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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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敵の傾向予測とその対策

 私がタリスや警備に掛け合っている間、魔術研究棟でナクシャ王子の悩みを一方的に聞かされていたらしいヴェルとテトラは、話の内容に心を擦り減らしたかのように無表情だった。

「……何を聞かされたの?」

「他言しかねることを延々とね……」

「あの人、あのまま国に帰ったらヤバくない?」

 何故か二人とも頑なに答えようとしない。

 ナクシャ王子が王族らしくあるように、とイライザさんが日々頑張って礼節と心構えについて説明しているけど、まだ効果が出ていないようだ。

 心労を抱えた二人には悪いけど、不審者が学院内に入り込んだことを説明した。タリスの精神状態がおかしくなっていたのが原因であることも。

 私の話を聞いて、ヴェルは視線を落とす。

「僕の授業に君の弟が出席しないことが増えていたけど、君とは時々会って話しているから問題ないと思っていたんだ。こんなことなら、ちゃんと伝えておくべきだった」

「私も、これからはちゃんとタリスと話し合うことにしたから」

 私とヴェルが気まずくなったところでテトラが言う。

「それ、ゲルダリアの実家は大丈夫なの? 弟以外の人は」

「そうね、それも確認してみるわ」

「元から僕らも警備の仕事を任されてはいるけど、はっきりと侵入者がいると判明していては緊張するね」

「寝ずの番とかさせられるのはやだなー……」

 せめてあの魔術師の目的が掴めればいいのだけど。




 シャニア姫による未来視の結果を元に、対策を練るはずだったのに。

 追加で不安要素が増えている。

 それとも、あの侵入者がこの学院の崩壊要因になるのか。

 数日警戒しているけど、まだ異常は起きていない。

 タリスがどう過ごしているか部屋まで確認しに行くと、実家から従者がやって来て、ここ数週間の話をしているところだった。

 タリスは休暇で家に帰って早々に、魔術訓練のため魔術師を雇うと言い出したらしい。両親は秘めの庭に所属する魔術師を薦めたけど、タリスがそれを拒否してどこからか勝手に連れてきたのだとか。

 両親は夏の間に、その魔術師が信用できるのか素性調査をしていたそう。

 最近出たその結果は、出自不明。本当に魔術結社に所属しているのかも分からない。

 そのため、慌てて学院までタリスの様子の確認のために人を遣わせたのだとか。

 その説明を受けたタリスは、ばつが悪そうに言う。

「申し訳ありません……家族や屋敷の皆にも心配をかけていたのですね」

 そんなタリスに、老紳士は安心させるような微笑を浮かべる。

「いえ、タリス様がご無事であればそれで充分です」

 二人のやり取りが落ち着いたところで、タリスを連れて宿舎を出る。

 あの老紳士は長く我が家に仕えている人で、私のことを覚えていて話をしたいようだったけど、私は向こうを覚えていなくて申し訳なかったので。

「家の皆は無事でいるの?」

「お父様とお母様については大丈夫でしょう。あの二人は姉さんから贈られた護符を大事にしているそうです。あれを受け取って以後、お父様の言動も正常に戻ったそうなので。使用人にも変化はないそうです」

 ということは、あの魔術師は我が家の人間に危害を加えるより学院に侵入することを選んだか、あるいは最初からタリスを気に入って側にいただけかのどっちかだろう。

 ……どちらにしても迷惑な話だ。

「これからのことはさておき、姉さんは休暇中にどう過ごしていたのですか?」

 タリスのその質問に思わず言い淀む。

 海へ遊びに行ったら巨大生物とエンカウントしてしまったので爆弾投げてました、とは言いづらい。

 ケット・シーの話は言いふらすとルジェロさんが困るだろうし。

「……海辺で水の術の訓練を……」

 嘘ではない。

 新調した道具の性能試験で、ヴェルと二人で海水を打ち上げて漁師さんに面白がられていた。

 私の言葉にタリスが渋い顔をする。

「姉さんの日常から魔術を切り離せないのは分かりました。それ以外には何を?」

「ノイアさんの誕生日に合わせて、港町で揃えた素材を使って贈り物を作っていたわ。直接会いに行って手渡しもできたし」

 その説明に、タリスは相槌を打つだけ。

 ノイアちゃんの故郷に行ったことも覚えていないようだ。

 新学期が始まってすぐにノイアちゃんと話したときもタリスの話は出なかったから、会っていないのかもしれない。……そういえば。

「ノイアさんはいつの間にか私とタリスが姉弟だと知っていたけど、貴方が説明したの?」

 私の疑問に、タリスは考え込む。

「……僕は姉さんと会えずにいる話をしただけ……でしたね。何故か先輩は姉さんのことを僕の姉ではないかと気付いて。今思えば、何の要因でそう判断したんでしょう」

 何故すぐ疑問に思わなかったのやら……。

 私とタリスの顔はそう似ていない。同じなのは髪と瞳の色だけ。今の私はその色も違うし。

 ノイアちゃんが賢いとはいえ、私達が姉弟だと気付くきっかけは何だったのだろう。



 学院に不審者が入り込んだ件は生徒達には公にされていないため、暢気に過ごしている生徒が多い。不良も含めて。

 不安がらせてパニックにならないように情報を伏せてもらったのに。不良が調子に乗って生活しているのを見ると、その判断は失敗だったかもしれない。

 本来なら、半日でも姿を消せば心配されるような身分の子が集まる学院だけど、不良については例外だ。彼らが数日行方不明になっても、誰も心配しない。それが外部から侵入した人間による犯罪行為のせいであったとしても。そのせいで事件発覚が遅れることになってはまずい。

 そんな結論が警備担当者達の会議で出たため、今まで以上に校内の監視が厳しくなり、あちこちに使い魔がいる。簡単に監視だとバレないように植木の形にしたり、インテリアじみた魔術照明の中に隠したり。

 警備を強化することに異論はないけど、これでは私とタリスが迂闊に会うとすぐに見つかって、変に噂されかねない。こうなるとタリスのことも魔術研究棟に呼んでしまう方が楽だ。

 タリスは魔術研究棟には近づきたくなかったようだけど、ノイアちゃんとイライザさんは私とタリスが姉弟だと知っているようだし、ソラリスやナクシャ王子が他人に言いふらすことも無いだろうから。

 朝一で宿舎に押しかけ、タリスに説明する。

「これからタリスも放課後にノイアさん達と一緒に魔術訓練しましょう」

「何故です?」

「魔術暴発の話、あの不審者から聞いているわ」

「そんなことまで……」

 どうやらタリスは私には隠しておきたかったようだけど、知った以上は放っておけない。

「タリスにも魔術の制御に慣れてもらって、精神操作を防ぐための術も自力で会得してもらえれば、安心できると思うの」

 この話を飲んでもらえないのであれば根気よく説得をするつもりでいたけど、タリスはあっさりと折れてくれた。

「分かりました。これ以上周りに迷惑はかけられませんから。……それに」

「それに?」

「何でもありません。とにかく、しばらくは僕もそちらへお邪魔します」

「良かった。魔術師としての素養は私も普通だし、タリスだって訓練次第で解決できると思うの」

「だといいのですが」



 放課後から、タリスを迎えての魔術訓練が始まった。

 庭でタリス、ノイアちゃん、ソラリスが魔術の扱いを覚え、講義室でイライザさんとナクシャ王子が本を読んで、私達魔術師は状況次第でそれぞれに声をかける。

 しばらくそう過ごし、ナクシャ王子が私達に尋ねる。

「私に与えられた魔術は、一体どういった種類のものなのだ?」

 ヴェルが言葉を選ぶように慎重に答える。

「……触れたモノを蝕む術です。少なくともその認識が一般的なので、歓迎される属性ではありません」

「なるほど、私の父や国を傀儡にしたい者には有用な魔術ということか」

「そうかもしれません」

「私の父はいずれ己が身で魔術を扱うと宣言してはいたが。一体どんな力を望んだのだか。北の大陸から来た者達には、どれも禍々しい印象しかなかった」

 倫理観を欠いた魔術は北の大陸で散々研究されていて、その魔術師集団にジャータカ王国が目を付けられたのは不幸なことだった。

 魔術で人体を改造する手段は、この国へ持ち込まれたくはない。

 限界を超えることを望む魔術師は多いかもしれないけど、そこにまで手を出しては、それこそ鬱ゲーにありがちな末路を迎えるだけ。

 私はそんなことは避けたいし、そもそも体に負担をかける魔術はエルドル教授が教えてくれなかった。

 そう考えていると、イライザさんが突然に声を上げる。

「ああ、忘れるところでした!」

「どうしましたか?」

「ジャータカ王国での件や新月祭の話で思い出したのです。先生に、妖魔の弱点を話しておかなくては」

「弱点、ですか?」

 魔除けだけでは足りないのだろうか。

 退治であれば物理的な手段も通じると聞いたのだけど。

「北の国で、人と妖魔を混ぜる実験が行われてたという噂があるんです。そして、ガーティやジェリカさん達を攫っていた相手がそうでした。半分人間であるため、妖魔が苦手とするお清めの効果が薄いんです。退治するには目を潰すのが早いのですが、その目というのが身体のどこかに隠してあり、瞼を閉じた状態にあるので……」

「弱点を見つけるのが難しいのですね」

「はい。私達が遭遇した時は、一緒にいた魔術師が先手を打って攻撃していたおかげで、相手が人と妖魔の混成だと分かったのですが。向こうが人だと思い込んだ状態で対面していたなら、弱点に気付けなかったと思います」

「となると、無害な人に擬態しているのを暴かないといけませんね」

 海上封鎖を破るために研究していた道具が役に立つ時か。でも、あれは威力を調整しないと、防御結界まで壊してしまう。

「相手が妖魔だと分かったなら、人の形をしていても遠慮しない方がいいです」

「分かりました、話してくれてありがとうございます」

 RPGにはよくあることなので、人に化けた異形を容赦なく殴るのには慣れている。

 その手の異形が、知り合いの姿に化けて近づいてくるのも定型パターンだ。

 タリスの側にあの不審者がずっといたのも、化ける下準備のためだったとか?

 そう考えると、一番警戒しないといけないのはタリスの知り合いと身内になる。

 タリスの従者のあの老紳士にも、護符を作って渡しておかないと。

 


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