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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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寄り道でのできごと

 事件の報告処理も完了したので、お土産を買って港町を後にした。

 ノイアちゃんの故郷は港町の南東にあるので、秘めの庭とは逆方向だ。

 私が個人的に挨拶しに行きたかっただけなので、ヴェルとテトラには先に秘めの庭に帰ってもらおうと思ったのに、二人も一緒に来てくれた。

 この地域にはまだ訪れたことがないし、見学していくと言う。



 平坦な地形の先に、ノイアちゃんの暮らす町があった。

 柵で保護された果樹園の間を通り抜け、住宅街へ向かう。

 町の一番奥に、木々に囲まれた大きな屋敷が見える。あれがおそらくノイアちゃんの尊敬する伯爵様の住まいだろう。

 さて。

 やってきたはいいけど、どこにノイアちゃんの家があるのかは聞いてくるのを忘れたので、探さないといけない。

 人の姿が見えないけど町の人はどこに、と考えたところで、背後から声をかけられた。

「あれ? ゲルダ先生達……ですか?」

 振り返ると、ノイアちゃんが居た。

 白い長袖シャツにオーバーオールを着て帽子を被り、大きなカゴを両手で抱えている。

 果樹園での収穫帰りのようで、カゴの中には洋梨の形をしたオレンジ色の果物が沢山入っていた。

「ノイアさん、お久しぶりです。ちょうど良いところで会えて助かりました」

「お久しぶりです。今日はどうされたんですか?」

「港町へ遊びに行ったついでに、こちらへ寄らせてもらいました。ノイアさんのお誕生日でしたし」

「あ、覚えていてくれたんですね、ありがとうございます!」

 久々に見る笑顔に安心する。

 故郷の人達から金環蝕の術への偏見を受けて困っていないか心配していたけど、苦労を感じさせない笑顔だ。

 何かあっても、自力で対処できているのかもしれない。

 ノイアちゃんの案内で町の中を歩く。

 どうやら今は果樹園の収穫期らしく、毎日忙しいのだとか。

 この町は果物の産地として生計を立てているので、この時期は大人も子供も動員されるそうだ。それで町中が静かだったらしい。

「学院で縁のあった王族や貴族の皆さんが伯爵様にご挨拶するついでに、私のところにも寄ってくださるんですけど、今は忙しくてすれ違うことがあるんです。ここでゲルダ先生達と会えて運が良かったです」

「色んな人が訪れているんですね」

「はい、シャニア姫とイライザさんも来てくださいました」

 未成年の王族貴族による挨拶回りも大変そうだ。

 ……タリスは来ていないのだろうか。


 ノイアちゃんは、収穫した果物を町の広場にある箱へ収めた。

 かなりの量がある。ノイアちゃんがたくましいのは果樹園の仕事を手伝って育ったからなのだろう。

 ヴェルとテトラは、ノイアちゃんの家にまではお邪魔しづらいらしいので、そのまま町の広場で待っていてもらう。

 お土産を抱え、ノイアちゃんと一緒にお家へ向かう。

 ノイアちゃんのご両親に挨拶をして、お土産を渡した。

 港町で買った良質な塩の大袋と、長期保存の利く酢漬けのお魚。品のいい嗜好品は他の人が贈っているだろうと悩んだらこうなってしまった。

 それとは別に、ノイアちゃんには誕生日プレゼントを渡す。

 港町で手に入れた素材で作ったネックレスだ。貝殻と鉱石を加工して花の形にしたもので、悪意避けの魔術を施してある。

「わあ、ありがとうございます! こんなにも頂いてしまうなんて」

「学院にいる間にノイアさんへお礼をする機会を逃してしまっていたので」

 本当はもっと華やかな色合いにしたかったけど、その手の装飾品や希少品はノイアちゃんの本命の相手から贈られる日が来るはず。

 いつノイアちゃんが義妹になっても良いように、親御さんには根回しをしておこう。

 そんな打算で、色々と話をした。タリスの姉としてではなく、魔術師としてだけど。

 二人は温厚な人たちで、急にやってきた私にも愛想がいい。

 ノイアちゃんに無茶をさせてしまったことだけ伏せて、学院ではノイアちゃんに散々助けてもらったことを説明する。

 それを聞いた二人は驚いたような顔をしたあと、安堵の表情を浮かべた。

 ……考えたら、私がここにいるのは教師の家庭訪問みたいなものだっけ。

 実は緊張させていたのかもしれない。

「うちの子の髪と目の色が変わってしまったときはとても驚いたのですけど、学院では皆さんが良くしてくださるそうで、ほっとしました」

 お母さんのその言葉に、ノイアちゃんは窘めるように言う。

「伯爵様も、学院には良い人が多いと言っていたでしょう? だから、心配ないの」

「そうねえ、ノイアに会いにここまで来てくれたのも、良い方ばかりだったわ」

 ……本来の嫌がらせ担当の私が何もしていないし、私以外のいじめっこたちは何故かシャニア姫のほうに意識が向いているので、ノイアちゃんの生活は平和なようだった。

 代わりにシャニア姫の苦労が増えたけど、そこはノイアちゃんが解決したらしい。どんな手段を取ったのかは教えてもらえなかったけど、アーノルド王子による制裁で惨劇が発生するよりは何倍もマシだろう。

 このまま平穏な日が続くのであれば、ノイアちゃんの学院生活に邪魔は入らないはず。

 最近のこの国は、鬱ゲーの舞台であるあの国からの浸食が酷くなっている。新学期も学院が安全であるように、治安維持に協力した方が良さそうだ。

 秘めの庭に帰ったら、また爆弾の量産と改良を頑張ることに決めた。



 ノイアちゃん達は休憩を終えて再度収穫に向かうと言うので、今回はこれで失礼することにした。

「ゲルダ先生、お土産のお礼にこちらをどうぞ。うちの裏庭で育てた果物です」

 ノイアちゃんはそう言って、さっき見たオレンジ色の果物をいくつか布に包んで手渡してくれた。

「ありがとうございます。大事に食べさせてもらいますね」

 どんな味がするのだろう。

 果物名を聞きそびれてしまった。秘めの庭の事典に載っているだろうか。

 広場まで四人で行き、ヴェルやテトラと合流する。そのままノイアちゃんとお家の人にはお別れした。

 さて、これからどうしよう。

 噂の伯爵様がどんな人なのか気になるので、ちらっと見学に行ってみようか。

 でも、お屋敷の方角には、格式高いデザインの馬車が止められているのが見えた。

 遠目にも分かるあれは、ロロノミア家の紋。

 ということは、もしかしたらフェンもこの後ノイアちゃんに会うかもしれない?

 そうであれば、邪魔しないように帰ってしまおう。

 三人で町を出るために歩き出すと、町の入り口から馬車が走ってくる。

 規模からして貴族の馬車だろう。

 すれ違うときに紋を見たら、鳥のデザインのものだった。

 ……過去に散々目に焼き付けた紋だ。ソーレント家の。

 ということは、タリスもここに来たらしい。

 もしかしてお父様も随伴していたりは……その場合は、とても面倒くさいことになる気がする。

「……早く秘めの庭に帰りたいわ」

「どうしたのゲルダリア」

「急に顔色が悪くなったけど」

「用を思い出したから」

 それだけ言って、三人で急いで町を出て、コンテナまで向かった。


 町から誰も後をついてこないのを確認して、ほっと息をついた。

 どうやらあの馬車に乗っている人は、私に気づかなかったか、あるいは見なかったことにしてくれたのだろう。

 そういえば、タリス以外の家族は私の髪と目の色が黒くなっていることを知らないかもしれない。

 魔術師として本来の名前と色を伏せる提案をしたのはエルドル教授だけど、それは今の私にとってありがたかった。


 コンテナに乗って一息ついたところで、ヴェルが言う。

「……さっきの馬車の紋、君の弟が制服の襟に刺繍していた意匠に似ていたね」

 めざとい……。そこまで観察してるなんて。

「……そう、あれはうちの紋」

「だからゲルダリア、逃げようとしたんだ?」

 テトラにそんなことを言われる。

「……会いたかったのはノイアさんだけだから……」

 まだ家族に会う踏ん切りは付かない。

 馬車に乗っているのがタリスだけであれば、様子見するのもありだったけど。あの子がノイアちゃんと会うのかどうか確認したかったから。

 あ、使い魔を飛ばせば良かった。今からでも届くだろうか。

 荷物を漁って、使い魔の核になる素材を探す。

 紙を取り出してツバメのような使い魔を作り、コンテナから外へ飛ばした。長距離を飛ばすのは慣れないけど、どこまで行けるだろう。


 使い魔はどうにかさっきの町まで飛んだ。

 上空からあちこち観察すると、お屋敷の前から人が出てくるのが見えた。

 タリスだ。従者は馬車に待たせているのか、一人だ。

 どうやら伯爵様には挨拶が済んだらしい。

 さて、どこに向かうのだろう。

 タリスが歩いていく方角へ着いていく。

 その途中で、何故かタリスが立ち止まる。

 そして、こちらを見上げた。

 タリスは怪訝そうに目を細め、言った。

「何をしているんですか、姉さん」

 ……嘘。見つかった?

 これだけ離れているのに?

 私が狼狽えていると、タリスは空に向けて手を伸ばす。

 突風が巻き起こり、使い魔は撃ち落とされるように墜落した。


「……っ」

 使い魔が墜落した衝撃で、私の感覚も揺さぶられる。

「ゲルダリア? どうしたの?」

 ヴェルに心配されるけど、うまく答えられそうにない。


 タリスは使い魔を拾い上げると、再度言う。

「何をしているのかと質問しているのですが、姉さん」


 ……何だか怖い。

 まさか見つかるとは思わなかったし、使い魔を見てどの魔術師が作ったのかを当てられるなんて……。


「答えてくれないのでしょうか」


「……どうして私だと分かったの?」


「感覚的に分かります」


「そんなの、魔術師同士でも難しいのに」


「姉さんは何故うちの家紋が鳥であるか、知らないのですね。僕には本物とそれ以外の区別が付きます。そして、魔術は近親者によるものであれば察知しやすくなるのだと伺いました」


「……誰から?」


「魔術結社の魔術師からです。最近魔術の手解きを受け始めたんです」


 それでタリスの魔術への感知が鋭敏になっているのか。

 そんなこととは知らずに観察しようとしたなんて。

 悪いことはするものじゃない。

「ごめんなさい」


「僕が聞きたいのは謝罪ではありませんが……」


 私の力で使い魔を遠距離に飛ばせるのはそこまでだった。

 コンテナの走行距離が伸びて、感覚が途切れる。

 おそらく、タリスの手の内でも元の紙に戻っているだろう。

「……何があったの?」

 ヴェルの問いかけに、かろうじて答える。

「タリスに使い魔が見つかって……」

 いくら本物の鳥じゃないからといって、撃ち落として捕まえようとするなんて。

 冷たい口調であんな詰問をされるとは思わなかった。

 覗き見をされたら気分を悪くするのは当然だけど、何か様子がおかしかったような……。

 次に会うときはちゃんと謝らないといけない。

 自業自得とは言え、気まずいことになった。


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