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神様を忘れた国

ファンタジー世界の住人にSANチェックは不要 (二度目)




 あからさまに不審者な隠しボスに、文字通り意識を奪われた恐怖案件。

 それにより後発のイライザさん達が心配になったけど、私達が彼女へ直に連絡を付ける手段がない。アエスが使い魔らしく手紙を運べないかと思ったけど、ヴェルからそこまでの長距離飛行は無理だと言われた。確かに、私の手のひらに乗る大きさのアエスでは、長距離を飛ぶ以前の問題か。飛び立って数分後に猛禽類から追われて泣きながら帰ってきそう。

 これからのジャータカ王国の中心はナクシャ王子になる。なってもらわないといけない。その際に、影苛の王(隠しボス)が余計な接触をしてこないといいのだけど。超常生物はまだ高みの見物でもしていて、ちょっかいをかける相手を間違えないで欲しい。

 ヴェルとテトラは、あの不審者(隠しボス)が常人離れした魔術を使う諜報員ではないかと推測しているようだ。

「術から逃れた僕らに気付かないのか、気付いて敢えて放置したのかが問題だよ」

「町の人が騒いでる中で出てきたから気づいてない、と思う……でもあんな強制力のある魔術を使える人が敵陣営にいたら、対面したときに勝ち目なくない?」

 そんな会話をしながら二人は心配している。

 まさか星の危機があんな姿で辺境の町を散歩してるとは思うまい。

 とはいえ、今回の作戦指揮を取る王族からは、人員が予定の町で揃うまで揉め事は回避せよとのお達しだ。私達だってまだラスボスに挑める強さとは言い難いし、警戒しながら先へ進むしかない。



 雲少ない青空の下を歩き、平原の先にある村で補給と休息と行商ごっこ。買った水に、アストロジア王国から持ってきた毒消しを入れて飲む。ジャータカ王国内で生活するうちに体内から毒消しが抜けては危険だ。

 ここからはイライザさん達に向けて残す合図が『要警戒』、銀糸で青の布に剣の模様を刺繍した魔除けに変わる。

 得た資金で馬車を借りて次の町に移動し、宿泊。

 次の日も所要を終えたら歩きで出発し、大きな濁る川に突き当たる。交通規制の無い橋を利用すると遠回りになるけど、事前の打ち合わせ通りに川縁の豪邸へ寄った。そこの受け付けにイライザさんからもらった通行許可証を提出し、敷地内から小舟に乗って、船頭さんの誘導で白い蓮の咲く水路を抜ける。用意した焼き菓子を船の上で食べながら、テトラはこの国の植物を回収できないか考えていた。アストロジア王国でも栽培してみたいらしい。私も薬の素材になる物があれば欲しいし、余裕があるなら採取して帰ろう。

 こんな機会でもなければ利用できないルートを使えたことで、日没前には集合地点の町に着いた。

 堀と赤煉瓦の壁で囲われた町は、入り口で武器を構えた警備員が常駐している。私達は水路を通って裏から入ったのでその検閲を受けずに済んだ。

 外から見た物々しい印象とは違い、町の中は静かで落ち着いている。アストロジア王国で見かける様式の建築物と、ジャータカ王国の寺院風の白く丸い建物がそれぞれの区画に配置されていた。ここは先ほどの貴族がアストロジア王国の貴族を招いて商談に使う専用の町で、滅多に出入りできない。例えジャータカ王であっても富を抱えた貴族を無碍にできないため、ここへ無理矢理 押し入る事はなかった。けれど、その判断ができる王様だったのは過去の話で、最近はこの町の維持も難しいそう。この町を管理する貴族は、落ちぶれた王様より、取引相手であるグレアム家とイライザさんを信用してナクシャ王子への加担を決めた。今は協力してもらえるけど、現王が退いた後にも協力的かどうかはナクシャ王子次第。そこは本人とイライザさんの問題として。

 私達三人は町の中央の白く丸い貴賓館へ入り、受け付けの女性にアストロジア王国の国花が刺繍された赤いハンカチを提出する。担当の女性は一礼すると微笑んで奥の部屋へ案内してくれた。

 ここは貴族王族のための施設なので、内装は派手。赤い絨毯が敷かれ、天井にも迫力あるサイズのシャンデリアが煌めいている。豪華絢爛な壺や花瓶、額に入った絵などの調度品も置けるだけ置いとけと言わんばかりに飾り付けられていた。

 テトラが落ち着かなさげにキョロキョロしているけど、気持ちはよく分かる。まさか贅沢なお屋敷で部屋を借りられるとは思っていなかった。他に安全な場所がないのかもしれない。それはそれで不安だ。……仕事の前報酬として良い部屋を使わせてもらえる、ということにしておこう。

 割り当てられた部屋に荷物を置き、行商ごっこの格好から、いつもの魔術耐性の高い黒のローブへ着替えて落ち着いた。

 お夕飯も、私達三人だけなのに広い部屋を借りての豪華なメニュー。何種類もの香辛料が効いたスープとパン、こんがり焼かれた鶏に、食後はシロップ漬けの甘い果物がいくつも運ばれてきた。最後の晩餐かな? と考えてしまうくらいに もてなされている。これからの反動がとても怖い。

 私とテトラはヴェルの様子が気になっていたけど、ヴェルもアエスが魔石を食べてしまった件を反省しているのか、今回はちゃんと食事をしていた。辛味の主食よりシロップ漬けの果物を多めに食べているから、やはり果物の方が口にしやすいのだろう。アエスもヴェルの肩から降りて、ぶどうに似た果物をついばんでいる。ああしていると本物の小鳥っぽい。

 この国のシロップ、いつかアストロジア王国へ輸入して普及させられないだろうか。ああでも、そうするとノイアちゃんの故郷の特産品に競合ができて、あの地域の収益が落ちてしまうのか。普及し過ぎて価値が暴落するのは、ジャータカ王国の農産物で目の当たりにしたばかり。物価の調整は難しい。

 甘味による満足感とふかふかな寝台のおかげで、その日はすぐに寝付いた。倉庫で寝袋生活をするより、旅に出て宿を利用する方が熟睡できている。



 朝の準備を終えた頃に、後発組が着いたと聞かされ部屋を出る。普段の格好で王族の前に出るのも気が引けるけど、今は緊急時として正装は要求されない。

 案内された部屋は最低限の物しかない応接室で、心を落ち着けるようなクリーム色で床から天井まで統一されている。

 部屋の中央。アストロジア王国の騎士数人を背後に控えさせ、銀髪の華奢な男性が長椅子から立ち上がった。占術師の白と銀の衣装を身に纏っていて、シャニア姫の姉だと言われても信じそうなくらいの繊細な印象を受けたけど、声はしっかり男と分かる低さだった。

「よく来てくれたね、フェンの推薦する魔術師たち。私の名はシデリテス・シルヴァスタ。これから行動するに当たっては簡潔にシドと呼んで欲しい」

 シルヴァスタの分家の王族は、私達の緊張をほぐすように穏やかに告げた。

 基本的に全員が本名を伏せて行動するため、フルネームで呼びあってはいけないということだろう。やんごとなき方を愛称っぽい呼び名で呼ぶのはためらわれたけど、細かいことは後回し。席についてこれからの説明を聞いた。

 ナクシャ王子とイライザさんはこの町を管理する貴族へ挨拶に行ったので、私達とはまた後で顔合わせになるそう。

 後発組は道中で不審な人間に会うことはなかったらしい。ならあの隠しボスについては心配しなくても平気かな。

 ただ、最初に検問所に預けて来た音叉は、後発組がたどり着いた時には売れてしまって残っていなかったらしい。食堂のおばあさんが覚えていたので、私達があそこへ寄ったことだけは後発組に伝わったのだとか。

 あの音叉を欲しがる物好きがいたなんて。何でも、南の国から来てジャータカ王国での旅を終えアストロジア王国へ向かう、と言う人が買っていったらしい。

 ……あの隠しボスが抱えていた竪琴、音叉を使っての調律なんてするだろうか。誰があの音叉を買ってアストロジア王国へ向かったのかは定かでないけど、何かモヤっとする。



 作戦準備のために、部屋へ戻って荷物をまとめ直す。

 布に包んだ魔剣を取り出して、寝台に腰掛ける。

 そのままそれを両手で掲げてじっと見つめた。もう一本はヴェルに預けてある。

 柄から刀身まで透き通った宝石剣は、ヴェルの協力で威力制御の鍔と柄頭が付いた。鋼製のそれは、威力を抑えるよりブーストの目的が強い。解呪や防御の術をメインで使う予定なので、威力はどこまででも伸ばしてしまえという判断だ。

 私としてはビームを撃つぐらいの威力は欲しいけど、そんな魔術の威力を試す場所はない。こっちが攻撃に移る前に、敵側が身の危険を感じて自主的に撤退を決めてくれる方向に持ち込みたかった。

 ……ダークファンタジーの世界において、敵陣営の下っ端がそんな物分かりいいはずもないけど。思考力を握り潰されて捨て身で向かってくる集団を穏便に押さえるには、五感を狂わせる術を上から重ねて動きを止めるのが無難。これからの魔術戦には、今までの魔術研究で皆と協力してきたことが活きるはず。感覚を揺るがせる術についてはソラリスが詳しかった。シデリテスの想定でも、敵地ではそういった術を多用してくるとのこと。初手のデバフVSデバフ解除で押し負けたら先へ進めないどころか、作戦が破綻する。

 そういや、剣にも名前を付けていなかった。格好いい名前は私には思いつかないから。魔術補助の剣、という意味で魔剣と呼んでいるけど、忌まわしい経歴持ちの剣にはしたくない。でも、土地も人も痛めない戦なんてほぼ無理だ。

 敵が無条件降伏するなり撤退して海に飛び込んでくれたら楽なのに。途中経過をすっ飛ばして那須与一の登場から平家滅亡、みたいな流れは望めそうにない。

 せめてシデリテス・シルヴァスタの配剤が敵を出し抜くと願おう。

 魔剣と小物入れを枕元に置いて、仮眠を取ることにした。髪留めとブレスレットは引き続き身に付けておく。大事な物をしまい込む余裕はないし、これからいつ夜中に叩き起こされる事態になるか分からないので、寝るときもこの格好のままだ。

 ずっと、大切な物は身につけておけば良かった。そうすればあのバカに焼き尽くされずに済んだのに。しまい込んだせいで逆に失ってしまった。



 創作神話は種類が豊富。世界中の神話や伝承を元にしたり、自分の嫌いな生物を邪神に仕立て上げたり。ゲームにおいても独自の世界と神話めいたものを設計されるのはよくあることで、私が遊んでいたRPG、キラナヴェーダのシリーズにおいても同じだった。

 けれど、そのゲームの舞台の星にある別の国、乙女ゲームの舞台になったアストロジア王国とジャータカ王国には、その創作神話のデータがない。

 何故なのかと思ったけど、よく考えてみれば、ノイアちゃんの恋(ゲームの主目的)にはそれは全くもってどうでもいい情報だから。

 国の始祖王アストロジアの話が登場するのは、攻略対象であるアーノルド王子と関係があるため。キャラ設計とは完全に無関係である、始祖王以前の歴史(データ)はない。王族が伏せているだけで記録は残っている可能性もあるけれど。

 とにかく、アストロジア王国には神様という言葉も概念もない。その位置に収まっているのは始祖王アストロジアという建国の父。王族は彼の血ではなく魔術を引き継いだ者達だけど、偉大なる王の意思を継いだという点で一つにまとまっている。内部抗争や権力闘争があれど、建前上ではそうなっている。国民感情も。

 神様が居ないので、教会もなければ天使と悪魔もいない。辞書に無い言葉だ。神秘は幻想と呼ばれ、世界の成り立ちは知られていない。

 北と南の国の歴史書には、星の誕生経緯にまつわる神話があるのに。

 ゲーム中、イベント発生前の自由行動区間で寄り道して、本屋や図書館に寄ることができた。その行動可能範囲をくまなく調べ倒すと、この世界の創造にまつわる神話を知ることができる。あの鬱ゲー二作においても、世界の成り立ちについてはフレーバー要素でしかない。でも、ファンブックには正史としてしっかり記載されていた。

 その情報は、アストロジア王国とジャータカ王国では、見つけられていない。

 世界の始まりの神様と、その息子に当たる三柱。息子達は、それぞれの担当区域を管理した。妖精を愛でた北の担当、長男。人間の作る文明を愛した、南担当の三男。あの情報通りであれば、アストロジア王国とジャータカ王国の辺りは次男の神様が担当したはずなのに。その情報だけ、ごっそり抜け落ちている。

 北の国も南の国も、千年ほどの歴史がある。

 アストロジア王国の歴史は五百年。始祖王が姿を消してからは二百五十年。それぐらいしか知られていない。

 ……こんな話を、今思い出しても何の役にも立たないのに。気になる。抜け落ちた五百年(物語)はどこへ消えたのだろう。

 これからのことで緊張しているから、無意識に現実逃避として関係ないことを思い出してしまうのかもしれない。

 ぼんやりとそんなことを考えつつ、目を覚まそうとした。

「うーん……」

 思うように体が動かない。

 頭の奥が麻痺したようにも感じる。


 ゆるゆると意識を起こしたところで、妙なことに気付く。


 足元は一面が銀色で、鏡のように光を反射している。

 そこから少し離れた位置で、私の体は浮いていた。

 まだ寝ぼけているのかもしれない。

 ときどき波紋のように表面が揺らめくから、まさかこれは水銀の池?

 錬金術の歴史に付き物の水銀研究だけど、アストロジア王国では毒の研究に利用された程度。危険物だと分かっているから、ある程度の年齢になるまでエルドル教授が扱わせてくれなかった。アストロジア王国の解毒剤は優秀なのに。

 それはともかく。

 何で水銀っぽい池があって、私はその真上に?

 ゆっくりと周囲を見回すけど、この空間には誰もいない。

 私は仮眠を取ったときの格好のままで、靴を履いていない。素足だ。

 また銀の池の表面が揺れた。

 と思ったら、何かが飛び出す。

 白い人の手のような、それは。

 私の右足首を掴んで、銀の中へ引き込んだ。

「え?」

 ずぶりと体が沈む感覚に、慌ててもがく。

 一体、何がどうなっているのか。


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