいた。
「このぐらいは構わないぞ! 人間の子供が俺たちの郷を目指すと危険だからな」
黒い毛並みに金眼の、二足歩行する猫の姿をした妖精族は、首に赤いスカーフを巻き革靴を履いている。このケット・シーは同族から尊敬を集めており、普段ルジェロに着いて回る二匹のケット・シー達も、人間の子供に混ざって集会を楽しんでいた。
「俺たちも嬉しい! 勇者コルドに会えた!」
「ルジェロのおかげだ!」
「これは今回の仕事でもあるからね」
そう答え、ルジェロは苦笑する。
北のイシャエヴァ王国と隣国のアストロジア王国の海路が開かれて以後、このアストロジア王国の港町に住む子供達が親の目を盗み、冒険と称して無許可で船へ乗り込もうとする案件が増えた。
その対策として、今回ケット・シーから北の大陸の危険性を説明してもらったのだが。
「妖精にだっていい奴と悪い奴はいるから、会ってもすぐに信用するな! 人間と同じだ!」
と言うコルドの講釈を、子供達がどこまで理解できたのかは怪しかった。おやつをそれぞれ食べながら、わんぱくな子供達は会話する。
「おばけ怖くないもん、鬼火も水妖も平気だよ」
「嘘だー、この前 始祖王のお話の妖魔退治でべそかいてたくせにー」
「あれは怖かったんじゃないよ、急に目がかゆくなっただけ。いつか海の向こうまで行くもんね」
北の大陸への好奇心が増しただけの子供もいるようだ。
こうして子供達に故郷の話を聞かせて文化理解を深めるだけなら、過去にグリンジオ家が管理する町でも何度か行なってきたこと。それは慈善事業の一環として珍しくない。
だが、今のルジェロは諸事情により他の仕事が禁じられ、故郷に帰ることができずにいた。
ルジェロが海を越えての国家間移動にも慣れた、夏の盛り。
グリンジオ家は、所有する避暑地へ王族を招いて歓待した。そのため、隣の大陸から戻ったばかりのルジェロも、旅の疲労もそこそこに挨拶回りに追われることとなった。
そして、初日の茶会が一息ついたところで、ルジェロは庭の隅で泣く王子を見つけてしまう。
何があったのかとやんわり問うと、北側の暦上で五歳になる相手は泣きながら明かした。
今まで自分に良くしてくれた従者の様子がおかしい。親である王と王妃にそれを告げると、あの者は王族へ取り入ろうとする邪さを隠さなくなったのだ、と言って解雇してしまった。だが、そんなはずはない、従者は何かを理由におかしくなってしまっただけ。
拙い言葉でそう説明され、ルジェロは息を飲む。
関連付けて思い起こされたのは、他者の意思を奪い操る魔術。アストロジア王国との交渉中に得た情報だ。
ルジェロは、急いでその解雇されたという従者の情報を集めた。今ならまだ、その従者を正気に戻して復職させることは間に合うはず。
そのために信用できる魔術師を探した。
イシャエヴァ王国は、南の大陸にあるアストロジア王国やユロス・エゼルとは違い、国で魔術師を管理していないため、在野の魔術師には信用ならない者も多い。
最近の王族は特定の魔術師集団を抱えこむと決めたようだが、そこに属する者達に不穏さを感じていたルジェロは、彼らに頼ることを避けた。避暑地と首都ノルドゥムまでを大急ぎで移動し、過去にグリンジオ家で仕事をした魔術師を連れ、目的地へ向かう。
王子の身の回りの世話をしていたというその者は、町に帰ったあとも様子がおかしく、周りから隔離された生活を送っているという。
ルジェロと魔術師はどうにかその者と対面し、状態を確認する。
そして、王子から従者への信頼と懸念は間違いではないと判明した。人を魔術で操る存在がいるのだ。
こんなことがまかり通れば、王城で働く人間の総入れ替えも可能となってしまう。
ルジェロは魔術師と元従者を連れ再度 避暑地に戻り、家人に事情を説明した。
王城で働く者たち並びに、王族達が悪意ある者の標的とされている。
ルジェロの父であるグリンジオ家の当主は、息子によるその報告をすぐに信用した。ルジェロが何度もアストロジア王国との交渉へ向かう間、首都では人族と妖精族の不仲を煽るような噂が出回っており、治安が悪化していたという。
王族周りの従者が狂わされたこととそれらが繋がっている可能性を無視せず、グリンジオ家の当主と共にルジェロは捜査を始めた。
結果、王城に限らず国内のあちこちで不審な案件がいくつも見つかり、他の貴族や王族達も異常に気付き始めた。
どうやらこれは、特定の魔術師集団に仕事を与えてから起きたこと。
彼らが悪事を働いた証拠がつかめないため、おおっぴらに罰することができず、翡翠の鍵と名乗る組織は時間をかけて王族から遠ざけられた。
だが、その対応に魔術師達が不満を持たないはずがない。この状況を招いた者を突き止めようと躍起になった。
幸いなことに、グリンジオ家は妖精族とも馴染みが深い。人には及ばない力で加護を受けた一族が相手では、人族が呪術程度で害することは難しい。
そうなれば、標的となるのは周りの人間である。
仕方なく、グリンジオ家は妖精族に協力を頼み込んだ。人族と妖精族への離間工作を先に潰しておく目的も含めて、人族の生活圏に妖精達を派遣した。貴族の屋敷であったり、子供の集う施設であったり。
こうして、問題は一度落ち着きを見せたのだが。
例の魔術師集団が姿を潜めた頃に、地鳴りが起きるようになった。
調べたところ、妖精族の管理が手薄になった森から、人が集団で北の極点を目指した痕跡が見つかった。
翡翠の鍵が封鎖区域へ侵入したことで、妖精族と人族の双方が慌てた。
あの奥地には、五百年前に封じられた異界の王が眠っている。あれを表へ出されるわけにはいかない。
妖精族側で追跡部隊を作り、遺跡に侵入した魔術師達を追うことが決まった。その調査権限は人族には与えられず、人族と妖精族の軋轢が増すことになる。
待てど暮らせど地鳴りは止まず、あの魔術師集団の身柄確保の報告も届かない。
焦れた人側は、八つ当たりのようにグリンジオ家へ謹慎を命じる。
「妖精族を森から引き離さなければ、封鎖区域への侵入など起きなかった」
その主張に当主は反発しようとしたが、ルジェロは父を宥めて告げる。
「我が家の行いを失策と見なす者が増えている以上、分かりやすく見せしめは必要でしょう。このまま感情を荒れさせ敵に付け入る隙を与えるよりは、今のうちに人族の感情を抑えなくては」
自らの提案とはいえ、自国の領地管理にしばらく携われないのは心苦しい。
「……それでも、こちらの国に居て行えることもある」
南の大陸にある国々とはほぼ疎遠の状態で続いてきた北の大陸国家にとって、このところの情勢の変化は予想外の展開の連続だった。
人、物、情報が激しく流れていく様は、過去に人族が妖精族から国の統治役を譲り受けたときのよう。そう懐かしむように話したのは、ルジェロの祖父であった。
国内のゴタゴタだけではなく、他国との問題も解決しておかなくてはならない。
北の大陸で人族と妖精族の和解役を行なってきたように。アストロジア王国の民と北の大陸の種族の相互理解を深めることが、今のルジェロの役割だ。
おやつによる休息を終え、子供達はまた庭で老ケット・シーの話を聞いていた。
山妖の村で起きた権力闘争の話から始まり、村を追われた敗者の山妖達は、新天地で村を作り直す。その矢先に起きた不幸に、勇者コルドが颯爽と現れ事件を解決。童話のような内容だ。
「気弱なコボルト達は、村に侵入した性悪マーモットに住処を穴ぼこだらけにされた。同族との争いで心身ともに疲れ果てた犬っこ達はなす術なく泣き寝入りする。だが、そこに俺が通りがかった以上、見過ごしはしなかった!」
妖精族間のいざこざも昔からよくあるものだ。ルジェロには慣れた話だが、アストロジア王国の子供達にとってそれは珍しい話であるらしい。皆一様に目を輝かせて聴き入っている。
講演が終わり、子供たちはそれぞれ満足そうな顔をして帰っていく。
名残惜しそうな子供は、ためらいがちにルジェロへ問いかけた。
「こうやって妖精のお話が聴ける機会は、またあるの?」
「そうだね、豊穣節の間は、私達はこの国に置いてもらうから。次巡にでも」
その説明に、子供達は首をかしげた。
「ほうじょうせつ? じじゅん?」
「そういえば暦がまるで違うのだったね。この国では10月と呼ぶけど、北の大陸では豊穣節と言うんだ。巡は週のこと。次の週末に、もう一度集会を開くよ」
「ふうん?」
そのやり取りに、老ケット・シーも口を挟む。
「俺たちは、魚ウマイ季と、鳥ウマイ季と、鹿ウマイ季があるぞ! あと、ごはん少ない残念季」
「何それー?」
「ケット・シー達にとって、日常は狩りが主軸で、季節ごとに狩りに向いた生き物が違うようなんだ」
長閑な話をしている。
北の遺跡で何か起きれば、こうも穏やかな話をしている余裕はなくなるだろうに。
内で燻る焦燥感を堪え、ルジェロは子供達が家へ帰っていくのを見送った。
ルジェロの隣で同じように子供達を見送っていた老ケット・シーは、いつの間にかこちらを見上げていた。
「どうしましたか、コルド」
「ルジェロは悪くない」
見透かすように、相手は言った。
「……はい?」
「妖精族にだって、問題を傍観してる連中はたくさんいる。妖花は無責任だし、山妖はおバカだ。人間だけが問題を起こしてるんじゃない。間抜けな妖精族のせいでもある」
「……コルド」
「だから、俺は妖精族の代表として、ルジェロと一緒にこの大陸まで来た。ルジェロがやりたくてもできないこと、俺が代わりに引き受けてやるぞ」
言葉に詰まるルジェロに構わず、鼻をひくつかせて黒猫は続けた。
「ケット・シーの王様に許可をもらったから、心配は要らない。俺はもう、命を八つ使い果たした。残る一つの命ぐらい、好きな所で使う。最期まで、俺は冒険するぞ」
その申し出に、ルジェロは屈んで黒猫にこうべを垂れた。
「……感謝します、コルド」
「任せておけ。オレは知る妖精ぞ知る勇者だからな!」
巨漢と呼ばれる人族の体格に合わせて作られた、鋼の鎧。それがガラガラと音を立て、魔術で組み上がっていく。
その鎧の内側に収まったコルドは、ルジェロや他二匹のケット・シーから託された物を携え、夕焼けの中を歩き出した。
ルジェロの背中にべったりと張り付く灰色のケット・シーは、寂しげに言う。
「うう……。勇者コルドの話、もっと聞きたかったぞ……」
白いケット・シーがそれを諌める。
「仕方ない。勇者は冒険するものなんだ」
「そうか……。ルジェロは勇者コルドに何をお願いしたんだ?」
白いケット・シーも抱き上げ、ルジェロは邸内へ戻る。
「アストロジア王国の王族へ、北の大陸で起きている事件の報告。あとは、ソーレント公爵家に伺うための手配をね。無事に終わればコルドはまた冒険に出る」
「ソーレントこうしゃく、って誰だ?」
「前にこの町で再会した人がいるだろう? 彼女の父にあたる人だよ」
「ゲルダリアのお父さんか」
「そう」
「ルジェロ、その人間と仲良くなりたいのか?」
「そうだね。個人的な件を抜きにしても、話はしておく必要があるよ。あの一家が抱える資質は、我が家の姉様ととてもよく似ている」
「資質?」
ルジェロの言わんとすることを察して、灰色のケット・シーが言う。
「魔物が寄ってくるんだな?」
「みっ! じゃあ、連中に見つかったら餌にされてしまう!」
「この国に魔物は居ないけれど、念のために伝えておかないとね」
自室へ戻ると、ルジェロは二匹のケット・シーが離れずにいるのをそのままに、北から届いた手紙を開封していく。
王子の従者からの礼が届いていた。どうやら無事に元どおりの生活を送れているようだ。
しばらく書類整理に追われるうち、静けさに耐えかねたのか、白いケット・シーが口を開く。
「ルジェロはいつまでここに居ないといけないんだ?」
「グリンジオ家をよく思わない貴族たちの気が済むまで、かな?」
「うう……」
「スシュルタとイージウムは、無理に私と一緒に居なくても良いよ。郷から長く離れると、王様が怒らないかい?」
その気遣いの言葉に、二匹はすぐに反発する。
「ルジェロをこんな国に一人で置いていけるワケないだろ」
「そうだぞ。邪神が治めた国なんて」
「魔術王の加護が尽きたら、ここはすぐに不浄の地に逆戻りだ」




