潜入調査には行けず
睡眠は大事
王宮に工房を作ったことで、魔術師達は休憩時間もそこに入り浸るようになってしまった。
研究していると、ソリュがやって来て言う。
「これだから魔術師は! 休める時は休んでくれないか」
その言葉に、大半の魔術師は子供のようにそっぽを向いた。
「魔術師は興味を持ったことを即 調べないと死にます」
誰かのその発言に、ソリュは頭を抱えた。
「君たちをこの国に連れてきたことは申し訳なく思っているけれど、自分の体力限界は見極めてほしい」
「大丈夫ですよ、いざとなれば敵ごと巻き込んで死にます」
「君たちが死んでは意味がないが?」
迷走するやりとりの最中、伝令がやってくる。
「報告します! 明日には、アストロジア王国からの増援が到着するそうです!」
その言葉に、工房の全員が振り返る。
「ありがとう。その報告が届いて助かったよ」
ソリュは伝令役を労うと、私たち魔術師に向かって朗らかに言う。
「そういうことだから、次からまた配置と作戦が変わる。研究にはキリをつけておいてくれないかい」
二日後。
新たに人を加えての作戦会議が始まった。
どの地域から魔獣が送られてくるのかを把握できたことと、ヴェルが狙われた襲撃がどこからの指示か特定できたそう。
その結果、北東の地域を押さえる計画が立てられた。
シデリテスが、卓の上に手書きの地図を広げる。
「北東にある街の中央に、真新しい施設が確認できた。あれはこの国の建築様式ではなく、北の大陸式のもの。おそらくあそこで魔獣を育てているのだろう。ここを潰せば脅威は減る」
その推測にソリュが疑問を述べる。
「施設が怪しいのは間違いないが、あの街は今までここへ送られた数の魔獣を収容可能な広さではないだろう?」
「地下があるのでは?」
「地下ねえ……」
おそらく、その施設は魔獣を育てているのではなく、召喚魔術を実施する場所だろう。
アストロジア王国側は召喚魔術の存在を把握していないけど、異界の王の件もあるし、召喚術が存在することには気付いても良さそうなものだけど……。不確定な推測は、伏せられているのだろうか。
魔術道具の補填と改良は順調だ。
小型の催涙弾から、指輪型の簡易防御結界、傷薬まで、様々な物が仕上がっていく。
魔獣向けのお酒も試作品が仕上がった。現地に潜入するなら、これが役に立つはず。
問題は、私が潜入役として現地へ向かえないことだ。
休憩時間に、隣にいる鹿の姿の守護獣へ視線を向ける。
私に見つめられた守護獣は、不思議そうに首を傾げ、鐘を鳴らす。
常にこの子がついてくるため、私は隠密行動ができない。
「ねえ、姿を消すことはできない?」
無茶を承知で聞いてみたけど、できないようだ。
私の言動に、テトラがパンを食べながら聞く。
「何でそんなにも潜入役をやりたいわけ? どうせゲルダが行ったら、敵地の建物を屋上から地下までまとめてぶち抜くでしょ」
「いくら私でも、流石にそこまではしないから……」
テトラといい、タリスといい、私を何だと思っているのか。
そういうのは、日光が弱点の敵が存在する世界で地下探索を行うときのセオリーであって、……。
居たな、キラナヴェーダの世界でも、日光が弱点の敵は……。実験施設の地下辺りに。
うーん、やらかすかもしれない。
とはいえ。
魔術実験施設で人体実験が行われているのであれば、捕まっている人達を助けたい。敵としてこちらに差し向けられる前に。
ゲーム中に、眠れる獅子という名前で実験されていたキャラがいる。魔術による強制強化で、一時的に戦闘能力が跳ね上がる代償として命を削る。そのため、仲間になっても途中で命を使い果たしてしまうのだ。
あのキャラを生かすには、戦わずに生き残る手段がある環境に置くしかない。そのためには、こちらの陣営にあの子を保護すべき子供だと認識してもらう必要がある。間違っても、倒すべき異形扱いされてはいけないし、戦力としてカウントしてはならない。
悩んでいると、ソリュも同じ部屋に食事をしにやって来た。
タイミングを見計らい、私が潜入調査に向かえないか打診すると、わざとらしい溜め息をつかれてしまった。
「訓練されていない君を敵地に送るわけにはいかないさ。いくら民が、王族貴族も戦地に向かえと叫べども、適材適所というものがある。貴族を妬む者が溜飲を下げるためだけに、君に危険を冒させても意味はないよ」
私の能力では任せてもらえないか……。
私がここにいるのは魔術師としてだけど、アストロジア王国としては公爵の娘という扱いなら、余計なことはしない方がいいようだ。実家に迷惑はかけたくない。タリスは貴族間の政争がどうなっているのか、私には話してくれないけれど。
ソリュからあれこれ聞き出した結果、潜入調査に向かうのは魔術結社の人だというのが判明した。どうやらその人は、ゲーム中で真珠の姫として扱われていた人のようだ。身体能力が諜報向きの技能に特化しているために、今回の任務に抜擢された。
ゲーム中でも彼女には苦労させられたっけ。小柄で行動速度が速いから、攻撃回数が増えて回避率も高い。あの能力のままこちらの味方になるなら、作戦自体は心配いらないだろう。
眠れる獅子のあの子が、真珠の姫と敵対しないことを願うしかない。
私はとりあえず、タリスに手紙を書くことにした。これからは人員が増えて、アストロジア王国に手紙を送るぐらいの余裕はあるそうだ。
手紙を出せるといっても、途中で手紙が敵に奪われる可能性もあるので、つぶさには書けない。ジャータカ王国の素材も研究しがいがあります、ぐらいだろうか。あとは、陶器製のお守りを作って添えておく程度。魔獣の羽とか牙を贈られても、タリスだって困るだろうし。
アリーシャちゃんやノイアちゃんにもお礼の手紙を贈りたいけど、アリーシャちゃんに物を贈ると、バジリオ君に私の居場所が看破されそうなのが悩ましい。この国の素材を使った物はやめておこう。
あれこれ考えながら、またヴェルやテトラと蒸留所へ向かう。
最初に試作したお酒は、潜入調査へ向かう人達に預けてしまったのでまた新しく作る。今度は、お酒好きな人の提案で違う種類のものを。人に飲んでもらうものではないけど、作る側が思い詰めずに作業できるならそれに越したことはない。
蒸溜所で作業する合間に、色々な話を聞いた。
偵察役はあちこちの地域の調査をしていて、一番危険度が高いであろう南東の様子も窺っているらしい。そして、どうやらその街ではまだユロス・エゼルとの取引を続けているようだ。
「あの軍国は、周辺国家の異常を敏感に察知しますからね。そこから介入されるのを防ぐために、南東の街は今まで通りやっているようです」
大国からジャータカ王国の異常を悟らせないだけの手腕を持つ統治者……。
やっぱり、その街には魔術師ミルディンが来ているのだ。
北の王国の王族や貴族が敵の洗脳や精神支配を免れているなら、ミルディンの出番はあちらにはない。この国に送られている。
人気が出るタイプの悪役は、キラナヴェーダというゲームにも存在する。自分の信念を貫くという、人気の悪役の共通項は、魔術師ミルディンも徹底していた。本来は非道行為に向いていない性格だけど、外道集団から仲間をかばうために道を踏み外すという、典型的なダークヒーローの経歴だ。
非力な一般人を守るためなら、悪党には容赦がない。ミルディンが支配者として街を牛耳って最初に行ったのは、善良な市民の居住区と、組織の構成員の居住区の完全隔離。
ミルディンが組織の上役から指示されたのは、金と構成員を集めること。そのために、ミルディンは街の本来の管理者と交渉した。街の市民に危害を加えないために、この街は組織の配下に置かれたフリをする必要があると説き伏せ、組織の構成員が支配欲を得られるように『特区』を用意した。その特区で、ミルディンは小悪党を幻覚漬けにして無力化してしまう。悪党の組織というのは構成員の数で覇権を主張するから、数さえ揃っていればいい。たとえ属する者に正常な思考力が残っていなくとも、数だけ見て上役は自分の組織力を判断する。ミルディンはそうして、本来の街の住人を保護した。今まで通りの生活をさせ、今まで以上に経済を回して収益を出し、街の住人と組織の上役に上手く資金を配分した。どちらからも不満が出ないよう、上手く舵取りが行えるのだ。
ゲーム中、魔術師ミルディンは主人公と敵対する必要はないと判断して対応を変更したけれど、仲間にはならず道具と資金だけの支援で終わった。街は誰かが守らなくてはいけないから。
あのゲームのファンの一部の人は、仲間になるキャラとならないキャラの配剤がおかしいと嘆いた。トレマイドはいらないからミルディンを仲間にしてくれという声も多い。
でも、私はミルディンに関してはあれでいいと思う。トレマイドはいらないけど。
組織の人間を騙すために、傲慢なナルシストを装って立ち回る羽目になったミルディンは、主人公の旅についていくより、街の善良な一般市民と穏やかに暮らしていく方がきっと向いている。
こちらの陣営から上手く交渉を持ちかけることができれば、ミルディンが折り合いをつけてくれる可能性はある。他の地域を解放してしまえば、ジャータカ王国を牛耳ることに失敗したのだと判断し、ミルディンも投降してくれるだろう。
けれど、こちらの陣営にジャータカ王国を上手く管理する能力がないと判断されては、きっと敵に回ってしまう。
おそらく、魔術師ミルディンとナクシャ王子は相性が悪い……。
ナクシャ王子は、イライザさんがついていないとまだ国のことは分からないだろうし。
ミルディンが、そんなナクシャ王子を新たな王と認めてくれるかどうか……。
最初は問題を見逃してくれても、そのうち反逆する可能性はある。
私がミルディンを苦手に思うのは、無理してナルシストぶるところも原因だけど、為政者に対する要求が潔癖すぎる点もだった。
私にできることは、イライザさんとナクシャ王子のお膳立てぐらい。
潜入調査を行う北東の街も、東にある寺院も、極力犠牲を抑えて解放しなくては。
無能な為政者を過剰に憎むあの魔術師を、敵に回しては厄介だ。糾弾されるような隙をつくるわけにはいかない。
王族から通信道具を作る手段がやっと開示されたので、潜入支援の道具も色々作った。
そのため、今回は潜入先からの情報もすぐにシデリテスの元に届く。スパイ行為のライブ配信みたいなものだ。
真珠の姫は、今はサスキア・クラインメビウスという名前を得たのだそう。彼女は、妖精王が北の大陸を統治していた時代に誘拐されて、イライザさん達に救われた時代との齟齬に苦しんだけれど、その苦しみと怒りから今回の任務にも乗り気だった。ならず者を闇から闇へと葬ることにも迷いがない。
そんな彼女と、騎士のサイモン二人が、今回の潜入担当。
二人のサポートを任された魔術師は、それぞれ配置に付いた。
私は見晴らしのいい高台から、カラス姿の使い魔をいくつか飛ばす。使い魔には、敵の索敵魔術を妨害するための対抗魔術の道具が積んである。こうして、あの二人が無事に目的地へ着くまで見届けるのだ。
二人は荷馬車を使って、遠回りに目的地へ向かう。帰りもその馬車を使えるかは状況次第だけど、馬を犠牲にするのも後味が悪いので、サポートの気は抜けない。
相変わらず私の隣には鹿がいる。そして、肩の上はアエス。アエスはずっと鹿に対抗意識を燃やしているけれど、鹿のほうは歯牙にも掛けない。
「ピゥ……」
「落ち着いてね、アエス。今回は私より、潜入に向かった二人の危機察知が優先だから」
そう声をかけるけど、ツンとそっぽを向かれた。アエスは私とヴェルの安全確保以外は興味がない。そういう誓約で生まれた子だから、仕方ないか。
意識を使い魔へと戻す。
魔獣がやってくる様子も、敵から攻撃が仕掛けられる様子もない。これなら作戦通り、二人は目的地に向かうことができる。
小道具を取り出して、指定の手順で陣を描く。
陣の上に鏡と魔石とナイフを並べておいて、準備は完了。これで、あの二人が潜入先で“見る”情報が鏡に投影されるらしい。こういう魔術は、学院でも使わせて欲しかったな。