ガチファンすら知らない情報
海藻と僧侶の戦いが始まって四日後。
自分で言っていて意味が分からないが、この街の年中行事の始まりから四日経ってしまった。
帰郷事業は順調に進む。
街の治安を脅かすような不審人物も見つからないし、輸送の妨害もない。
そのため、西方地域やアストロジア王国からの支援物資や情報は問題なく届く。
ゲルダリアからの情報と、アストロジア王国からの情報を元に、ソリュ・ロロノミアは魔術の研究をすると言って借りた部屋に篭ってしまった。
街に異常がないため、ナクシャ王子の護衛はイデオンとサイモンで間に合うからだ。
ソリュが何を研究するのかは教えてもらえなかった。
私の方はガーティとサスキアの助けを借り、海藻の魔物に使い道があるのかを調べている。
サスキアによれば、海藻の魔物たちには生物を狂わす歪みや穢れが少ないとのことだ。
これならアストロジア王国で広く知られる解毒の魔術や薬で対応できる。
解毒後に海藻の成分を魔術解析する。
魔術解析と言っても情報の言語化ではなく、炎色反応やリトマス試験紙を使うのに似た反応を見るぐらいで精度は低いけれど、事前にどの食品や調味料で何の反応が出るかをリスト化しておいたので、比較は簡単だ。
日本人が作ったゲーム世界だからなのか、海藻もそれっぽいものだらけ。昆布のような旨味成分や、介護食を作るのに利用できそうなぬめりを確認できた。
あとは寒天らしいものが作れるかどうか。
研究の合間にも、ナクシャ王子が街の人たちに混ざって物資を運ぶのを手伝ったりしつつ人々の様子を確認する。
1日の終わりに、皆で異常が見つからなかったかどうかの話し合い。
何事もないので解散し、私はガーティと二人で部屋に戻る。
「今日も無事に終わって良かったわ。保存食の研究と介護食の開発も進みそうだし」
「ええ。拍子抜けするほど順調ですね。サスキアがたまに遠くを観察しているのが気になりますが、本人が異常はないと言いますし」
「それは本当に大丈夫なのかしら……」
サスキアは、私たちに隠れて何かを背負い込みそうなところがあるので心配だ。私とナクシャ王子のことを恩人とするのは構わないけれど、神聖視しすぎている気がする。
そんなことを思う私に、ガーティはしみじみと言う。
「最初はお嬢様が殿下のために身を粉にして働く価値があるのかと疑いましたけれど、今となっては杞憂ですね。彼は真っ当な王になろうとしています」
「……信じてあげてくれていなかったのね」
「学院での殿下の振る舞いには閉口致しましたので」
そうだね、ダメ王子だったね。
学院にいる時期はガーティによく心配された。
この国に来て、王宮の解放前にも言われたのだ。
「お嬢様は本当にこのまま、あのお方の伴侶になってしまって大丈夫でしょうか? 伴侶ではなく、支持貴族として一歩引いても良いと思うのですけど」
まるで身内を生贄として差し出すかのような悲壮な表情でそう問われ、私はどう答えるか悩んだけれど。
「私は彼を放っておくことができないの。ここまできて、他人事にはなれない」
ずっと変わらない。
この世界での私の頑張りは、ほぼナクシャ王子のためにある。
ガーティから見て、私の行動は恋ではなく憐憫によるものに見えて心配なのだろう。
あのゲームでナクシャ王子の事情を知ってからは、確かに同情の方が大きい。
でも、私があのゲームを始めたきっかけは、ナクシャ王子のキャラ性に惹かれた面もあるのだ。
当時の友達は笑顔で言う。
「あんたがリアルでダメ男に惚れたら殴ってでも止めて引きずって帰るけど、ゲームの話だからなー。面白そうだから止めない!」
……あの子がこの世界に居たら、私のことを止めたのかもしれない。
恋したい相手と結婚したい相手は別、という考え方もあるようだし。
そんなことを考えながら寝床でうとうとする。
私がイライザになる前のことを、また思い出していた。
推しという言葉の範囲はとても広い。
ガチ恋対象だけが推しではないのだ。
女オタクが集まってやるキャラ語りと言えば、特定の作品から、
恋人にしたいキャラ、
結婚したいキャラ、
兄にしたいキャラ、
弟にしたいキャラ、
父にしたいキャラ、
上司にしたいキャラ、
などを、それぞれ一キャラずつ上げて表を作ったりする。
交流時の自己紹介として珍しくない行為だ。
あるノベルゲームのファンコミュニティで出会った二人は、その推しキャラ紹介でも、ガチ恋とは縁遠いキャラ選別をしていた。
推しに感情移入し過ぎて狂う私とは大違いな冷静なものだったのに、二人は私を馬鹿にしたりはしなかった。
『推しに狂うフォロワーを眺めるのは健康にいい』
そんな迷言だか格言だかが飛び交うSNSの中で、私は観察対象みたいになりつつ、推しについて悶えたり語ったりしてきた。
あの時の熱狂は、この世界でイライザとして出力できそうにないけれど。
ナクシャ王子にまつわる私からの感情は、ずっと同じ。
自分のあの荒ぶり具合を棚上げにして推しに完璧であることを求めるわけにはいかないから、私は学院でのナクシャ王子の失態も流すと決めたのだ。
イライザになる前の私を知らないガーティには、うまく説明できない。
「私にも、邪念らしいものはあるのよ」
そう釈明したら、ガーティはふんわり微笑んだっけ。
彼女にとっての邪念というのは真正の悪意に限るだろうから、私のことはまだ甘っちょろい子供に見えるだろう。
次の日は、アストロジア王国で行動するドゥードゥからの情報が届いた。
ゲルダリアとのお茶会でちらっと聞いた、『黎明の有翼獅子』にまつわる情報である。
どうもその組織は、長い年月をかけてアストロジア王国の金環蝕の魔術使いを連れ去っていたらしい。
乙女ゲーム中でラスターが所属していた組織の名前は明かされていないけど、回想シーンで組織ロゴらしい物が映っていた。翼の生えたライオン。あれはおそらくゲルダリアになったあの子が言う『黎明の有翼獅子』だろう。
その組織が、このジャータカ王国にも拠点を用意していたらしい。
場所は特定できずにいる。街や村に地下を作ったか、あるいは隊商に見せかけた移動式拠点か。そこから探るしかない。
まずガーティに確認する。
「この街にも、地下ってあると思う? あの僧侶たちに隠れて地下道を掘るのは難しいと思うけれど、王宮があの有様だった以上は無視できない可能性なのだけど」
「そうですね、その可能性はあります。ただ、その場合はソリュ様の探知に引っかかると思うのですが……」
「ソリュ様も何かを調べたまま詳細は明かしてくれていないものね……直接聞いてみましょう」
というわけで、朝食後の会議でソリュに質問した。
「この街に、地下道や地下集会場のような場所はありそうですか?」
その質問に、ソリュは疲れを隠さずに答える。
「ある。だが、空だよ。生物は察知できなかった」
「存在自体はあるのですね」
「不自然なくらいにきれいなんだ。暗がりを這いずる虫やネズミすらいない。アストロジア式の魔術で管理されている。誰が仕込んだのかは分からないが、古い時代のものだ」
それを聞き、ナクシャ王子が考え込む。
「それは、僧侶達も知らないモノなのだろうか?」
「おそらく誰も知らないし、街を占拠した連中も気づいてなかっただろうね」
なら、ほとぼりが冷めた頃に調査するぐらいでよさそうだろうか。
私は軽く気が抜けたけれど、ソリュは話を続ける。
「あとは歴代の王たちの廟にしか調べるべき場所が残っていない。肝心のそこに案内してはもらえないけれど」
「お祖父様のお住まいに、何か問題が隠れているとでも?」
不安そうに言うナクシャ王子に、ソリュは慎重に答える。
「カビーア様が廟にこだわる理由が問題なのさ。宿としてなら、この寺院でも充分なはずだ。過去の王たちの廟を守ることは、民の命より優先することではないだろう?」
王の面子に価値が無いと言い切るのは、乱暴ではあるけれど。
「…‥それは、確かに」
じれったくなって、私はソリュに言う。
「廟には何かがあるですか?」
「あるよ。この国の人々にも、アストロジア王国のほとんどの人間にも情報が継承されていないけれど」
そう答え、ソリュは溜め息をついた。
「国の成り立ちから説明しないといけないね、アストロジア王国とジャータカ王国の」
なんだか込み入った話になってきた?
「そこまで遡らないといけないんですか?」
「ああ。私はずっと疑問だったんだ。何故ジャータカ王国が、北からの魔術組織に支配されたのか。その理由は、おそらく建国時の出来事に関係がある」
え?
ならず者達が支配者階級に立ちたいという欲を通した以外に、理由があるの?
ぽかんとした私たちに、ソリュはまだ遠回しに話を続けた。
「行動指針を与えられただけの雑魚とは違い、煽動者には明確な目的があっただろうね。雑魚に王宮を与えて目を逸らさせてでも、この廟を押さえるという目的が」
ナクシャ王子は弱々しく反発する。
「廟には、子どもの頃に私も一度入ったことがあるが、問題などは何も……」
ソリュは迷ったようだけど、私たち全員の顔を見回し、言った。
「消された歴史の話をしようか」
北の大陸には千年以上の歴史がある。
南の超大国ユロス・エゼルにも千年以上の歴史がある。
アストロジア王国とジャータカ王国には五百年しか歴史がない。
そこまでは、アストロジア王国の人間もうっすら把握していること。
ソリュはその、知らない五百年の話を始めた。
◇ ◇ ◇
世界は一人の創造主により生まれ、その息子たち3人が管理した。
北は妖精を愛でる長男が
中央は人を食らう悪しき次男が
南は知恵ある生命を尊ぶ三男が
三人が世界の管理を続けて五百年が経ったある日、異変が起きた。
異界からの脅威が来訪したのである。
世界はこれに対抗する勇士を求めた。
現れたのは、アストロジアと名乗る青年。
彼は僧侶と妖精を連れ、異界から同士を集めた。
異界からの脅威に、異界からの知恵を借り打ち勝ったアストロジア。
世界の誰もが、アストロジアを讃えた。
脅威により弱体化した管理者は、役割を退こうとしたけれど。
アストロジアは本命の目的も成し遂げる。
人を食らう管理者を、打ち倒したのだ。
◇ ◇ ◇
「人を食らう、管理者……?」
何だそれは。
ソリュはキッパリと言い切った。
「遥か昔、この地域一帯を支配していた邪神ヴォルグナ」
消された歴史、消された存在。
「我らが始祖は、邪神の本体を秘めの庭に封じ、邪神から取り上げた力をこのジャータカ王国の廟に封じた」
何それ知らない……。
あの乙女ゲームを完全攻略した私ですら知らないんだけど?
胸糞悪いバッドエンドも全部踏破して、実績全解除したのに!
我慢できず、言葉をこぼす。
「そんなものを封じた国から魔術を奪うなんて、始祖王アストロジアは、」
馬鹿なの?!
と言うのだけは耐えたけれど。
ソリュは苦笑する。
「……そうだね。カビーア様は王位継承前にアストロジア王国に留学して、この話を知っている方だから。何としても廟を守ろうとしたはず」
ナクシャ王子がうめくように声を出す。
「何故、その話をもっと早く教えてくださらなかった……?」
もっともな疑問だ。
それに対してソリュは真顔で答える。
「どこで情報が漏れるかは分からないからね。私の魔術結界も、異界の王が相手では通じているかどうか怪しいものだよ」
「では、今その話をしてくださったのは何故ですか?」
私の問いに、ソリュは私とナクシャ王子に視線を向ける。
「君たちがこれからこの国を治めるにあたって、必要な話だろうから」
ナクシャ王子はしばらく黙って考えたけれど、やがて言った。
「これ以上、静かにお祖父様を待つわけにはいかない。廟に行こうと思う」
その決意に、ソリュも頷く。
「私も魔術の解析と改良が終わったから、殿下のお手伝いをしましょう。始祖王アストロジアの不始末も我々が片付けなくてはいけません」
感染症により記憶力が落ちた気がしますが、話の流れは変わってないと思います、多分。
久々のログインすぎて、なろうの仕様変更もよく分かっていないですが、最初から理解できていないので問題ないはず……。
…………予約投稿機能くん!?どこ?!?!
と、焦ったら投稿ボタンを押した次の画面にありました……どうして……